俺の艦隊はようやくア・バオア・クーに到着した。
はぐれ艦を探すため迂回路を辿ったが、なんとか間に合った。まだ決戦は行われていない。
懸念した木馬には遭わずに済んでいる。実のところ幸運だったのだ。あわや出遭うというところで、木馬は連邦本隊に戻されている。連邦軍独立第十三部隊の木馬は囮の役割を完全に終えて、ア・バオア・クー攻略戦に加えられている。
俺はア・バオア・クーに近付くと驚いてしまった。
ジオンの誇る超大型空母ドロス級三隻を筆頭に、グワジン級、ザンジバル級が多数見えている。チベ級も山ほどいる。ムサイに至っては数えきれないほどだ。
宙域には艦艇がひしめいている。当然、ア・バオア・クーに収容できず、雲のように取り巻いて停泊している。
俺の艦隊なんか1割どころか1%以下ではないか。
ソロモン攻防戦も多数の艦艇が参加したが、その比ではない。
ジオンにとり一大決戦を迎えている。
ただし俺が知っているのは、連邦はこれの数倍いるのだ。全てを押し流す暴力的な数が。
「おおコンスコン、ようやく帰って来たか! はっは、お前がいるのは心強い」
「ドズル閣下、遅くなりましたが、ようやく帰投しました。それでその、最初にお伝えしたいことが」
「何だ? まさかと思うが貴様、キシリアとのことを気にしているのか?」
「お聞きでしょうか、ドズル閣下」
「ああ、キシリアが珍しくマスクを取ってまで文句を言ってきたぞ。機関を一つ潰され、そして配下の部隊といざこざを起こされて迷惑したと。だがそれだけのことだ。俺が、つまらんことは決戦後にしろと言ったら収まった」
「ありがとうございます。ドズル閣下」
「別に俺は正論を言ったまでだ。当たり前だろう」
ドズル中将はあっさりしたものだ。
武人というものはやはりこうでないといけない。
度量の広さといい、さすがに俺の尊敬する上司だ。
「あの、ドズル閣下、恐縮なのですが、おまけにちょっとしたお願いがありまして」
「それは何だ? ゼナの写真集なら在庫はないぞ」
んなこと言うかよ!
「特に水着のはないからな。あってもやらん」
それこそ決戦後にしてほしい話題だわ!
前言は半分だけ撤回する。
それに写真集といっても……
ゼナ様はドズル中将の奥方とはとうてい考えられないハイレベルのお方だが、ツェーンやクスコ・アルに比べては…… それにゼナ様はドズル中将の隣にいるからこそ美貌が三倍アップに見えるのだ。
いやそれは不敬だな。ドズル閣下がご満悦ならそれでいいではないか!
ま、ついでではあるが本当に良かったことに、ミネバ様はゼナ様の方に似ておられるそうだ。
「い、いえ閣下、そういうことではありません」
「本当にそうだな」
「…… 艦隊の戦力増強の話です」
「うーん、それなら、今どこの部隊でも戦力の要求ばかりだからな。コンスコン、できるだけ聞いてはやるが、あまり期待はするなよ」
「別に全部ゲルググにしろとかいう話ではありません。今、使われていないMSを回してほしいということです」
「何のことだ?」
「ギャンというMSをご存知でしょうか」
「ギャン? あのコンペで敗れたツィマッドのMSのことか。模擬戦では途中棄権だったな。たしか駆動系に新しい技術を詰め込んだために耐久性が足らないと聞いたことがある。ツィマッドはもう諦めてドムの改良に走っているのだろう」
「そうではありますが、ギャンには大きな利点があります。非力ではあっても軽く、機動性に優れ、なにより操縦がしやすい。このギャンを当艦隊に回して頂ければ」
「? コンスコン、忘れてないか。ギャンは量産などしていないぞ」
「実際にマ・クベ大佐が運用しているのを見ています。ですからツィマッドは最低5機は試作しているはずです。余り物として改修実験や解体されているかもしれませんが、そのままのもあるでしょう。そういう試作機で充分です。もうマ・クベ大佐は使うことはないでしょうし」
これが俺が考えていたことだ。
何より操縦しやすいギャンなら、MSに慣れていないシャリア・ブルにはもってこいなのではないか。ドムではシャリア・ブルの能力が生かされない。
それに、ツェーンだってフラナガン博士の言う事にはMS操縦の負荷を減らした方が真価を出せるということではなかったか。
他にも同様のパイロットがいるかもしれない。
まあ、クスコ・アルはMSの搭乗経験そのものが無いからギャンでも難しいか。
ギャンのことで言えば、あのよく分からない盾だけは外した方がいいな。逆に盾なら対ビームコーティングのあるゲルググの盾を融通してもらおう。
「分かったコンスコン。それならツィマッドに話をつけておこう。俺も実はな、ゲルググではけっこう悩まされているんだ。前線からは、性能はともかく、ベテランしか扱えないほど難しいとか、とにかくうるさい。そして整備からは、各部の整合性が悪くてトラブルが多く、未だに原因すら分からない場合があるらしい」
それはそうだろうな。
ゲルググはジオニック社を主導にして、ツィマッド社、MIP社の合作のはずだ。各部それぞれのソフトウェアは得意分野でいいかもしれないが、全体の統合は難しいだろう。
バグ潰しがそんなに簡単なはずはない。
例えば各駆動部が要求してきたエネルギーを、マイクロ秒単位で適切に優先順位を決めて供給するとか、不具合を起こしたパーツの迂回路を設定してデータを流すとか、そういった上位ソフトウェアを後付けで作るのは大変だろうな。
それにプライドの高い技術者同士をいきなり融合も無理だ。今まで違う社で競っていたんだ。歩み寄ってインターフェースを合わせようとはなかなかしないんじゃないか。
物理的にも、一体のMSの各部で線一本ネジ一本の規格から違えばどうするんだろう。
いやまあそこまで上層部が考えていないはずがない、と信じたい。
ただし俺も声を挙げないわけにいかない。それは義務だ。自分に関わり合いがない部署だからといって何もしないのは、全体のレベルが低下する。
俺だって自分の分野である艦隊運用について、例え素人から指摘されたとしても聞く耳はあるつもりだ。
「コンスコン、ついでにメカニック班でも見ていったらどうだ? 俺のビグザムもだいぶ修理できたぞ」
え、ええっ!まだビグザムに乗るんですかドズル閣下!!
前線勤務は他の人に任せて下さい!
それで俺はお言葉に甘えてメカニックにやってきた。
本当に慌ただしく人が動いているな!
まあ、一大決戦を控えて当然だろう。
全員がこのア・バオア・クーの運命を間近に感じている。今までは戦場からずっと後方であったこの場所がそうではなくなる。ここに連邦軍がやってきて、技術や整備の人間が戦死することも充分ありえる話だ。それでは真剣になるのは当たり前だ。
俺は今、軍服から階級章や勲章を外して来ている。
ここに将官級の人間が来たと知ったら誰でも緊張してしまう。俺としてはそんなことでメカニックの人間の手を休めてほしくない。
そんな配慮をしたのだが、そのため俺の顔を知らない人間からみたら、普通の中年の兵士、せいぜい下士官にしか見えない。
そして俺は、クスコ・アルだけを伴っている。
ちなみにクスコ・アルは現在准尉に付けている。
モビルアーマーをMS隊の中の一機に位置付けたら、ただの兵士でもいいのかもしれない。しかしそれには運用上無理がある。
逆にモビルアーマーがたった一機でも独立した隊として位置付けるならば、士官を一人はつけるべきだ。
士官学校卒でもなく戦歴もないクスコ・アルだが、こういうわけで折衷案として、特例で准尉としたんだ。
ちなみに俺自身は少将になった。叙任式は結局無かった。ギレン総帥が「このクソ忙しい時にやってられるか」という実に正しいことではあるが、雑な扱いを受けたせいだ。
それにしてもザビ家でもないのに少将以上の人間といえば、他にはギレン総帥のところの参謀に二人、後方補給担当に一人だけだ。
つまり俺は、全ジオン軍の中でも、艦隊司令としてザビ家の次という恐ろしい程の地位にいる。
その割にみんなからの扱いが良くないけどな!
さてこうしてクスコ・アルと歩いていると、周りからは美人の新任女性准士官を案内するという役得に預かっている中年軍曹にしか見えないだろうな。
俺が楽しいか? いや全然楽しくないから!
本当にそういうシチュエーションが好きではない。周りに見られて、いたたまれない気がするんだよ。小心かつ負け犬根性だから。
それでもクスコ・アルとメカニックに来たのは、エルメスについて有用な情報がないか聞くためだ。結果的には「それはメカの問題ではなく、医療分野に近い」とのことだった。
最後に俺はメカニックで妙なものを見つけた。
「何だありゃ。足が無いぞ」
そんな俺の言葉を聞かれてしまった。
若い技術士官が好戦的な目でこっちを向いてきたじゃないか。
不味い。
言葉自体は俺がうかつだった。見慣れないものを見てつい口から出てしまったのだ。
「……飾りだ。偉い人にはそれが分からんのだ」
「そ、そうか。部外者が分かりもしないのに変なことを言ったな。済まない」
「馬鹿じゃないの!? あんた、これ見て自分で笑わない?」
クスコ・アルがそう言って話に入ってきた。
おそらく、少将であり、艦隊司令官でもある俺が若僧に謝罪する羽目になったのを見かねたんだろう。ちょっぴり優しいぞ。
「これは足の無いMS? 頭のついたモビルアーマー? 何考えたらこうなるの」
「うるさい! これで100%なんだ! これはジオング。キシリア閣下直々の指示で作られた、シャア・アズナブル大佐が搭乗する前提で作られた決戦用モビルアーマーだ。遠隔攻撃も可能な最新タイプなんだぞ」
「馬鹿ね」「馬鹿な!」
技術士官の言葉にクスコ・アルと俺は同時に反応してしまった。
「MSってのはね、人間の脳のアウトプットを最大限に活かせるからいいのよ。だから人型なの。それが人間にとって一番自然な形で、最も素早く情報を出せる方法なのよ。足は無駄なんかじゃないわ」
「シャア大佐が決戦兵器に!? そんな、キシリア閣下はどういうつもりだ。大佐という歴戦の者を使い潰すつもりか! 人を軽んじて、それでジオンが立ち行くとでも思っているのか!」
内容はかなり違ったものだが、いずれもこのジオングというものを非難している。
若い技術士官は顔を赤くして黙ってしまった。