同じ頃、地球上のあちこちで摩訶不思議な現象が見られたという。
突然、家から外に飛び出していく子供がいるのだ。
ピアノでもゲームでも、やっていたことを全て投げ出して。
道路へ、公園へ、駆け出す。
そして同じことをする。
腕をまっすぐ上げ、空に向かって指さす。
そこには何もない。
空しかない。
何も見えるものはない、はずなのに。
次に、そういう子供たちは声もなく涙を流す。
理由は分からない。
聞いても答えられない。
子供たち自身にも分からないのだから。
涙は感情で流れるもの。
その涙は、悲しいことへの涙である。
人が死んでいくのに、悲しいという感情は、当然のこと。
「ジオンMS接近してきます! 見たことのないタイプ!」
「コウ・ウラキ、そいつを墜としたら合流しろ。第四小隊全員でこの艦隊を叩く。こんなところへ急に現れたジオンの艦隊だ。ただものであるはずがない」
そして連邦のガンダムはシャリア・ブルが搭乗するギャンと戦闘に入る。
俺の方でも最大限注目し、チベのスクリーンにその戦いを拡大投影させている。
この勝負はコンスコン機動部隊の運命を大きく変えるだろう。
俺の艦隊はこの宙域では孤立無援、たとえ一機であっても、強力な敵MSに好きにさせてしまえばたちまち大損害を被る。懐に入りこまれてしまったMSは艦にとって天敵だ。
しかも、今の相手はただの連邦MSじゃない。
ガンダムなんだ!
どうにかしてガンダムという化け物を抑えなければ。
こちらのシャリア・ブルはギャンの軽量高機動を生かして迎撃に向かう。
というより接近しないと勝負にならない。連邦はビーム・ライフルの技術ではジオンよりずっと先行している。ジオンも最近になってやっとゲルググにビーム・ライフルの配備が始まったが、それより連邦のものは威力も精度も高い。
前方投影面積を最小にしながら接近するギャンをガンダムのビーム・ライフルが迎え撃つ。
二撃、三撃、しかし当たらない。
ギャンに乗るシャリア・ブルの先読み能力なのか、駆け引きの結果なのか分からない。
シャリア・ブルはガンダムが右腕でビーム・ライフルを持っているのを見て取ると、左へ左へと回り込もうとしている。
これは上手い!
上下、あるいは右方向より、左方向へ射軸を変える方がずっと難しいからだ。その人間的な弱点をシャリア・ブルは突いた。
やや上下へ揺らしながら左へと回り込み、射線を躱していくと、一気に下へダイブした。
そして再び浮上してきた時には接近戦の間合いに入っている。
ここからギャンとガンダムがビーム・サーベルで斬り合う。
かつてあのマ・クベ大佐がMS戦をこなしたのは、ギャンの特性が大いに役立ったからだ。
先ずギャンの大きな利点は、ビーム・サーベルが強力なところだ。
ギャンは残念ながらビーム・ライフルへのインターフェースを持っていないが、その分ビームサーベルへの供給経路が整っている。結果、あのガンダムのビーム・サーベルよりもはっきりと長く、強力なものにできる。
そしてもう一つ、ギャンの関節駆動は流体アクセラレーター技術により次世代級のスムースさを持っている。ツィマッド社はややもすると技術先行型のきらいがあり、コストや整備性を軽視しがちだが、技術的先見の明はある。初期にはどうしようもなくトラブルの続出した新技術だが、ようやくこなれてきた。
手数の速さでシャリア・ブルのギャンが上回る。
そのビーム・サーベルがガンダムを後手に追いやっている。
押しているじゃないか! あのガンダムを。
だが、得意の接近戦でも仕留め切れない。やはりガンダムは強い。外装の金属は硬く、熱にも強いようだ。ギャンのビーム・サーベルもかすっただけでは切れやしない。決める一撃を叩きこまなくては。
そして、反応性もさすがにガンダムだ。簡単に必殺の斬撃を当てさせない。しかも、戦っているうちに、もっと速くなってきたじゃないか!
学習能力も高い。
パイロット特性なのか、ガンダムの制御プログラム自動最適化のおかげなのかは分からない。分かるのは、ある時を境に逆転されてしまったということだ。
ギャンの方が防戦に回らざるを得なくなった。
ギャンは腕のビーム・サーベルだけに頼るのではなく、空間を撥ねるような動きを繰り返し、ガンダムの攻撃を避ける。
迫るガンダムに合わせ次第に退いていく。離れ過ぎればビーム・ライフルの間合いとなり、近付けば押し込まれて斬られる。心臓に悪い戦いになってきた。
「不味い。ここは他のMSを支援に…… いやダメか。横から手出しのできるレベルの戦いじゃない。しかしシャリア・ブルをこのまま戦わせるわけにいかない。失うわけにはいかないんだ」
大きくガンダムが振り斬った。そこをなんとか躱したギャンは、思いっきり後退した。予想通りガンダムは前進しつつサーベルを捨て、ビーム・ライフルを手にする。
万事休す!
この中途半端な距離ではビームを避けることはできない! 必ず当てられる。しかも一撃で爆散するだろう心臓部へ。
俺のうかつな指示のために、こんなことに!
後悔しても足りない。
しかし不思議なことに、ギャンは背中を見せずゆっくり後退するだけだったんだ。
ギャンがビームに撃たれる、ことはなかった。
そう予期した直後、拡大したスクリーンの半分がいきなりオレンジ一色に染まる。
「な、何! これは、チベの主砲か!」
その通り、こっちからの主砲がその場を撃ち抜いた。
この遠距離、しかも二機のMSのど真ん中を主砲のメガ粒子が通り過ぎた。
ようやく理解する。
こんな戦い方があったんだ。
シャリア・ブルは驚くほど冷静だった。しかも老練な戦い方をした。
接近戦の斬り合いでさえ、もはや挽回できないほど不利になったことを悟ると、押されていくフリをしたんだ。そしてしだいに俺のチベの方へと誘導していったとは。
もちろんチベの砲撃を信頼してのことだ。シャリア・ブルもダリル・ローレンツが使うチベ主砲の超々精密射撃を知っている。
最後、大きく後退したのは合図のようなものだ。
これでダリル・ローレンツが主砲を撃てるようギャンはガンダムとの間をあけた。
一方、ガンダムも艦の対空砲のことを忘れていたわけじゃない。普通なら充分、有効射程外にいると確信していたのだろう。
しかし対艦攻撃用の主砲を、こんな精密射撃でMSに撃ってこられると予想できるはずがない。
おまけにギャンを追って前に出ようとしたところだ。直ぐに向きを変えられない態勢にあった。
しかしさすがガンダムだ。墜とされはしなかった。
どれだけ反応が早いのか!
だがそれでも、ビーム・ライフルを持っていた右腕は丸ごと溶かされて消えた。いかに強い金属でも主砲レベルのメガ粒子砲には無力である。
ガンダムはもうシャリア・ブルを追うのは諦めたようだ。
更に一撃、ダリル・ローレンツの主砲を躱すと帰投していった。
「こちらコウ・ウラキ。右腕を失う中破。至急全員に連絡されたし! あの艦隊のMSは予想以上に高機動のタイプ! そして何よりもMSへ遠距離から対空砲を使ってきます!」
俺は艦隊をゆっくり前進させた。
途中、またしてもMSの襲撃を食らってしまう。
艦隊の左から四機、右から五機の二つの連邦MS小隊だ。
さっきの戦闘でチベ主砲を警戒していたためだろうか、連邦MSは慎重に機を伺っていたようだ。こちらは素早く迎撃態勢を整える。
結果的に排除できた。
百戦錬磨の連邦MS、しかも本来なら連携のいい小隊なのだろうと思われる。だが、俺のチベを警戒して動きが若干ギクシャクしている。そして実際に艦砲で分断ができたら、後はドム隊で囲んで叩く。かなり粘られたが、隊長機らしいのを墜とした時点で、向こうは戦意を失ったのだろうか。そのまま退いて行った。
「お前ら生きてるか? 悪いな。今日で不死身の第四小隊は解散だ。側にライラの小隊がいたはずだから、助けてもらえ」
「バニング隊長! 機体を捨てて脱出を!」
「アデルか。いや、さっきの攻撃で傷を受けた。もう助からん。こんな有様で、不死身というのは言い過ぎだったな。だがお前らはこの先も生き延びろ」
「そんな、隊長がいなくなったら……」
「らしくないことを言うようだが、最後だから許してくれよ。今迄よくついてきてくれた。俺はお前らの隊長でいられて、楽しかったぞ」