ギレン総帥斃される、その報は水面下で様々な影響をもたらす。
キシリアは一言、「ギレンの兄上もジオンの礎になられた。立派なことだ」と言ったと伝えられている。
それが哀悼なのか、皮肉なのかは聞く人間によって異なる。
ドズルははっきりと悲しみを表した。短くも強い感情で慟哭したのだ。離れていることが多かったとはいえ、やはり兄弟である。小さい頃からの思い出は多々ある。それは大人になって確執が明らかになったとはいえ、決して色褪せるものではない。
わずか12歳ほどのギレンが少年たちの前で偉そうに演説を始め、それを真面目に聞いて感嘆しているのはドズルだけだった、なんていうこともあった。そんな時は飽きて解散しようとする少年たちをドズルが腕力で引き戻したものだ。
雨が降ればギレンはよく「気象コントロール要員の配置と教育」について論じ始め、話が終わる頃にはギレンもドズルもずぶ濡れで家に着いてしまっていた、ということもある。
いずれも幼い日の楽しい記憶だ。常には思い出しもしないことでも、ギレンの死を迎えてドズルにはそんな思い出を蘇らせて止まない。
いったいどこで間違ったのだ?
皆、そのままではいられなかったのだろうか。
ジオン公国という巨大組織を動かす立場になった一家、一人一人が公人として権勢を持つ。しかし、家族が共に仲良く暮らすことさえ可能にはできなかったのだ!
だがしかし、それらを考えて時間を潰すことはドズルにはできない。
今、ア・バオア・クーの命運を握る総司令官であるからには。
先ずはギレン総帥死去の模様を問いただし、整理した。
経緯報告によると、Eフィールドを出立したチべはシャア大佐を先遣として索敵し、そして最終航路を策定した。
その後シャア大佐自身はゲルググをチべに搭乗させることはせず、Eフィールドに戻り、予定通り応援部隊の指揮をとっている。
一方、チべは全力噴射をかけてサイド3へ向かおうとしたが、その直後連邦のEフィールド攻略艦隊に捕捉されあっさり撃沈された。連邦もまさかギレン総帥が乗っているとは想像もせず、捕縛を考えることもなかった。初撃の集中砲火でチべは降伏も脱出も行うことができず沈められてしまった。
このことは、誰もにガルマ大佐の死去を思い出させる。
シャア大佐が要人二人の死に関わっていたのは偶然だろうか?
しかしシャア大佐の行動自体は真っ当なもので、疑惑は大きくとも証拠はない。殺したのが連邦軍であることは間違いない。
索敵が不充分だったことは完全な落ち度で、責められてもいい。しかし誰しも連邦の行動を完全に予知できるはずがないのも当たり前だ。
そして、少なくともこの戦闘継続している場面で拘束して取り調べを行うことなど現実的ではない。
おまけに、誰しもシャア大佐がギレン総帥を害する動機など見当たらない。ましてガルマ大佐については、シャア大佐は同期の友人であることが知られている。取り巻きとして出世を図るならわかるがその逆はないだろう。
しかし、それもまた受け取る人によってシロかクロかは異なる。
それよりも今、ドズルは早急に考えなくてはならないことがある。Eフィールドへ迫る連邦軍を差し当たり退けるため、NフィールドからもEフィールドへ応援を出すのだ。
ドズルは候補を二人選んでいる。ここにダニガンがいれば、とふと思ったが、それは叶わない。ダニガンは傷病から復帰できていない。
ラコック副官の淹れてくれたコーヒーを飲みながら、ドズルが選び出した二人とはコンスコンとエギーユ・デラーズだった。
二人とも経験豊かな指揮官である。本当ならドズルとしてはコンスコンの方こそEフィールドへ送りたい。その実力は信頼できる。大きな戦力を割けない以上、少数でもきちんと連邦を迎撃してもらわねば困る。Eフィールドの現場で臨機応変に対処できる力量が必要だ。Nフィールドはドズル自身が目を向けられるが、他は対処できない。それはSフィールドを担当しているキシリアも同じだ。
しかしコンスコンは先に陽動作戦でかなりの距離を移動させている。もう一度の移動も頼みにくい。
そしてドズルは、自分の子飼いの将ばかりを好み、手柄を立てさせるのかと批判を浴びる可能性も考えている。これからジオンを支えていくのに当たって、器の小さい将と言われるのは致命的だ。
こんな存亡の時に何を馬鹿なと思いはすれど、そう考える人間も現実に多いだろうことはドズルも理解しているのだ。全く本意ではないが、そういう配慮も必要になってくる。
一方、エギーユ・デラーズ大佐はギレン派の闘将として知られていた。戦績もギレン派の中では筆頭格である。最前線に出る機会は多くなかったが、関わった作戦の成功率は9割という驚異的な実績をたたき出していたのだ。
ただし頑固なこともまた有名である。
そのため、立ち回りの上手いトワニング准将に出世面では後れを取ったと言われてもいる。
今、ドズルはコンスコンとデラーズと、二人同時に通信スクリーンに出している。一人をEフィールドへ送ったらもう一人は残ってNフィールドで奮戦してもらわなければならない。それなら二人同時の方が話が早いだろう。
「このどちらかにEフィールドへ応援に行ってもらいたい。キシリアのところのシャア大佐が先に応援に行っている。それと共同歩調をとって連邦を迎撃する」
「ドズル閣下、小官は御免被る」
エギーユ・デラーズは驚きの言葉を言う。頑固うんぬん以前の問題だ。総司令官にのっけから断りを入れるとは。
「戦いが嫌なのではありませんぞ。ドズル閣下、誤解をして頂きたくはない。戦うのは武人の誉れ、戦死するのは覚悟のこと。だがしかし、ギレン総帥亡き今、我らには色々と疑問がある。その死の真相を知った上で戦いを進めていきたい」
「デラーズ、ギレンの兄貴は戦死した。連邦に殺された。何か疑問があるのか」
「少なくともシャア大佐には大いに疑問が。その直属の上司であるキシリア閣下にも」
「憶測で妙なことを言ってはならんぞ! いくらなんでも家族で、そしてジオンの将帥同士で争うなど荒唐無稽だ」
「多くの者がそう思っているでしょう。そして小官も。それなのに疑惑の渦中のシャア大佐とEフィールドで共同作戦をするなどお断り申し上げる。このNフィールドを守って死ねと言われるほうがよほど本望」
「そう言うか。しかし現実を見ろ。ギレンの兄貴はもういない。兄貴の家来ではなく、ジオンの一員であるべきだろう。こだわるのは良くないぞデラーズ」
「恐れながら申しますが、ギレン総帥の理想は死んでなどおりません」
デラーズは眼光鋭く、姿勢に威厳がある。
その巨躯と大声のため誰もが無駄に畏怖しがちなドズルを前にしても動じる気配がない。しっかりと自分の言いたいことを言い切った。
言っていることは、本当ならそれも私情だろう。軍において軍閥化は決して好ましいものではない。
だがドズルはギレンを奉じているデラーズの姿にむしろ好感を抱く。個人を慕って節を曲げないのもまた、武人の姿だからだ。
「……分かった。俺の方を折れさせるなど大した男だ。Eフィールドの応援にはコンスコンを行かせる。デラーズ、このNフィールドにとどまり、支えを頼む」
「ありがたきこと。ついでにドズル閣下、これも丁度良い機会なので申し上げますが、連邦の戦いはどうも消耗戦を厭わないものへ変化している兆しが」
さすがにデラーズは頑固ではあるが無能ではない。戦術的な視点から気付いたことがある。
「そうか、なるほど。しかしそれは不味いな。だらだらと消耗戦に入られたらジオンの方が先に消滅してしまう」
「今の優勢は時間が経てば覆され、いずれ戦力が枯渇するのは自明。無理をしても一撃を加えて退かせるしかないものかと」
「しかし要塞から出過ぎてはただの袋叩き。しかもそれで連邦の士気を折れる保証はない。このままではいかんのだが…… まあデラーズ、それを考えている時間はない。後はコンスコンと話がある」
通信パネルからデラーズの投影が消える。残されたのは一人の姿だ。
一瞬後、そこから声がかかる。
「ドズル閣下、こちらならいつでもEフィールドへ出られますが」
「そうか、コンスコン。では頼む、行ってくれ」
「はっ、すぐに。しかし自分もデラーズ大佐の言ったことと同じことを考えていました。連邦のしつこさはどこから来るのかと」
俺は正直言って、デラーズ大佐は苦手な方だ。
もちろん尊敬はしている。熱い漢は嫌いではない。しかしその頑固なところが何ともいえない。年はあまり変わらないはずなんだがなあ。
冗談の通じるツボがあれば教えてほしい。
だが、今指摘した連邦の単純な消耗戦術については、俺も思っていたことだ。
連邦は急進してNフィールドからア・バオア・クー内部に侵入する意図がないようだ。諦めたのか? しかしじわじわ寄ってくるのはやめていない。
ドズル中将もそのことはデラーズ大佐に言われなくとも分かっていたように思う。しかし理屈に合わないことだから口にしていなかったのだろうか。
俺とドズル中将の疑問は、間もなく解消されることになる。
それも、最悪の形で。
この通信パネルに割り込みが入る。またしても嫌な急報だ。
「ご報告申し上げます! 偵察隊から連絡! Wフィールドへ進みつつある連邦艦隊を発見!」
「なんだと! Wフィールドへ! 連邦はア・バオア・クーへ全方向から同時に仕掛ける気か!」
「連邦艦隊は20隻余り、そ、それで」
「その数、多少厄介だが他よりはマシか」
「しかし、その中に木馬がいます!!」