この斉射で、俺のチベがとある連邦輸送艦を一隻撃沈している。チベの主砲、ダリル・ローレンツが放つ一撃は正確にエンジン部に当てて一撃爆散させた。そして、その輸送艦は正にビーハイヴという空母に急ぎ荷物を届ける直前だった。
その荷物とは、Nフィールドに置かれていたガンダムの予備機がSフィールドまで回されてきていたものだった! そして何ら活用されることなく、輸送艦と共に予備機もまた宇宙に消えた。俺の艦隊は知らないところでとんでもなく重大な戦果を上げていたんだ。
こうして俺は無事にキシリア閣下の脱出支援という使命を果たすことができた。
後は、直ちにドズル中将と合流する、そのはずだった。
ジオンのア・バオア・クー撤退戦の最後は、Eフィールドである。
シャアとララァのいる艦隊は、連邦艦隊を牽制するのに充分だった。
赤い彗星は連邦にとっておいそれと手を出せる相手ではない。そうして連邦が恐れをなしている隙に、カスペン大佐と技術試験艦ヨーツンヘイムが脱出していく。
しかしここで大きな手違いが起こった。
ア・バオア・クーにまだ仕事が残っていた!
一人の技術士官からカスペン大佐に急が告げられる。
「カスペン大佐! オリヴァーです。ア・バオア・クーを精査していたら大変なことが!」
ア・バオア・クーは大きな要塞であり、その中には補修やドック機能ばかりではない。ジオンの各機体の製造工廠も入っている。
もちろんその中に残された、作りかけの部品などは既に回収して持ち去った。動かすのが大変なものは破壊した。製造機械も使えないように破壊したつもりだった。
しかしそれは完全ではなかったのだ。
目に見えるものなら単純だ。問題は、工作機械の中枢にある制御情報だったのだ。もちろん分業で製造している工作機械なので、設計図が丸ごと残っていることはない。
だが、いくつものデータをつなぎ合わせれば、全貌を明らかにされてしまう。
ザクやドムは今までの戦いで多く用いられ、結果的に戦闘後、かなりの数が連邦に鹵獲された。それはやむを得ない。それらは連邦の技術部によって解析にかけられているだろう。
だがしかし、ここであっさりと新鋭機であるゲルググの設計を知られるのは痛すぎる。解析の手間すらなくゲルググの詳細が知られればあっという間に対ゲルググのMSを作られてしまう。特にゲルググには突出した技術的特徴がなく、バランスのとれた設計が命なのだ。何としてもその設計を秘匿しなくてはいけない。
ア・バオア・クーにあったジオン軍組織図や編制などの情報は撤退の際にきれいに消去されていたのだが、分散した工作機械にある情報は見逃されていた。
一方、カスペン大佐の麾下にある技術部隊は、別に製造そのものに携わっているわけではない。いわば技術といっても、テストやアイデアという分野ばかりだ。しかしそれでも、技術に明るい者が多くいるのも間違いないところで、撤退直前にそんな情報の有無を確認しようとする人間が混ざっていた。
そこで問題が発覚した。先ほどのオリヴァーの報告はそれに基づいている。
カスペン大佐は決断した。
必要な仕事だ。ジオンのため、再度ア・バオア・クーに戻り、情報の完全消去をする。
実際にそれがやれるのはカスペンではなく何人かの技術に明るい者である。カスペン大佐はそれらの者を送り出した。そして必ず生きて撤退させる固い約束をしたのだ。
「ヒヨッ子ども。仕事をしてこい。いつまでもここで待っている」
これで驚いたのはシャアの方だ。
長くヨーツンヘイムを守ることはできない。連邦と戦力差は歴然だ。留まっていれば、シャアとララァといえど波状攻撃によっていずれ潰される。
カスペン大佐麾下の戦闘大隊があるとはいっても、MSを扱える者は少数だ。テストパイロットを務めている者はさすがに技量は高いが、数えるほどしかいない。
大半は学徒兵のポッドばかりで役に立たない。練度も性能も話にならない。
「カスペン大佐、共倒れになる危険性があります。申し上げにくいことですが早めの脱出を検討されてはいかがでしょうか」
「早めの脱出? シャア・アズナブル大佐、それはア・バオア・クーに戻った者どもを見捨てるということか? いや、それはできない。絶対だ」
「合理的な判断をお願いします。私だってそうは言いたくない。恥ずかしながら私も過去幾多の部下を失っています。ある時は部下をザクで大気圏に落下させてしまい、ひどい最期を遂げさせたことだってあります。だからこそ、今の私の役目は最大人数の脱出なのですから、それを遂行したいものです」
「何度も言うが、それはできない。部下を見捨てるくらいなら俺が最後まで盾になり、連邦を食い止める」
「困りました。では今さらですが、応援を呼びかけましょう。近くにいるジオンの部隊が聞いてくれるかもしれない」
シャアはそう言って引き下がった。
いざとなれば自分とララァが脱出するだけなら何とでもなる。そういう計算があることも確かだ。
そして、技術情報の消去のためEフィールドの脱出が遅れること、応援を求めることを期待もせず回線に流した。
それをキャッチしてしまったのが唯一残っていた俺の機動部隊、というわけだ。ここで聞かなかったフリをするという選択肢はない。
「最大速度だ! 我がコンスコン機動部隊はEフィールドへ向かう。到着したら直ちに戦闘に介入する」
俺はそう言って急ぐしかない。連邦だって馬鹿じゃない。俺の艦隊がア・バオア・クーを後にせず、回り込もうとしていたら妙だと思って目をつけるに違いない。
岩礁をスレスレで避けながら最短距離を飛び、後を追ってくる連邦艦を振り切る。
もしも岩礁が無ければ、チベの主砲でア・バオア・クーを撃って岩石を飛び散らすというトリッキーな方法まで使った。
そこで見えてきたのはEフィールドに展開する多数の連邦艦だ。それに対してジオンはというと、一隻のザンジバル、六隻ほどのムサイ、そして箱型の大型輸送艦だけだった。これが技術支援艦なのだろう。そして戦況は正に連邦側からの全面攻勢が始まろうとしているところだった。
俺は砲撃を支援として使い、MSの展開を急いだ。せめて先手を取る。
そこから始まったMS戦、こちらのガトーやシャリア・ブルの活躍はもう見慣れたものだ。連邦のMSをうまく誘導して技術支援艦から引き剥がすという余裕まで見せている。だが、俺はどちらかというとシャア・アズナブル大佐とララァなるもののエルメスの方に目を奪われた。
あっという間に連邦MS数機を片付けると、もはや相手は怯んでしまい、近寄ることもできない。これが赤い彗星の名の力だ。絶対的強者の貫禄というものか。
だが俺は知らなかったが、シャアの方ではまた別の感想を持っていた。
「コンスコン機動部隊、やるな。理想的な布陣から機動運用、砲撃の密度や正確さも段違いだ。それにMSも強い。個の力もチームワークも良い。同志としては申し分ない実力、というべきだろうな」
そしてもう一つ、エルメスはエルメス同士での会話もあったんだ。
「これはお姉様! こんなところで会えるなんて!」
「ララァ、フラナガン機関以来ね」
「良かった! そうだ、マリオンお姉様やハマーンはどうしたのかしら? フラナガン機関がなくなった後、みんなは?」
「ズムシティへ行ったはずだわ。安心して。また会えるわよ」
「んー、でもわたしの方が行けないわ。これからも大佐と一緒だから」
「相変わらずシャア大佐とべったりなところがあなたらしいわ。でも気をつけなさい。あんまり束縛するのも困らせる元よ」
「そういうお姉様はべったりしないの?」
「私は…… そんな話はどうでもいいの!」
「自分から話を振ってきたのに……」
「何か言った? NTでも空気は読みなさいよ。それよりララァ、エルメスにビットが六つしか見当たらないわね」
天性のNTララァはエルメスに乗れば、本当なら九つのビットを操るはずだ。それが少ない。
クスコ・アルは疑問に思った。
「それが、戦いで三つは墜とされてしまったわ。そしてもう補充もできない」
「まさか! ララァのビットが、三つも! どうしたらそうなるのよ…… あ、ビットならこちらに余分がかなりあるわ。でも生体信号にうまくチューニングしないとね」
「お姉様、ちょっと貸してみて下さらない?」
クスコ・アルのエルメスの制御から、ビットを切り離す。そうすると何とララァがそれを動かし始めたではないか! 元からあるビットと何ら遜色ない。
これにはクスコ・アルも驚かざるを得ない。
「……はああ!? ビットをチューニングするんじゃなくて、自分の方を合わせたわけね。やっぱりララァ、あなた規格外だわ」
そんなことをしているうちに、カスペン大佐の部下がやっと戻ってきたようだ。
全てをヨーツンヘイムにしっかり押し込む。
よく見たら、最後までそれを行なっているのは隊長マークをつけたゲルググだった。カスペン大佐本人ではないか!
凄いな!
恰好いい。俺もMSに乗れればなあ、と一瞬思ったが、できそうにもないことなので頭から振り払った。
用事が済めば後は脱出だ。後ろに撃てないムサイをしっかり固めて先行させ、三隻のチベは後衛に回る。スライドさせるように動かしながら間断なく撃ちかけることで連邦に牽制をかけ、振り切った。
俺はその後カスペン大佐に興味を持ち、通信を取った。
スクリーンにいかにも軍人といった風貌の者が映っている。今まで笑ったことありません、という感じだ。
「カスペン大佐、技術情報の消去、間に合ってよかった。しかも様子を見ていたが漏れなく人員を撤退させられたようで何よりだ」
「ヒヨッ子どもは独り立ちするまで手がかかります」
「それは? ああそうか、学徒兵がそんなに」
俺はスクリーン越しに周囲の状況も知った。多くの人間が見えたのは、ヨーツンヘイムの艦橋ではなく、MSやポッドの発艦場で通信を受けていたからだ。
いかにも年若い学徒兵ばかりのようだ。
カスペン大佐の言うヒヨッ子なのだろう。生還できた興奮で騒いでいる。本当なら将校の通信中である。声を立てられないはずだが。
だがカスペン大佐が守ろうとした気持ちがよく分かる。
皆目が澄んだ若者だったからだ。ジオンの明日を担う者たちだ。しかしこの者たちが大佐のような指揮官を持てた幸せを本当に分かるのは、もっと後なのだろうな。
あれ、しかし学徒兵の中に一人、髪を真ん中で黄色と赤に染め分けたずば抜けて変な女がいる。これはあれだ、目を合わせちゃいけないタイプの人間だ。
ここまでくれば撤退戦も一安心である。シャア・アズナブル大佐はいずれまた再会するにせよ、早めにキシリア閣下を探して合流するため、ここで離れた。餞別代わりにエルメスのビットを予備も含めて五つも与えた。クスコ・アルには大破した以前の乗機の分と、今の乗機の分のビットがあったためまだ八つも残っているので充分だ。
カスペン大佐もまたここで別れた。ズム・シティへ真っすぐ急行するようだ。
俺はこのコンスコン機動部隊だけで、ドズル閣下の下へ急ぐ。
だがその前にもう一つの事件があった。
あまりに奇妙な艦隊戦と遭遇してしまったんだ。