全然チョロインじゃありませんでした。
調べるほど連邦が強大過ぎて、どうにもこうにもならないようです。
本当にありがとうございました。
俺はちょっとばかり焦っている。
いや、かなり焦っている。
余裕で間に合うはずだった。
木馬追撃を途中で止めて引き返したのだから、本当はソロモン攻防戦の前に充分戻ってこれるはずだったんだ。それが連邦の哨戒網が予想外に厳しくて、月軌道の外側大回りするコースを取らざるを得なくなった。
俺が作戦中断の理由にこじつけた哨戒ではなく、連邦軍の本気の哨戒網だ。
嫌なことに航路が長くなればなるほど、エンジンの出力を最適な効率のままにしておかなくてはならない。ジオンの補給ポイントが付近にない以上、反応剤も推進剤も節約して使うのだ。少し遅めの経済的巡航速度を守り続けないと途中で尽きてしまい、よほどの事態でもなければ戦闘速度などもってのほかである。それで進行が余計遅くなるのは仕方がない。
今さら気付いたが、連邦にとっちゃソロモン攻防戦なんてオマケみたいなもんなんだろう。そりゃあソロモンを放置すれば連邦にとっても補給路が脅かされ、常に輸送艦に護衛が必要になる。是が非でも陥とさなくちゃいけない拠点なのは確かだ。
だが、連邦はもう既にその先のア・バオア・クーを見据えた行動に出ている。連邦の物量はそこまで壮大なんだ。
もちろんア・バオア・クーを抜かれたら、ジオンにとっては防衛もクソもないのだ。
丸裸のコロニーを守る術はない。詰みだ。
もしかしてだが、連邦の上層部は既に戦後のことも見越して計画を立てているのかもしれない。スペースノイドを従順に、効率よく統治するような。
局地戦に一喜一憂しているジオンとは全く次元が違う。
そう考えたら、哨戒網がソロモン近辺だけではなく広い範囲に及んでいるのも分かる。
そしてもう一つ、ソロモンが少数の奇襲を受けなかったことも理解できる。実際の所、連邦の艦隊が現れてからソロモンが攻撃を受けるまで間があった。それでギレン総帥やキシリア少将が援軍の話をする時間があったんだ。
つまり、連邦は、リスクのある奇襲をする必要がない。
もう攻略は既定路線、多少ハプニングがあったとしても物量で踏みつぶすだけのつもりである。人員も生産力もケタ外れの連邦はそれでいいんだろう。
ソロモンの運命は決まっているんだ。
ちょっと落ち込むどころじゃない。気が滅入ってしまった。
それでも俺の行動に意味があると信じたい。
当面はソロモン攻防戦に間に合うことを祈りつつ、着実に進むしかない。
だがここで、運命の女神が少しばかり悪戯をしたようだ。
「前方に艦隊発見! 友軍です! ザンジバル級一隻、チベ級四隻、ムサイ級八隻、計十三隻!」
「何だと? 詳細判別できるか?」
「ええと、識別コード判明、旗艦マダガスカル。マ・クベ大佐の乗艦と思われます!」
おおおっ これはラッキーなのか?
この艦隊はおそらくグラナダから送られてきた形ばかりの応援艦隊だ。キシリア少将の意を酌んでわざとのっそり進み、間に合わないようにするつもりだ。
ここで俺は閃いた。
我ながら人の悪い作戦だ。おそらく今の人相は余計悪くなっているに違いない。副官に見られないうちに表情を直しておこう。
「通信回線開け。通常回線でいい。しかも、最大出力で頼む」
「えええっ! それでは連邦に筒抜けではありませんか。しかも、この位置が知られてしまいます!」
「構わん。早くつなげ」
ハテナマークの副官を押し切り、通信をつなげさせた。
「あー、あー、聞こえますかー、こちらはコンスコン機動部隊。そちらはマ・クベ大佐の艦隊とお見受けするが間違いないかな?」
「え? あ? ばばば、馬鹿な!! コンスコン准将、早く通信を切ってくれ! いや、切って下さい。お願いします! 連邦に傍受されるッ」
この事態でも敬語を使ってきたとは褒めてやろう。
俺の方が階級上だから当然だけどな!
そこ大事。
軍が軍である限り、派閥が違っても階級は守らなくちゃな!
「それで、マ・クベ大佐は偵察勤務かな、ご苦労さん。オデッサで核ミサイルをぶっ放したマ・クベ大佐、いやあ勤務が次から次へと大変だ。それで、ここからグラナダへ戻るコースを行くのかねえ。たぶん」
「! そ、それは…… 」
「慌てると壺を落としちゃうよ。それじゃ、マ・クベ君」
通信をそれで終える。おそらく向こうの艦橋ではマ・クベが土色の顔を青くしているに違いない。混ざると何色になるんだ?
やはり、というか必然的に次の展開がやってくる。
「後背より連邦艦!! サラミス級四隻、急速接近!」
「よしよし、通信に釣られたな。これは沈めるぞ! 艦首回頭、エンジン出力100%! 第一級戦闘態勢!」
俺の声を聞き、横にいた副官が嬉しそうな顔をした。
これまで逃げてばかりでフラストレーションが溜まっていたのだろう。
俺もそのまま指揮を続ける。
「総員に告げる! リック・ドム全機発進! 出し惜しみなどするなよ。直掩に2機だけ残し、左右に5機ずつ展開!」
「サラミス、推定コース計算完了! 誤差確率5%!」
「よし、正確に間合いを測れ。レッドゾーンに入ったと同時にメガ粒子砲斉射だ。だが、それで斃すんじゃあない。わざと向こうに応射させるんだ。向こうが撃ってきた直後が、艦のエネルギーを使い切って防空が一番薄くなる。そのタイミングをよく見とけよ。そこでドムは横から急襲、一気に叩き潰せ!」
「イエローゾーン突破しつつあり、レッドゾーンまであと3、2、1、射程です!」
「主砲斉射、撃てーーー!」
「至近弾になりました! サラミス、撃ち返してきます!」
「引っ掛かったな。当艦隊はそのまま散開、サラミスの砲撃など当てさせるな!」
我ながら流れるような動きで先制攻撃を仕掛ける。
横にいる副官も高揚している。「やっぱコンスコン機動部隊はこうでなくっちゃ」とでも言いたげだ。
十分後、その副官が報告してくる。
「コンスコン司令、お見事な指揮です」
おいおい、俺はそういう褒め言葉に弱いんだよ。チョロインだ。
まあ、戦術指揮ならそうそう負けたりしないけどな! 相手が四隻でもな!
「敵サラミス、全隻撃沈。こちらの損害はリック・ドム三機が小破のみ。それも艦内で修理可能です」
「ドムは対空砲火にやられたのか。それともMSか?」
「MSです。しかし、向こうは後手に回った様で、MSを半分も出せないうちに撃沈されたのでしょう。MS戦は終始数的優位を保ち、圧倒できました」
しかしこれは予定調和だ。
俺は直ちにサイド1方向へ向かう。連邦の鏡の兵器が準備を始めているはずだ。
そして何よりも、この戦いはサラミスを沈めることが目的じゃない。
遠くで茫然自失していたようなマ・クベの救援艦隊は、迷った挙句ソロモンへのコースを辿るようだ。してやったりである。
向こうの艦橋での会話が聞こえるようだ。
「マ・クベ大佐、当艦隊はこれからいったい……」
「うぬぬ、ウラガン! 貴様も聞いていたろうがッ コンスコンに嵌められたのだッ グラナダへ戻れるわけがない。さっきの派手な戦闘も察知されているし、当然通信も聞いているだろう。そのコースで連邦は待ち構えるに違いない! ノコノコとグラナダへ戻ろうとしたら袋叩きだ!」
「で、ではどこへ」
「くそッ、戻れない以上、先へ行くしかないだろう!!」
マ・クベは思わず手に力を入れてしまった。ハンカチを介して持っていた白磁の壺がツルリと滑って飛んでいく。無重力の艦内、そのまま壺は横へ水平移動する。
あわや壁にぶつかる寸前、ウラガンがはっしと飛びつき、すんでのところで守った。
マ・クベは大きく息を吐き出す。
「……ソロモンへ行くぞ。当然、応援じゃなくて火の粉を払うだけだが、仕方がない」
最後まで見届けることもなく、俺は考える。
マ・クベはソロモンへ行くしかないだろうなあ。しかも連邦にとって、核を使おうとしたマ・クベは忌むべき相手、どうしても叩きたいに違いない。
ちょうどガルマを斃した木馬がジオンに狙われるのと同じことだ。マ・クベの艦隊の戦力は決して小さいものじゃないが、孤立すればお終いなことは誰でも分かる。そしてソロモンへ行けば嫌でも協力して戦わなければ生き残れない。
ただし俺としてもマ・クベを嵌めた以上、考えるべき責任がある。最低でもゼナ様とミネバ様は守らねばならない。それが最低限やるべきことだ。もちろんドズル中将も他の将兵も助けたい。
俺の方はやっとそれらしい宙域に到達した。あの鏡どもは太陽の光を反射する以上、ソロモンから見れば太陽と逆方向に並べられるはずだ。