ギレン総帥の秘書たちの問題の他、俺はもう一つの仕事を済ませなくてはならない。
連邦のサラミスから救助した捕虜たちの尋問である。といっても名前と階級くらいしか聞き出せるものがないだろう。
「この艦隊を率いているコンスコン少将だ。そちらは先ほど沈んだサラミスの艦長とお見受けするが、この宙域を航行していた目的と到達予定地を聞かせてもらいたい」
「それは答えられない。無理なものは無理だ。あ、俺は一応艦長をやってた連邦軍ヘンケン・ベッケナー中佐という」
「まあ、答えられないのはそうだろうな。無理にとは言わない。それに関わらず、協定に基づき、中佐以下救助した捕虜は一定の待遇のもと過ごしてもらう。この戦いでお互い捕虜も多いだろう。特に連邦に捕らえられたジオン将兵は多いだろうから、おそらく、すぐに捕虜交換で戻れると思う」
「そりゃ、ありがたい。ではそれまでジオンの飯が連邦より美味いか食ってみよう。メニューが違うだけで嬉しいな。単調なメニューにもう飽きていたんだ」
「……このチベは食堂じゃないんだが」
なんだか人懐こい感じの男だった。別のチベに移乗させた捕虜、サウス・バニングとは違うタイプの軍人だ。しかしどちらもいい奴なのには間違いない。
俺が言うのもなんだが、死んでほしくない人間たちだ。戦争さえなければよかったものを。
そしてついに俺はズム・シティ近くにいたドズル閣下と合流を果たした!
「コンスコン、Sフィールドどころか、Eフィールドでも大活躍だそうだな! まったく商売が手広いぞ」
「いやまあ、やむにやまれず。あ、ドズル閣下、聞きたいのですがズム・シティの騒乱はどうなりました? 親衛隊などが乱れたと聞いたもので」
「ん? なぜそんなことをお前が知っているのか? そう、その通りだ。けっこう騒ぎは大きかった。もう少し戻るのが遅ければコロニーに穴が開いているところだった」
「えっ、そんなにひどく!」
「いやしかし、もう治まった」
それは安堵した。ジオンがこれほど連邦に追い込まれている今、内輪もめなどしている場合じゃない。ジオンの工業生産力も落ちている。そんなところで人も生産物も浪費できるもんか。
「有能な人間がいたんでな。調停にはもってこいだった。トワニング准将だ。ギレンの兄貴が普段から使っていた奴で、軍での実績は特に無いようだが、そういうところで才覚があるようだ。騒ぎの首謀者や逃げ出そうとする者は取り押さえたらしい」
「なるほど、それは良かった」
「ああそうだコンスコン、ついでに言っとくがお前は中将になる。また式典は無いがな。俺は大将、キシリアは中将だ」
そして俺は人事のことをあっさりと聞いた。
ドズル閣下は大将になる。
本当は元帥という地位でないと、元帥府が開けず、形式上政府の裁可を通さないと作戦実行ができなくなってしまう。まあ仕方ないんだろう。ソロモンやア・バオア・クーを失っているのに二階級上がることはできない。
キシリア閣下が中将になるのも道理だ。
だが俺は?
おそらく布告は同日だろうから、何とキシリア閣下と俺が全くの同格の中将になってしまうではないか! これは恐ろしい地位だ。
よく考えたら、デギン公王とギレン総帥亡き今、俺は地位だけならジオン軍の正真正銘三番目じゃないか……
まあ、別に地位が目的だったわけでもなく、それは戦いのただの結果に過ぎない。でも俺も軍人である以上、昇格は少し嬉しい。
「どうだ、中将。コンスコン中将!」
「え、あ、いやあ……」
「中将だぞ。どんな気分だ? ほれ、中将、ほれ」
「まあ……ははは……」
ドズル閣下とのそんなどうでもいいやり取りは置いておくとして、実際的な面での変化について触れる。
「おそらく少しは艦隊も拡充してやれる。おそらく全部で二十五隻程度、大隊ではなく旅団に近い規模になるだろうな。だがチベやザンジバルは増やしてやれるが、グワジンは諦めてくれ」
ええーーっ! グワジンは無理なのか!
またチベか。
俺はチベコレクターだ。チベで一生終わるんだ!
「済まん。グワジン級はもう五隻しか無くてな。まさかデラーズにグワデンを降りろとも言えん。後はキシリアのグワジンとグワリブ、俺のグワラン、ガンドワか」
「いえ、そんなことは気にしてませんが……」
「あ、そうか? それなら良かった」
いや気にして欲しいよ! そこだけは!
それはともかく、他の人間の人事も聞いた。
ア・バオア・クー戦を生き残った者は、戦果がゼロでもなければ多くの者が階級を上げられる。
シャア・アズナブル大佐、マ・クベ大佐、エギーユ・デラーズ大佐、ヘルベルト・フォン・カスペン大佐の四人が新しく准将になり、将官級となる。
気になっていたギレン総帥秘書課の件は、この時にドズル閣下から快諾を頂いた。
絶対的に安全を確保できる新ポストが見つかるまで彼女らは艦隊勤務にしてもらえるそうだ。
ただし、持っている情報は全てバックアップをとり保管すること、また政治的なものについてはダルシア首相とキシリア閣下にも伝えることという命令がついた。まあ、そういうことはあの聡明な第一秘書に任せれば万事やってくれるだろう。
また、俺はドズル閣下から最初の指令を聞いた。
「コンスコン、それで最初にすることは会議だ。将官会議を開く。エギーユ・デラーズの奴が、どこかに寄り道するとかで遅れているのだが、奴が到着しだい直ちに開く」
そこでジオンの行く末が決まる!
混乱した軍の立て直しという以上に、おそらく今後の戦略を策定する、それほど重要な会議だ。
いよいよそれが開かれる、正にその直前だった。
誰もが驚く超特大の悲報が飛び込んできたんだ!
「グラナダ、連邦軍の攻勢に遭い、陥落!!」
それは一日前、ア・バオア・クーでも激戦が行われている最中のことだ。
「警報発令! 連邦艦隊接近中!」
「まさか! 連邦は今ア・バオア・クーを攻めているはず。それでもこっちに同時攻撃か! くそっ、数はどれくらいだッ!!」
「およそ45から50隻の模様!」
「はッ、そうか馬鹿めが。連邦の物量にも限界があったか。おそらくグラナダに戦力が残ってないと踏んで仕掛けてきたんだろう。だが残念だったな連邦め。キシリア閣下の深慮遠謀により、グラナダに40隻以上残っている。地の利を活かせば互角以上には戦える」
こう言ってグラナダ基地司令ルーゲンス少将が迎撃作戦を展開した。
「広く展開して、突っ込んでくる連邦に十字砲火だ! それで数を有利にする。各艦、狙点固定しとけ!」
だが、連邦艦隊はそのまま突入してこない。
パブリク大量突入からビーム攪乱幕をこれでもかと濃密に張り巡らす。
場所を移動しながら行う艦隊戦と違い、要塞は動かないのでこれが使える。それで敵味方の艦砲の威力を減らした上、連邦はMSを大きく先行させてグラナダに取り付かせる作戦をとってきた。後で使うためにグラナダをなるべく壊さず、そのままそっくり制圧する気だ。
しかし、まさか艦数が多い連邦の方から、砲撃戦を選択しないなんて!
この連邦のやり方はソロモンの時と同じだ。しかしソロモンとは違ってグラナダは純軍事要塞ではなく、コロニーに近いような産業都市であり、対空固定砲は少ない。それなのにこの作戦を使うとは。
グラナダのジオン側は予想もしない展開に虚を突かれてしまう。
そして連邦のMS部隊が防衛線を易々と越えてきた以上、本格的なMS戦に引きずり込まれてしまった。
MSの数について言えば、艦数以上に両軍には差がある。もちろん連邦の方が多い。
「いや、まだまだだ! MS戦ならこちらにはエースが多い。しかもここには海兵隊が残っている! 直ちにシーマ・ガラハウ中佐に連絡! 降下してきたMSを排除させろ!」
そして海兵隊のMSが出動した。
何と指揮官であるシーマ・ガラハウが先陣を切っている。
MS操縦にも自信があるのだ。しかし、真相はそれだけではない。
「中佐、突出し過ぎです! どうかお戻りを! 皆がついてこれません!」
「うるさいね、あたしゃこれが一番いいんだ! ついて来れない奴は弁当抜きだよ!」
「中佐、冗談を」
「あはは、しゃべってないで付いて来な!」
もちろんグラナダに大気はない。しかしシーマ・ガラハウは風を切って進むような鋭さだ。乗機は特別チューニングを施されたゲルググ・マリーネ、ジオンMS最高峰の性能を誇る。
今、グラナダを背にして発進、降下してきた連邦MS部隊と即座に交錯する。
連邦MSを次々と餌食にしていく。
シーマ・ガラハウ、もちろん口に見合った強さだ。しかも他の海兵隊員も一騎当千のエース揃いである。
宙には、爆散する連邦MSの姿がたちまち数十にも上った。
「そら、墜ちろ! 素直に墜ちろっ!!」
この時、シーマ・ガラハウはようやく人間に戻れている。
逆説的だが戦いの最中で本来の生気を取り戻しているのだ。
「ああ、こうしている時だけは、忘れていられる。あんな毒ガスのことなんか……」
それはシーマの心を重く縛っている鎖だ。
あの日のコロニー毒ガス注入作戦は、知らなかったとはいえ、実行してしまったのは自分だ。終了後にコロニーの中で見てしまった。恋人たちが、親子が、会社に向かう人も、学校へ行く子供も、誰も動かない。
静寂の地獄だ。
手足を投げ出し、苦悶の末に死んでいたのだ。無数の動かぬ人々がシーマを睨んでいる。その光の無い暗い瞳でシーマを射抜いている。
なぜ、どうして、何の理由で俺たちが死んだのだ。
何の罪があってここで命を奪われた。
教えろ。お前がやったことだろう。妻まで死んだんだぞ。
あなたがやったんでしょう。ねえ、せめて子供たちだけでも助けてくれなかったの? ねえ、どうして?
「毒ガスだなんて知らなかったんだーーッ!」
百度呪われて死んでも、千度磔で殺されてもこの罪は終わらない。
血の涙を流しても赦してもらえない。
「も、もう、お願いだ、赦しておくれよぉ……」
これを自覚した時から、シーマ・ガラハウの心は絶対零度に凍ってしまった。
もう無邪気なジオン兵には戻れない。
過去のシーマ、MSを上手に操って褒められ、早い出世に喜んだ。そんな少女は消えたのだ。全ての喜びは遠い昔に失った。
今も、絶対にふさがることのない心の傷から、赤い血が流れ出て止まることがない。
激しいなら激しいほどいいのだ。
戦いの最中にしか、シーマは生きていられない。