だがしかし、戦局は個人の思いなど無視して進む。
MSでの格闘戦が進むにつれ、連邦側に無視できない損害が積み重なっていく。どうせジオンMSなど少数、いくら機体が優秀でも包み込めばすぐに片付くと侮っていたのが間違いだった。海兵隊との戦いにより、思わぬ事態に驚くことになった連邦は、いつまでも同じ戦術に固執しない。
少数の足止めの捨て石を残し、他多数の連邦MSは海兵隊MSを迂回して一目散にグラナダ表面を目指す。
「チィッ、抜かれたか! グラナダに被害は出せない! 直ぐに追うよ!」
後ろから追いつつ連邦MSを撃ち墜とすのは楽だ。しかしそれでも数の違いは大きい。ついにグラナダのある月表面に降下を許してしまった。
そこからグラナダ内での市街戦になる。建築物を避けながら戦うのだ。
しかしここでシーマは司令部から不思議な命令を受け取った。
「基地司令ルーゲンスだ。シーマ・ガラハウ中佐、連邦MSと戦わなくていい。そうではなく、うまく誘導して集めるようにするんだ」
「分かりました、司令。しかし向こうはかなり広い範囲に展開しており、急ぎ排除しませんと。このままでは民間施設まで破壊されます!」
「いいから、今から言う通りにやれッ」
そしてシーマ・ガラハウは命令に従う。連邦MSの群れを牽制し、引き付け、重要施設から引き剥がす。
だがここで疑問が浮かんだ。
確かに艦船ドックや工廠、通信施設などの重要施設を攻撃から守るのに、このやり方は正しい。
作戦の有効性に疑う余地はない。
しかし今、逆に連邦MSが集められつつあるのは企業や通商、娯楽といった民間施設のある場所の方ではないか。グラナダにはそういう一般用の区画が大きい。
だが、民間人の避難誘導や脱出の気配がまるで無い。
なぜ?
このままでは……
「ルーゲンス少将、これはいったい、どんな目的が!?」
「もう少しだ。シーマ・ガラハウ中佐、海兵隊で連邦MSを民間区画に集中させるんだ。くく、連邦め。美味しいエサだと思って食いつくだろう」
「な!! エ、エサ!? では司令、まさかッ!! 人間を囮に!」
「そうだ、連邦MSを集めたら、艦砲の一斉砲撃で民間区画を焼き尽くす。反応炉は民生用のものがいくらでもある。その誘爆で油断した連邦MSを一掃する。そうすればこの戦い、勝てる!」
「普通の人間が、その中に住んでいるのにッ!!」
「連邦に気付かせないために、民間人の避難や脱出はさせない。よく考えるんだ中佐。民間人の犠牲などこの際考慮する必要はない。大事なのは軍だ」
「!」
ルーゲンス少将は頭の切れる有能な軍人であった。ただし軍人という範囲内だけで。
シーマ・ガラハウは軍の意図を聞いてしまった。
頭が真っ白になる。
トラウマが一気に甦り、圧し潰されそうだ。多くの民間人のうめきと呪いが耳元で聞こえてきた。
お前はどうする、また殺すのか、もう一度俺たちを殺したいのか、と。
幾万という暗い瞳が宙に浮かび、今もこのゲルググ・マリーネを囲んでいる。
シーマは決めた。
そんな中でようやく決断したのだ。シーマという人間が、血の涙の中、あくまで人間であろうとした叫びだ。
譲れない!
そこだけは、例え地獄に落ちると決まった自分でも、従うわけにいかない!
「その命令は聞かないッ!! あたしゃ軍を抜けるッ 死んでもそんなことはしないからァァ!」
「な、何、何だと!! バカな! シーマ・ガラハウ中佐、命令違反だ! 敵前逃亡は死刑だぞ!」
「嫌だと言ったら、嫌なんだァッ!」
そしてシーマ・ガラハウは民間人を救うため、戦場を離脱する。
もちろん驚き慌てる海兵隊の部下がいる。
「お前らッ、好きにしな。あたしを撃つのもよし。抵抗しやしないよ。ジオンの兵ならそうするのが当然さね」
「そ、そんな、できるわけありません!」
そして自分でも混乱した状態の中、いつの間にやらシーマは自分の家のようなところ、海兵隊の乗艦ザンジバル級リリー・マルレーンに戻ってきていたのだ。
そこで当たり前のように声を掛けられた。
「中佐、いえ、軍じゃなければお頭、じゃないシーマ様、出航します」
「コッセル、お前……」
「シーマ様、海兵隊全員、こうなればどこへでも」
感情が渦巻くが、涙など見せられない。
自分はシーマ・ガラハウだ。指揮官なのだ。
全て、心の痛みは自分だけにしまっておく。
「…… マハルへ戻ろう。元々、ジオンなんて国家、大事じゃないんだ。マハルがあたしらのふるさと。そこへ行こう」
こうしてグラナダからシーマと海兵隊を乗せ、リリー・マルレーンはムサイ七隻を従えながら出ていく。
そして残ったグラナダは乱戦になり、ついにジオンの戦線は崩壊した。残存戦力は撤退に転じる。そんな中、基地司令ルーゲンス少将は意地を貫いて戦死した。また、たまたまグラナダ工廠に来ていたシャハト技術少将まで生死不明だ。
連邦もこの戦いで大きな犠牲は出したが、グラナダからジオンを一掃できた。
こうしてジオン最後の拠点グラナダは陥落したのである。
グラナダ陥落、そんな衝撃の中、将官会議が開かれた。
見たところ、会議を主導するのは当たり前だがドズル大将だ。これからのジオン軍を背負って立つ御方だ。すべての戦略に関わり、また責任を負う重圧の中を進まなくてはならない。
他にもちろんキシリア中将がいる。実際の軍行動はドズル大将よりむしろ前線近くにいることになるだろう。
そして恐れ多いがこの俺だ。正直、艦隊戦には少しばかりの自信はあるが、それだけが取り柄とも言える。ただしこの会議では今まで温めてきた考えを主張する気だ。
本当ならメンバーにダニガン中将もいるべきだが、療養中であり、もう現役復帰は無理と言われている。
また、地球表面に取り残され、ゲリラ戦を展開しているノイエン・ビッター准将、ユーリ・ケラーネ少将は当然ながら呼ぶことはできない。
逆に遠く小惑星帯のアクシズに赴任しているマハラジャ・カーン准将も呼べない。
そして先ごろルーゲンス少将、シャハト少将が消えた。
今回の会議で主役になるのは、間違いなく新しい准将四人組だ。
他にも人間がいないことはないが、デラミン准将などは職人気質で謙虚な人間であり、キシリア閣下の腹心マ・クベ准将に従っているだけだ。トワニング准将は調整型の将であり、ジオンの戦略策定に積極的に関わろうとはするまい。
ちなみに同じ元大佐でもアサクラ大佐は昇格どころかグレート・デギン誤射の責任を問われて謹慎中、近く軍事法廷にかけられるそうだ。
「議題の最初は、皆も知っているだろう。もちろんグラナダ陥落の話だ。これでジオンは宇宙の拠点を全て失った」
会議はドズル閣下自らが主導して進む。わざわざ司会を立てる程の大人数ではないし、ドズル閣下にすればそんなのはまどろっこしい。
「本国を守るばかりではこの先どうやっても負ける以上、何とかせねばならん。単に戦力の問題ではなく、拠点を持ってこそ艦隊も立体的に運用できるのだ」
「それならば、ここで皆に話しておきたい」
いきなりここでエギーユ・デラーズ准将が話に入ってきた。
腕組みをしながら、背筋をきっちり伸ばしている。いかにも理想的な軍人、といった姿だ。
皆は一体どんなことを言うのか、不思議に思いながらも注目する。
「今までギレン閣下が腹心以外へは秘密にしていたことを話さねばならない。ギレン閣下は偉大なる御方、あらゆることを想定しておられたのだ。ジオン本国が戦場になるというほぼ最悪の事態さえそれに含まれる。それに備え、本営の移転場所を策定しておられた」
「な、何! ギレンの兄貴はそんなことを! そこはどこだ? しかし我らに全く気付かせないで準備ができたとは思えないが」
「ギレン閣下の深慮遠謀は、最適の場所を選んでいる。それはサイド5の岩礁地帯の一部であり、これまで廃棄された艦の残骸がデブリとなって浮かんでいる所である。そこと知って探すのでなければまず見つかることはない」
「なるほど、そんなところに…… 」
「準備はもう既に最新の工廠と、艦の修理やドック施設を備えるところまで来た。しかも順次拡大中である。実はここへ来る途中通信を取り、滞りなく進められていることを確認した」
この新事実に、皆は驚かざるを得ない!
確かに今行っているのは国家間戦争だ。首脳部機能を移転できる施設を用意しておくのは道理である。いついかなる急襲や破壊工作があるか分かったものではないからだ。しかしそれほど秘密のうちに、大規模に進められていたとは!
故ギレン総帥腹心のエギーユ・デラーズのもたらした情報は大きな朗報である。
「だからデラーズ、会議にちょっとばかり遅くなったのか…… いやそれは助かる。これでジオンはまだ拠点を持てるのだ! ちなみに、その拠点に何か名はあるのか?」
「茨の園という呼び名が用意されている」
「そうか、茨の園か。ではデラーズ、ア・バオア・クーを脱出した配下と共にそこを統括し、いっそう整備を進めておけ」
「はっ、ドズル閣下、確かに了解しました」
ここでドズル閣下はキシリア閣下の方を振り向いた。
「キシリア、済まんな。その茨の園はデラーズが適任だろう」
「…… 兄上の仰せならば」
キシリア閣下は理解したんだろう。その新しい拠点、まさかキシリア閣下が使うことはできない。
この会議場で、それぞれが以前の派閥を引きずっている。はっきりとギレン派、ドズル派、キシリア派、そして中立派がいる。もちろんこんなジオン危急の事態、皆は派閥争いなどしている場合じゃないことなど理解している。
そこまで無能な将はこの中にはいない。
今は互いの立場を踏まえた上で協力に踏み出しているんだ。ただし、別に仲が良いわけでもない。
その中でも深刻なのは故ギレン総帥の信奉者とキシリア派の関係である。その反目に比べればドズル閣下はどちらからも嫌われているわけではない。
前々からギレン総帥信奉者はキシリア派と相容れなかった。それが今、更に亀裂が広がっている。
ギレン総帥戦死がキシリア閣下の謀殺ではないかと疑問を持っている。そこが決定的要因になったのだ。特に現場の最も近くにいたシャア准将を疑い、毛嫌いしている。もっともシャア准将の方では軽く受け流しているようだが。
そのため、ギレン派の将兵が心血を注いでようやく作り上げた拠点をキシリア閣下が握ってしまえば必ずトラブルになる、そうドズル閣下は気を回したのだ。