コンスコンだけど二周目はなんとかしたい   作:おゆ

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第三十二話 政治のキシリア

 

 

 

 デラーズ准将からの話が済み、ドズル閣下がまた会議を進めていく。

 それはグラナダ失陥そのものについてだ。

 

「キシリア、グラナダを失ったのは残念だが、どうも釈然とせん。いや、これはとんでもない間違いではないか。もちろん、ジオンではなく連邦にとってだが」

「兄上? どこが納得がいかないと?」

「当然ではないか! 分からんかキシリア。どこに連邦がグラナダを攻める意味がある。それはまあ、ジオンを追い詰め、拠点を奪うこと自体は変なことではない。手薄になっている今急襲するのも、考えられなくはない。だが比較の問題で言えば、今一番やってはならない選択ではないか」

 

 それはたぶん全員が抱いている疑問だろう。

 グラナダ失陥のショックから覚めてみると、それがおかしなことだということに気付く。連邦にとっての悪手だ。

 

「連邦からすれば、グラナダを奪うことは戦略の一環、いわばジオンを締め上げていく持久策だ。しかしア・バオア・クーであれほどの激戦を戦いながらそういう余剰戦力があったら、当然本国の方こそ襲うべきだったろう。連邦はソーラ・レイの発射間隔を知らん。しかしいくらなんでも数時間でまた撃てると思うわけがない。本国を攻める方が道理だ。いや例えそうしないとしても、ア・バオア・クーをもっと大戦力で攻めて一気に陥落させ、きっちり追撃をかけた方がいいに決まっている。その方がよほどジオンに打撃になっただろうに」

 

 ここでキシリア閣下はふっと息を吐いた。

 そしてドズル閣下に向かい、ゆっくり話す。

 

「ドズルの兄上はいつもいつも軍略、軍略ばかりを言う。いや、そこが良いのか。これがギレンの兄上ならば私も全力で張り合おうとしてしまい、そのため無駄に尖ってしまったのだから」

「…… いったい、何の話を言っている、キシリア」

「軍略で考えるからいつまでたっても先に進まない。兄上、これを政治で考えれば、いとも容易く紐解けるでしょうに」

「政治? なぜそんなものが大事だ?」

 

「ソロモンに攻め込んだティアンムと、ア・バオア・クーを攻めようとしたレビル、あまりにも連絡が悪過ぎでしょう。全くの同時作戦ならまだしも、そうでないなら連携がこんなに薄い理由がない」

「……なるほど、確かにそうだ。しかしティアンムとレビル、仲が良いかは知らんが、逆に反目はしていないと聞いた」

「だからこそ変なのです。レビルが消え、戦力が減っても、残ったダグラス・ベーダーは作戦をそのまま実行した。ソロモンではティアンムが消えても、そのまま作戦を実行し、グラナダを陥とした。おそらくグラナダを攻めた連邦の大半はソロモンからのものでしょう。いくらなんでも連邦に魔法の壺でもない限り、無限に艦隊が湧き出るはずもない」

 

「キシリア、要するにレビルとティアンムを抜きにしても、連邦は二つに分かれてまるで別々に動いているようだ、ということか」

「そう、おそらく敵対している二つの何かが背後にあった、と考えるべき。そして更に言えば、そんな分裂があっても、これまで連邦はうまく機能してきた。不思議にも。ということは、その二つを上手いこと操り使いこなしている三番目の人間の存在が予想されることかと。深めに考察すれば」

「…… 連邦にはゴップとかいう狸もいるしな。他に名が聞こえているのは、ダグラス・ベーダー、グリーン・ワイアット、ジーン・コリニー、ジョン・コーウェン……」

「誰がどういう立場と思惑を持っているか、今は考える材料が不足。しかし言えることは二つ。一つは連邦も決して一枚岩ではない。もう一つ、この戦争の早期終結を本気で願っているのではない人間も存在する、おそらくは」

「なるほどな……」

 

 しばらく誰も声を出さずに考えている。

 そういう考察もできるのか!

 確かに、連邦の妙な動きはそう考えると納得できる。

 そして会議場の人間の多くが、俺と同じ感想を持ったはずだ。

「政治のキシリア」

 本来ならキシリア閣下は政治の方にこそ手腕があったのだろう。しかし現実は宇宙突撃軍や地球侵攻軍などの前線をみる立場になってしまった。それでも並以上の手腕を見せ、少数精鋭の部隊を作り上げているのだが、それが本来ではない。

 

 キリシア自身も思う。これほど素直に考察を言える日が来るとは思わなかった。政治など頭からすっぽり抜け落ちているドズルの兄を前にすると言える。言いたくなる。

 今まではギレンの兄がいたから、下手なことは言えない緊張があった。いや、全力で考えて言っても「その程度か、キシリア」と笑われる可能性が高い。過去の自分はそんなことに捉われ、いわば拗ねていた。実につまらない。

 今は違う。

 この先、自分もジオンもどうなるかは分からない。

 だが自分の心に素直でいよう。いずれ結末が来るまでは。

 

 その方が、少なくとも私は、気分がいいのだ!

 

 

 話が一段落すると、ゆっくりと手を挙げる人物がいた。

 マ・クベ准将だった。

 

「少しここで意見を述べさせてもらってよろしいでしょうか」

「ん? マ・クベ准将、何だ」

 

「先ほどからの話の流れでは、グラナダ奪回の優先順位が低いように皆が思っているような。それは看過しかねます」

「グラナダ奪回は、むろん戦略的に組み込むつもりではあるが……」

「そんな悠長なことは言っていられないのです! グラナダこそ最重要と申し上げたい。なぜならそこには地球から持ち帰った資源が集積されており、これから加工されるところでした」

 

 グラナダはジオンの工業生産の三割を担うほどに重要だ。

 短期間にそれほどの工廠が集積したのは、月の持つ弱い重力が工業生産に適切だったからだ。地球上のような強い重力では物の移動だけで大変になる。しかし、逆に宇宙空間のような無重力では物の固定が厄介になり、作りにくい。液体を扱う工程は特にそうだ。

 月のような重力が効率的な工業生産にちょうど都合がいい。特に小型部品の生産においては。

 そしてマ・クベは地球から持ち去った鉱物資源をほとんどグラナダに置いていた。

 

「皆はおそらく工業というものをご存じない。たった一機のMSを造るのにどれほどのパーツが要ることか。数万、あるいは数十万という空恐ろしい程の数になる。グラナダで作る部品が無ければたちまちどうにもならない。本国に多い組み立て工廠も、ちょっとした部品がなければ止まってしまう。だからといって今から部品工場を新たに造り直すのは現実的に無理。すなわちグラナダの早期奪還はジオンの生命線といえる」

 

 マ・クベ准将はクリーム色の緩い軍服に赤いスカーフをしている。

 およそ軍人には見えず、デラーズ准将などとは対照的だ。むしろ怪しい古物商に見える。いや確かにその通り、とも言えるが。

 

 恰好はともかく、マ・クベ准将の語っていることはもっともだ。

 工業生産が回らなくなったらジリ貧、いやサイド3の生存すらおぼつかなくなる。

 

 更にここでマ・クベ准将は畳みかける。

 それは新鮮な情報だった。

 

「あまり故人のことは言いたくないが、シャハト技術少将は保守的な御方だった。ジオニック社、ツィマッド社、MIP社に一定の要望を出し、ロードマップを提示してもらい、コストの試算と性能を見て決めていた」

「それは当たり前ではないか」

「その杓子定規では、連邦には勝てないのです! 連邦の国力は物量を作れるだけの話ではない。MSの技術開発においても人材を豊富に投入できる。現に連邦が短期間に造ったガンダムは強い。私は実際戦い、身をもって知る羽目になった」

 

 ガンダムが強いことは皆が分かっている。機体性能とパイロット、どちらについても。

 特に、マ・クベはテキサス・コロニーで思い知らされたんだ。

 

「そこでMSの開発においても前線主導の特設機関が必要、そうキシリア閣下はお考えになられた。パイロット側の能力向上を図るためにフラナガン機関が設立されたことは皆も知っていると思う。だがそこではMS自体の開発もさせていた。これがペズン計画である。そこでは、ギャンの発展形、ドムの発展形、ザクの発展形が研究されていた」

 

 あれ、俺が叩いたフラナガン機関がそんなものを! しかしそんなものがあったかな。

 とにかく新型の強力なMSができるのなら万々歳だ。特にギャンの発展形があるのは嬉しい。シャリア・ブルのギャンは限界に近かったからだ。

 

「それぞれはもう基本設計を終え、実は各社に委託して試験製造にかかっている。しかしここで問題がある。私の持ってきた鉱物資源が無ければ、本来意図した性能が出せない」

「何だそれは。材質まで変えるというのか」

「そうですドズル閣下。連邦のMSが高性能なのはいくつも理由があるのです。優秀なソフトウェア、高精度の製造機械、優れた加工技術があります。しかし、最大の理由は材質そのものが違うからです。特に防御用外殻にジオンのMSは単なる鉄鋼しか使っていませんが、しかし連邦はルナチタニウム合金という贅沢なものを使っています! それで連邦MSは防御力が優れているのにずっと軽量になる。全体的に機動力も上がり、余裕ができる。この差は大きい。これではいかにジオンが設計思想で頑張ろうと遠からず対抗しきれない日が来るでしょう。その後は一方的に」

  

 俺は噂で聞いたことがある。

 マ・クベ准将は地球から撤退する際に「ジオンはあと10年は戦える」と言ったそうだ。

 それはこういう意味だったのか。

 鉱物資源の量を運んできたというだけの問題ではなかった。今の生産に使う資源だけではなかったんだ。

 MSを開発するに当たって、新しい材質になり得るもの、そんなものを持ち帰っていた。今から10年先に開発されるMSに使うことまで考えた、新しい材質だ。

 

 マ・クベ准将はさすがに技術に明るい。

 そして未来のこともしっかり見ていたのだ。

 

「当座使えるバナジウム、マグネシウムは当然のこと、他にもこれからの技術に使えるベリリウム、ボロンまで地球から採取し、グラナダに置いてあります」

「なるほど、それではグラナダを取り返さねばならんな」

 

「これもいい機会ですのでもう一つ、MS開発についての試案を申しましょう。先ずぺズン計画は本国で進めていくことにして、しかし当面のMS生産ラインは急には変えず、姑息ですが改修で凌ぐことに。生産効率とコストを考えて最良の選択です。むろん、撃墜数の多いエースに期待してゲルググを優先配備、高機動タイプに順次改良して使わせます。一方で主力としてドムの生産ラインは引き続き使いつつ、最小限変更し、これもまた出力と反応性を高めた改修機に置き換えるのです。今のリック・ドムは残念ながら連邦MSに性能で劣りますが、若干でも上回る程度まで逆転させます」

 

 

「それは認められん!」

 

 会議場で大きな声が響いた。

 それはヘルベルト・フォン・カスペン准将からの声だった。

 

「マ・クベ准将、効率とコストを考えての製造計画だということは良く分かる。それに対してむやみに反対するものではない。しかし、ここで一つ当たり前のことを言っておきたい」

 

 あまり口数の多くないカスペン准将が口を差し挟むとは、皆にとって意外なことだ。

 いったい何を言いたいのだろう。

 

「ジオンにとって最重要の資源とは何か。それは人間である! 鉱物資源ももちろん大事なものだが、人間はそれ以上に重要だ。優秀な機体はエースへ優先的に回すというのは当然の考えなのかもしれない。確かにその方が戦果が上がるだろう。しかし今新兵のヒヨッ子どもの中から未来のエースが育つのだ。ゆめゆめ軽んじてはならん! 連邦MSに性能が劣るから今度は少しだけ上にする、そんな考えではヒヨッ子は守れん。せっかく良い設計のMSがあるなら、どうしてそれを今すぐに造って渡してやらんのか」

 

 カスペン准将は若者たちに対して情が厚い。

 およそ見かけからは信じられないほどだ。

 そして言いたいことは、戦いに赴かせるならせめて一番良いMSを彼らに与え、死なないようにしてほしいという単純なことだった。

 これに対し、マ・クべ准将も反論しなかった。マ・クベ准将もコストと効果のバランスを考えてしまっただけで、どうせ多くが死ぬ新兵なんかには適当なMSでいいとか無慈悲なことは思ってもいない。

 

 これは高度な戦略判断が求められる。

 ドズル閣下が判断を下した。

 

 

 


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