コンスコンだけど二周目はなんとかしたい   作:おゆ

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第三十四話 マハル・コロニー

 

 

 会議が終わって退室する際、キシリアは小声でマ・クベに言う。

 

「直ちにマダガスカルでソーラ・レイへ向かえ。私も同乗する」

「はっ、閣下! しかし、ソーラ・レイにどうして。コンスコン中将がもう向かったのでは」

「気になることがある。ソーラ・レイは元はマハル・コロニーだ。私の勘が正しければだが、そこにたぶん……」

 

 

 

 当のソーラ・レイには、毒づきながら暴れる者がいた。

 

「くっそ! どうしてこんなことに! なぜ俺が責任を取らされる!」

 

 アサクラ大佐はそう言って答えのない問いをするしかない。

 

 自分は命令に従っただけだ!

 

 確かにギレン総帥からの発射命令を聞いたので、あのタイミングでゲルドルバ照準へソーラ・レイを放った。結果的にグレート・デギンは沈み、デギン公王は死んだ。それは事実だ。しかし、自分のせいではない!

 それがいつの間にか自分の誤射だと思われている!

 しかも功に逸って味方位置の確認を怠った愚か者として。

 公王を殺した責任となれば極刑以外にない。本当に自分の間違いならともかく、そんなことを納得できるものか!

 

 命令を下したギレン総帥に頼ろうにも、そのギレン総帥はこの世にいない。

 そして自分はというと、発射直後にいきなり拘束され、弁明もできないまま軟禁状態に置かれてしまった。これもまた妙だ。その時点では、誰も発射後の影響など分かるはずが無いのに。

 まさか、まさかギレン総帥が?

 口封じのため素早く手を回した?

 いや、自分は長いことギレン総帥の腹心だった。そんな、ここで切り捨てられるはずはない…… しかし他に考えようがない。

 なぜ自分が! こんな有能な部下なのに!

 

 幸運なこともあった。

 責任を問われているのは自分一人ではない。

 ソーラ・レイの照準を確認した者や、実際に発射スイッチを押した者まで拘束された。更に通信要員などにも及び、その時の指揮室要員はあらかた捕らえられた。

 ソーラ・レイに関わる人間で、処分される輪はいったいどこまで広がったのか。

 彼らもまた怯えていた。

 恐慌をきたし、ついに暴発してしまった。

 自分もそうだが、全くいわれのない嫌疑で一方的に処分など甘受できるようなものではない。

 

 叛乱を起こすのは簡単だ。

 これだけ技術に明るい者が揃っているのだから、艦に隠された予備端末に誰かが取りつけば、ギドルの制御を乗っ取れる。そして叛乱に賛同しない者をこの技術指揮艦ギドルから降ろし、ジオンからの脱走を図る者で艦を動かす。

 

 いっそう幸運なことに、機関兵などの一般兵でも脱走に賛同するものが続々と出てきた。

 それには理由がある。

 ジオンが戦争でひどく劣勢なことは末端の兵たちでもよく分かっている。

 このままでは死ぬ可能性が高いのだ。一回二回の戦いで勝ってもいずれは負け、命はたった一回の負けで失われる。それなら、今までの指揮官と共に、命があるうちに脱走するのも一つの手と思う。

 

 問題はそういう彼らと共にギドルを占拠した後どうするかだが、こうなってしまった以上不本意でも連邦へ赴くしかない。叛乱兵などジオンの敵、討伐から逃げきれるわけがない。連邦へ投降するしか生きる道は無いのだ。

 連邦の方が受け入れるか?

 しかし、そこだけには全く不安はない。

 

 なぜなら自分はソーラ・レイの性能や制御を知っているのだ!

 

 ジオンの切り札の兵器、その情報は連邦が喉から手が出る程知りたいはずだ。それをこちらが持っている以上、単に受け入れるどころか歓待されるかもしれない。ひょっとして何かの地位を与えてくれるのではないか。今の大佐ではなくとも、せめて士官には……

 

「よし、ア・バオア・クーへ向けて出航だ。そこに駐留している連邦軍に保護を求める」

 

 アサクラ大佐とその甘い夢を乗せ、ギドルがソーラ・レイ管制宙域を出ようとする。周辺には数隻のムサイがいたが、この大型艦の発進を見送るしかなかった。格が違い過ぎる。そしてMSはそこにいなかった。

 

 

 

 しかし発進直後、ギドルはそれら以外の艦が接近してくることを察知した。

 

「アサクラ大佐! ギドルに接近する艦隊を捉えました!」

「何? まさか討伐艦隊がもう!? だ、だがこんなに早いはずはないが……」

「接近中の艦隊、旗艦判明、ザンジバル級リリー・マルレーン。こ、これはキシリア閣下の海兵隊と思われます!」

「何だと! 海兵隊か。俺の隊じゃないか。通信繋げ!」

 

 スクリーンにシーマ・ガラハウが映る。

 

「シーマ・ガラハウ中佐と突撃軍海兵隊か。久しぶりだ。指揮官をお前に譲って以来だな」

「…… 確かに久しぶり」

「ところで何しに来た。この宙域にはソーラ・レイしか無いが」

 

 アサクラ大佐はシーマ・ガラハウの脱走のことは知らない。軟禁されていたためだ。いや、大半の者は知らない。ごく上層部の者だけがグラナダの戦闘途中で海兵隊が忽然と姿を消したことを知っている。

 

「ああ、グラナダの戦いの途中で抜けてきたんだよ。いわゆる脱走さ。そして故郷を見ようとここまで来たんだ」

「な、何!? シーマ・ガラハウ、お前もジオン軍を脱走したのか? はは、俺と同じだな。これは好都合だ! では一緒に来るか?」

「冗談かい、大佐」

「冗談なものか。お前もどのみち脱走したら必ず見つけられて懲罰されることくらい分かっているだろう。懲罰といっても極刑だけだ。しかし、俺と一緒に連邦へ行けば安心だぞ。俺はこのソーラ・レイの最高責任者だ。連邦は必ず歓迎してくれる。俺と一緒なら、お前もな。悪い話じゃないだろう。代わりにシーマ・ガラハウ、連邦へ行くまでの護衛を頼む。リリー・マルレーンの戦力があればたいがいの艦隊に勝てる。これで安心だ」

 

 アサクラ大佐もシーマ・ガラハウと海兵隊の実力は知りすぎる程知っている。ここは味方に付けたい。

 それで誘いをかけたが、シーマは表情を厳しくしただけだ。

 

「ちょっと待っておくれ。聞きたいんだが、このマハル・コロニーをぶち壊し、兵器なんかに変えた責任者って、大佐かい?」

「ああ、俺がギレン総帥から全てを任された」

「どうして、選りにもよってこのマハル・コロニーを?」

「ん? このコロニーをどうしてだと? たまたま位置的にちょうどいいところにあったんでな。使っただけだ。人口も二百万しかいないから強制疎開も簡単だ。それくらいの理由か」

 

「……それだけ聞けば充分だよ。いや、分かってはいたさ。ただ確認したかっただけだ」

 

 アサクラ大佐はあっさりと対応を間違えてしまった。

 シーマ・ガラハウと海兵隊のショックを軽く見てしまったのだ。

 リリー・マルレーンはこのソーラ・レイを、たまたま発射口、つまり内部も見える方向から寄ってきていた。

 できるだけ早く、一目、故郷を見るために。軍を脱走して未来が無いかもしれない、それでも故郷に。

 シーマも海兵隊もそれを見ながら近付いていた。

 

 

 最初はもちろん驚いた! 長いこと帰っていなかった故郷、その姿を思い出しながら慰められていた故郷。期待したそれとはまるで別物を見て。

 

 コロニー・レーザーの情報はジオン軍全体に固く秘匿されていたが、噂レベルでシーマも知っていた。

 しかし、それがよもやマハル・コロニー、自分の故郷が使われたなんて!

 そこで見えたものは、もはやコロニーなどではない。

 見える一方の端はレーザー発射口として切り取ったように開けられ、もちろん宇宙の真空だ。中の状態は、以前人が住んでいたような形跡は全く無い。生き物など完全に消え、きれいさっぱり、ただのレーザーエネルギーの入れ物でしかない。覗き見える内部には無機質の金属の壁と焼け焦げた土が所々にあるだけだ。

 

 シーマ・ガラハウは思い返す。

 故郷マハル・コロニー、そこはかつて美しい緑が広がり、いくつもの湖があった。

 鳥たちも魚もいた。

 密閉型コロニーならではの地表高低差を活かして、ささやかな小川まであったのだ。

 

 その一方、移民団入植地らしく流れ者が多くいた。雑多な区画には、怪しい行商、ジャンク屋、なんでもありだ。子供たちはそんな活気のある区画が大好きで、親から止められていても通っていたものだ。シーマ・ガラハウ達もそうして育った。

 まるで万華鏡のように楽しいふるさとだった。

 

 そんな故郷は酷く変わり果てた。昔の姿はもうどこにもない。

 心の記憶だけを残し、永遠に失われた。

 

 

「あのマハルがこんなことに。あんたに分かるかい、アサクラ大佐。あたしらの故郷はなくなった」

「何だ、そこに拘るのか。それより命が惜しいだろう。一緒に連邦へ行くんだ」

「あんたとは違う。一緒には行かないさ。死ぬならマハルの側で死ぬ。鳥も緑も無くなったけれど、このマハルで」

 

「おかしなことを言うな! スペースノイドは宇宙で生きる者だ。マハルはただの宇宙に浮かんだ作り物、人が作った一つの居住地でしかない。そんなものに拘るべきではないのだ!」

「…… あんたの言う通りかもしれない。鉄で作られた壁、その内側に薄っぺらい土を張り付けただけ。川も湖も緑も全部作り物だ。ただのコロニー一つ。分かってるよ。でもふるさとなんだッ! 本物でも作り物でもなんでもいい。あたしらのふるさとだったんだよッ! あのマハルは!!」

「ちょ、ちょっと待て。落ち着け。もし地球へ行けば、本物が見られるんだぞ!」

 

「うるさいね! ここであんたに落とし前をつけなきゃいけない。あたしゃ遠からず地獄へ行くが、あんたを先に送ってやるよ!」

 

「な、何を言うんだ。済まん、俺の言い方が悪かった。シーマ・ガラハウ、一緒に行かなくてもいい。た、頼む。妙なことだけはしないでくれ……」

 シーマはもう通信を切ろうとしていた。

 アサクラ大佐がなおも焦って懇願している。情けない声だ。

「マハルの件は、仕方ないんだっ! ここは見逃してくれ……」

 

 

 リリー・マルレーンはギドルから距離をとったまま、MSを発進させる。

 この敵対行動を察知してギドルが主砲を放ってきた。

 

「撃て! こうなれば、消し飛ばしてやるぞ!」

 

 元はグワジン級戦艦であるギドルだ。どうしてそれが前線に出されることもなくアサクラ大佐に下賜されたのかは謎とされ、ギレン総帥の権勢の誇示と噂されたものだ。

 今ではギドルは技術指揮艦としてすっかり改装され、MS搭載のベイもなく代わりに技術開発部が詰められている。砲の数も減った。しかしそれでも主砲の一つくらいは残っているのだ。

 

 ギドルの砲撃は遠く外れた。照準がかなり甘い。おそらくは本来の砲術士官がいないので代わりのものが撃ったのだろう。しかしさすがに威力は凄く、これならリリー・マルレーンではどこに当たっても一発轟沈だ。

 

 リリー・マルレーンから発進したMSは、隊長機ゲルググ・マリーネを先頭にして進んでいく。

 もちろん熾烈な対空砲火に見舞われるが、そこをかいくぐり、なおも接近していく。

 取り付く直前、ビーム・ライフルを撃った。しかしさすがに元はグワジン級、傷は付けられても致命傷にはならない。重要区画までいくつもの区画があり、そこまで至らないのだ。

 

 ゲルググ・マリーネは再び飛ぶ。

 今度は艦に沿って回り込み、その正面に出た。

 ビーム・ライフルを持ち上げ、艦橋を正確に捉える。

 

「覚悟を決めなッ! アサクラ大佐!」

 

 

 

 


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