コンスコンだけど二周目はなんとかしたい   作:おゆ

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第三十七話 そういう話?

 

 

「キ、キシリア閣下、では海兵隊がアサクラ大佐と戦闘を引き起こしたことについては?」

「単なる偶然だろうな。ここに到着したら叛乱に出遭ってしまい、最優先でそれを阻止することになった、というところか。特に問題ではない。命令に含まれていないことでも、叛乱という非常事態に直面したらそれを阻止するのは艦隊司令として当たり前の行動だ。そう考えたのだろう、シーマ・ガラハウ中佐?」

 

「い、いいえ! 脱走のフリなんて、そんな命令は最初からどこにも! 本当にただの脱走で!」

「シーマ・ガラハウ、今まで任務ご苦労。海兵隊を取りまとめ原隊に復帰せよ。コンスコン中将、これで納得してもらえたか?」

 

「…… 確かに理屈は通っています。しかし、聡明なキシリア閣下はお気付きでしょう。それにはきちんとした報告書の作成と、根拠の提示が必要です。ドズル閣下や他の将官も最初から脱走と聞いていますし、脱走が重罪であればこそそれを覆す証拠がなくてはなりません。軍が組織であるからには」

「……」

「秘密命令であっても、何がしかは残っていていてしかるべきなのです。何かの理由で失われたのなら仕方ありませんが」

 

 俺は筋論を言ってのけた。

 正直損な役回りだ。

 過去に俺はキシリア閣下とフラナガン機関を巡っていざこざを引き起こした。キシリア閣下がそれを好ましく思っていないことはキマイラ隊の派遣から明らかだ。ここでいっそう反目する事態にはしたくない。

 俺のためでもあるが、ジオンのためでもある。

 今、弱体化したジオンは派閥の枠を超えて譲り合わなくては立ち行かない。だがギレン派とキシリア派はちょっとやそっとで仲直りはするまい。この上はドズル閣下の者たちが接着剤になってやる必要があるのだ。

 

 もう三文芝居をするしかないか……

 俺はゲルググ・マリーネを指さしてわざとらしい声を上げる!

 

「ああっ、あれはシーマ・ガラハウ中佐の乗機か! よく見たら中破、いや大破しているではないか! これは大変だ!」

 

 皆が急に何を言うのかという顔でけげんな視線を投げてくる。頭わいてる人を見るような目だ。

 くそ! 痛い、痛いよっ!

 俺だって好きでやってんじゃないんだからね!

 

「このMSはひどい状態だ! 腕だけでなくコックピット周りも破損している可能性がある! それでは命令書も残っているかどうか…… いや中佐申し訳ない。こちらの行き違いで戦闘になり、キシリア閣下からの命令書も失われたかもしれない。秘密命令ならその書類も身近なところ、コックピットなどにも持ち込んでいたと拝察するが」

 

「…… おそらくそうだろう。コンスコン中将の言う通りだ。シーマ・ガラハウ中佐は命令書の紛失を気にすることはない」

「失われたものは、仕方ありません。キシリア閣下」

「コンスコン中将は理解をして、それに合わせた報告をしておいてくれると言うのだな。本当に助かる」

「もちろんキシリア閣下、そのように」

 

 そして俺はすぐにシーマ・ガラハウ中佐を解放した。

 

 むろん俺だって秘密命令があったなんて思うわけがない。それはシーマ・ガラハウの表情を見ていれば嫌でも分かる。海兵隊は脱走ではなかった? いや、確かに脱走なのだろう。

 だが、この短い会話でもキシリア閣下の思いは充分察せられたのだ。部下であるシーマ・ガラハウを助けたいというのが伝わってきた。貴重な感情だ。

 閣下は全て承知の上でそれを無しにしようとしている。

 だが俺としてもその方がいい。派閥のことはさておき、ジオンにとって海兵隊は重要な戦力だ。

 それに脱走兵の処分などしたいわけがない。

 何より俺もシーマ・ガラハウは指揮官として立派な人物に見えたのだ。それを信じる。脱走もそれなりの理由があると思って間違いないだろう。

 

 とりあえずただの茶番を演じただけだ。

 本人は置いてけぼりのキシリア閣下と俺の茶番である。

 

 全ては、結果オーライだ。

 

 

「シーマ・ガラハウ中佐、リリー・マルレーンに戻る前にひとまず一緒にマダガスカルに来い。少し話がある」

 

 シーマ・ガラハウは、キシリア閣下と共に一度マダガスカルへ行く。

 俺のチべに残されたゲルググ・マリーネは後で送ってやる約束をした。

 

 

 最後、このMS発着場を出る直前、シーマ・ガラハウは振り返った。

 そこには、ゲルググから降りてきたアナベル・ガトーがいる。

 

「あんたが、あのゲルググのパイロットだったのかい?」

「ああ、そうだ。宙に浮く目玉など絶対に見たこともないし、これからも決して見ることがない男だ」

「あたしもね、あんたに言われてから見えなくなったよ。ありがたいね。でも言いたいことは感謝だけじゃない」

「何だ? 中佐」

 

「あんた、いい男だね。年下のようだけど、あたしゃ構わないよ」

 

 ちょっと待って。

 え? 突然何を言ってるんでしょうか?

 このアラサー美女は。

 

「先ずは生き残っていておくれ。あたしが迎えに行くまでは」

 

 この発言に俺も驚いたが周りもそうだ!

 特にエルメスから降りてきたクスコ・アルが顔を青くしたり赤くしたりしているじゃないか。

 そんなクスコ・アルにも向かってシーマが言う。

 

「あんたがあのモビルアーマーのパイロットだったのか。この男の近くにいられるのは、あたしからのハンデと思いな。せいぜい頑張っておくれ。あんたじゃこの男とは釣り合わず、無理だと思うけど」

 

 実にシーマ・ガラハウらしい。

 クスコ・アルは思いもよらず正面から挑戦状を叩きつけられた。大人の女であるクスコ・アルも急な発言に、言い返すこともできず口をパクパクさせている。

 ガトーが代わりに平然として言った。

 

「もちろん死ぬ気はない。そして中佐から戦闘技量を褒めてもらうのは光栄だ。だが、海兵隊からの共同作戦の申し込みなら、難しいかもしれない。宇宙突撃軍とこの艦隊とは系統が違う。特殊な狙いがあればあり得るかもしれないが…… それと中佐は知らないかもしれないが、エルメスは今回の戦いで本来の性能を出せていなかった。普段ならMS戦闘のサポートをしてもらうのに不足はない」

 

 はあ?

 ちょっと雰囲気寒いんですけど。

 

 ガトーは一人で何を言っている?

 

 完全に浮いてるよ?

 俺もぶったまげたが、周りの全員もそうだった。

 

「あっはっは! こういう男だったかい。ますます気に入った。じゃあしばらくお別れだが、待ってておくれ。すぐにまた会う気がするよ!」

 

 

 そう言ってシーマ・ガラハウは爽やかに去って行った。

 はああ…… 俺は逆にめちゃくちゃ脱力感を覚えた。

 

 やっぱりか!

 やっぱりそうなっちゃうのか!! ガトーさん!

 

 うん、こうなるかもとは思ってた。

 思ってたんだけどさ。

 

 もう俺は笑うしかないよ!

 どう決着が付くのか、考えたくもない。

 ここにツェーンやセシリアがいなかったのは幸いだ。いや、ここは密室ではない。必ず話が伝わるだろう。下手すれば一時間も経たないうちに。

 はあああ…………

 

 

 

 そしてマダガスカルの艦長室に数人が入室した。

 本来、ザンジバル級はそれほど大きくない艦だが、このマダガスカルは艦隊旗艦であることもあり、艦長室は比較的広めにとられている。

 ついでに言えば、あるものの存在のため誰が艦長なのか一目で分かるようになっている。

 ジオン広しといえど、他にこんな艦はない。いや連邦にも絶対無い。

 壁には収納棚がしつらえてある。そこに、それぞれ形の違う白磁の壺が並べられているのだ。しかも三段もある。おまけにカーテンのような幕も見えるので、まさかその裏にも棚があるのだろうか。そうすると全部で何段になるだろう。

 戦う骨董市といえば恰好良く聞こえるが、実際には何の意味もない。艦隊指揮官の精神を落ち着かせる以外には。

 

「シーマ・ガラハウ、一時は肝を冷やした。脱走と聞いた時にはな」

「キシリア閣下、脱走については申し開きもできません。しかもマハル出身の海兵隊まで巻き込んでしまいまして。内々の処分は覚悟しています」

「脱走を責めるつもりは毛頭ない。私はお前のことを信用している。何かの理由があるのだろう。そんなことは聞くまでもないことだ。それにな、これは私ばかりの思いではない。コンスコンもお前を信用したようだ」

「コンスコン中将まで?」

「奴も不思議な男だ。マ・クベの言っていた通りだな。今回もお前を助けるために私の嘘を嘘と知りながら乗ってくれた。あんな臭い芝居まで打ってだ。先の将官会議でもそうだったが、奴は本当に派閥を超えてジオンをまとめたいのかもな。私も先の遺恨は忘れることにした。いや、協力したいとさえ今では思う」

 

「…… ありがとうございます。閣下。しかしながら、海兵隊の脱走でグラナダの戦いが一気に不利になったのも事実」

 

「グラナダはどのみち陥ちた。そこは気にするな。連邦は確固たる意志で陥としにかかったのだ。ア・バオア・クーと同じこと、指揮官はおそらく意地でも陥としたに違いない」

「ですが……」

「グラナダを脱出できたのは海兵隊を除けば二十隻しかない。ア・バオア・クーから私を含めて脱出したのは三十隻程、併せても宇宙突撃軍は今や五十隻だ。それなのに海兵隊の戦力をみすみす捨てるわけにはいかない」

「……」

 

 キシリアは手持ちの戦力の話もした。指揮官としてのシビアな損得勘定だ。

 だがそれが脱走を不問にする理由なのか。シーマがそれでも納得していない様子なのを見て、大きく息を吐く。

 

「実は、それも嘘だ。戦力のためにお前の脱走を無しにしたのではない」

「で、ではなぜあんな秘密命令の作り話までして……」

「本当のことを言うと私にも迷いがあった。お前の顔を見るまではな。しかしお前の顔の表情は、良かったぞ。それで私も無理な嘘を言う気になったのだ」

「表情? それが変わったと? おそらく、長く続いた悩みが吹っ切れたからでしょう。今頃になって、ようやく。向こうのパイロットの一人に救われました。変な話ですが戦いながら助けられることに」

「向こうのパイロットに救われた? お前が最後に話していた銀髪の男のことか。良さそうな男だ。ふふ、私も話してみたいな。大いに興味が湧いて来た」

「ご冗談を! キシリア閣下」

「冗談ではないと言ったらどうする?」

「……」

「本気にするな。シーマ・ガラハウ、そういう表情もできるようになったか。熱いな」

 

 

 

 


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