コンスコンだけど二周目はなんとかしたい   作:おゆ

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第四十二話 ダリルとカーラ

 

 

 ツェーンやクスコ・アルが悔しがるのは理解できるが、セシリアが残るのは配置上合理的なことである。それにティベの最大MS搭載数は18機まであってこれは物理的に変えられない。一つの艦にはそもそも一つの隊しか収容できないのだ。

 

 まあ、そもそもセシリアがこの艦隊に居残ったことが原因といえばそうなのだろうな。

 ズム・シティに治安が回復されテロや襲撃の恐れがなくなった後、俺は元秘書課員全員に身の安全が確保できたので退艦が可能になったことを申し伝えたが、答えは意外なものだった。

 

「いいえ、私にはこの艦隊に恩義があります。これからは精一杯恩を返すつもりで働かせていただきます」

 

 セシリア・アイリーン、その恩義というのはアナベル・ガトーだろう? とは思ったが、口には出さず好きにさせた。

 

 どのみちこの艦隊に優秀な主計係は喉から手が出る程欲しい。

 彼女がいると、書類が飛ぶように片付いていく。

 しかもそればかりではない! 次々と問題を突き止めては未然に解決していくとは、さすがにギレン総帥が認めた才媛だ。これで後方には心配がない。

 

「補給部から来た推進剤の品質が表示より落とされています。コンスコン司令、意図的なものか、それとも本当に払底しているのか、問い合わせしましょうか?」

「三番艦の嗜好品要求が少ないですね。特に酒類は。ストイックな兵が多いのでしょうか。さりげなく褒賞して報いてやった方が」

「それと四番艦も、寄港地でバカ騒ぎをやって通報されるのがここしばらくありません。これも褒めてやるべきだと思われます」

 

 しかも、気が付くのは後方部としてのものだけではない。

 

「おかしいですね。最右翼エンジンの部品在庫ばかりが他に比べて減りが早くなっています。しかも加速度的に。修理回数と箇所を突き合わせて、深刻な不調が隠されていたら早めに発見しませんと」

 

 数字を見る目で、他の部署が見るべきものまで見通す力がある。

 いやあ、何から何まで助かるな!

 当のセシリアは、艦でガトーとすれ違っても軽く挨拶するだけだ。

 MS隊員と出会うのはそれほどの回数ではないのに、そんなチャンスを活かして何かするわけではない。しかしその挨拶の後、立ち止まってガトーの後ろ姿を長いこと目で追っているとは健気ではないか。

 何とも言えないな! 俺としては。

 

 しかも、残ったのはセシリアだけではなかった。

 思いがけず他の秘書軍団九人の全員が全員、この艦隊への残留を望んだ。そして各艦に分散して後方任務を担う。彼女らの能力は高く、そこでもまた書類が瞬く間に片付いていくのだが、おまけに彼女らならではの士気向上効果がある。

 当然ながら彼女らの乗る艦は他の艦から大層うらやましがられることになる。それはそうだ、ランクの違う美人が艦にいるわけだから。

 彼女らの方も、まんざらでもなさそうだった。

 秘書課では大勢の中の一人に過ぎなくとも、これが艦にいればアイドル級の扱いだ。

 プロフィールや写真が飛ぶように艦内を出回る。

 人の好みというのは様々で、ちょっとした派閥ができるが、それは気晴らしの範囲内であって咎めることではない。

 

 

 俺としてはしかし、だから楽しいとも言えない。

 彼女らを絶対に戦死させないように、司令官として気を引き締めざるを得ない!

 それが残留を認めた指揮官として果たすべき務めだからだ。

 

 それと正式に軍籍に入れる以上、秘書だったセシリアにも階級が必要になる。

 ジオンのトップ、あのギレン総帥の最も信頼する第一秘書だったからには…… 正直言うとギレン総帥から見ればトワニング准将よりもずっと代えがたい人材だったろう。とすればセシリアも准将クラスだっておかしくないほどだ。しかし士官学校を出ているわけでもなく、途中採用では本来なら士官にすらできない。

 しかしまあ、俺は考えに考えた挙句、大尉に任じた。

 あまり階級が低いと、ジオン軍後方部と物資について折衝する際、相手方からなめられてしまう。

 しかし、ガトーよりも階級を高くすればおそらくセシリアは固辞してくるだろう。そんな気がしたのだ。大尉というのは本人も周りも納得できる線である。

 

 

 

 それともう一つ、俺はMSパイロットではないがこの艦隊の重要戦力である人物について、退艦を打診する。これを失うのは大きな痛手だ。しかしそこを敢えて言わねばならない。そういう責任がある。

 

「ダリル・ローレンツ少尉、君は充分に働いた。退艦して腕の治療に専念したらどうか。せめて右腕だけでも早く取り戻すんだ」

「…… コンスコン司令、ありがたく思います。しかし艦隊戦での砲撃を代わりにできる者は……」

 

「この艦隊のことを気にしてくれるのはとても嬉しい。驚くほど精密な主砲管制、君の役割は大きく、その力で幾度もピンチを救われてきた。本音を言えば手放したくはない。だが、君の幸せには決して代えられないのだ」

「で、ですが、これから幾度も戦おうという局面で退艦などできません! フラナガン機関から出してくれた恩義はまだ返せていません!」

「だからこそだ。この先、戦争はいつまで続くか分からず、今を逃せば退艦の機会がないかもしれない。腕の手術は早い方が成功率が高いのだろう?」

「他にも悲惨な兵はいくらでもいます! リビング・デッド師団にはたくさんいました。それでも皆、戦い続けたんです。この艦隊で今から戦いに行く兵たちの中で、僕だけが特別扱いされる理由がありません!」

 

「理由はある! 君をこんなことにしてしまったのは、同じジオン軍だからだ。君は軍の都合による犠牲、いや被害者なのだ。だからこそ少しでも償わねばならないのはこっちだ。後のことは、気にしなくていい」

 

 これは俺の正直な気持ちだ。ダリル・ローレンツは単なる戦いの負傷者ではない。味方であるべきジオン軍、その一部のフラナガン機関から実験材料にされ、最後の腕までも失う目にあっていたのだから決して同列ではない。

 ダリルは俺の気持ちを感じ取ったようだ。

 下を向いて涙を落とす。

 しかし、尚も震え声で呟く。

 

「それでも僕は残り、この艦で砲を撃ち続けます。そうしたいんです。僕にそこまで言ってくれた司令と艦隊のために。たったそれだけが、僕のできることだから」

 

 ここでダリルに付き添っていたカーラ・ミッチャム教授が口を挟む。

 

「多少時期が遅れても、大丈夫です! この私が手術を絶対に成功させてみせます!!」

「だが…… 」

「コンスコン司令、ここはダリルの言う通りにさせてやってくれませんか?」

 

 彼女もまた途中から激しくもらい泣きをしている。

 再生医療の第一人者であり権威、医者にして教授の肩書きを持つ彼女が。

 この艦隊で実は彼女の働きは役に立っている。彼女がいなければカヤハワを始めとした負傷兵の回復はもっと遅かった。

 そして今分かる通り、非常に豊かな感性を持っているのだろう。

 

 ここまで言われたら俺も同意せざるを得ない。というより戦力的には本当に大助かりだ。正直言うと、今度のティベ級は砲塔数は少ない代わりに一基当たりの砲撃力が連邦のマゼランさえ凌駕する。艦砲として最大クラス、となれば今までと比べても段違いにダリルの能力が活きるはずだからである。

 

 この二人は本当にいい人間だな!

 しかし、カーラに肩を抱かれているダリル、ちょっとうらやましいぞ!

 

 

 

 このダリルの話が漏れ伝えられた頃、意外な人物がダリルとカーラの元を訪れた。

 アナベル・ガトーだ。

 

「率直に聞きたい。腕のことだが、負傷はどのくらい回復できるものだろう。いや、俺の友にケリィ・レズナーという男がいるのだが、ア・バオア・クーの戦いで負傷して片腕が動かなくなったそうだ。神経を傷つけたらしい。いい奴なんだが、そのためにMSパイロット適性から漏れてやさぐれているそうなのだ。助けてやりたい」

「ガトー少佐、状態にもよりますが、神経移植がうまくいけばあるいは」

「それができるのか! いや、失敗してもドクターを責める気はない。是非ともお願いする」

 

 ガトーはその友ケリィとやらの情報をカリウスから聞いていた。そしてカーラ医師による回復手術の予定を勝手に付けていく。強引にでもケリィに受けさせるつもりなのだろう。友であるケリィのことはガトーがよく分かっている。

 もちろんガトーは俺にそのことを訴えてきた。

 

「そうか、そうだろうな。ガトー、心配しなくていい。そのケリィ・レズナーをこの艦隊に呼ぶ算段をしよう」

 

 いやあ、俺の中将という肩書はこういう時役に立つよな!

 調べるとカリウスの言う通り、ケリィ・レズナーは前線を外されて後方の補給部に送られてしまっていた。本人はそれでも戦いたがっていたのだが、本当なら行くべき負傷兵専門のリビング・デッド師団が壊滅している今、行くところがない。結果、やさぐれて上司を殴って営倉送りになっていたのだが、そこを呼び寄せることができた。

 そしてカーラ教授の元で回復の算段をつける。

 

 またしても俺はガトーからキラキラした目で感謝と尊敬を受けることになる。

 女性兵からそういう目で見られることはないけどな!

 

 

 

 その頃、遠く離れた宇宙の片隅、地球連邦軍首脳部では連日激論が闘われていた。

 しかし、ここでようやく方針が定まる。

 ア・バオア・クーやグラナダの占領の結果、連邦内のタカ派の声が予想以上に高まっていた。実績を基に強硬な意見を出し、それらの声が通ったのだ。

 

「正面からジオンを撃砕する。それは戦争に勝つということばかりを意味しない。今後、スペースノイドどもが希望や妄想を抱かないよう、完璧に潰してやる。地球に逆らうことがどういう結果になるか、未来永劫記憶に叩き込んでやるのだ。少しの犠牲を嫌うばかりに持久戦で向こうが崩壊するのを待っていてはならない。そうではなく、政治的な意味から圧倒的な勝利というショウが必要だ」

 

 作戦は発動され、運命は再び戦いを呼ぶ。

 

 後の世に本国会戦と呼ばれる戦いが迫ってきていた。

 

 

 

 


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