ガンダムをソーラ・レイで叩く!
ただし現実的には直径六kmの範囲を確実に消し飛ばせる巨大レーザーとはいえ、逆に言えばたったの六kmなのだ。照準に捉えられたとしても、高機動をしているMSならわずか数秒でその範囲を出てしまう。
そして発射を決めてからシークエンスが始まり、実際にレーザーが出るまでも同じく数秒かかる。つまり、悟られてしまえば計算上きわどい勝負になる。
おまけにソーラ・レイは巨大なだけに照準の変更はそう簡単にいかない。各所に取り付けられたスラスターを使って微妙に動かすのだが、綿密な計算をした上で精密に行う必要がある。そうしなければ円筒にわずかでも歪みが出てしまい、発射すらできなくなる。つまり現段階で掃射は到底不可能だ。
策を練っても上手く行くとは限らない。それでもやってみるしかないではないか。
初めに俺は連邦が陽動を使ってきたことから、そっちの方に木馬とガンダムがいると考えた。これまで木馬はやたらと陽動や囮に使われていたからだ。連邦の中でも腫れ物扱いなのか?
しかし、陽動部隊の中に木馬はおらず、当てが外れた。俺はその陽動を仕方なく放置させ、慎重に木馬を探し続ける。ペガサス級強襲揚陸艦などそうそう数は無いはずだ。
いた!
ジオンの壁に取り付いた連邦艦隊、その最左翼に木馬がいた!
これはラッキーだ。下手に中央部にいたら、ソーラ・レイが無駄撃ちに見せかけられず本来の作戦が成り立たなくなる。それに連邦司令部を下手に潰してしまうと乱戦になる可能性が高く、そんな消耗戦はかえって厄介だ。そもそも味方を巻き込むような照射は絶対にしてはならない。
後はその近くへ出撃しているはずのガンダムを探させる。
見つけたら、次はガンダムへ向かって艦砲の集中を命じる。もちろん弾幕が当たるようなガンダムではない。ただし、高機動を繰り返させることくらいはできる。そして動きが速いほど早めに推進剤とエネルギーパックの補給を受けに戻るはずだ。いくらNTでも物理法則は変えられない。
「ん、あのガンダムだが、何かしら違うような…… 新しくなったのか? しかし木馬から出てきたのは確かだ。今さら考えても仕方ない」
見つけたガンダムを拡大して見たところ、なんだかいつものガンダムと違う気がした。俺は知らなかったが、実はガンダムはガンダムの方で転換があったのだ。重なる連戦で試作機ガンダムの各部は疲労し、おまけに後付けのマグネットコーティングのためにかなりの無理をかけている。部品をやりくりしながら算段をつけても、やがて限界がきたのだ。そこで、アムロ・レイは新たにアレックスガンダムなるものが支給されたと同時に乗り換えていた。
砲撃との我慢比べの末、ようやくガンダムは母艦である木馬へ帰投するコースを辿る。
その頃までには、ソーラ・レイの射軸はピタリと木馬に合わせてある。味方の方も巻き込まれないギリギリのところへそっと後退させる。
後はガンダムが木馬に戻って補給を受け始めるのを見計らい、撃ち抜けばいい。
それで長きに渡った俺とガンダムとの因縁も決着だ!
固唾を飲んで、ガンダムの動きを注視する。
ところが、ガンダムは何かを感じ取ったのか、木馬へのコースの途中で止まってしまったではないか!
くっ、くそ、さすがガンダムだ。万事うまくはいかない。
だがここで逃したらガンダムを斃す機会は失われる。
俺はカスペン准将との連携で、ソーラ・レイの照準を木馬からガンダムの方へずらしてもらう。木馬よりもガンダムが優先目標だ。
そしてついに枠内に捉えた!
するとなぜかガンダムが急に動き出す。俺も反射的に指示する!
「信号弾、撃て!」
これを合図として、ついにカスペン准将がソーラ・レイを放つ!
巨大な輝きが宙を一閃、眩しく照らす。
これは運命の光だ。
「や、やったか! ガンダムを斃したか!」
勝負の結果は最高でも最低でもなかった。
ガンダムは照射直前に高機動をかけ、外れる方向に動いていた。憎たらしい程の先読み能力だ。
しかしそれは完全にうまくいったのではない。ぎりぎりレーザーの大きさが勝り、その縁にかすっていた。そのため右胴体部から下半身にかけ、広く溶かされて消えてしまっていた。
その意味では作戦はうまくいき、俺はガンダムを斃すことに成功したのだ!
もう復旧などできやしない。
ただしガンダム内部に隠されてあった強固な脱出装置が分離したのもまた観測された。ノーマルスーツで出たのではなく、そういう保護ポッドで逃れたのだ。
パイロットは無事なのである。それはジオン側が捕えるより早く、連邦側に収容されていく。
このソーラ・レイにより、連邦にとっては乗り換えたばかりの真新しいガンダムを失ったのは痛い。しかし逆に言えば新しい機体だからこそ、そこまで移動でき、パイロットが助かったとも言える。
ついでに木馬もレーザーにかすられて、エンジン片方を失ってしまった。
照射位置にあったはずだが、逃げ出したのだろう。同じように逃げた艦、逃げずに沈んだ艦、明暗が分かれたのだ。ともあれ木馬も大破し当然戦線から離脱していくのが見える。
俺はこの結果を頭の隅にいったん置いた上で、本来の作戦である連邦艦隊の撃滅に専念する。
「ガトー他MS各隊、全機発進! デラーズ准将を支援し、突入してきた連邦艦隊を斜め後方から襲って削り取れ!」
信頼する俺のMS隊を出す。
ここが勝負時だ。
早めに叩きのめさないと連邦は立ち直ってしまい、陣を整え急速離脱を図るだろう。そうさせてはならない。
艦隊から光の粒が連邦艦隊を目がけて次々と発進していく。
そしてもう一つ、俺はドズル閣下から他の将への命令権を預かっている。それでキシリア閣下にも要請を行う。
「キシリア閣下に電文打て。現在交戦中の連邦突入艦隊への攻撃、あるいは未だ突入してきていない連邦残存艦隊への挟撃行動の防止、もしくはソーラ・レイへ向かった連邦陽動部隊への対処、それらのうちいずれかをお願いしたい、と」
俺は敢えて選択肢のある要請をした。
本来なら決めてから命じるべきでもあり、俺は今その権限も持っている。
だがザビ家のキシリア閣下に遠慮したのと同時に、キシリア閣下のやりようを見てみたい気持ちがあった。
その電文を受け取ったキシリア閣下が呟く。
「……コンスコンは食えない奴でもあるな。これほどの作戦を成功させておきながらオマケも忘れないとは。私が本気かどうか試すつもりかもしれないが、奴にはシーマの借りがある」
キシリアは今、チベ級パープル・ウィドウの艦橋にいる。
そしてキシリア自身は陣頭の猛将などではなく、そこに美意識は感じない。指揮官として順当に艦隊後方にいるのだ。
ついでに言えば、コンスコンやドズルとは逆にあまり大戦艦にロマンを感じる人間ではない。
実はこのパープル・ウィドウの方が、自分で名前をつけたほどのお気に入りでもあった。グワジン級グワリブなどはザビ家の象徴として持っているだけで、むしろそれを惜しみなく前線に投入するスタイルをとっている。戦力上その方が有効であり、指揮官のために火力を温存するのは合理的でないとも思っている。
「ここは全力で我が宇宙突撃軍の実力を示しておく!」
今、そのパープル・ウィドウ指揮シートから立ち上がり、張りのある声で指令を発する。
「シャア・アズナブル准将に通達! 正面の連邦艦隊を50分だけ確実に足止めせよ! それ以上は必要ない。マ・クベ准将、デラミン准将はその援護に付け。本隊は突破してきた連邦への攻撃に回る。キマイラ隊はその先鋒として突撃! エース部隊として恥ずかしい戦いだけはするな! 友軍全てに見せつけるつもりでやれ」
キシリアは自分は政略が本分であり、決して戦術指揮官としての能力が高いとは思っていない。だがここまでお膳立てされたらやるしかない。
そして客観的に見れば、その指揮は非常に的確なものだったのだ。
それはキシリアが精神的に少しばかり成長したことだろうか。
「もう一つ命じる。シーマ・ガラハウ及び海兵隊は連邦陽動部隊を急ぎ追い、カスペン准将と協力してこれを壊滅せしめよ! これはソーラ・レイ、いや、マハルコロニーを敵の手から守るためと思え」
キシリアは全部隊を一気に動かす。
その言葉にジョニー・ライデンも奮起するだろうが、特にシーマ・ガラハウはマハルのため死ぬ気で戦うに違いない。
指示を受け、シャアが出る。
未だジオンの陣に突入していない連邦艦隊は五十隻余りいるのだ。いかにマ・クベとデラミンの二十五隻による側方援護があるとはいえ、その数を前にして恐れもせずゲルググが浮かぶ。
逆に連邦の方は、罠にかけられたのをようやく理解した。
既に遅い。
八割方はもう突入してしまった。そして取り込められ、多方面から不利な横撃を食らっている。そこにいた副司令官ダグラス・ベーダー中将は必死に指揮を執るが、連邦は前進も後退もままならないまま混乱するのは避けられない。
だが、ジーン・コリニーの手元にはまだ五十隻も残っているのだ。
ジーン・コリニーは愚将ではなく、精神的ショックにいつまでも捉われていることはない。既に立ち直り勝つための新たな策を立てている。
根拠はある。
まだまだ全体として連邦の戦力は大きく、逆転の目がなくなったわけではないのだ。
「くそッ、あの敗走が擬態とは、まんまとしてやられたか! だがまだ負けと決まったわけではない。残った艦隊55隻をまとめて大きく迂回させれば、先の味方170隻と呼応して挟撃ができる。ベーダーがいる以上、損害は受けても簡単に瓦解はするまい。連携して挟撃に持ち込めばあっというまに態勢は逆転だ! ただちに動けば勝てる。いや勝ってやる!」
そこへ立ち塞がるのがシャア・アズナブル、赤い彗星だ。
連邦にとって戦争初期はMSによる悪夢が続いた。
その中心にいる赤い彗星は恐怖の象徴である。連邦といえども一瞬怯まざるを得ない。
ましてや今、すぐ横には無敵のエルメスが万全の態勢で控えている。