それでも戦闘が始まっている以上、その渦は全てを巻き込む。
連邦艦隊もシャアを恐れてばかりいられず、ここは勝つために否が応でも前進しなくてはならない。
連邦とジオン双方の熾烈な艦砲が飛び交いだす。その中でMS戦もまた開始された。
シャアの赤いゲルググが動く度に、連邦のジムが墜とされていく。やはり連邦から恐れられるジオンの象徴だ。その強さは圧倒的である。
ララァのエルメスも万全のフォローに付き、やはりジムをことごとく薙ぎ払っていく。
そこに死角などあるはずがない。
ジオン側はわずかずつ後退を余儀なくされるが、なんとか戦線を支え、持ちこたえられそうだ。もちろん数の上でこれほど劣勢である以上、シャアの力量を以てしても勝つことは不可能に近い。いくらシャアでも近付くほど熾烈になる対空砲火の中で十艦も二十艦も沈めることなどできるものではない。
しかしキシリアから命じられたのは単なる時間稼ぎだ。連邦の挟撃戦術を阻み、全体として勝ち切るための。
今、進んでくる連邦に反撃の一撃を与え、攪乱し、逆上させればそれでいい。
シャアはわざと派手に戦い、敵味方の目を引き付ける。もちろん撃墜数そのものではエルメスの方が勝るが、シャアには持ち前の華がある。
ただ撃墜するのではなく、連邦兵の心を折るような華麗な技まで披露するではないか。艦やMSを蹴って加速する、後ろを振り向かずに撃つ、など様々だ。
それでなくとも戦場ではパーソナルカラーの赤がよく目立つ。
赤い彗星の伝説はこうして益々語り継がれるのだ。
だがそんな順調な戦いの中、シャアを目がけて恐るべきビームの束が襲い掛かってきた!
「准将、危ない!」
ララァが思わずそう言うが、さすがにシャアはビームを次々に躱していく。それでも一度はスレスレのところで躱すことになった。
「何だろう? どこから来たビームだ? 近くにMSはいなかったはずだが」
シャアが特に慌てもせず見渡すと、遠くに連邦MSの集団がいた。しかし砂粒のようにしか見えない距離であり、普通にはとてもビーム・ライフルの射程ではない。
「確かにあの方向だった。この距離で射撃ができるとも思えないが…… 」
第二撃の波が来た。もう方向が分かっている以上、シャアにとって躱すのは別に難しいことではない。
しかし、これにエルメスが怒りを燃やさないはずがなかった。シャアに対する攻撃は死に値する重罪と一人で決めている。
直ちに報復に動く。
「このMSどもッ!! 准将を狙うとは、もう死ぬ覚悟はできてるんでしょうねッ!」
エルメスがそっちに突撃すると同時に、九体の守護天使を先行させる。
そして次々と撃ち放つ。
連邦MSはその度ごとに天使たちの矢に貫かれて撃破されていく。あまりに一方的な交戦ではないか。
もちろん連邦側は驚く。それには理由があり、ただのMS中隊ではなかったのだ。
連邦MSの最新鋭機であるジム・スナイパーⅡを擁していた隊だ。
それはやっと実戦投入が開始されたばかりのMSである。
もちろん、名前の通り射撃能力に優れているが、決してそれだけではない。反応性でも機動力でもジム・コマンドを大きく上回る性能を与えられている。連邦期待の高性能新型機だ。
ここで連邦の脅威になっている赤い彗星を抑えるため出てきたのだが。
この場合あまりに不運だった。相性が悪かったとしか言いようがない。
せっかくの遠距離射撃もエルメスに通じるわけがなかった。
そしてアウトレンジの戦いなら、エルメスの方がよほど正確だ。その差は絶望的に大きい。どんなにかすかに見える距離でも関係なく当てられる。いや、見えている必要すらない。NT能力を使うララァには何も問題ない。特に、怒りに精神ボルテージが沸騰した今では。
「わたしがここを墓場にしてあげるわッ!」
連邦のジム・スナイパーⅡ中隊十六機はやがて全滅させられた。この会戦でせっかくの性能を活かせることもなく、あっさり消え去った。
本気のエルメスはたったの一機たりとも逃げることを許しはしない。
それを見たシャアは呟く。
「なるほど、遠距離からの射撃戦も興味深いものだ。私は接近戦も決して嫌いではないのだが…… そういえば、マ・クベ准将はMSを代えるのではなく、ゲルググのまま性能を上げる改修ができるという話をしていたな。ゲルググを高機動R型にするか、あるいは狙撃J型にするか可能という話だったか。ならば私のゲルググはJ型にしてもらうのも面白い」
戦場の真っただ中で戦いながらそんなことを考えるゆとりがあるのもシャアならではだ。
そして注文された50分の時間をきっちり稼ぐと、損害によって破綻する前に本格的な後退に転じた。
赤い彗星による、華麗なステージは終幕だ。
その陰で、さすがに数の違いから砲戦でデラミン准将の艦隊が壊滅寸前の綱渡りになっていたのだ。欲張らず、仕事は引き際が大事である。ちなみにマ・クベ准将の艦隊も損害は少なくないが、特に旗艦マダガスカルでは大きな揺れで一番奥に大切にしまっておいた白磁の壺が一つ欠けてしまった。
当人はそのことをまだ知らない。
主戦場から離れたところでもう一つの激しい戦いがあった。
カスペン准将の指示でソーラ・レイが発射されたわずか1時間後、そのタイミングで連邦陽動部隊22隻が襲いかかってきた。
ソーラ・レイは既にこの会戦での役割を終えている。もう戦術的に守る意味はないのだが、それでもジオン本国を守る盾、連邦に占拠または破壊されるわけにいかない。そのために防衛の戦いをするのだ。
ソーラ・レイの指揮艦ギドル、付随するムサイ八隻、そして技術艦ヨーツンヘイムが砲を並べて待ち構える。
それと合わせてヨーツンヘイムから雑多なMSが出撃していく。ザクもドムもいる。パイロットはむろん新兵や学徒兵が大半だ。さすがにオッゴではなく支給されたMSに乗ってはいるのだが、訓練不足は否めない。
「私もゲルググで出る。ヒヨッ子にはお守りが必要だ」
「えっ、カスペン准将自身が? それはお止め下さい!」
「キャディラック大尉、そう言うなら、そっちもヅダで出るのは止めたらどうだ」
カスペン准将も決して無謀な人間ではない。しかし迫る連邦艦隊の規模を知ると学徒兵たちを自分の手で守りたくなる。少しでもヒヨっ子を守りたいのだ。
技術隊のモニク・キャディラック大尉もまた制止を振り切って出撃する。いくら思い入れが強くとも、さすがにヅダでは性能不足で、試作ガルバルディに乗って出る。この緊急事態に計測屋を自認するオリヴァーもパイロットとして出るので、それを密かに守るためだ。
来襲してきた連邦陽動部隊、その戦力は予想よりも大きく、高速の軽空母が二隻も含まれていた。そこからMSが続々と発進してくる。全部で50機もいるだろうか。
たちまち交戦が始まった。
ジオン側40機も最初はカスペン准将がきちんと統率していたが、そこは新兵の集団だ。いつまでも整然としていることはできず、襲われるとたまらず隊列を乱してしまう。
「キョロキョロするな! 隊列を保てば敵の来る方向は限られてくる!」
カスペン准将がいかに声を枯らしても効果は限定的だ。新兵は最初は意気込みはいいのだが、孤独な宇宙で敵を目の前にしたら平静を保ってなどいられない。小便を漏らし思考停止する者、めちゃくちゃに動く者、味方も敵も分からなくなってしまう者、様々だ。
もはや最初から乱戦に近い。
カスペンやモニクといった技量のある者が必死に押しとどめようとするが明らかに不利であり、損害が増えていく。
だがここを支えるのだ。いったん崩れたらジオン側は敗走し、それこそ新兵など一方的な狩りの獲物になってしまう。
見ると、艦同士の砲戦でも連邦のサラミスをやっと一隻叩く間に何倍もムサイが墜とされてしまう。ギドルも直撃を食らうが防御力でなんとか凌いでいる。
だがそこで不思議なものを見た。
「墜ちろ墜ちろ墜ちろーーッ! とっとと墜ちてしまえッ!」
一機のアクト・ザクが飛び跳ねたり回転運動をしたりしながら連邦のジムを叩き墜としていくではないか。
誰かなど聞く必要もない。
「…… あのキャラ・スーンか。つくづく変な奴だ」
カスペン准将がそう呟く。
この頃にはキャラ・スーンの性格を少しは漏れ聞いている。普段はそれほど変ではなく、MSにも乗りたがるふうではないのだが、いったん乗ってしまえば豹変してしまう。その意味で通常ではない。
そして今、キャラ・スーンの技量はともかく、相性のいい試作アクト・ザクの高性能が発揮されている。おかげで全体の戦況は悪いのだがやっと一息つける。
そして間に合った。
やっとジオンに待望の援軍が来たのだ。
「済まなかったねえ、マハル。お前をこんなにした上で、また働かせちまったよ。でもお前はよく頑張ってくれた。後はしばらく休んでおくれ」
シーマ・ガラハウは故郷マハル・コロニーを愛おしく見る。
その瞳は幼い日を思い出すのか、限りなく優しい。
リリー・マルレーンがキシリア閣下の指令を受け出立し、ようやくその艦橋からマハルが目視できるところまで来る。海兵隊の他のムサイを置いてけぼりにするくらいのフルスピードだった。
到着すると同時に激戦が展開されているのを観測する。考えるまでもなく、マハルを守るカスペン戦闘大隊と敵連邦陽動部隊との戦いだ。そして戦況はもちろん数の多い連邦の有利に展開している。
「お前たちッ、ただちに突撃だ! あたしのゲルググ・マリーネについてきな!! 連邦なんかにマハルは指一本触れさせやしないよ!」
誰も指揮官シーマ・ガラハウを止めない。止めても無駄だと知っているのだ。いや、それよりもマハル出身のパイロットは全員、同じ思いである。よりによってマハルへ攻めてきた連邦を生かして帰すつもりはない。
「マハルを護るッ!!」
瞳が戦闘の色に変わったシーマに率いられ、リリー・マルレーンから出たゲルググ8機がいきなり突っ込む。
各員が優れた技量を持つ海兵隊の参戦により、ジオンの新兵たちもやっと落ち着きを取り戻す。後方や側方に頼もしい味方がいるというだけで、ずいぶんと違う。
戦況は互角、いや有利に傾いてきた。
シーマ自身も短時間で4機は墜としている。
そして時間を追うごとに海兵隊の後続ムサイ7隻が到着してはその都度ゲルググを出してくるのだ。海兵隊は全部で27機のゲルググを保有する強力な隊であり、企まずして時間差戦力投入の形になる。
やがてMS戦で勝利し、掃討にかかると同時に連邦艦への攻撃に転じる。
最後は崩壊に追い込んだ。この連邦陽動部隊にとっては既に意義の見出せない戦いであり、連邦本隊から援軍が来る様子もない。そして相手の戦意がそれほど高いとは。
この方面ではジオンが勝利した。
連邦陽動部隊は瓦解して逃げに転じるが、そこを海兵隊が手を緩めず執拗に追撃をかけていく。結局逃げられたのはわずか五隻に過ぎない。