ジオンと連邦との主戦場は、ジオン側に取り込んだ連邦艦隊の包囲戦である。
もちろん態勢を見れば、まんまと罠にはめたジオン側が圧倒的に有利、しかし兵力差だけを見るとやはり連邦の方がずっと多いのも事実である。110隻対180隻、だがMS数ならもっと大きな違いがあり、その差は二倍以上だ。
ここは正念場、一気に攻め立てる。
ドズル閣下の本隊も精鋭を繰り出して切り崩しにかかっている。
効果的な砲戦を仕掛ける陰で、力量のあるMS隊を突進させて先手を取ることに成功した。連邦が広くMSを展開し、数を活かした打撃力を活かす前に封じ込めたのだ。連邦のMSは思い切り暴れる前に、自分の艦隊の直掩に回らざるを得なくなった。
そしてドズル閣下の信頼も厚いMSが活躍する。それはシン・マツナガ、押しも押されもせぬ実力派である。たちまちその力量によって撃墜数を順当に増やしていく。その戦闘スタイルは独特であり、こんな戦場でも落ち着き払った姿だ。ゲルググのビーム・サーベルを正眼に構え、一瞬の接近戦で方を付けるのだ。
そして今、もう一人のエースであるブレニフ・オグスの正確な射撃も素晴らしい。
しかしドズル閣下がその二枚看板ならこちらは何枚看板になるのだろう。
俺は今、疲れの見えてきたデラーズの艦隊を支援するため、その横に加わりながら盛んに砲撃を撃ちかけている。
敵はもちろんのこと味方でさえ驚く超々精密砲撃が頼もしい。
そして俺は先にMSを発艦させて、既に連邦艦隊へ向かわせている。その四つの隊が期待通りの活躍をすれば連邦艦隊は大きく力を削がれ、早く瓦解へ近づくだろう。
そしていつ見ても俺の擁するMS隊は見事な働きをする。
ツェーンやカヤハワの試作ガルバルディがいい動きをして連邦MS隊に穴を開け、ドム隊を引っ張る。うまい位置から対艦攻撃が可能になった。取りついたドム隊の四方からの砲撃により、たちまちサラミスが爆散していく。
その調子だ!
連携は充分うまくいっている。連邦の戦意を刈り取るまで続ければいい。
だが、強敵もまた存在した!
それはシャリア・ブル隊の異変に現れた。
シャリア・ブル隊の新兵が立て続けに三人も墜とされたではないか。しかも、遠くからの狙撃である。
「私が向かおう。皆は下がっているように」
シャリア・ブルは冷静に力量を推し量り、ひとまず新兵たちを安全圏へ退避させた。そして自分はといえば、試作ガルバルディの高性能を活かして突進する。
狙撃が来た方向は分かっている。連邦のMS隊がいるが、そこからだいぶ先行した一機が見える。突出しているのだろうか。
そして、おそらくあのMSが攻撃してきたのだ。
確かにそうだった。近付く間にもその機から正確な射撃が来るが、最小限の動きで躱す。
やはりシャリア・ブル、地味でもこういう時にNTの片鱗を見せてくれる。もしもNTの素養が全く無ければ無傷では済まなかったはずだ。
いかに優れたエースで、いかに反応速度が速くとも、いったんビームを撃たれてから対処できるものではない。
それでも躱せるからこそNTというものだ。
脅威の元となる一機のMSと対峙するが、そこでシャリア・ブルは驚く。
連邦MSは新型だった。これもまたジム・スナイパーⅡだったのだ。
「くそっ、接近されたか! 反応がいちいち遅いんだよ! この機体は!」
ジム・スナイパーⅡのパイロットが文句を言う。それこそ、コックピットに掛けているジャズの音に負けないほどの大声で。
ジムやジム・コマンドよりもずっと速いはずの新鋭機、ジム・スナイパーⅡの性能にさえ不満でいっぱいなのだ。それもそのはずである。
今まで乗っていたのがあのフルアーマーガンダムなのだから。
「だがそれでも勝ってやる! 今来たのはジオンの新しいMSか? いったいどれほどのものだ!」
そのパイロット、イオ・フレミングは新しく目にするジオンMSに対しても怯むことはない。闘志はある。
そして文句を言ったものの、自分が特別に1機だけこのジム・スナイパーⅡを回してもらったことを理解している。この隊の中で唯一だ。それはこれまでガンダムパイロットとして戦果を重ねた実績と、所属するビーハイヴの艦長クローディアの嘆願のおかげである。
接近戦でもジム・スナイパーⅡはさすがに高性能だ。
しかしそれはジム・コマンドに比べてであって、ジオンのMSに対してそうとも言えない。ましてや悪いことに今の相手はドムやザクではなく接近戦に優れたギャンの直系機、ガルバルディだ。機体性能的にまだ水を開けられている。
斬り結んでも、わずかに手が遅い。
それでも決着が容易に付かないのは、イオ・フレミングの天賦の才能のおかげだ。
NT能力の差は闘志で補う。
両者は十合も接近戦を交わし合った。
だが、最後はシャリア・ブルの経験がものをいった。シャリア・ブルは長くギャンで接近戦を戦っていたのだ。射撃主体のフルアーマーガンダムに乗っていたイオとは違う。
シャリア・ブルは微妙なフェイントからジム・スナイパーⅡを前のめりにさせ、素早く左側面に回り込む。向き直ってくる前に左肩を斬り払った。
「くそっ! 機体がガンダムだったら、あっという間に蹴散らしてやるものを…… こんな機体じゃダメだ! ガンダムはどこかにないのか! 俺は必ずまたガンダムに乗ってやる」
そう言いながらイオ・フレミングは大破した機体を何とか操り、逃げに転じた。
その頃、隊の他のMSには大きな損害が出てしまっている。本来は決して面倒見の悪くないイオだが、つい自分の戦いに熱くなって他を見るゆとりがなくなっていたのだ。そのことでクローディアに何を言われるだろうか、と考えつつ母艦ビーハイヴへ帰投する。
俺がシャリア・ブルの活躍を注視している間にも、他の隊は活躍を続けている。
特にアクト・ザクに乗るガトーは圧倒的であり、危なげなく撃墜を増やしていく。これに対抗できる連邦MSは無い。
「さすがガトーだ。連邦MSを寄せ付けない。しかし見方を逆にすれば、ガンダムにやられるジオンの側もこういうふうだったんだな」
そして俺はうかつにも失念していた!
下手に余裕を見せるのは早かった。
なぜなら、俺は無双するガンダムを何とか封ずるため、策を講じたのではないか。だったら連邦の方でもガトーのアクト・ザクに対策を立てても何もおかしくないことを。
「あ! 不味い! あれは罠だッ!」
俺は気付いた。
連邦も馬鹿ではなかった。
全力で戦っているフリをしながら、ガトーの隊を誘い出している。
その先にはサラミス数隻が対空砲火を控え、待ち構えている。充分に引き付けてから対空砲火を十字に撃ち込み、ガトーの隊をメッタ撃ちにするつもりだろう。
ガトーもさすがにその罠に気付く。
だが、隊の他のMSを統率しながら急に高機動をかけられない。
なんとか隊の方向転換が終わったとたん、やはり対空砲火が一斉に掛けられる。すんでのところでガトーやカリウスは退避できたが、それでも餌食になる新兵たちもいた。
だが、これでも終わりではなかったのだ。
ガトーらが退避した先には、連邦MSでも精鋭を擁する隊が待ち構えていた!
つまり最初から艦砲の罠が避けられた場合に備えて、二段構えで罠を構築していた。
いろいろな要素と条件を冷静に考えた上で、目的のために幾重にも策を講じる。連邦には憎らしいほどの策士がいる。
ガトーの隊が戦いに入るが、連邦のMS隊は連携が際立って良く、むしろ押されている。これは指揮が優れているせいだ。どこかに司令塔が存在するのだろう。
ガトーはその司令塔を潰さねばならない必要を感じた。
「カリウス、ここは頼む。これ以上新兵に犠牲を出させるな」
ガトーが慎重に観察し、やがて勘と経験で連邦MSの隊長機を見定め、その1機のジム・コマンドに向かってガトーが一文字に進んでいく。
面白いことにその隊長機は自分が戦うのではなく、奥で指揮に専念するスタイルを取っていた。ガトーは途中邪魔してくるMSを墜としながら、そこへ尚も迫る。
接近戦の間合いに入る。ガトーとその隊長機が戦いに入るが、意外にも相手は強かった。ガトーに一撃で決めさせることはない。逆に言えば、自分がこの強さを持ちながら後方で策を練るとは、優れた指揮官ではないか。
だがしかし、こうなってしまえばガトーとそのアクト・ザクに敵うものではない。
やがて、アクト・ザクはその隊長機を袈裟懸けに斬り払い、勝負はついた。
躊躇なくその隊長機から、脱出してくるパイロットが見える。脱出機構の不備からかノーマルスーツで出てくるではないか。諦めを知らない不屈の精神を持ったパイロットのようだ。
しかも、ノーマルスーツはピンクに水色の線、シルエットは女だった。
だがノーマルスーツで戦場にいるのは危険過ぎるのだ。
乗り捨てたジム・コマンドは爆散寸前だ。
ガトーは急機動をかけ、そのパイロットとジム・コマンドの間に入ろうとした。もちろん護るためである。近距離でMSが爆散しようものなら、無数の破片が高速で全方向に飛ぶ。それがいくら小さいものでもまるで弾丸のようにパイロットをズタズタに切り裂いてしまうだろう。
間に合った。
ガトーのアクト・ザクはそのパイロットを抱きかかえるようにして護る。直後、やはりジム・コマンドは爆散したが、その破片がノーマルスーツのパイロットに及ぶことはない。
どうしても恐怖で体を縮めてしまったが、閃光が止み、破片が流れ去ったのを見届けるとパイロットはそこからアクト・ザクを毅然と見つめる。
しかし、連邦とジオンで通信回線は閉じられていて会話はできない。
ガトーはやむなくアクト・ザクのハッチを開けて身振りで伝える。
「連邦のパイロット、命を大事にしろ。このアクト・ザクに捕虜を入れるスペースはない。連れ帰ることはできないのでここに置いておく。救助を待て」
ガトーはこのことを伝えようとする。
その間、連邦の隊からジムが近寄ってくるのが分かる。ガトーは慌てずハッチを閉め、アクト・ザクの左手で待てのポーズを取る。下手に撃たれたら、アクト・ザクはともかくノーマルスーツが焼かれてしまうからだ。そしてガトーはすぐに離脱した。
その場に優しく静止状態で置かれたノーマルスーツのパイロット、ライラ・ミラ・ライラはやってきた味方に救助されることになる。
「いったい、何なのだ。あの男は。戦場で敵パイロットなど撃ち殺すに決まってる。MSの爆散に巻き込まれるならほっておくだろう。護るはずがない。あの男は気がおかしいのか? 腕は立つが馬鹿なのか?」
ライラ・ミラ・ライラはしばらくそのことを考える。あのジオンの新鋭機アクト・ザクのパイロットは何なのか。
自分の策を無にするほどの技量のことも、戦果や損失のことも、今は頭にない。
「次に会う時には墜としてやる! そして、わたしの命を助けたことを後悔させてやる!」
だがライラの内心は違う。
次に会った時、どうして敵部隊のパイロットである自分を助けたのか、理由を聞く方が先だと思っていたのだ。
そして一言でいい、感謝を伝えたかった。
あの目元が涼しい男に。
バイザーに光の反射がなかったほんのわずかな部分で、それだけが見えていた。垣間見えた左目の記憶で心は一杯だ。
ライラは自分でもこんな戦争の中、策士として生きているのがいいことなのか分からない。能力が発揮できるからそうしているだけだ。ジオンは敵、もちろんそれに納得しているから軍にいる。
しかし殺し合うより、生かし合う方がよほどいいことなのも分かっている。
好んで人を殺すほど腐りたくはないと思っていたのだ。