ジオンMSが連邦の直掩MSをいなし、連邦艦へ近づいては有効弾を叩き込む。ドムのジャイアント・バズが最大限の効果を発揮する場面だ。二、三発も食らって大破し、コントロールを失うか、エンジンが停止してしまった連邦艦は艦列から脱落する。そうなればジオン側の艦砲の餌食になる運命が待っている。
戦いの趨勢は次第に明らかになってきた。
やはり包囲という絶対有利の態勢が数の不足を帳消しにしたのだ。
敵味方損失比のカウントでジオンの優位が三倍を超え、大きくリードしている。このまま行けば加速度的に差が広がり、最後はジオン艦隊だけが残る計算になる。
それぞれの隊同士での戦いを見ても、その数字が嘘ではないことを証明するようにほとんどのケースでジオン側が勝利している。ここに至って連邦の混乱と士気の低下は顕著だ。
連邦指揮官、ダグラス・ベーダー中将は刻々と不利になる戦況を見ながら、それでもジオンの隙を見て突破を狙う。
「戦いはまだ終わっていない! 慌てるな! 損傷を受けて速度を保てなくなった艦は乗員移乗後、廃棄しろ。勿体ないと思わず思い切ってやれ。まだこちらには120隻はある。機動力確保が何より優先だ」
しかし、ジオンの中でも最も活発に動いていた隊がついに防衛陣を突破し、司令部付近にまで近づく。
「何だ!? 敵の中に赤いMSがいるぞ! ま、まさか、赤い彗星のシャアがここに来たのか! くっ、これは厄介だな」
だがそれはシャアではなかった。
見えたのはキマイラ隊、そしてジョニー・ライデンだ。
「俺は真紅の稲妻ッ! 勝負したいMSはいるか! いるなら向かって来い!」
そう言いながら、司令部直属のMSを相手取り、真紅に似合った派手な戦いをしている。よく見れば違いがわかるのだがぱっと目にはシャアと区別がつかない。赤いとしか見えないのだ。それはどちらに不幸なのか、あるいはどちらにも不幸なことか。
けれどジョニー・ライデンとアクト・ザクの動き、そして戦果は伊達ではなかった。ついでに言えばキマイラ隊もさすがにエース部隊であり、数の濁流に押し流されることさえなければ期待通りの活躍を見せていく。各員優れた技量を持つ28機もの強力なMS部隊である。
ダグラス・ベーダーはやむを得ず苦渋の決断をした。
「ジオンは憎らしいほど隙がなく、このまま頭を抑えられてのたうち回っても埒が明かない。先にこっちが消滅するだけだ。無念だがこの戦いは諦め、次に繋げる。損害を少なくして戦場を離脱しよう。各隊に通達! 各中隊ごとに分散し、それぞれが別の方向へ急速離脱せよ」
普通なら陣形をコンパクトにすべきだが、この場合は下手にまとまっているとかえって横撃で消耗させられるだけだ。ダグラス・ベーダーは合理的な撤退に転じた。瓦解ではなく規律を保った上で小集団の同時離脱を図る。これならジオンはいつまでも包囲はできない。
しかしこの時点で連邦の敗北が確定した。
結果的にジーン・コリニーが急ぎ目指していた作戦、つまり包囲網内外からの挟撃は間に合わなかった。シャアによる足止めが最後まで響いたのだ。ジーン・コリニー指揮下の艦隊がジオンの陣に突入しようとしたところで、ダグラス・ベーダーら取り込められた味方がバラバラに抜け出してきたのが見えた。
「くそっ! 遅かったか…… 負けは負けだ。しかし、出直してくるだけだ!」
こうなれば継戦は断念する。ジーン・コリニーも後退に転じながら味方の撤退を支援しようとした。今できるのは損失を減らすことである。
ジーン・コリニーは連邦艦隊の最後尾についてこれを守る。
「ドズル閣下、連邦は総退却の模様!」
「そうか、奴らは諦めたか! 勝ったな。ジオン本国はこれで守れた」
ジオンの各艦、各将兵はもちろん勝利に沸き立つ!
「ジーク、ジオン! ジオンに栄光あれ!! ドズル大将、万歳!」
各艦の中で勝利の声が響いてやまない。歓喜の叫びが木霊する。
この大事な本国会戦、数で大きく勝る連邦軍に大打撃を与え、敗走せしめたのだ。各艦、各MSの奮戦と、折れない士気、そして優れた戦術のおかげだ。
この勝利の余韻の中、艦の応急修理、行方不明者の捜索及び救出、今すぐやらなくてはならないことは多い。物資の集計、航路デブリマップの作製など、やるべきことは山ほどある。
しかしここでドズルへキシリアから通信が入った。
「ドズルの兄者! ここで気を緩めてはなりません。一気に追撃を!」
「何だキシリア、そうしたいのは山々だが…… 勝ち切ったとはいえわが軍も消耗は大きい。当面向こうから仕掛けられなくなった以上、無理をすることはない。下手に追って逆撃に遭えば勝利がフイになるのだぞ」
「いえ、ここで無理しなかったらいつするのです」
「…… キシリア、何か、そうすべき理由があるのか」
ドズルもキシリアの差し迫った態度に、耳を傾ける気になった。おそらく理由があるのだ。
「判明した情報によれば、連邦の指揮官はジーン・コリニーとダグラス・ベーダー、連邦内でも相当のタカ派将校だと。そしてこの力押しでの大攻勢は正にその証明。だからこそ今、何としても叩けるだけ叩き、連邦内でタカ派の居場所を失くさせることで、今後長く連邦を封じておけるのです」
「…… なるほどな。この際政治的な意味で徹底的に叩くのか。タカ派の面目を潰せば連邦に積極姿勢が無くなり後がやりやすくなる」
キシリアの思考は常に政治にある。
今後、ジオンがコンスコンの言うエネルギー枯渇作戦を取るにせよ、あるいは和平をもちかけるにせよ、邪魔なのは連邦軍の威勢のいいタカ派だ。当面彼らに要らぬちょっかいを掛けられたくない。この会戦の大敗北と人的損害で発言権を失わせればそれがかなうのだ。
今、無理を承知で追撃をすることは具体的な戦果以上の収穫をもたらす。キシリアは連邦内の考えも一枚岩でないことを見通している。
「分かった、キシリア。ここの後始末は俺がやっておく。お前の艦隊と、カスペンの隊、おまけにコンスコンの艦隊も出してやるから追撃をかけろ。ただし無理はするな。ルナツーなどが伏兵を出していたら厄介だ」
そしてジオン側は執拗な追撃に出る。
追撃に参加する艦隊を集めつつ、連邦艦隊を追う。
連邦の側では、いかに生産力があるとはいえこれだけの艦隊を自沈というのは考えられない。
撤退先を考えた場合、ア・バオア・クーはジオン本国に近すぎて無理だ。しかも、ただでさえ不足している補給物資の問題から見てもあり得ない。といってグラナダはその成り立ち上都市に近く、本格的な軍事要塞ではない以上防衛設備が少ないため、今の傷ついた艦隊の収容には適切ではない。
おそらく連邦艦隊はソロモン方向へ撤退すると推定された。
そのためソーラ・レイ近辺にいたカスペン准将の技術大隊とキシリア麾下の海兵隊は先回りをしてソロモン直前での伏兵となる。
元々このあたりの宙域はジオンにとって知り尽くしたところだ。追撃も先回りも、最短を進むことができる。
「整備は終わったか? 終わった艦から出撃だ。先ずはキシリア閣下の各隊と歩調を合わせて攻勢に出るように。追撃の要点は、破れかぶれになった相手に対し、巻き込まれず整然と対処することだ。相手の戦力をひたすら削りとることに専念し、逆撃の気配を感じれば直ちに距離を取り直せ」
俺はこの追撃戦に参加を命じられている。正直疲れているが、追撃は可能だった。そこにも実は理由がある。
セシリアがきちんと最後の予備物資を計算して確保しているのだ。
いやあ、有能な主計部は役に立つ!
そしてついに追撃部隊は連邦艦隊の後背を捉えた!
この圧倒的に有利な位置から砲撃戦が始まった。
探知できる範囲での連邦艦は80隻余り、追うジオン側は60隻である。思ったより連邦艦が少ないのが不思議だが、離れている艦もあるのだろう。
それでも連邦艦の数はこちらより多く油断はならない。しかし、この態勢を保つ限り連邦側は砲を有効に使えないのだ。予想通り、連邦はたまらずMSを出してこちらの鋭鋒を挫く一撃を加えようとするが、そこはじっくりと迎撃させてもらう。
俺の艦隊へ近付くMSもあるが、クスコ・アルのエルメスがそれを通さない。その索敵とアウトレンジ攻撃から逃れられる連邦MSなど多くはなく、あったとしてもシャリア・ブルの隊が片付ける。
タイミングを見て俺は艦隊を小刻みに前進させ、連邦艦を狙い撃つ。
横を見ればキシリア閣下の各部隊も順調に戦っている。
特に、シャア准将の部隊とキマイラ隊が競うように攻勢をかけているのが見えた。いや本当に競っているのだろう。おそらく一方だけが無駄に意識しているのだろうが。
その頃、もちろん連邦艦隊司令部は沈痛な中にあった。
「MS未帰還多数、空母部隊も損失大! ジャマイカン・ダニンガン大尉戦死! バスク・オム中佐生死不明!」
「…… 仕方ない。このままではジオンの追撃を振り切れない。一度は艦首回頭し、大規模に逆撃を加えなくてはならん。この司令部と直掩艦隊は反転! 時計回りに回転しながら敵に一撃を与える」
ジーン・コリニーは勇猛にも自らと司令部が反撃の役割を買って出た。計十五隻が揃って出る。
その意図も戦法もさすがと言うべきものだ。
「ジオンに連邦の意地を見せてやれ! 撃って撃って撃ちまくれ!」
楽な追撃戦と思ってうかつにも突出していたジオン艦が薙ぎ払われてしまう。さすがに連邦司令部直掩は精鋭、連射も狙撃も一流だ。これに怯み、艦列を乱したジオン艦隊が見える。おそらくキシリア閣下のデラミン准将の艦隊だろう。
だが、この連邦の逆撃も俺の艦隊の近くまで来たのが最後だ。
「挑発に乗らず、ゆっくり有効射程外まで退避だ。連邦の無茶な逆撃はいつまでも続けられるもんじゃない。タイミングを見てもう一度押し返す」
俺は連邦の最後の攻勢に耐え、勝機を待つ。
「よし! 今だ! ダリル・ローレンツの主砲を撃て! それを合図に再攻勢だ」
メガ粒子砲の輝跡が宇宙に直線を描く。
それが連邦の最後の抵抗を撃砕していく。
戦いはもう終局に入った。奮戦した連邦司令部はわずか三隻を残して失われた。だがそのおかげで最大限の連邦艦が追撃を振り切って逃げることができたのだ。
「…… 一応の役割は果たせたか。降伏勧告は無視しろ」
ジーン・コリニーは悔しいながらも、最後にほんのわずかの満足を得た。ジオンを慌てさせる猛将の意地を貫いた。
その最後の三隻はジオン側に包囲されつつある。
それに対する俺としては、心意気を充分に理解できる。戦いには敗れたが、指揮官は責任を取って散ろうとしている。立派なものだ。
救ってやりたいのは山々だが、続けての降伏勧告を無視された以上、エネルギー切れで相手の砲火が収まるのを待って集中攻撃をかけるしかない。いや、それが猛将へかける礼儀でもある。
包囲した俺の艦隊は停止し、MSを全て出してマゼラン級戦艦の間合いをかいくぐらせ、所定の位置に並ばせる。ツェーンのドム隊が合図とともにジャイアント・バズをつるべ打ちに放つ。
連邦艦隊旗艦へ向け、左右から二十を超す弾丸が放たれ、艦体に吸い込まれた。一瞬おいて、まばゆい輝きを放ち爆散する。
「連邦、万歳!!」
ジーン・コリニーはタカ派軍人らしく見事な最期を遂げた。
ちなみに直前、脱出シャトルも出ていたが、それにはジャミトフ・ハイマンらの参謀が乗っていた。だがしかし、運悪くその爆散の破片に直撃され、沈むことになった。
事実上、それが本国会戦の末尾になる。
一方、ソロモン近辺で連邦の残存艦隊を叩くべく待ち構えていたカスペン准将とシーマ・ガラハウは空振りに終わっていた。
「おかしい…… 獲物がこんなに少ないとは… しかも長くは航行できないほど損傷した連邦艦ばかりやってくる。してやられた! 奴らはソロモンに撤退するのではなかったのか!」
その通り、事前にジーン・コリニーとダグラス・ベーダーはジオンの裏をかいて、逃走先を何とルナツーに設定していたのだ。
もちろん本国会戦のあったサイド3近辺とルナツーはあまりに遠い。
しかし、だからこそジオン側の想定を外すことができた。
各補給ポイントの情報を全ての艦で共有し、乏しい物資を互いにやり繰りし、十日もの日をかけてルナツーに辿り着く。何とか指揮系統はダグラス・ベーダーが守り、ジーン・コリニーとは違う形で責任を全うしようと奮闘した。
「ルナツーへようこそ。ゆっくりおくつろぎ下さい、ベーダー中将。戦いのことをいったんお忘れになったらいかがです? 仮にジオンがここまで追ってきたとしても、我らに全てお任せを」
「慇懃無礼が透けて見えるぞ、ワイアット中将」
「いいえとんでもない。勇戦を尊敬しているのです。それに私もジーン・コリニー中将のこと、残念に思っております。連邦にとってあまりに惜しい将でした」
「……よく口が回るものだ。皮肉にしか聞こえないのは俺の受け取り方が悪いのか」
ダグラス・ベーダーはルナツーに着いても終始苦虫を噛み潰した顔をしている。それの相手をするグリーン・ワイアットは嫌な顔をせず丁寧な態度に終始する。
グリーン・ワイアットとダグラス・ベーダーは同じ中将だが、任官順で見たらダグラス・ベーダーの方が上だからだ。
ただしそうは言うもののグリーン・ワイアットは心中で笑いが止まらない。
その内心の笑みが外見に出ないように気を遣うが、完全に成功しているとは言い難い。ダグラス・ベーダーもそこを見て取ったのだ。
会戦の結果はグリーン・ワイアットにいいことづくめである。
何しろジーン・コリニーは戦死、ダグラス・ベーダーも敗戦の責で降格になるか、そうでなくとも発言力は大いに削がれるだろう。彼らの急進派はもはや派閥として死に体になるのは明らかだ。
そうなれば、グリーン・ワイアットが一気に主流に躍り出るチャンスである。急進派を取り込み、中道派を切り崩し、まとめる。その上で穏健派のゴップ大将と裏取引でもすれば連邦軍内での地位は盤石だ。
いや、この戦争が続く限り、地球連邦軍の実質的な最上位とも言えるのではないか。
手持ちの戦力を見ても、わざわざ残存艦隊はルナツーにまとめて来てくれた。この点は死んだジーン・コリニーに感謝するしかない。今や連邦宇宙戦力のほとんどはグリーン・ワイアットの指揮下に入った。
キシリアが強行させたジオンの長駆追撃戦は大成功を収めたが、それがジオンにとって吉と出るのかはまだ分からない。
「ステファン・ヘボン君、願ってもない展開になったようだね。これは予想以上に嬉しい誤算だよ。ああそうだ、先の会戦の詳細を知りたい。誰がどう動いた結果、連邦が負けたのか知る必要があるからね」
記録映像の再生をするしばらくの時間の後、グリーン・ワイアットはため息を漏らした。
「…… これほどとは…… ジオンの戦術は凄いというほかない。ジーン・コリニーも決して悪くなかったし、ダグラス・ベーダーもうまくやった。定石を外さず、柔軟性も備える力量があった。だがしかし、ジオンには彼らを大きく超える策士がいたのだ。偶然などではなく連邦は負けるべくして負けたんだよ、ステファン・ヘボン君」
もうこの日の紅茶の時間を過ぎていた。それを忘れるとは珍しいこともあるものだとステファン・ヘボン少将は内心驚く。更に言えばその上官は紅茶でリラックスどころか戦いの雰囲気をまとっているではないか。
グリーン・ワイアットは更に考え込んだあげく、独り言のように言う。
「これに勝たねばならないか…… この恐るべき戦術家に。連邦の智将と言われたこの私だ。負けるとは思わない。しかし、たぶん簡単にはいかないだろうね」
それは連邦とジオン、共に火花を散らす戦いの幕開けになる。
今後の主役となるこの二人、連邦のグリーン・ワイアットとジオンのコンスコンが互いに策略を巡らし、撃ち合う。
戦いの次元は、一つ上へ上がった。