コンスコンだけど二周目はなんとかしたい   作:おゆ

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第三章 未来への道標
第五十二話 フォン・ブラウンの学徒兵


 

 

 月面にはグラナダの他にもいくつか都市があり、その一番大きなものはフォン・ブラウン市だ。

 月面ではグラナダとちょうど正反対の位置に作られている。この二つの都市は戦争でまるで異なる運命を辿ることになった。開戦初期、ジオンは大攻勢をかけてグラナダをあっさり手に入れている。ジオンとしてはまだア・バオア・クーなどが充分に基地化されていなかった時期であり、本国に近い月表面に拠点を得る必要があった。

 しかし、もう一つの都市フォン・ブラウンは攻撃を受けることなく依然として連邦の勢力下であり続けたのだ。位置が微妙に遠く、戦略的に優先順位が低かったので目標にされることがなかったということだ。

 

 もちろんそれは表向きの理由である。実際は民生、軍需問わず多くの工業製品に組み込まれているアナハイム・エレクトロニクス社製の部品の供給を断ちたくないというジオン側の思惑が大きい。その部品、あるいは部品の部品は深く根を張っている。このことを大っぴらに言えないのは、アナハイム・エレクトロニクスが連邦政府とのつながりを断たれそうになってしまえば、返す刀でジオンとの関係も断ってしまう恐れがあるからだ。

 もちろんそれさえ実は表向きの理由かもしれない。その深淵なところは普通には知られない。

 

 ともあれ、そのアナハイム・エレクトロニクスは不思議にもフォン・ブラウンにその中枢を置き続けて動かない。その月の低重力がやはり先端技術開発や高度工業を発展させるのに最適だからと説明されている。

 

 

 だが、フォン・ブラウン市に緊張が無いといったらそれは嘘だ。

 

 なんといっても月は地球に比べたら直径にして1/4しかない。いくら反対の位置とはいえ、例えば巡航艦のフルスピードなら数時間で到達できるほどの距離であり、軍事的に最前線ともいえる。

 特にフォン・ブラウンの市民レベルでは、ジオンがコロニー落としや毒ガス使用などをしたというニュースが伝えられる度にどんどん不安が増していく。

 ジオンは何をするかわからず、突発的にとんでもないことでもやるかもしれない。ある日突然フォン・ブラウン市が廃墟ということもありえる。ここは逃げ場のない月表面、市民の悪夢は尽きることがない。

 そんな折、連邦がやっとグラナダからジオンを追い出したという朗報が届いた。市民はそれでやっと安堵できたというのに、またもやそれが危うくなった。

 ここでフォン・ブラウンがグラナダの状況を座して見ているはずがない。

 独自に義勇兵を募り、応じた若者たちを連邦軍に準ずるものとしてグラナダへ送り込んでいたのだ。アナハイム・エレクトロニクスはそれについて我関せずの態度だった。

 

 

「ちょっと、あんた本当に行くの? 何のつもりか分からないけど危ないわよ!」

「忠告は感謝するわ。でも、もう決めたの。フォン・ブラウンを守るため、学徒兵の一人になってグラナダへ行くわ」

「行ったって何の役に立つのよ! 役に立たない内に死んだらどうするの! というかあなた、もしかして死にたいの?」

「そんなふうに見える? まさか死にたくないわよ。でも、絶対死なない、なんてことあるわけないわね。それが戦場というものなんだから」

「やっぱり…… 昔からそういうところがあったわ。レコアには」

 

 

 

 ジオンが無血のまま接収したグラナダにはいったんドズル閣下の艦隊だけ残り、デラーズ准将は茨の園へ戻っている。

 ちなみにこの頃には茨の園も基地として充分な規模になった。急ピッチで拡充されたのだ。それは艦隊運用のことばかりではなく、将兵も狭い艦ばかりにはいられず、基地で充分な息抜きができなければストレスが溜まってしまうからである。

 

 

 そして俺はというと、なぜかパープル・ウィドウの艦橋にいる!

 キシリア閣下の艦隊と共にグラナダへ進発したのだが早々にキシリア閣下に呼び出されてしまったからだ。

 

「コンスコン中将」

「は、はいっ!!」

「……何を怯えている」

 

 正直、怖い。

 用件は何だろう。悪いことか。

 

「このパープル・ウィドウまで呼び出してすまんな。私の用事と言うのは、先のフラナガン機関のことだが」

「は、や、やっぱり!? いえ閣下、それはその、特に閣下の機関だからという意図は無く、ええ完全に無く……」

 

 ああっ、キシリア閣下、やはり覚えていらっしゃったか!

 まずい! ここで吊るし上げのピンチだとは。

 

「そんなことはどうでもいい! コンスコン中将。何か誤解しているようだがフラナガン機関についての遺恨などもうありはしない」

「それならよいのですが……」

「まったく見事に潰してくれて突撃機動軍と仮にもザビ家の一員である私の顔に思い切り泥を塗られたようなものだが、それを言いたいのではない」

「ほ、本当に……」

「くどい! 話が進まん」

「…………」

「言いたいことは単純だ。フラナガン機関からカーラ・ミッチャム教授を連れ出しているだろう。彼女を貸してはもらえないか。こちらにア・バオア・クーの戦いで負傷兵が出ているのだが、あまりに重傷過ぎてこのままでは完全治癒しない。だがカーラ・ミッチャム教授の力があれば、なんとかなる可能性がある」

「何ですと? 負傷兵の治療を?」

「治したいのは我が突撃機動軍サイクロプス隊の隊長ほか数名だ」

「そ、そういうことでしたら、協力を惜しみません。私からもカーラ教授にお願いし、了承を得たら直ぐに治療に向かわせましょう」

「よろしく頼む」

 

 はあ、死ぬかと思った。気にしてないなんて絶対嘘だろ。

 だが負傷兵の治療の話であれば一も二もなく協力させてもらう。

 そして、話はもう少しだけあった。パープル・ウィドウを離れるため艦橋から退室しようとした時、何気なく言われたのだ。

 

「…… そうだ、コンスコン中将。そちらの艦隊にアナベル・ガトーというエース・パイロットがいるだろう。詳しく調べさせてもらった。戦果もそうだが、良い奴らしいな。いや、どうということはないのだが…… 実は私はこちらのシーマ・ガラハウ中佐に多少の負い目があるのでな。こんな戦争の最中だ、彼女に多少の花を持たせてやっても良いかと思っただけだ。舌足らずな説明になったが、意味が分かるか」

「……」

「まあ、つまらん戯れ言だ。コンスコン中将、気にするな」

 

 無茶苦茶気にするよ! 

 そう言われたって無理、というか何にもできん。なるようにしかならないものだ。

 

 

 さて、俺が自分のティベに戻ってから間もなく艦隊はグラナダに着く。

 ドズル閣下は入れ替わりにジオン本国へ向かう。

 俺の仕事は、キシリア閣下が円滑にまたグラナダを根拠地にするのを補佐することだ。物資の目録や生産設備の精査などが終わり次第、俺もグラナダを後にする予定である。本当なら俺などがそんな作業をすることなく、マ・クベ准将がいればそれでいいようなものだが、ジオンは工業生産を一刻も早く行わなければならない関係上人手が多い方がいい。

 最初にやらねばならないのは、連邦が設備に何かの破壊工作をしていないかチェックすることだ。

 ドズル閣下の話を伝え聞いた限りではジョン・コーウェンは信頼できる将であり、連邦がそういうことを行った可能性は限りなく低いが、それでもチェックしないまま使うことはできない。

 

 

 早速技術員をあちこちの工業施設に派遣し決まった作業に当てる。確かに爆発物などは存在せず、一安心する。これなら早めに生産を始められるだろう。

 

 しかし、直ぐにそれどころではない事態になる!

 

「コンスコン司令、大変です!! 技術員三人が撃たれました! いずれも重傷です!」

「何!? 副官、詳しい報告を頼む」

 

 そして上がってきた報告は予想よりも深刻だった。

 

「これは、偶発的な軋轢などではない。計画された狙撃だ! 副官、このグラナダに連邦のゲリラがいるぞ! 問題はどれほどの規模か、どれほど本気か、だ。それに応じて狩りようも変わってくる」

 

「新しい情報です! 宿舎近くに爆発、携行型の小型ロケット弾と思われます!」

「何だと! そこまで…… やむを得ん。散らばっている一般兵を下がらせろ! 向こうが重火器を持っていると判明した以上、下手な警備行動はかえってゲリラの思う壺、危険だ」

 

 ゲリラとはまた厄介だ。

 グラナダは元が都市であるだけに構造も複雑で、しかも民間区画が多い。更にそこの民間人もゲリラに協力している恐れがある。

 深刻なのは先の無血開城での信頼関係にヒビが入ることだ。俺もジョン・コーウェン少将は関わっていないものと思っている。ただし、全員がそう思うかといえば別だろう。

 このまま続けばジョン・コーウェン少将とドズル閣下の評判が落ちてしまうが、問題はそれにとどまらない。

 戦争でジオンと連邦は深く傷つき、相互不信は根強い。将来和平が結ばれても感情的なところで納得できなければ和平は続かない。今回の無血開城のような小さな信頼を注意深く育てていけば、やがては平和の実が成ろうというものだ。ゲリラはその大きなところを分かっているだろうか。

 俺はゲリラをあらゆる意味で早めに解決すべきと断じた。

 

 

 ただしそうしている間に散発的な襲撃でまたもや被害が続出する。

 

「くそっ、しかしゲリラに飛行装置や装甲車両などは無いようだな…… 兵の被害を防ぐにはやはりMSを出すしかないか」

 

 俺は手持ちのMSを出すも、皆は直接戦闘には慣れているが、細心の注意のいるゲリラ対策には向いていない。神経ばかり使い、せっかく対面する希少なチャンスを掴んでもあっという間に隠れられて成果を出せない。都市というものは本当にゲリラに向いている。

 

 

 この状況に俺は一計を案じた。

 早速、マ・クベ准将と協議を始める。

 

「マ・クベ准将、このままでは埒が明かない。ゲリラを探すのは短時間では無理だ。おびき出して叩く、これしかない!」

「それは分かりますがコンスコン中将、おびき出す、とはいってもそんなに都合よく……」

「もちろん簡単ではないが、ちょうどいいエサがあるじゃないか」

「何ですと! そんなうまいエサが、どこに」

 

「あるんだ。自分でも知っていると思うぞマ・クベ准将。確か地球の鉱物資源をまとめてグラナダに置いてあると言っていたはずだ。それは貴重なものなんだろう。その事実をベースに、もしそれを失えば工業生産ができず、ジオンは撤退せざるを得ないとでも噂を流せばいい」

「なるほど…… 上手い手だ…… それならばゲリラも食いつくでしょう!」

 

 俺はマ・クベ准将が感心するのを見てちょっと気分が良くなった。ひょっとしてマ・クベ准将はそういうところで才能があるのか? 上司を気分よくさせるとか……

 それはともかく、聞いたところでは、マ・クベ准将はそんな鉱物資源をグラナダ内ではなくその近郊の月表面に隠してあるとのことである。ア・バオア・クーでの戦いの前からそんな注意を払っていたとはさすがだ。むろん万が一連邦軍がグラナダに来て、占領された場合を考え、押収されないための予防処置だ。

 

 いい仕事だ、マ・クベ君。

 この場合好都合だ。純粋な市街戦よりも少し離れていた方がこちらも戦いやすい。

 

 

 


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