「ですがコンスコン中将、ゲリラの罠に使うために何も本当に資源の在り処を言う必要もなく、ニセ情報でも構わないのでは」
「いや、情報というのは本物を混ぜることで使える武器になるんだ。マ・クベ准将」
これでゲリラを捕まえる罠を構築すればいい。
鉱物資源はグラナダの外縁から2kmほど離れた月表面の浅い地下倉庫の中に保管されていた。
俺は山のようなものを想像していたのだが、そうではなく意外にコンパクトなもので、MS十台分が入るほどのスペースに整然と並べられている。マ・クベ准将は鉱物資源を地球上でできるだけきれいに精錬してから持ってきていたのだ。やはりいい仕事をする。
そして作戦通りの噂を流した。最重要資源の存在と、それを近日中に分散させる予定であるという情報だ。
この期限のつけられた襲撃機会、やはり食いついたらしく、ゲリラの方で動きがある。
その鉱物資源とは全く遠い地点で同時にいくつも爆破テロがある。俺はこれをゲリラの側で陽動を行なったつもりと読み切った。
この俺が引っ掛かるかよ!
あくまで本命は鉱物資源、そうだろう。
俺は機動力で随一のガトーのMS隊を使い、地下倉庫入り口からわずか離れたところに伏させておいた。
そんなに待つことは必要なかった。グラナダの数あるゲートの一つからバーニヤを使った歩兵のようなものが二十数名ほども出てきたではないか。月の重力をバーニヤで相殺し、時折地面を蹴って跳ねることで加速して迫る。
ゲリラだ。
そのうちの数名は背にリュックのようなものを背負っている。ゲリラにとって鉱物資源を奪うことは必要ない。おそらく放射能汚染でもやって使えなくさせればいいという算段なのだろう。
「奴らを充分引き付けろ。言うまでもないがガトー、これはもう二度とできない作戦なんだ。このチャンス、全部とはいわないがほとんどは捕えなければゲリラ戦は終息しない」
まあ、確かに言うまでもなかった。ガトーは充分に釣り出すまで待ってから行動を起こした。ゲリラがこのまま作戦を実行すべきか、直ちに中止して逃げるか迷うような絶妙なタイミングだ。
月表面にあるクレーター状の凹凸を利用して隠れていたMS隊が、ガトーのアクト・ザクの合図で一斉に躍り上がる。
ゲリラのグループをMS隊であっという間に取り囲み、しかも上を取った。歩兵のバーニヤは無重力化で運用するものであり、いくら月が低重力とはいえそれに逆らう上昇力は大きくなく、MSの大出力エンジンによる上昇には敵わない。これで勝負あった。
と思ったのはまだ早かった。ゲリラの戦意は予想外に高かったのだ。
ゲリラは素早く衝撃から立ち直り、役割分担をしたようだ。
足止め組らしきものがランダムに飛び回り、小回りを活かして盛んにMSへ小銃を撃ちかけて牽制する。そして別の一部がグラナダへ引き返そうとしている。さすがに罠であると理解したのか、鉱物資源へ向かう者はいない。
だが、このままでは不味い。
こちらにはゲリラの専門家どころか警察的なことに長けたものはいない。ゲリラ戦には本当に向いていないのだ。グラナダへ引き返しているゲリラをここで逃すわけにはいかない。
するとこちらのMS隊からガトーが抜け、戻るゲリラへ先回りしにかかった。
ガトーはゲリラの前進方向から離して慎重に警告射撃を放つ。どう考えても歩兵がMSに敵うはずがなく、降伏しかあり得ない。それを促すのだ。
ガトーでも誰でも一方的な虐殺のようなことをしたいわけがない。
だが、そんな思惑をよそにゲリラは抵抗を止めてこなかった!
ガトーともあろうものが予想外のことに発砲を一瞬ためらってしまい、隙を突かれてしまう。掃射を始めて半分を倒したが、残りは取り逃がし、グラナダ市内に入られた。そのままガトーはMSでグラナダ市内のゲリラを追う。
一方、足止め組に対峙していたMS隊は、なるべく致命傷にならないように狙いながらやっとのことでゲリラを行動不能に追い込めている。
市街の障害物の多い中でも、さすがにガトーのアクト・ザクはスピードを落とさず器用に避けながら進む。そしてゲリラを撃ち墜としていく。だが、次第に混み入る中限界が来る。ガトーは躊躇なくアクト・ザクを乗り捨てて、単身ゲリラを追う。
俺はガトーの場所と動きを計器で見ながら、妙なことに気付いた。
残り僅かなゲリラはただ逃げているのではなさそうだ。普通なら逃げ込みやすい民間人居住区にでも行きそうなものだが、そうではなくひたすら公的施設に向かっているとは……
わずか遅かった!
俺としたことがゲリラの狙いを理解するのが遅かったのが悔やまれる。
ゲリラの向かう先、そこは市内全域にエネルギーを供給する中央反応炉があるのだ! 工業が盛んで、そして寒暖差の大きいグラナダ、反応炉もまた特別大きい。これに自爆テロでも掛けられたら市内の大半が消し飛ぶ。
本当ならゲリラは鉱物資源を潰して事が済めば良し、とでも考えていたのだろう。そこに失敗し追い込まれた今、グラナダを破壊する手段としてやむを得ず反応炉に狙いを変えたのかもしれない。
その危惧はガトーも共有するものだ。ガトーはゲリラを見失わず追い、また一人と倒していく。だが、二、三人は中央反応炉区画に飛び込まれた。
もちろんガトーも入ったが、冷静に考える。この反応炉は大型であるだけに部材は厚く、小さな爆発物では暴走させることはできない。ゲリラが狙うのは中央に堂々と設置されている炉ではなく、制御室であろう。そう考えて足を止め、拳銃の射線を制御室へ繋がる通路に固定する。ガトーの持つのは精度のいい拳銃とはいえ、小銃と違って射程は短い。だがしっかり狙いを固めていれば別だ。
ゲリラの動きは読み通り、ガトーはそれらを倒す。
ガトーはMSパイロットとして最優秀だが、こういう戦闘においても流石といえる高い能力を保持していることを証明できた。
ただし、ゲリラの最後の一人に制御室へ入られてしまった!
むろん遅れてガトーも飛び込む。
その間十秒。間に合ったか、間に合わなかったか!
ガトーの目に映ったのは反応炉制御盤に小銃を向け、固まっている一人のゲリラだ。
いや、固まっているというのは適切ではない。大きく肩で息をして極度の緊張をしているのは間違いない。
目付きは鋭く、力が入っている。
そしてもう一つの特徴があった。
栗色の髪を短くして軽く七三にしている。それは女だ。
「……何をしようとしているのか分かっているのか」
「何? 質問? 時間稼ぎなら無駄よ。今さら何をしても私の銃が制御盤を撃つ方が早いわ」
「時間稼ぎではない。自分が何をしたか分かって死ぬ方が何も知らないよりマシだと思うからだ」
「言われるまでもないわ。この制御が壊れたら反応炉は暴走、あたり一面吹き飛ぶ。ジオンは大打撃を受けるはずよ。もちろん私もあなたも死ぬ」
「やはり分かっていなかったか……」
「何を言うの? どこか間違ってる?」
「親切に教えてやるが、ジオンでも連邦でも兵が死ぬならまだいい。自爆テロという無茶な方法も理解できなくもない。だが、それ以上に大勢の民間人が死ぬぞ。その中には今日プロポーズをして指輪を送った者さえいるかもしれない」
「何それ、即興のお涙頂戴かしら?」
「未来ある若者もいれば、それどころか小さい子供たちも多い。そんな何も分からない、何も罪のない子供がこのテロで焼かれることになるな。働いているパパの帰りを待ち、ママの料理を小さな手で手伝い、褒めてもらえて喜んでいる子供たちが死んでいく」
「……」
「自分でも分かっているのだろう。それくらいは。だから直ぐに制御盤を撃てなかった」
「黙って! 知ったようなことを! 私は騙されないわ! そうよ、ここは戦場、フォン・ブラウンをジオンから護るための戦い。安っぽいヒューマニズムなんか今さら」
「おまけに人が死ぬということを分かっていない」
「それならあなたこそ何よ! さっきの戦い、MSで最初から撃つか踏み潰すかすればよかったじゃない。笑っちゃうわ。兵士のくせに」
「それを言われると返す言葉がないな。確かに、これまで数多く戦い、敵兵を斃してきた俺がためらってしまったのはおかしなことだ。明らかに偽善だろう」
「……」
「だがそれも死というものを知っているからだ。お前にも教えてやろう。目の前で俺が血を流し、死んでやれば嫌でも分かる」
ガトーは驚くべき行動に出る。
拳銃を自分の頭に当てていく!
「……何それ、面白くもない演技ね。脅しのつもり?」
「脅しだと思うか?」
そしてゆっくりと安全装置を外す。
女ゲリラの目が大きく開かれて、息が激しくなる。
「本当にやる気!? 面白くないって言ったでしょ!」
「別に俺にためらう理由なんかない。どうせその制御盤を壊せば皆死ぬ、何が違う」
「何なの、死んだら終わりじゃないの!」
「不思議なことを言う。死んだら終わり、どんな未来も断たれてしまう。その死をお前はこれから何万作るんだろうな。それが正にお望みなんだろう? 俺の知っている奴で、知らなかったとはいえ市民を何万となく殺したら、その目玉に睨まれて気が狂う寸前まで追い詰められた者がいる。お前は強いな。最初から市民を殺すと決めてやれるのだから」
「……」
「さあ、死というものを見ておけ」
場の緊張感が極限に達し、感情が渦を巻く。
「や、やめなさい!!」
ゲリラは制御盤へ向けていた小銃をガトーの方に向け直す!
その顔は蒼白だ。
だが、ガトーは拳銃を下ろすことなく平然としている。
しばらくの間が空く。
よく考えたら、死ぬと言っている者に小銃を向けても何の意味もない。
それに気付くと、ゲリラは慌てて小銃を捨てた。
ようやくガトーは指の力を緩め、拳銃をわざと床に落とした。礼儀として拳銃をゲリラに向けるという選択肢はない。
「私の負けね。あなたの言うような強さなんか無いのよ。苦しみもがく市民なんか作れない。自分が何をしているか分からない。笑われるべきなのは私の方。当然だわ」
「……そうか」
「ただ教えて。どうしてこんな真似をしたの? 危険な賭けでしょうに」
ガトーは脅しでなく、ゲリラが反応しなければ本当に死んでいた。そのことは疑問を挟む余地はない。
ただしガトーは既に分かっていたのだ!
「お前は強くないかもしれないが、別のものを持っている。根本的な優しさだ。俺はそう感じた。だから目の前で人が死ぬのを許容しない、そう思えた。同時に生き急いでいるようにも思ったけどな。とにかくそんなに危険な賭けじゃない」
「そこまで見抜いたの…… ふふ、やっぱり負けね。私はレコア・ロンド、フォン・ブラウンの義勇兵よ。あなたは?」
「俺はコンスコン機動艦隊所属、ガトー少佐だ。レコア・ロンド、捕縛はしない。一緒に来て出頭してくれ」
そしてそのゲリラ、レコアは投降する。最後に一言言った。
「ガトー少佐。私を優しいと言ってくれたわね。別の形でまた会えたら、もう一度言ってくれる?」
「それは俺の問題じゃない。変わらないでいたら、俺は何度でも同じことを言うしかない」
「ありがとう。とても嬉しいわ」
俺は事の顛末をガトーから聞いた。
危険を冒し、身を呈して本当にギリギリのところで被害を防いだガトーにはたまげた。これは並大抵のことではなく、いくら賞賛しても足りない。やっぱりこいつは凄い漢だ!
しかし同時に少しばかり悪い予感がする。会話の内容的にだ。いや、やっぱり不味い。
ガトーさん、まさか、またやらかしてくれちゃったりしたの……
その女ゲリラの心情に特別なものをインプットしたりした?
頼みますよぉ! そういう方向の無敵感はナシにしてよ!
俺は心の中で頭を壁に打ち付けるイメージを展開せざるを得なかった。
こうしてゲリラの問題は終息に向かう。
ただしこれは新たな問題の呼び水にしか過ぎなかったのだ。