負傷しているところを捕えたゲリラたちを治療しながら、俺は当然ごとく情報を吐かせようと試みた。
どうせこの若者たちは志が高く、情報をペラペラしゃべることはないだろうとは思った。事実そうである。心は愛郷心に燃えていて、おまけに悪い言い方をすれば自分勝手なヒロイズムに酔っている。捕らわれたことさえヒロイズムの一環くらいに感じている。そんな時には自分たちがあわや大惨事を招いた意味など考えてもいない。
だがしかし、残酷な事実がある。
彼らは自分の立場が分かっていないのだ。
通常戦闘ならまだしも、非正規のゲリラ戦を行ってしまったのである。非正規ということは正にルールに外れていることであり、それならば逆に彼らもまたルールに守られやしないということである。むしろこちらの方が気を使ってしっかり捕虜認定してやらなければ、ただの犯罪者として報復を受けるだけの身なのに。
だが今そんなことを説いても聞く耳は持たないだろう。哀れなほど純粋な若者たちだ。
まあ、尋問については無理をすることはない。巧みに誘導しながらヒントを出させることに徹する。軍事能力についての直球ではなく、民間人の暮らしや一般工業についてならばガードは緩いかもしれない。
事件から一日が経ち、キシリアがグラナダに到着した。
本当ならマ・クベ准将などと同時に到達するところまで来ていたはずであったが、グラナダを逆に進発したドズルと重要な話し合いを持っていたために到着が遅くなっている。
ドズルのグワランにキシリアがパープル・ウィドウから移乗して話し合った。
「……ではキシリア、コンスコンは大将にするか」
「それが順当でしょう兄上。本国会戦において作戦面でも戦闘指揮でもコンスコンの貢献は大きく、とうてい無視はできず、しかもザビ家以外の者でも出世できるのを見える形で示すことが一般兵にとって大きな意義を持つからには」
「まあ本人は地球表面で苦しい戦いをしているノイエン・ビッターなどを差し置いて自分ばかりが出世するのは心苦しかろうが」
「それは仕方ありません、兄上。置かれた状況によるのですから。そしてもう一つ、より重要なことがあります。ザビ家以外で地位を与えられるのは、逆に言えばコンスコン以外にいないでしょう。あの者は毛ほども反逆する気配がないと見えます。むしろ臆病なくらいに」
「確かにそこだけは確実だ。奴は昔から誠実で、戦い以外のことには妙に臆病だ。特に、恋愛のような個人ごとは」
二人の話し合いというのは、ジオンの今後に大きな影響を及ぼす昇進人事のことだった。本国会戦を皆で戦い、乗り越えたのだ。それは正しく行わなければならないし、そうでなければ隠れた歪を生む。
ドズルとキシリアについては問題ない。どちらも昇進だ。
ドズルが元帥になるのは、軍行動の自由を得るという意味でも必須のことであり既定路線だ。それで初めて行政府への報告義務や予算配分などの縛りがなくなり、また人事も完全に自由になる。
併せてキシリアが大将になるのも順当といえる。
コンスコンについては先ほどの会話に尽きている。本人がどう思おうと昇進させなければ周りに示しがつかない。
「問題は他の面々だ。将官が本当に少ない今のジオンでは、今いる将官たちを出世させること自体は不都合ないのだが…… しかし一律に昇格させれば今度は下の者たちをどうするか、頭が痛い。本国会戦ではジオンにあまり損害はなく、士官の皆が皆出世ということもできんし」
激戦の割に損害が少ないのはもちろん喜ばしいのだが、軍組織上、皆が昇進はあり得ないことになる。といって中途半端な人数だけ昇進では、逆に昇進しなかった者の不満が出るかもしれない。下級士官にとっては出世は名誉だけでなく給料に関わる切実な問題なのだ。難しいところである。
「まあ、全員が納得するのは無理だろうな。では細かいところは置いておくとして、准将組をどうする」
「一律昇進でなければ、デラミン、バロム、トワニング、このあたりを准将のままに。一方でマ・クベは亡きシャハト技術少将に代わって開発を任せる以上、少将へ。他のカスペン、デラーズ、シャアは戦果を考えてやはり少将へ。兄上はシャアを昇進させるのには反対かもしれませんが」
「そう言いたいのは山々だが戦いでの奴の活躍は評価せねばならん。しかし、こうして見ると少しばかりバランスが悪くないか」
「確かに。頑なに派閥意識を持っているデラーズは、相対的に埋没させられている感を抱くやもしれません。しかし解決策はあるかと」
二人には懸念がある。デラーズだけは旧ギレン派の矜持を持ち続けているのだ。自分が一段階昇進するとしても、キシリア自身及びキシリア派のマ・クベやシャアなど多数が昇進するのでは納得しないだろう。
「解決策とは、何だ?」
「こちらの突撃機動軍からバロムを外し、デラーズに付けてやれば。バロムは特筆すべき才覚はなくとも温厚な性格で適任でしょう。そしてもう一つ、デラミンを分艦隊としてコンスコンのところへ」
「それでいいのか、キシリア。どちらも突撃機動軍の戦力、そっちは数が減るぞ」
「突撃機動軍はもっと精鋭に特化し、シャア、海兵隊、キマイラ隊、サイクロプス隊を中心に柔軟性を持たせるべきと前々から思っていたところですから」
「そうか。昔から精鋭主義だったな。では本国やグラナダが落ち着き次第、人事を発令することにしよう」
疲れる話し合いを終え、再びパープル・ウィドウでグラナダを目指す。ようやくグラナダに到着したキシリアを待っていたのはマ・クベ准将からの報告だ。
本当にマ・クベ准将には損な役割である。
その驚くべき事態の報告を聞くにつれ、やはりキシリア閣下は激昂することになる。
「おのれ、ゲリラなどの卑怯者が! 私のグラナダを破壊しようなどとふざけたマネを! 捕えた者は見せしめにせよ! いやその前に背後関係を徹底的に洗い出せ」
キシリアにとってこのグラナダはジオンが接収した一つの都市ということ以上の意味を持つ。ギレンの意向だったのは当然にせよ、形の上でここはキシリアが確かに父デギンから拝命をうけた拠点なのだ。規模や位置の問題ではなく、父より頂いた記念すべき拠点であり、数少ない絆の場所なのだ。そのため自分の家同然に思ってきた。
それが一瞬とはいえ危機に陥ったとは赦せない。
キシリアの怒りを受けながら、マ・クベ准将は淡々と報告を連ねる。
それは時間稼ぎのためだ。人間の瞬間的な怒りは6分経つと下がってくる。これをアンガータイムというのだが、マ・クベ准将はそれを知っていた。
事実、時間が経つとキシリアも少しは冷静になってきた。
「…… いまいましいが、それはそれとしてコンスコン中将には礼を言わねばならんな。それに今後の対処についての相談もだ」
「コンスコン中将は捕えたゲリラの尋問を順次進めている模様で、間もなく概略が出るでしょう」
そして今度は俺が報告する番になる。
恐いので、失礼だがキシリア閣下には通信で対応させてもらおう。キシリア閣下の横にいるマ・クベ君には、大変だなあ、と他人事感で同情してしまう。
「キシリア閣下、結論から言えば特筆すべき情報はありませんでした」
「何だ、いきなり失望させるのかコンスコン中将。尋問したとのことだが、その方法が手ぬるいのではないか。もっとやりようもあるだろう」
キシリア閣下が暗に示すことくらい、伝わり過ぎるくらいに伝わってくる。
ただし俺はいくらゲリラとはいえ拷問のような方法は取らない。
「いえ、情報が出ないということもまた情報なのです、閣下」
「それはいったいどういうことだ、コンスコン中将」
「あのゲリラたちはフォン・ブラウンの義勇兵と言っていますが、確かに連邦軍の指揮は受けていないようです。命令系統は連邦軍とつながりが無く、つまりは独立部隊ということかと」
「な、何! そんなはずはない! ……いや、なるほど分かった。それは意図的なものだろう。全く酷いな」
「確かに、酷い話です」
キシリア閣下の明晰な頭脳は直ぐに俺の言いたいことが分かったらしい。
本当に連邦軍が一から十までゲリラと無関係ならいい。そうではなく、フォン・ブラウンにも少しくらい連邦軍が駐留しているはずで、少なくとも始めは装備や情報を与えたものと見て間違いない。でなければ素人のやることにしてはむしろ手際が良すぎて、マニュアルが存在しなければおかしい。
だが連邦軍は意図的にゲリラたちを切り離し、グラナダに放り込んだのだ。
おそらくゲリラの若者たちは義勇兵というものがいかにもカッコ良いものであるかのように騙されている。一方、連邦はゲリラとは無関係であり、たとえグラナダ市民に犠牲が出ても預かり知らぬこと、暴走した若者が勝手に事件を起こしたとうそぶくだろう。連邦は何も汚れを被らない。
「キシリア閣下、このままでは若者たちは重度犯罪者として極刑を受けるだけになります。フォン・ブラウンを揺さぶり、最低限ゲリラの事実を認めさせませんと」
「そうだな。賠償を問うためにも、先ずはフォン・ブラウンと交渉しよう」
だが、フォン・ブラウンの返答はにべもないものだった。一切そんな事件とは無関係であり、知らなかったというものだ。
若者たちをあっさりと見捨てた。
「馬鹿な! 連邦軍どころかフォン・ブラウンまで何も庇護しないとは! 最初から存在しない者扱いということか」
「まあ、そういうことだコンスコン。使い捨ての駒だ。むしろ戻ってこられては困るくらいなのだろう」
俺はさすがに怒った!!
フォン・ブラウンを護ろうとした若者たちが、まさか自分の都市にも裏切られた!
何のつもりだ!
やろうとした事はとんでもないが、若者たちは純粋な気持ちだったのに。これではあの若者たちを捕虜扱いにしたくてもできなくなる。
「キシリア閣下、実は尋問でほんのわずかですが分かったことがあります。通常なら自白でなければ司法取引にならないとしても、そこを曲げて彼らを捕虜待遇に変えて頂ければ」
「……ゲリラどもに優し過ぎるな。コンスコン。ただし分かっていると思うが私がそうするかどうかは、得た情報とやらによる」
「先ずはフォン・ブラウンの工業生産はこちらの予想よりもはるかに大きいことが分かりました」
「フォン・ブラウンがそれほどに?」
「それだけではなく、中心企業のアナハイム・エレクトロニクスの生産量はうなぎ上りに上がっている模様です」
これは直接ジオン軍に響く事柄である。
フォン・ブラウンを牛耳るアナハイム・エレクトロニクスが連邦にもジオンにも製品を供給していることくらい、ジオンの上層部は最初から承知している。
ただし、それをより重大に突き付けられる情報だ。
「なるほど、連邦軍はウェリントン社が調達先の中心であり、アナハイム・エレクトロニクスはさほど食い込んでいない話ではなかったか。事実はそうではなく、アナハイム・エレクトロニクスが主役級の供給をしていると……」
「キシリア閣下、つまりは一杯食わされました」
ジオン側がこうまで現実と乖離した認識を持っていたのは、アナハイム・エレクトロニクスが情報を操作し、ジオンに誤った認識を植え付けたために違いない。
俺はそういったことを話しながら既に心の内に決めていた。
フォン・ブラウンを含めた月面、今こそ侵攻すべき、と