コンスコンだけど二周目はなんとかしたい   作:おゆ

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第五十五話 その陰には

 

 

 フォン・ブラウンのアナハイム・エレクトロニクス、連邦とジオンの戦争を予想以上に支配している。

 この事実、ジオンにとってまずい状況なのが理解できる。単に生産量だけの問題ではない。

 これではアナハイム・エレクトロニクスの思惑一つでジオンの生産状況どころか技術開発まで連邦軍に筒抜けになる。たかが部品の発注といえどそれだけで分かる情報は余りに多いのだ。

 むろん逆も真なりではある。だが、技術情報の大切さではジオンの方が切実である。絶対的な数において劣るジオンは、せめて技術優位を保たなければ戦いになるはずがない。逆に連邦なら数で無理押しができる。

 

 

「キシリア閣下、意見具申いたします。ドズル閣下にもお伝え下さい。総合的にフォン・ブラウンとアナハイム・エレクトロニクスをこのままにする方が害が大きく、侵攻すべきと存じます」

「そうか。やる気か、コンスコン。タイミング的に連邦の大規模な応援は無い。やるなら今、だな」

「中途半端ではなく月表面を全て押さえる作戦がよろしいでしょう」

「月面を丸ごとジオンの手に、そういうことか」

 

 

 

 そして、ドズル閣下の裁可も得た。

 数日の準備の後、ここにジオンによる月面作戦が発動される。

 その主役はキシリア閣下の突撃機動軍だ。

 

 基本的には都市を艦隊で囲み、降伏を促す作戦になる。直接戦闘は可能な限り避けなくてはならない。民間人を抱えているのは攻める方にも守る方にも弱みなのだ。

 民間人殺傷という事態を、どちらの側も自分の方から招くわけにいかない。

 更に言えば、攻めるジオンの側としてはなるべく設備を無傷で接収したいため市街戦突入は避けたい。

 

 俺の艦隊はそういった都市戦には参加していない。もしも連邦がジオンの動きを察知し、応援艦隊を送ってきたらそれを叩くため、月表面から少しばかり離れたところに遊弋している。俺の艦隊の総数は本国会戦で失った艦を除き二十二隻、そこそこの戦力といえる。

 まあ、現実的には出番はないと思われる。

 月面で戦いが起きても連邦が本気で応援艦隊をよこすとも思えない。月が連邦にとって重要かどうかではなく、ルナツーからは距離がありすぎ、仮に艦隊を出してもおそらく間に合わないのは向こうも承知だ。

 ましてや他のソロモンやア・バオア・クーにいる連邦は戦力的にそんな余裕があるわけがなく、無理な話だ。

 

 

 

 だが、それが単なる俺の思い込みだったことをすぐに思い知らされることになる。

 

 ジオンが動き出す前から既に月へ向かっていた艦隊があったのだ。

 それはルナツーでの会話に遡る。

 

「ステファン・へボン君。通信によるとグラナダでゲリラが何かやっているそうだ。やれやれ、全く馬鹿なことだよ」

「は? お言葉ですが司令、ジオンが取り戻したばかりの拠点都市、効果的に打撃を与えるにはゲリラこそ常道。上手いやり方なのでは?」

「まあ、普通ならそう考えるかもしれないね。しかし、大局的にはいかにもまずい。これでは藪をつついたようなものだ」

「なるほど…… つまり、こんなタイミングに要らぬ軍事行動の呼び水になる、と」

「おお、分かったかい? では至急艦隊を用意したまえ。規模は三十隻ほどが一番指揮が執りやすいね」

「何と! ワイアット司令、まさか、このルナツーから艦隊を月まで送ると?」

「仕方がないだろう? 艦種は高速に動けるサラミスだけでいい。鈍足の戦艦や空母は必要ない。そのサラミスに二機ずつのジム・スナイパーⅡを付けるように。MSは小隊単位が普通だが今度ばかりは変則的でも仕方がない。そして補給艦も満載にして随時進発、ただし帰路での補給のためだ。サラミスに随伴する必要は無い」

「……了解しました。直ちに」

 

「では私も用意がある。発進準備の進捗を随時知らせてくれたまえ。ステファン・へボン君」

「え、ま、まさか!? ワイアット司令、自らがお出になるのですか? それは危険です! ジオンも大会戦をこなしたばかりとはいえ、艦隊戦力は決して少なくありません! 帰りの航路を遮断し包囲してくる可能性があります。そんな事態になれば、こちらは後詰を出すにはあまりに遠すぎて事実上不可能でしょう。お止め下さい」

「そんなものにひっかかる気はないよ。過信するつもりはないが、私もそれくらいは承知している。それにどのみち長居はしない。戦いに行くのではなく、フォン・ブラウンなどにある技術情報、技術者の脱出を支援するのが目的だ。しかしそれがどれほど重要なことか、ジャブローの制服組に分かってもらえないのは少しばかり悲しいね」

「それなら、小官だけを遣わせばよろしいのでは! 何も司令自らでなくとも」

「君だけを遣わせば、ダグラス・ベーダーあたりがなぜ自分でないのか騒ぎそうだ。まあ、それだけの理由でもないが、ここは私が行ったほうがいいだろう。留守を頼むよ、ステファン・へボン君。当面紅茶は一緒に楽しめないが、仕方がないね」

 

 結局ワイアットは自ら出撃する事を押し通した。そこにはステファン・へボン少将に敢えて言わなかった理由がある。

 ジオンの月面にいると思われる部隊編成について、ルナツーでは断片的な情報ばかりしか手に入らない。

 だが、その中でコンスコン機動艦隊の名が入っていたのだ。

 そこに反応せざるを得ない。今ではコンスコンという将があの本国会戦を演出し、見事なオーケストラを奏でたことが分かっている。そこで連邦艦隊はまるで道化のように踊らされ、見事に敗退する羽目になった。

 

 コンスコンとはいったい、どんな将だ。

 出てくるならば見てみたい。

 

 

 

 一方、ジオンは本命のフォン・ブラウンから攻めるのではなく、キシリア閣下は周辺の小都市から陥としにかかっている。正直そういった小都市に戦略的利用価値は何もないのだが、これはジオンのやり方をフォン・ブラウンに見せるためのステップである。

 

 こういうところがキシリア閣下の上手いところだ。

 

 絶対的な戦力で有無を言わさず降伏に持ち込む。だが一方では降伏した都市を決して手荒に扱わず、住民に安心をもたらす。何と移動の自由さえ許した。

 

「連邦軍の施設は電撃的に叩く。シーマ中佐の海兵隊をこれに当たらせろ。抵抗は徹底的に排除せよ。だが民間人には絶対に手を出してはならない。ただし、これを機会に暴動を起こすような輩がいたら、それは徹底的に取り締まれ! どのみちそんな者ら、残しておいても価値はない。逆に脱出して他の都市に行く民間人がいたら勝手に行かせていい。いや、そうしてくれなければ困る。こちらのやり方をタダで宣伝してもらうのだから」

 

 

 そしてジオンが虐殺などを行わないことが広まった頃、ようやく最後の目標であるフォン・ブラウンを囲む。

 さすがに月面随一の大都市として君臨し、長いこと一方的にライバル視していたグラナダなど寄せ付けない大きさだ。そして駐留している連邦軍にはそれなりの数の兵士と、おまけに艦がある。

 

「連邦艦はシャア准将に片付けさせよ。簡単すぎる任務で文句を言われるかもしれんが」

 

 フォン・ブラウンには、一隻のサラミスと五隻の駆逐艦が停泊していた。

 だが、そんな程度、シャアにとっては目をつぶっても片付けられる相手だ。むしろ宇宙港に残骸を撒き散らされて始末に困らないよう、ある程度発進を許し、浮上してから叩くという余裕ぶりだ。その場合艦のエンジンが始動しているため対空砲火が撃ちかけられるが、そんなものに当てられるシャアではない。

 

「……こんな楽な戦いばかりしていたら腕がなまってしまうな」

「ふふ、准将、戦いながらそう言うくらいでは、戦いが無くなってしまえばどうします?」

「ララァ、戦いが過去のものになるなら、それはそれでいいじゃないか。誤解されるといけないが私は何も戦いが趣味ではないよ」

「あら、本当かしら?」

「それより今頃連邦のMSが出てきたようだ。下手に市街に分散されたら大型モビルアーマーのエルメスでは対処できない。今のうちに全滅させておいてくれないか」

 

 やはり駐留している戦力では一気に攻め立てる突撃機動軍に抗し得るはずがない。事前に何か罠でも仕掛けるべきだったが、ここの連邦軍はどうせ攻められるはずがないと平和に慣れ切っていた。あっという間に制宙権を取られ、MSもほぼ失った以上、フォン・ブラウン駐留連邦軍はもはや抵抗のしようもない。降伏しかあり得なかった。

 

 

 こうしてフォン・ブラウンはジオンの支配下に入った。

 月面を押さえたのはジオンにとり大きな前進だったが、キシリアの手際の良さと、シャアなどの強さに磨きがかかっているためにさしたる困難もなく済んだ。

 もちろんこの軍事侵攻という悪夢にフォン・ブラウンの市長や議会は蒼白になり、為すすべもない。先のゲリラなどの交渉などもはやそよ風に感じられる事態に、どうしてこれだけは避けられなかったのか、なぜ譲歩せずに若者を見捨てたのか、いくら後悔しても遅い。

 

 ただし直接的な物的被害が少なかったために、かえってフォン・ブラウンから避難しようとする民間宇宙船がひっきりなしに飛び去っている。ジオンのやることに信用が置けず、震え上がった市民は多いのだ。そしてさすがに月面の大都市、旅客艇も輸送船も多かった。皆命からがら地球を目指している。

 

「本当なら、いったん宙域を閉鎖して重要人物を逃さない方がいいのだが…… おそらくアナハイム・エレクトロニクスの幹部や技術者はこそこそ逃げ出しにかかっているだろうな。取って食うわけでもないのに。しかし、強制的に封鎖するのは難しいか。様々な宇宙船が出ている以上、警告射撃だけでも民間人はパニックになり、余計逃げ出す方向に行くだろう。ちょっと手が付けられないな」

 

 ここでキシリアは現実的な判断をした。無理に全て封じ込めようとしたら軋轢は避けられない。本音としてはアナハイム・エレクトロニクスをそっくり丸ごと押さえたかったが、一般の技術者や生産設備の大半を確保できたことで満足すべきだ。

 

 

 むろん、アナハイム・エレクトロニクスからの脱出者とその船が判明した場合には厳しく追い、停船させて拿捕する努力を惜しみはしなかった。だがその網に引っ掛かるケースは多くなかったのだ。

 念には念を入れ輸送船に潜り込んでまで脱出を図り、それに成功したアナハイム・エレクトロニクスの幹部と、そこへ不可分なほど癒着した財団の幹部たちが異口同音に呟きを漏らした。

 

 

「あの御方に報告しなくてはならん。ジオンの馬鹿め。最初にコロニー落としなどをしてあの御方を怒らせるから、アナハイム・エレクトロニクスは連邦寄りになったのだ。元からそうなのではない。下らない過激思想などではなく地道に努力する方を選んでいたなら、あの御方は確実にスペースノイドの味方であり続けたはずなのに。これからジオンはどこへ向かい、どう人を導くのだ。それによりあの御方も態度をお決めなさるだろう。そしてこのつまらん戦争の行方も変わるに違いない」

 

 

 

 


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