コンスコンだけど二周目はなんとかしたい   作:おゆ

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第五十七話 月下の死闘 ~名将の条件~

 

 

 連邦艦隊の方ではグリーン・ワイアットが感想を述べている。今は聞いてくれるステファン・ヘボン少将はいないので独り言でしかない。

 

「なるほど、私としたことが見誤ってしまったようだね。それは相手のある戦いである以上、完全には避けられないことだが、多すぎた。おかげでサラミスを五隻も墜とされるとは痛い誤算だよ」

 

 それはさすがに淡々とはいかず、ため息に近い部分がある。

 

「コンスコン中将、とにかく決断が早く思い切りがいい。戦術傾向を見ると一点集中が多いようだ。それを可能にする要因として、やはり艦隊の砲撃力もMSの技量も大したものといえる。さっきはそれでやられた。だがコンスコン中将の強みはそこより一段上にあるようだ。表現しにくいが、もたれかかるのと、信頼するのは違う。コンスコン中将はしっかり信頼しているからブレがなく、これでは部下も戦い易いだろうね」

 

 そう分析しながら、グリーン・ワイアットは早くも次の手を打つ。

 ルナツーからはるばる来たのは情報収集のためだけではない。

 

「ここからが本番だよ。コンスコン中将。やれやれ、私は自分がケチだとは思わないがこういう手を使うのは心苦しいものだね」

 

 

 戦いはこれより第二幕に入った。

 今度はグリーン・ワイアットから仕掛け、ジオンが対処する。

 

 

「連邦艦隊、動き始めました! 先ほどと同じ陣形です!」

「来たか…… よし、今度は距離を精密に保つぞ。数の撃ち合いにさせないよう、アウトレンジを維持し、ヒットアンドアウェイに徹する」

 

 ゆっくりと距離が縮まっていく。

 そんな緊張の高まる中、突然それは起こった。

 

「あ、連邦艦隊の右翼左翼分艦隊、大きく散開していきます! そ、それも全てが単艦で!」

「何だと! 馬鹿な、そんなことがあるのか!」

 

 報告は間違いではなかった。

 確かに連邦の右翼左翼にいた計八艦ほどが、前進しつつ散開、つまり戦場を包んでいく。

 

 数で勝る連邦が包囲戦術をとるのはむしろ常識の範囲内で、もちろん俺はそこに驚いたわけじゃない。

 そうではなく、いくら包囲でも完全に単艦行動などあり得ないのだ。なぜならサラミスは突撃艦ではなく汎用艦ではあるが、それでも全方向に撃てるわけじゃない。後方や下方には少なくない死角ができる。おまけに砲撃中はそのエネルギーの余波で索敵などが不能になる時間があるのだ。そのため、通常なら四艦、どんなに悪くても二艦で対になって行動するのが会戦の基本だろう。それを敢えて破る意図はいったい何だ。

 

 疑問を持て余していると、それらの単艦のサラミスがもう撃ってきたではないか。とうていイエローゾーンにすら遠い距離、当たりはしない。それに照準もまるでなってない。

 

「向こうは照準が悪いな。これは助かるが…… いやおかしい!」

 

 俺はある可能性を思いつき、サラミスの一艦を選んでそこへ集中的に撃ちかけさせた。

 それもまた遠すぎて当たらない。しかし、そこで判明したことがある。サラミスは回避行動もまた全然上手くないのだ。いや、あり得ないほど酷い。

 これで俺は確信を持った。

 

「あのサラミスは無人艦だ! やられた。あれは案山子、こちらの戦力を分散させるためだけのものだ」

 

 

 無人艦ならば、距離さえ近づけば撃破するのは容易だ。しかしそのためにこちらが艦を割いてしまうと、ただでさえ戦力の差が大きいのに絶望的にその差が広がる。

 連邦側は無人艦八隻を引いても二十一隻残っている。対してこちらは十八隻、ここから戦力を分けてしまったら勝負にならない。

 その無人艦に対して無視をするわけにもいかない。一応撃ってくる以上は。

 そしてもっと悪辣なことすらあるかもしれないのだ。無人艦の擬態をしていて、こちらが片付けるのは楽な作業とばかりに近づいたらいきなり牙をむいてくる可能性が無くはない。むろん向こうも部下を危険に晒すわけにもいかない以上、全部が全部実は有人艦ということはあり得ないだろう。ただしそんな艦がいる危険性を考えれば、こちらも単艦で向かわせるわけにいかないではないか。そうなると余計に戦力が削られる。

 

 連邦の指揮官は魔術師か。

 無人艦戦術、そんな大胆かつ恐ろしい手を使ってきた。これまでも無人艦を囮に使う例が無いこともないが、それはたいてい敗走時の苦し紛れだ。このように攻勢時に大量運用されたことはない。全艦隊の二割にもなる数を一度に使ってくるとは。

 くそっ、確かに、先ほどの第一幕で連邦左右の分隊は何もせず、こちらの側面を突くなどの動きをしなかった。その時おかしいことに気付くべきだったのだ。

 

 

 その連邦の指揮官もまた椅子に座り、戦況を見る。

 

「やれやれ、これだけのサラミスを使い捨てるのだから後で苦情が来そうだ。先の会戦でポンコツ寸前になった艦の始末だとしても。いや、むしろジム・スナイパーⅡをその分持ってこれなかった弊害の方が大きいね」

 

 その通り、それらのサラミスは本国会戦で敗走し、命からがらルナツーに辿り着いた艦だ。戦いによる損傷、あるいはエンジン過負荷のために、戦闘復帰させるにはどのみち少なからず修理を要する艦だった。

 それらを最初からこうやって使い捨てる予定にしていたのだ。

 しかしそのため、MSについて本来サラミスにはMSを三機、最大四機収容できるはずだったのに二機ずつ乗せるのに留めたのである。帰路には必ずサラミスの数が減るため、ゆとりが必要だったのだ。

 

 

 俺はある決断をして、それに合わせた戦術をとる。

 

「やむを得ん。ゆっくり後退しながら距離を保つ。連邦の無人艦には、中途半端な対処はしない。戦力を割くのは論外、かといって駆逐艦だけ向かわせるのも危険、MSだけなら遅すぎる」

 

 戦いは連邦の鋭鋒を避けながら、艦隊全体としてひたすらアウトレンジを心掛ける。

 一方ではMSの戦いも始められているが、それも撹乱に徹する。ガトーとカリウスの連携に引っ掛けられた連邦MSを斃すくらいで、敢えて全面的な乱戦に持ち込ませない。

 

 もちろん連邦はそんな俺の消極姿勢に対し、様々な方法を使って誘ってくるのを忘れない。敢えて作った艦列の乱れや突出である。それもまた本当か、と思うほど上手い誘いなのだが、それには全て乗らない。乗る必要は無い。

 

 

「またガガウル一隻、中破!」

 

 無人艦から定期的に撃ってくる。自動管制なのだろう。

 ここでも少し誤算があった。

 連邦の艦は火器管制が人手によらなくとも、時折至近弾になることがある。おそらくレーダー制御がジオンのものより高度なせいだ。ここは月に近い宙域、工業も民間航路も密な以上、ミノフスキー粒子をあまり濃くはできない。それで、無人のサラミスでもレーダー砲撃が有効になった場合に限ってそれなりの精度で撃ててしまう。

 稀には本当に当たってしまうことすらあるのだ。この距離でも運悪く直撃を受けたら小型艦には被害が出る。

 それもまた忍んで、俺は待っている。

 

 

「よし、今だ! 前列のティベとチベは主砲斉射! 向こうを止めた隙に艦首回頭、最大戦速で月面に撤退せよ!」

 

 俺はいきなり急速撤退を命じた。

 これでいい。

 連邦の方では戸惑っているようだが、意味は分かるだろう。

 

 

 

「ジオン艦隊、急速後退に転じています!」

「よし! 追撃! い、いやそうではない。なるほど…… 私としたことが、勝ちを前にして目が曇ってしまったようだ。本艦隊も後退する。無人艦は全て自爆シークエンスを起動。MSはそれぞれ手近なサラミスに分乗するように。その後、ルナツーに向け撤収せよ」

 

 連邦艦隊もまた撤退の構えになる。グリーン・ワイアットも大局を理解したのだ。

 

「ジオンのコンスコン中将、噂以上の将だった。名将と言うべきなのだろう。そういう人物が連邦の敵なのは不運なのか、幸運なのか……」

 

 

 お互いに撤退になった原因は全て、時間切れにある。

 

 フォン・ブラウンからの民間船脱出は時間と共に一段落ついていた。コンスコン機動艦隊はそれらの拿捕の補助を、ワイアットの連邦艦隊は脱出の手助けをするのが本来の目的である。民間船がいなくなれば、どちらも作戦目的を失ってしまう。

 それ以上戦う意味がない。

 こんな局地戦でとことん勝負をつけても、戦略的には何も価値がない。コンスコンが勝っても連邦の物量には大きな影響がなく、ワイアットが勝ってもグラナダやフォン・ブラウンから新たなジオンの応援が到着した時点でお終いだ。実際に応援が見えてからでは遅い。

 それが分からぬグリーン・ワイアットではない。

 

「今回は引き分けのようだ。いや、私の負けか。行動しながらも戦略的な見地を片時も忘れなかった向こうに一歩及ばなかった。艦の損失を見ても、いくら予定されたポンコツの自爆を含むとはいえサラミス十二隻を失ってしまったのだからね。ジオン艦を七隻墜とせたようだが、向こうは小型艦ばかりで割に合わないことだ。ダグラス・ベーダーあたりの嫌味は聞き流すとして、ステファン・ヘボン君に言い訳をこさえておく必要があるね」

 

 もう一つ、グリーン・ワイアットは思い付いて、宙域から去る直前ジオンのコンスコンへ向けて通信を打たせた。

 

 

 

 一方、俺の方では連邦サラミスの自爆を見ている。

 大きく外側に回っていた単艦八隻のうち、六隻が自爆で消えた。それらがおそらく無人艦であり、鹵獲されるのを避けたというわけだ。

 逆に言えば、残りの二艦は有人艦だったことになる。つまり、これは連邦の指揮官が欺瞞を完璧にするために有人艦を混ぜ込んでいたことを意味する。

 どうせ無人艦と侮りこちらも単艦で向かったらガガウルはもとよりムサイでも一瞬で餌食になっただろう。どれが無人艦か有人艦か分からない以上、こちらはうかつに手を出さないのが最善だったのだ。

 それが連邦の優れた戦術だということは分かる。

 ただし俺は少しばかりモヤっとするものがあった。

 

 たった二艦、されど二艦、である。

 

 サラミス単艦で突出させることは、やはり部下の命を危険に晒すことだ。本気でこちらが対処にかかれば終わっている。もちろん戦いである以上、損失のリスクと戦果を天秤にかけて冷静に戦術を組み立てるべきだが、少し違うのではないか。

 この連邦の将の戦術能力は高く、その上戦略的意義も理解する将であることは、こちらが退き始めると追撃もせずさっさとルナツーに帰るところからも明らかだ。

 だが、部下と心からの絆で結ばれ、危機も勝利も分かち合う将、すなわち名将ではない。

 その条件を満たしていない気がするのだ。

 

「ただ、そうは言っても連邦の将は凄い奴だった。これは強敵になるぞ。いずれ、この将とはもっと大きなところで再戦になるだろう。それまでに戦略で勝負を付けられたら良いのだが……」

「コンスコン司令、電文入りました! 連邦艦隊からです!」

「何だと? 読んでくれ」

「貴官の勇戦に敬意を表する。再戦の日まで壮健であられたし。地球連邦軍ルナツー基地司令グリーン・ワイアット中将」

「能力はともかく、キザな感じがするな」

「司令、返信はどうしますか?」

「いや、必要ないだろう。向こうもそれを期待してないだろうし」

 

 

 激烈な艦隊戦だった。この戦いが月面動乱の締めとなった。

 それはジオンのグラナダ奪還から始まり、ゲリラ騒動、それが月面全体を巻き込むように拡大し、最大都市フォン・ブラウンまで至る動乱になってしまった。

 

 ここで、裏では幾多の思惑が渦巻いているとはいえ、直接戦闘はいったん終わる。

 

 

 だが連邦とジオンの戦いは続き、歴史は安寧を許さない。

 次の事件の発端は既に始まっていたのだ。誰もが予想もつかない場所で。

 

 それは、ジオンの連邦兵捕虜収容所での事件である。

 

 

 

 


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