コンスコンだけど二周目はなんとかしたい   作:おゆ

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第五十九話 差別主義

 

 

 バスク・オム中佐は捕虜収容所に入れられた時には、どこにでもいる捕虜の一人だった。むしろその威圧感と態度から嫌われ、敢えて話しかけようという者がいないかったほどである。

 しかしそこから直ぐにシンパを増やしていったのだ。

 特に演説が上手いわけではない。その主義主張そのものが爆発的に同調者を生んだのである。極端な主張というものはその性質上一切の迷いがない。しかも単純だ。そこを説得力と感じる者は多い。

 

「すべてはジオンが悪い! そしてジオン軍だけが悪いのではなく、スペースノイドという棄民の末裔が悪いのだ。食い詰めて地球から出て行ったくせに増長して牙を剥くとは。せっかくの戦争だ、スペースノイドというゴミは宇宙から一気に掃除してやれ!」

 

 連邦軍人は近親を戦争で亡くした者が多くいる。それに加えて僚友を亡くしていることもある。ましてや捕虜収容所にいるような場合は、激戦で大破し航行不能、あるいは降伏した艦にいたのだ。その惨状が小さくないトラウマになっている。

 ただでさえジオンを憎んでいる中、ジオンとスペースノイドを完全に悪と決めつけ妥協を許さないスローガンが浸透するのは当たり前である。

 たちまちのうちにバスク・オム中佐を中心とする過激なグループが出来上がっていく。このコロニー内に捕虜は八千人もいて、管理の関係から十の区画に分けられていたのだが、その一つの区画にいる捕虜の大半がグループに入った。更に他の区画にさえ広がり始めている。

 

 

 気勢を上げるだけなら問題はない。

 しかし、必然的に様々な工作を始めてしまう。

 単純な仮病から、わざと不良品を作るような巧妙なサボタージュを行うのだ。嫌がらせである。時にはワイヤーを片付け忘れた振りをしてジオン警備兵の足を引っ掛けるなどの姑息な真似をした。

 これにはジオン兵の方だって反発せざるを得ない。

 一気に収容所の空気が悪くなる。ジオン兵の側では連邦捕虜に遠慮する義務もなく、やられたらやり返すだけで、対立が深まるばかりになる。

 

 

 そんな中、サウス・バニングとヘンケン・ベッケナーの陽気な振る舞いは貴重なムードメーカーになった。言うこともしごく常識的な範囲のことである。

 

「ジオンの奴らはぶっ潰す。しかし、それは収容所を出てから、正々堂々とやるもんだ。収容所にいる間は大人しくして骨休めをすればいい。ここのジオン兵に嫌がらせなど卑怯者のやることだ」

 

 

 収容所の雰囲気は複雑なものになった。

 連邦兵の多くは差別主義を根底とするバスク・オム派だ。

 

 しかし、理性的に考え、アースノイドとスペースノイドの未来像を思う者も決していないことはない。あるいは目の前に置かれた工業部品をジオンの物とはいえ綺麗に作り上げるという、愚直な職人気質を保ち続ける者もいる。そういう者はわざと不良品を作るという真似はできない。

 それらは居丈高に同調を押し付けてくるバスク・オムに反発し、必然的にサウス・バニングらの方にシンパシーを感じたのだ。

 残念ながら数としては少数派にならざるを得なかったのだが。

 

 そんな中、やはりというべきか小競り合いが起きた。

 

 

 

 バスク・オム派にいる若手がうかつにも脱走を計画した。

 それは何とも杜撰なもので、収容所を出てからのことを考えられていない。なるほど目の前の工作機械をちょろまかし、武器を作り、各種ゲートを偽アクセスで突破することはできるだろう。上手くいけば人質を取って宇宙船を奪えるところまでいく可能性もゼロではない。しかしここはジオン本国、どう考えても何日にも渡って哨戒をくぐり抜けられるわけがないのだ。

 

 そしてサウス・バニングが脱走計画の相談の場面に出くわしてしまった。

 驚き呆れるほかはない。

 

「馬鹿だろうお前ら。ヒーローにでもなったつもりか。敵の弾が当たらないとでも思っているなら間違いだ。何度か幸運があっても、最後に一発食らえば終わるんだぞ。やめろ、そんなつまらん計画」

「何! 臆病者のくせに! スペースノイドに尻尾を振って恥ずかしくないのか! 報酬は何だ、美味いメシか。連邦軍人にもとんだクズがいたもんだ!」

「キャンキャン吠えるな。うるさい。お前らのために言っているだけだ。道理の分からん奴でも連邦軍人が無駄死にするのは寝覚めが悪い。特にお前らのような若造は。俺の小隊にはもっと若い学徒兵がいたくらいだしな」

 

 捕虜生活で鬱憤が溜まっていたのだろう。

 若者たちは口で敵わないとみるや実力行使に出てきた。

 サウス・バニングに殴りかかってきたではないか。だが、サウス・バニングは筋骨逞しい方ではないが、無駄な脂肪のない強靭な肉体を持っている。

 

「分かりやすくていい。そういうのは嫌いじゃない」

 

 たちまちのうちに返り討ちにしていく。

 最初は薄茶の髪を分けたキザっぽい若者だったが、あっさり一発で沈められた。その後の二、三人も同じ運命になる。しかしその次に出てきた者はそこそこの体を持っていた。サウス・バニングと数発のパンチを交わすが紙一重で避け、逆襲までしてきたではないか。

 

「やるな、若造。いい動体視力を持っている。良いパイロットになるぞ」

「うるさいジジイ!」

「口も達者か。名前は何という」

「ブラン・ブルタークだ」

 

 

 そこで勝負がついた。

 サウス・バニングのパンチが腹に食い込み、たまらず体を折り曲げたところでアッパーカットの餌食になる。体力はともかく、やはり経験というところでサウス・バニングの方が一枚も二枚も上だった。

 

 その時だ。

 ブラン・ブルタークを倒し、息を整えているサウス・バニングに横から強い口調で声がかかる。

 

「貴様、何をしている」

 

 バスク・オムだった。この騒動を知らされてやってきたのだろう。すぐ横には一番初めにのされたはずのキザな若者がそばにいる。

 だが、バスク・オムの尊大な態度にも下手に出るようなサウス・バニングではなかった。

 

「お前さんか。何か文句があるのか。いや、こっちにはある。先に言わせてもらおう。皆を焚きつけていたのはお前さんだろ。ジオンとスペースノイドをわざとごちゃ混ぜにして煽っていたな。はっきり言っておくが、それは間違いだ。それどころかジオンにさえ話の分かる奴がいる。少なくとも俺を捕まえたコンスコンは悪い奴じゃない。お前さんは有害だ。ジオンじゃなく、連邦軍にとってだ」

「スペースノイドに騙された馬鹿者が! スペースノイドなどお情けで生かされているゴミ虫に過ぎん。大人しく地球に資源を送り、それだけを存在意義に思えばいいものを」

 

「……前から思っていたが、やっぱりお前さんとは話ができんようだ。連邦軍人としても、人間としても」

「連邦軍人というなら上官には従え。さっきから大尉のくせに中佐に何という口の利き方をするか!」

「捕虜ならば相手機関の指示にのみ従い、一時的に元の身分階級による指揮系統はなくなる。当たり前のことを知らないのか」

「……いずれここを出る時が来れば、分かっているだろうな」

 

 

 続けて脅しをかけようとしたバスク・オムよりも、早く口を出してきた者がいた。

 ようやくこの場に駆けつけてきたのだ。

 

「途中からで悪いが、俺はヘンケン・ベッケナーという者だ。何か階級の話が聞こえていたようだが、連邦軍での身分でいえば俺も一応中佐で、巡洋艦スルガの艦長をしていた。ついでに任官順ではバスク・オム中佐、少しの差ではあるが俺の方が上だったと思うんだが記憶違いなら言ってくれ。そして記憶違いでないとすれば、これ以上階級のことを言うべきではないだろう」

 

 これでバスク・オムは言葉に詰まり、もはや無言で睨む。それをサウス・バニングとヘンケン・ベッケナーが受け止める

 その時意外な者が声を出してきた。

 ブラン・ブルタークが殴られて倒れていたが、意識を取り戻したようだ。

 

「余計なことをするな、ベン・ウッダー!」

 

 その視線の先にあるのは、バスク・オムを呼んできたと思われる細身のキザ男だ。どうやらそれが気に入らない。ブラン・ブルタークはバスク・オムに来てほしくなかった。主張に少しだけ納得できる部分があるのでバスク・オムに味方するグループにいたのだが、ソリが合わず、心底手下になったわけではない。

 ここで、バスク・オムとベン・ウッダー vs サウス・バニングとヘンケン・ベッケナー vs ブラン・ブルタークという奇妙な睨み合いが展開された。

 

 

 この場はそこで収まる。

 だが数日後、驚くべき結果となってしまった。

 

「何をしたっていうんだ! ふざけるな!」

 

 何とサウス・バニングとヘンケン・ベッケナーが逮捕され尋問房に移されたのだ。

 脱出計画の首謀者であるとの情報が流れ、ジオン側としては当然のように拘束した。

 誰かが罪をこの二人に擦り付けた。バスク・オム本人か、忖度した取り巻きかは分からないが、ともかく冤罪なのだがこの時点では分からない。

 

 当然、責任者であるトワニング准将に報告が行く。

 トワニング准将も馬鹿ではなく、情報の根拠である証言を総合すると、何かしら辻褄の合わないところがあるとは感じた。だがそれで最初の証言を無効にできるわけでもない以上拘束は解けない。

 しかし偶然にもトワニング准将が俺、つまりコンスコンに会い、綿密な再調査をしたところから事の顛末が判明してきたのだ。もちろんサウス・バニングとヘンケン・ベッケナーは釈放、そして逆にバスク・オムを尋問、そう決められた。

 

 

 これで終われば何も問題なかった。

 

 ところが、本当に脱走が始まったことから事態は急変する。

 管理側にとって最悪のタイミングだった。脱走計画がバレて首謀者が逮捕された直後だというのに、誰が脱走を企てるだろうか。予想外のことに盲点を突かれた。

 

 

 


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