俺はその頃、艦隊再編に取り組んでいる。
大将就任と同時に、またしても艦隊規模が大きくなったのだ。
いや、それは俺の大将就任というより、ドズル閣下の元帥昇進の副産物という面が大きい。
基本、これからドズル閣下は全てを統括する立場になる。表向きは元帥として軍事と予算を見るわけだが、実質的には治安や産業を含めた政務全般を見るのは明らかだ。そしてジオン公国は現時点で公王不在であってもあくまで公国であり、そういった独裁体制は法的に問題がない。
すると当然ドズル閣下は本国にいることがほとんどになり、滅多に動けないだろう。麾下の宇宙攻撃軍は本国が根拠地になってしまう。それでは宝の持ち腐れだ。攻撃軍というからには攻勢に出るのが本領で、拠点の防衛を続けるのは名前に合わない。
そこで、15隻まで減っていた俺の艦隊へ新造艦を中心として18隻もの戦力が加えられた。それだけではない。更には俺のところへデラミン准将が異動してきたのだが、その麾下にある10隻を伴っている。
合計で43隻にも膨れ上がったのだ。
もはや大隊はもちろん旅団でもなく、方面軍とでも呼ぶべき規模である。俺としてはグワジン級が一隻も無いのは残念極まるが、総合戦力はドズル閣下の手持ちすら大きく超える。つまり俺のコンスコン艦隊は名目上宇宙攻撃軍の一部でありながら、完全に母屋を乗っ取った格好なのだ。
俺はもう一つの背景にも気付いている。これほどの戦力を預けることから必然的に分かることだ。ドズル閣下は俺が裏切ってジオン公国を奪うという可能性を全く考えていない。これは俺にはとても嬉しいことだ。もちろん俺はその信頼に応えて、最後までジオンとドズル閣下のために働くつもりである。
「デラミン准将、着任いたしました」
「ご苦労。期待している」
「はっ!」
デラミン准将が着任の挨拶をしてきたが、会話は続かなかった。デラミン准将はあまり余計なことを言わない人間らしい。見た目も生真面目そうだ。まあ、柔軟性に少々欠けたとしても、逆に言えば堅実に動いてくれるだろう。分艦隊というものは基本的に単一の目標をこなすもので、過度の柔軟性は必要なく、局面を任せられたらそれで不都合はない。
さて、再編と出撃準備をしている中、トワニング准将から連絡が入ってきた。捕虜収容所の件だろう。
「先のサウス・バニングとヘンケン・ベッケナーの件ですが、やはり閣下のご指摘通り、その二人が事件を引き起こしたのではなく、誤認でした」
「そうか、きっとそうだとは思っていた」
「二人には謝罪をして、その上で騒ぎの本当の中心人物を捕らえる予定です」
「それがいい」
その話もここで終わる。
二人は、俺の艦隊と縁のある人物のこと、その謝罪に立ち会おうかとも思ったのだが収容所のことはトワニング准将の管轄である。それ以上俺が口を出していいものではないと考えた。
だが、結果的にまたしても関わることになるとは想像もしていなかった。
艦隊の合流と再編のため、サイド3内をゆっくりと航行していたのだが、捕虜収容所のある21バンチの近くにいたのはほんの偶然に過ぎなかった。
「スペースノイドどもに囚われているのは屈辱だ!」
「この機会を逃せば次はないぞ!!」
「地球に戻れないならば死んだと同じだ! スペースノイドはどうせ最後に俺たちを殺すんだ! 毒ガスを使って」
連邦捕虜の若者たちはそう言って気勢を上げる。
バスク・オムの過激思想に染まってしまい、スペースノイドとの共存を不可能と断じた彼らは必然的に捕虜のままでいることを良しとしなかった。
ついに脱走計画を実行に移してしまう。
もちろん深く作り込まれた計画とは言えないが、全く荒唐無稽でもない。捕虜は一般民間人の集団ではなく専門家集団であるのは確かだ。それもスキルは並大抵ではない。
もちろんジオン側も決して兵器になりそうな機械を扱わせているわけではなく、そして警戒と監視カメラは充分に備えているはずだった。だが、そこを上手いことすり抜ける工夫をされた。ただの充電池を発火道具や刺激性ガスに変えたり、燃料を焼夷ゲルに変えるなどあらゆる多彩な工夫だ。
始めはこっそりした脱走に過ぎない。しかし発覚すると捕虜たちは遠慮なく行動を広げる。
これに対し、優れた武器を持つジオン警備側は反撃する。
当たり前だが、いかなる抵抗も排して制圧することは可能と思われた。何しろ捕虜には本格的な重火器は無いのだ。逆にジオン側には重火器も装甲車両もある。
しかし、そういったことがジオン側の油断に繋がったのは仕方がない。おまけにトワニング准将は前線勤務がほとんどなかったために、連邦兵に対する敵愾心は薄く、必要以上の強硬措置を取らなかったことも災いした。ゆっくり制圧していくだけで満足してしまったのだ。
もう一つジオンにとって不運なことがある。このコロニーにおいて捕虜収容所の区画は一部に過ぎず、残りは軍用区画と一般居住区画になっている。そのため麻痺ガス注入などの瞬時制圧手段は使えない。捕虜収容所にこのコロニーが使われたのは労働力をより有効に使いたいためだったがそれが裏目に出た格好だ。
実は、時間さえ稼げば捕虜たちには打てる手があった。
それはコロニー制御の乗っ取りだ。
いっときだけでいい。いくらかでも制御を手に入れれば、捕虜側には格段に取れるバリエーションが広がる。
これは密閉型コロニーである。完全人工照明であり、扱うエネルギー量が大きい。
ちなみに密閉型コロニーは周囲に配置された太陽電池を主にして補助に反応炉を使ってエネルギーを得ている。密閉型は数多くの利点がある形式だが、総合的にはやはり太陽光を直接取り入れる方がコストが安いことが判明し、サイド3以降のコロニーでは用いられていない。
制御を奪った後、エネルギー経路をシャットダウンする方向に使ってもあまり実害がない。せいぜい暗くなったり気象コントロールができない程度だ。しかし、過供給で設備を破壊するのは別だ。そして一番問題になるのは、設備そのものの話ではなく、人為的な小爆発をうまく繋げて外壁に穴を開けてしまうことだ。
そして小さな破れでも自動修復を絶った状態でそれをされたら空気を失ってしまい、コロニーの存亡に関わる。それは小さな出血でも血が固まらないと出血死するのと似ている。
状況が容易ならざるものになったことを理解し、トワニング准将は青ざめた。コントロールを乗っ取られたことを知ると一旦制圧部隊を下げる。
そして面子にこだわらずコロニー内外に助けを求めたのだ。
そして捕虜の側でも青ざめているものがいる。
「馬鹿な! なぜこうなった!」
バスク・オムだ。
周りの若い捕虜たちはそんな声を聞いても怪訝な顔をする。それもそのはず、バスク・オムのために今蜂起したといっても過言ではない。サウス・バニングとヘンケン・ベッケナーの釈放後、バスク・オムが尋問を受けることになるのは秒読みだったからだ。オピニオンリーダーたるバスク・オムを助けるためのタイミングでもあった。
そしてコロニーの制御乗っ取りに一部成功した今、大きなカードを手に入れたといっていい。
しかし、バスク・オム自身はこんな蜂起は最初から無謀だと考えている。いかに状況を有利にしても、結局は宇宙艇で逃げ出さなければならないからだ。綿密に打ち合わせた上で外部からの連邦艦隊と同時作戦を取るならともかく、単純に逃げ切るなどできないに決まっている。
だがバスク・オムは神輿に担がれた以上逃げも隠れもできない。心ではジオン側と行う交渉の算段を考えながら、仕方なしに中心にいるしかない。
「マニュアル操作でベイハッチを開けろ! 突入するのはこのティベと、新造のチベ改、ガガウル二隻程度の小隊でいい」
トワニング准将からの通信を受け取った俺はすぐさま向かった。先のトワニング准将との話のおかげで、捕虜収容所の落ち着かない状況は知っている。それで蜂起を驚かずに受け止められた。何も予備知識がなければさぞかし驚いただろう。
そしてコロニー内に入る。ベイハッチはいかなる時でもマニュアルで開けられるように設定されているため、妨害は受けない。これでジオン側は艦やMSという圧倒的戦力を鎮圧へ向けられる。
さてここからが問題だ。
新鋭重巡ティベの威容を見せつけて反抗捕虜を委縮させるか、逆に刺激しないように隠すか…… 俺としては色々考えることもあるが、いずれにせよトワニング准将の判断に従うべきだ。階級と関係なく、収容所管理のトップはトワニング准将なのだから。
すると、やはりというべきかトワニング准将は穏便な方を選択した。
「コンスコン閣下、艦砲や爆撃はせず、歩兵による鎮圧を優先したいと存じます。万一に備えて、MSの支援をお願いしたいのですが」
「分かった。老婆心までに言うが、話し合いによる投降ができなければ速やかに行動した方がいい。下手に傷が広がればどちらも収まりがつかなくなる」
事態は誰もが予想できない方向へと進んでいく。