コンスコンだけど二周目はなんとかしたい   作:おゆ

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第六十一話 妙手

 

 

 収容所を占拠した捕虜たちはやはり投降には応じず、再びジオン側の制圧作戦が開始された。というより放置してはおけない。

 しかし、やはりトワニング准将は荒事向けではなく、核心を直に突く作戦を取れていない。見ているともどかしく感じるが制圧までには若干の時間がかかりそうだ。

 

 

 まずいな、と俺は思う。

 

 人間というものは、あっという間に事態が急変すると狼狽はするものの、かえって破滅的なことまでしないものなのだ。しかしゆっくりと事態が悪化していくと心理的圧力が臨界点を超える。

 つまり時間が掛かるほどに、捕虜たちが非合理的な行動に走る危険が増してしまう。

 この場合、最初から艦やMSで踏み込み、問答無用に制圧すべきだった。しかしそれをしなかったからには、次善の策で行くしかない。トワニング准将の目論見通り、非殺傷兵器を主に使い、捕虜を決して殺すことなく鎮圧すればいい。そういう穏当さを見せれば問題ない、というかそれしかない。

 俺もトワニング准将の意を酌み取って艦やMSを捕虜から見えないところに着座させている。

 

 ところがこのコロニーに駆けつけてきたのは俺の艦隊だけではなかった!

 もちろんドズル閣下やキシリア閣下も急報を受けていたが、先に行動したのは首都防衛隊である。首都防衛隊はズム・シティを含めたサイド3の治安維持がその本分であるし、即応性なら通常艦隊に勝る。

 俺の艦隊の後から、このコロニーに突入してきた。

 首都防衛隊は最新装備はないものの、戦力が少ないということはない。そして直ちに戦闘態勢で介入してきたのだ! 捕虜鎮圧でトワニング准将がチンタラしているように見えたのだろう。

 たかが捕虜相手に何を無様な、と。

 

 

 そして最悪の選択をしたではないか!

 コロニー中心、つまり収容所の上空からザク中隊を降下させてきたのだ。

 

「な、何を勝手なことを! 言ってはなんだが大将の俺がトワニング准将の指示に従おうというのに、どういうつもりだ!」

 

 俺の方が慌ててしまい、即座にそう言ったが、首都防衛隊の考えもおぼろげながら分かる。トワニング准将が今の任に就いたのはつい最近のこと、首都防衛隊としては突然の変化に戸惑わざるを得ない。ギレン体制からトワニング准将への交代はあまりに違い過ぎる。そのため、捕虜鎮圧の手柄を立てて立場を強化したいと思ったのかもしれない。そして捕虜鎮圧の最中ならば、差し出がましく割り込んでも助けに来ましたと言えば名分が立つ。

 そして恐れていた事態になる。

 捕虜に対して主に非殺傷兵器を使うというトワニング准将の穏当さが台無しになってしまった。捕虜たちはやはりジオン側を信用できないと思ったらしく、最終的手段を取ってしまった。

 

 

 コロニー内にかすかな爆音が響く。

 

 外壁殻内での爆発であり、そして決して爆発物を使ったものでない以上、それほど大した音ではない。閃光も煙もない。ただしこれは恐るべき事態なのだ。さすがに直径6kmのコロニーは外壁が破れても直ぐに空気を失うことはなく、暴風が吹き荒れることもないが、やがて死に向かってしまう。

 

「しまった! コロニーの外壁が破れれば、一両日中に空気を失い、どれだけ犠牲が出るか分からない。その破壊部に急行、規模を確認して処置を決める。最大緊急だ。急げ!」

 

 破損部は捕虜収容所から離れた工業地区にあった。幸いにも居住区ではないためまだ人的被害はない。吹き出しではなく吸い込みのため風は弱いが、さすがに近寄るほど急激に強い風になる。MSでさえ引き込まれてしまいそうだ。何とか観測したところ意外に大きな穴になっていて、十数メートルにもなる規模だった。

 とりあえず大まかにでも塞いでおかないとまずい。

 

「くそ、この大きさか…… 手っ取り早く、強度のあるものでなければ塞げない」

 

 これは緊急事態、MSで適当に建物を引き剥がして使うか……

 

「いや、そうか! このティベを使えばいい!」

 

 我ながらナイスアイデアだ!

 一塊で大きさがあり、しかも動かせるものといえば艦じゃないか。

 俺はティベを破れ目の上に持っていき、そのまま着座させた。むろんティベの方がはるかに大きく、吸い込まれたり歪んだりすることはない。艦底でほぼ塞げば、細かいところは風で飛んできた物で勝手に塞がる。これで空気が漏れることはなくなり当座の危機は回避できた。

 だが、艦の数が限られている以上、次々と外壁に穴を開けられたら対処できないのも確かだ。コロニーを守り切る手段が失われている状況は変わらない。

 

 

 

 一方の収容所内は半ばパニックに陥っている。

 強硬派はまたしても外壁に穴を開ける方策を考えていた。その考えの元は、ジオン側への不信感である。捕虜の蜂起を圧殺し、それどころかこれ幸いと皆殺しまで考えているに違いない。ザクマシンガンの音が何よりの証拠だ。

 こうなった以上、死なば諸共で行くしかない。

 

 だが、一方では恐怖に震えて固まってしまった者が多く存在する。

 理由は簡単だ。

 宇宙艦乗りにとって、空気を失うほど恐ろしいものはない。それは嫌というほど心に刷り込まれ続けている。常に宇宙という死の空間と隣り合わせにいる者は、そのことを忘れるよう努めなければ正常心を保てない程なのだ。艦に乗っていてさえそんな状況なのに、このコロニーで現実に空気を失っていくのを知れば恐怖に支配されるのは当然である。

 

 

「おいこら、やめんか! 全員を殺すつもりか!」

 

 そして捕虜に呼び掛けながら暴れているのはヘンケン・ベッケナーだった。尋問から解放され、収容所内に戻ってすぐこの騒乱に直面したのだ。何とか鎮めようと思ったがたちまち強硬派と衝突した。そしてヘンケン・ベッケナーは演説で説得するようなタイプではない。

 直ちに肉体を使う。

 すなわち、強硬派の血走った面々を殴り飛ばしていく。

 十人まではそれで行けた。ただし最後は数に負けて押さえ込まれてしまう。

 

「お前ら、死にたければ自分だけで死ね! 俺は連邦に帰る希望を捨てちゃいない。そんな人間までお前らの破滅に付き合う義務はないぞ! しかもこのコロニーにはジオン側といえど民間人がいるんだ。そいつまで忘れてコロニーをぶっ壊すとは、連邦軍人の誇りはどこへ行った!」

 

 それでも口だけはまだ動く。強硬派としても同じ捕虜であるヘンケン・ベッケナーを殺すことまで考えているわけではなく、取り押さえたはいいが困惑するばかりだ。それは結果的に貴重な時間を稼いだことになる。

 

 一方、なぜか強硬派は判断を仰ぐべきバスク・オムを見失っていた。

 

 いつの間にやらグループの中心にいたバスク・オムが消えている。もちろんどこかへ行ったのだ。それの意味するところが分からない強硬派たちは次第に右往左往していき、ヘンケン・ベッケナーの言うことに耳を傾ける者さえ出てくる。

 最後、コロニー制御を乗っ取ったコンソールから人が離れた。これでコロニーを危険に晒すことはなくなる。

 民間人を含めた大量殺戮の危機はヘンケン・ベッケナーの蛮勇により防がれた。

 

 

 

 同じ時間、俺は首都防衛隊のザクを後退させている。

 

「馬鹿者!」

 

 と一喝し、俺の威厳でもって首都防衛隊を平伏させたと言いたかったがそれは違う。悲しいがそういうことではない。

 やはりここでも活躍したのはガトーだ。ティベから発艦させておいたガトーのアクト・ザク及びMS中隊が首都防衛隊のザクへ追いつき、物理的に抑え込んだ。まさか百戦錬磨かつMSの性能も圧倒的に勝るこちらが首都防衛隊に負けることはない。武装はザク相手に意味のない催涙弾や照明弾だけしか持っていかなかったが使う必要もない。

 むろん首都防衛隊としては当たり前だが大将階級の艦隊の意向を目の当たりにした今、逆らえるはずもなく、手柄の機会を物欲しそうにしながら諦めて引き下がった。

 

「さてしかし、ここからがまた問題だ。地道に投降を呼びかけながら制圧するしかないが、先のザクの攻撃によって捕虜側はこちらを信用しないかもしれないな」

 

 それでも何とかしないといけないと思った。俺は今までに接した捕虜、ヘンケン・ベッケナーやサウス・バニングなどの顔を思い起こしたのだ。

 

「捕虜側だって破滅を望んでいる輩ばかりじゃないだろう。そういう者たちが巻き込まれて死ぬのは忍びないことだ」

 

 彼らは勇敢だが過激ではない。その二つは全く違う。連邦兵だって色々いる。戦場でもないこんなところで犬死にさせてはいけない者もいるはずだ。

 そんなことを思案していれば、予期しないことに直面した。

 

 

「コンスコン司令、このティベに通信です!」

「そうか、やっと捕虜側から話が来たか」

「い、いえ、そうではありません! 通信はズム・シティからです!」

「な、何! ズム・シティからだと…… くそ、もう少し収まったタイミングなら良いものを……」

 

 ジオンの首脳部もこの収容所の騒動を聞き、何かの判断をしたのだろうな。

 その通達をしてきたのに間違いない。経過報告を求めるだけとは思えない。

 

「仕方ないな、繋げ」

 

 俺はどうか穏便なものでありますように、と願うしかない。

 話し合いをすると嘘を言って時間を稼ぎ、こっそりエネルギー経路の大元を断ち切って外壁爆破をできないようにした上で、捕虜を囲んで皆殺しにする。そんなことに決めたかもしれないのだ。そんなところか。普通に考えれば明らかにその方が尤もな判断と言える。ジオンとしては騒ぎを起こした捕虜を生かす必然性はない。

 俺は苦みを感じながら通信を取った。

 

「コンスコン、捕虜の騒動はまだ続いているようだな」

「え、こ、これはキシリア閣下!」

「どうした。ドズルの兄上でなかったのが不思議か」

 

 いやそこは不思議だろう。なぜキシリア閣下が?

 

「まあ、そうだろうなコンスコン。連邦捕虜に対しての処置など私が気にしたこともないし、何かを命じたこともないのだから。全くの管轄外だ。しかし今回、少しばかり言いたいことがあったものでな。いや、これは決定した命令になる」

「キシリア閣下、それに決して異を唱えるものではありませんが、できれば現場の意見を聞いた上でご判断頂ければ、と」

「面白いことを言う。現場の意見とは何だ?」

「捕虜たちは決起したものの逃げることはできません。そして追い詰められて自暴自棄になった面もありますが、むろん彼ら自身も破滅するようなコロニー破壊を選ぶのは不合理、冷静になれば必ず話し合いを求めてきます。その時に改めて考えればいいことで、今すぐ処罰を決定することはありますまい。捕虜の中にも巻き込まれただけの無実の者がいるでしょうし、殺さない道があればそうするべきでしょう」

「ん? 捕虜を殺す? 誰がそんなことを。まさかトワニングではないだろう」

「え? キシリア閣下、では捕虜の処置はいったい……」

「さっきから何を言っているのだコンスコン」

 

 この後、キシリア閣下の話に俺はびっくり仰天させられた。

 

 そして今こそキシリア閣下の政治的手腕が燦然と発揮される。

 後の世から、この戦争におけるキシリア・ザビ最大の功績と讃えられることになるのだ。

 

「コンスコン、捕虜を殺しなどしない。むしろそうされたら困る。私の判断で捕虜交換をしたらいいと思っているのだからな。連邦にいるジオン捕虜と一対一交換をして、我がジオンに兵を取り戻す」

「ほ、捕虜交換!!」

「この話でもって今の騒乱を速やかに収めよ」

 

 

 


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