コンスコンだけど二周目はなんとかしたい   作:おゆ

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第六十二話 ふさわしい罰

 

 

 キシリア閣下の考え、それが何と捕虜交換とは…… これは驚きだ。

 

 ともあれ良かった。

 穏便に済みそうだ。こんな無駄なところで死ぬ者を出さずに済めばそれが一番いい。この捕虜交換の話を伝えたら捕虜だって矛を収め、騒乱は無事に終わってくれるだろう。

 

 

 それにしても妙手ではないか。

 さすがに政治感覚のあるキシリア閣下だ。

 

 今のジオンは絶対的に人員が足らない。

 それを多く手に入れ、回復できるのだから、これほど結構なことはない。兵器生産がいくら順当に行っても扱う兵がいなければ話にならない。まして今のジオンはグラナダどころか一大工業都市フォン・ブラウンまで手に入れている。そして今後ア・バオア・クーも取り戻すかもしれない。

 これから工業生産力は、連邦に及ばないまでも大きく増やせることが分かっている。とにかく人員が重要なことは自明だ。

 もちろん、人口の多い連邦の方といえども兵は足らず、学徒兵まで動員されていることもわかっている。ただし逼迫しているといってもジオンに比べたら切実さの度合いがまるで違う。

 

 実際に捕虜交換するとなれば、お互いスパイや工作員を交ぜ込み、謀略戦を展開するかもしれない。しかしそれは後の話、人員の数の確保が何といっても最優先である。

 

 

 はっきり言うと捕虜交換は圧倒的にジオンの益になるのだ。

 

 しかも巧妙なことに連邦側がそれを理解していたとしても拒めない。

 人道に沿う処置と先にジオンから政治宣伝をされたら、建前上連邦としては仕方なく受け入れざるを得ない。そして今、連邦捕虜たちは決起してしまい、のっぴきならないところへ追い込まれている。連邦政府へこの捕虜たちの悲鳴を届ければ、動かざるを得ないだろう。

 おまけに捕虜交換は必ず一対一になるはずだ。例え連邦が交渉で交換比率を変えようと企んでも、それはそれで命の重みがどうとかという面倒な話になってしまい、無理である。

 

 

 ただし、話の本筋とは関係ないところでちょっとした疑問がわいた。

 

 なぜキシリア閣下は、捕虜交換についての通信を責任者であるトワニング准将ではなく俺の方へよこしたのか?

 騒動の現場にいる中で、一番階級の高い者から先に話を通すというだけの単純なことだろうか。

 

 いや、キシリア閣下はさっき何と言っていた?

「まさかトワニングではないだろう」

 これはトワニング准将が捕虜を決して殺すことのないように計らうのを知っていた、つまり、捕虜交換のアイデアを以前からトワニング准将に漏らしていた、ということではないのか。

 それなら、俺はまるで道化だよ!

 くそっ、トワニング准将はやっぱり狸だ! まあ、丸く治まる方向だからいいのだけれど。

 

 ひょっとして首都防衛隊の先走りの真相は……

 下手な鎮圧により、外壁爆破へつながったわけだが、結果だけ見ると捕虜を追い詰めた形になった。これで捕虜交換を連邦側も受け入れる下地がいっそう整った。捕虜が虐待によって悲鳴を上げるならともかく、捕虜自身の決起によるものならジオン側に非はない。連邦政府と交渉する上で有利な立場に立てる。

 まさか、キシリア閣下はトワニング准将だけでなく、首都防衛隊にまで何かの含みを持たせて送った? こういう状況を作り出すために。

 いや、いくら政治に非凡な才を持つキシリア閣下とはいえ、それは俺の想像の膨らませ過ぎだよな……

 

 とにかく今の騒動を収めよう。

 俺は正直にジオン側に捕虜交換の考えがあることを伝え、捕虜たちに武装解除を求めた。

 

 

 

 

 時はそれよりほんのわずか遡る。

 

「こうなった以上、とりあえずは宇宙艇のあるコロニー両端へ行き、潜むとするか。そしてコロニーを出るタイミングを計るのだ」

 

 バスク・オムはやはり自分だけは逃げようとしていた。

 自分の煽りで動いた強硬派がコロニー制御を乗っ取ったと知った段階で、これは危ないと感じた。コロニーの外壁破壊までやってしまうに違いない。必ずそうなる。

 その前に何とか宇宙艇を奪って乗り込まないといけないのだ。

 そうすれば最低限コロニーに空気が無くなっても生きていることはできる。

 

「まったく、馬鹿どもが暴走しおって! 巻き込まれてはたまらんぞ。いや待て。そうか、コロニーが大惨事になれば必然的にスペースノイドどもが大騒ぎするだろう。慌てて脱出する宇宙艇がそれこそいくらでも出てくる。好都合だ。本当に脱出できるかもしれない」

 

 捕虜の強硬派をあっさりと見捨て、そればかりか彼らの命すら自分の利用価値に転じている。自分の命だけが重いのだ。

 

 

 バスク・オムとその側近数人がひた走る。

 収容所を抜け、工業施設を過ぎ、緑化地帯に入っている。それは膝上までの草とまばらな木々のあるような場所だ。

 時間帯は夕暮れにコントロールされていて、光量が次第に減ってきていたが走るのには問題ない。

 

 だが、その逃走は間もなく中断されることになった。突然の呼びかけによって。

 

「バスク・オムさんとやら。収容所からここまでお散歩、いやジョギングか。体を鍛えるのはいいことだ」

「なっ! 貴様! 確かサウス・バニングとかいったな。どういうつもりだ。一緒に逃げたいのか。それとも邪魔するのか。時間がない、早く返答しろ!」

「焦るな。そしてそういう愚問はするな。邪魔するに決まってるだろう? 収容所の仲間を見捨てて逃げる奴なんか赦すはずはない」

 

「貴様もあの馬鹿どもと一緒か!」

「ああ、馬鹿で結構だ。お前さんとは違って、俺は部下を見捨てるなどできないくらい馬鹿なんだよ」

 

 サウス・バニングは収容所のことはヘンケン・ベッケナーに任せ、バスク・オムを追ってきたのだ。

 どうせバスク・オムは自分ばかり脱出するため宇宙艇を目指すに決まっている。追うのは簡単だ。今、その背後10mまで迫ってから声を掛けた。説得できればよし、でなければ実力行使をする予定である。

 

 しばし睨みあう。

 

 

 しかしそれは長くは続かず、どちらも驚くことになる。

 更に別の者が到着したのだ。

 

「卑怯者は俺も赦さん! 前から気に入らなかったが、今はもっと気に入らん」

 

 それはブラン・ブルタークだった。サウス・バニングとは別ルートで追ってきていたのだ。

 

 ここに至って対立は決定的なものになる。

 しかもこの場にいる全員が収容所内で銃を奪って持ってきていた。バスク・オムとその側近たち、サウス・バニング、そしてブラン・ブルタークがそれぞれ銃を取り出す。

 

「一応言うが、自分ばかり逃げようとせずに収容所に戻って騒動を収めろ。今からでも遅くない。それが責任ってものだ」

 

 そう言うサウス・バニングに対し、返事の代わりにバスク・オムらは銃に力を込めた。

 是非もなく、サウス・バニングもブラン・ブルタークも射撃体勢に入る。

 

 ついに発砲された!

 

 薄明に光と音が広がった。

 全員が撃ったのだが、サウス・バニングとブラン・ブルタークはバスク・オムに対し遠く射線を外している。

 警告のつもりだからである。同じ連邦軍同士、同じ捕虜同士で殺し合うことはない。

 

「う、くっ、」

 

 しかしバスク・オムは違う。本気だった。殺すつもりで撃ったのだ。

 ブラン・ブルタークが呻いて崩れ落ちる。どこかに当たったのだろう。それを見たサウス・バニングはブラン・ブルタークに駆け寄る。

 

「おい、しっかりしろ! こんなところで死んでいいのか!」

「うるさいジジイ、死ぬもんか」

「俺はジジイじゃない。まあ、その元気があれば、とりあえず大丈夫そうだ」

「お節介め……」

「その負けん気といい、お前はどこかベイトに似ているな。連邦に帰れたら俺の第四小隊に来い。俺の隊はライラの隊の次に厳しいが、お前なら鍛えがいがありそうだ」

 

 

 その姿を見るとバスク・オムらはもう用はないとばかりに背を向けて先を急ぐ。しかし、貴重な時間を失っていた。

 耳に鈍い音が入る。

 規則的な振動と低音、何かなど考えるまでもなく、MSの走行音である。

 銃声のせいかジオンのMSがこの逃走に気付いたのだ。そして探索をかけている。

 

 

 バスク・オムらはそれでも走った。

 他に選択肢はなく、逃げ切る方に賭けるしかない。

 

 ジオンMSはしばらく探索してもあぶり出せないのに業を煮やし、広範囲に警告しようと試みる。

 そのためには催涙弾は不適切だ。迷わず閃光弾を選択した。もちろんコロニーに傷をつけるようなものではなく、そして人間にも非殺傷のものしか使わないつもりだ。

 その閃光弾を薄くバラまいた。

 

 

 バスク・オムはこれまでの人生で決して不運な方ではなく、むしろ幸運だったに違いない。

 だが、ここでは間違いなく最上級の不運に襲われてしまった。

 閃光弾の一発が、あろうことか至近弾になったのだ。側近のベン・ウッダーらは強く目がくらんだだけで済んだ。しかし、バスク・オムは炸裂する閃光弾の光輝をまともに浴びた。それは20cmと離れていない距離、正に眼前といえる。

 

「がッ、あァァッ、」

 

 それは瞬間的に網膜の9割以上を焼いた。調節機能もあっさりと破壊した。

 これ以降、一生の間バスク・オムの目は視覚支援装置に頼らざるをえず、それの装着なしにはまともに像を結ぶこともできなくなった。

 

 

 

 そしてバスク・オムらは捕らえられる。

 収容所の騒動も沈静化し、すべてはひとまず終結した。いや、捕虜たちは喜んでいる。もちろんジオン側が捕虜交換を提案する予定と聞き、連邦に帰れる希望が持てたからだ。

 

 ただしジオンが連邦に帰すのは全員ではない。

 俺はそれに該当する数人に通告した。

 

「ジオン公国大将コンスコンだ。バスク・オム地球連邦軍中佐、並びに数名、貴官らには無駄な望みを持たないよう予め言っておく。捕虜交換で連邦に引き渡すことはなく、残りの人生の大半をここで強制労働に従事させる。この処置は刑罰となる」

 

 もちろん罵りと怒号が返ってきたが、それを無視して言葉を繋ぐ。

 

「騒動の中心だったというだけでこの処置を決定したのではない。同じ連邦の人間に重傷を負わせたという時点で、貴官らの立場は捕虜から犯罪者に変わったのだ。それなら捕虜交換に該当しなくなるのは当たり前だろう。不服があるか」

 

 

 


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