キシリア閣下の話はだいたい分かった。
しかし、そもそも俺はそういう策謀には無関係で生きてきた人間なので、上手くできるかは疑問なのだが。
「分かりましたが、そんな微妙な情報戦を……」
「コンスコン、そう構えるな。実際は難しい話ではない。単に、接触してくる人間から連邦の工作員らしいのを選別し、意図を察し、話を合わせながら言質を取らせなければいい。そうして安心させたところで逆に情報を引き出すだけのことだ。なに、そう考えれば大したことではなく、誰でもできる」
「 ………… 」
何が簡単だよ!!
どういう基準で考えたらそう言えるのだろう。キシリア閣下もたいがい自分基準じゃないか。
「…… コンスコン、大丈夫な理由は他にもある。実は連邦の工作員が仕掛ける情報戦の主力はそこではない。主力は別のところに仕掛けてくるはずだ。まあ、そこへは私が関与し、連邦の意図を砕いてやるわけだがな。もうその仕込みは終えている」
話はもっとややこしいことになっている。
連邦の工作は俺の方だけではなく、別のところにもあるのか。そっちの方が主だと。
俺はキシリア閣下の絶大な政治的能力を信頼していないわけじゃない。工作への対策をしているというなら、たぶん大丈夫だろう。口ぶりではキシリア閣下自身も対処は万全に思っている。
だが連邦もバカじゃなく、それなりに考え手筈を整えてくるはずだ。俺は話をできるだけ詳しく聞いておきたい。
「完全に納得したという顔ではないな、コンスコン。ではお前にも教えておこう。いや、最初から教えるつもりでいた。連邦は連動して動いてくるだろうからな」
そしてキシリア閣下は妙なことをしたではないか。
画面の片隅に別の映像を流し始めたのだ。
今回の策謀に何か関係があるのだろうが、これはいったい何だ?
一人の幼児が遊んでいる姿ではないか! それは可愛らしい男の子に見える。国家間の情報戦の話をしているこの場にはそぐわない、あまりにかけ離れた平和過ぎる映像だ。
一体何の意味がある?
「工作というものは、どこを狙ってくるか分からないから対処が難しく、逆に言えば、狙いどころが分かれば簡単だ。そのためにはエサを用意して、そこに誘導すればいい。そして連邦はこの幼児へ絶対に食いついてくる。それほどのエサなのだ、コンスコン」
「はあ? こ、この幼児に連邦の工作が…… ちょっと意味がわかりかねます」
本当に意味が分からない。
何で軍人や政治家でなく幼児?
キシリア閣下は何を言いたいのか、早く説明してほしい。
「この幼児の名はグレミー・トト。ギレンの兄者の隠し子だ」
「え? な、何ですと!! そんな、ギレン総帥に隠し子が!」
これは驚いた!
あのギレン総帥の隠し子! ああ、それならば話は分かる。
今のジオンのやっと固まったドズル・キシリア体制にヒビを入れ、再び派閥争いで自滅させるのには恰好のコマではないか。
連邦がこの情報を得れば、なるほど食いつかないはずがない。
このグレミー・トトという幼児を拉致し、うまく旗印に仕立て上げるだけでジオンは割れ、恐ろしいほどの混乱に叩きこまれる。そんなことは火を見るより明らかだ。
「これは面白い。コンスコン、思慮のあるお前ですらそういう反応か」
「そう言われますのは?」
「もう一度よく見ろ、コンスコン。その子はギレンの兄者と似ても似つかないではないか」
「た、確かに…… 」
それは金髪の子供、しかも顔立ちはかなり整っている。
「で、ですが、ドズル閣下のミネバ様の例も考えますと、父親に似ず美形の子供になる可能性も」
「ドズルの兄者に限りなく失礼な物言いだな。 …… 私も同意するが」
一時画面から消えていたドズル閣下が少し顔を出してきた。ミネバという言葉に反応したのだろう。
「まあいい、結論から言えば本当に隠し子である可能性は限りなく低い。ギレンの兄者はああ見えて奥手なところがあるのだ。そういうことはしていないだろう。そしてこの話が仮に本当だとしたら、始末の手際にしても甘すぎて、とうてい兄者のすることとは思えない。ただしトト家に大金と共に兄者が預けたのは事実だ。それでトト家の者は兄者の隠し子だと本気で信じている」
「そういうことでしたか……」
「思い出したがコンスコン、確かそっちの艦隊にギレンの兄者の秘書を匿っているそうだな。結構な美人だとかいう情報も聞いているぞ。その者に聞いてみればいい。もし兄者に愛人がいたら秘書にまで隠し通せるはずはないだろう」
「ふえっ、キシリア閣下、それは人聞きが悪い…… 総帥秘書課の者たちが艦隊に転属してきて、後方業務をしてもらっているだけのことです!」
おっ、という顔をしてから、ドズル閣下がニタニタしている。「そうなのか、コンスコン」とでも言いたげだ。
いやいやいや、キシリア閣下は面白がってわざとそういう言い方をしたのだ。
まったく、誤解を招く言いようだ! 俺が好んで秘書課を引っ張ってきたわけじゃない。
それはともかくセシリア・アイリーンは確かにギレン総帥に心酔していた。総帥に愛人の存在などないに違いない。
「たぶんギレンの兄者は頼まれたか何かでそういう処置をしただけなのだろう。兄者は競争相手には微塵も隙を見せない厳しい人間だった。だから政治力で競う私などにはひどく冷たかったが、逆に頼りにしてくる人間にはとても甘いところがあったのだ。例えばガルマのような者にはな」
そう言うキシリア閣下の表情は一瞬陰った。
ガルマ・ザビ、皆に愛され、ザビ家のマスコットであり、一家をかろうじて繋ぎ止めていた唯一の結節点だった。それを失ったのは悲劇だ。
「話を戻そう、コンスコン。おそらく連邦はお前を懐柔して反乱を起こさせるか、グレミー・トトを利用してやはり反乱に持ち込もうとするだろう。いや、どちらも連動して行う。想像だが、お前が渋った場合に強力に背中を押すため、大義名分に使える情報として持ち出すのだろうな。私が連邦の立場ならきっとそうする」
「おそらく、おっしゃる通りでしょう」
「ついでにコンスコン、理解してくれるだろうがお前でないと対処を頼めない理由はそこにある。仮にデラーズだったら大変なことだ」
「……」
「人というものは、自分の信じたいものを信じる。悲しいことにそれが人の性だ。デラーズならばグレミー・トトをギレンの兄者の遺児と信じ込み、あっさり反乱を起こしてもおかしくない」
同じことを俺も思った。
もちろんエギーユ・デラーズ、有能かつ謹厳、そして固い信念を持つ素晴らしい漢だ。
しかしそれが却って仇をなし、グレミー・トトを目前にすれば、それを奉じて立つだろう。
ジオンの全てをグレミー・トトの手に帰すべく。
ギレン総帥の遺志を正義と信じ、そのために自分を投げうち、殉ずる覚悟で。
「分かるかコンスコン、反乱を起こす可能性が低いお前だからこそ話したのだ」
これはキシリア閣下にしては余計な言葉だった。ほんのわずか引っ掛かる。
俺にそれを教えたのは、俺を信頼してという形を取りながら、実のところ牽制の意味で話しておいたような感がある。キシリア閣下のそのニュアンスを感じ取り、俺は決して不快というわけではないが、心では明確に否定の言葉を考えてしまう。
「可能性が低い」ではなく、無いのだ!
キシリア閣下は俺とドズル閣下の間柄を理解していない。
俺はかつて無一文に近い状態で、タダで入れる唯一の学校であるサイド3士官学校へ入学した。それしか道がなかったのだ。
その後、士官学校の一学年下へドズル閣下もまた入学してきた。
俺は当初、ザビ家のお坊ちゃまが入ってきたと思った。箔を付けるだけのために名家の子息が士官学校に入学することはよくある。背伸びをしたい次男三男に特に多い。それらは勇ましいフリをしたいだけで、戦いなど考えもしない者たちだ。卒業してもどうせ軍には入らず、淑女の関心を引くためでっち上げの武勇談を語るだけの。
そんな先入観で誤解し、線が細くて青白くて、いけ好かない奴が入って来たと思ったものだ。
ところがドズル閣下はそれとは真逆だった!
親の威光もクソもなく、腕力と漢気でのし上がっていった。たちまち暴れん坊チームの棟梁になり、筋を通さない奴には相手が生徒だろうと教官だろうと闘うのだ。
俺はちょうどその頃、クラスメートの苛められっ子を助けたことから、逆に苛めグループに目を付けられていた。もちろん俺も反撃するが向こうは数の圧迫を加えてくる。そんな時、ドズル閣下のチームがそれを聞きつけ、苛めグループを文字通りの意味で叩き潰してくれた。
それが最初の縁だった。
以来、俺もドズル閣下のグループに入り親交を深めてきたのだ。
卒業後、俺は一般士官としての道を行き、ドズル閣下はもちろん名家ザビ家の中枢として士官学校を押さえる立場になっていった。
そしてこの独立戦争だ。俺は偶然にもドズル閣下の指揮下に入ることになった。だがそこから一度も転属せず、勝って戦果を上げ続け、ドズル閣下はそんな俺を正当に評価してくれた。とんとん拍子に昇進し、いつのまにやらドズル閣下の懐刀と言われるようになっていく。しかし何のことはない、その立場は懐かしい士官学校の頃に戻ったようなものだ。
俺とドズル閣下にはそんな十年にも遡る付き合いがある。ドズル閣下からゼナ様を口説くにはどうすればいいか相談されたのもたぶん俺だけだろう。
裏切るなど最初からあり得ないのだ。
もう一つ言えば、それは俺だけじゃない。ドズル麾下の将兵はみな閣下を敬愛している。
正直俺から見ると、ドズル閣下の立てる作戦は穴があることも多い。決して万能でも常勝でもない。だが、そういう欠点も含めた上での敬愛だ。それはやはりドズル閣下の勇気と漢気のせいによる。
特にルウム戦役において、ドズル閣下は沈みゆく艦や将兵を思って涙を流した。これだけでも凄いが、しかし真に驚いたのは戦いが終わった後のことである。
ドズル閣下は、「全ての戦死した者に向けて、敬礼!」と命じた。
これは語り草になっている。
ジオン兵のみならず、この戦いで亡くなった連邦兵のためにもそれを命じたのだ。
敵である連邦兵だって人間だ。己の身命を賭し、信ずるところに殉じ、散っていったのは同じである。
これは武人の魂がなければ出るはずのない言葉ではないか!
俺も、他の者も、それを聞いて心が震えたものである。
キシリア閣下の麾下にいるキマイラ隊やサイクロプス隊の者たちもキシリア閣下を深く敬愛していると聞いているが、こっちだってそれに決して負けていない。