攻撃してきた連邦MSの隊長機がサウス・バニングだったのには驚いたが、それは全員にとって幸いだったのだ。サウス・バニングは道理の分かる人間で事情が判明してしまえば後退に転じてくれるという。これが有無を言わず任務だからといってライラごと殲滅を遂行して当たり前と思うような軍人だったなら、結果はどれほど違ったろう。
「そうか…… そういうことだったかバニング大尉。不幸中の幸いだった。しかし命じられた任務を、なんか済まんな」
「そんなことを言う必要はないぜ、大将。最初からここは中立地帯なんだしジオンのテロも嘘だったんだからな。何よりもライラを撃ち殺してたら死ぬほど後悔するところだった。まあ少しは負傷しているようだが、ちっとは大人しい方が女らしくなるってもんだ。これを機会に酒も控えるんだな」
俺とサウス・バニングとの会話をここまで黙って聞いていたライラがやっと呼吸を整え、息を吸い込み反撃の言葉を入れてくる。
「バニング大尉! 私は少しの負傷じゃない。そして女らしくなるは余計だ! 最初から充分女らしい」
「ライラ、それだけ面白い冗談が言えれば長生きするぜ」
「それと、こんなところで呑兵衛みたいに言わないでくれ! 印象が悪くなったらどうしてくれる」
「分からんが、何でカッコつけるんだ? そいつだって嘘じゃねえだろうが。まったく、負傷しても気が強いところは変わんねえなあ。せっかく私服なんだからそこも控えとけよ。お前さんは私服の方がきれいだぜ」
「うっ、ぬけぬけとキザなことを…… 一度結婚して別れたような男が……」
「はっは、ライラ、そいつを言われたら俺の負けだ。しかし話は戻るが、その少女は何だ? 見たところ兵士のような年でもなさそうだし、民間人か?」
「あ、この少女は…… いや、話せば長くなる。とりあえず私と一緒に回収してくれ」
ライラという女とサウス・バニングは気安い会話をしているようだ。この時点で俺は知らなかったが、ライラというのは連邦軍中尉であり、かつてバニングの指揮下にあったことがあるらしい。その意味でバニングが上官なのだが、ライラは士官学校卒のエリート、あっという間に自分の隊を任されるようになりバニングとは戦友的なポジションなのである。
そしてカッコつける目的は明らかだろう。横にいるガトーも聞いているのだから。まったく、俺がそんなことを考えるのはどうでもいいんだけどな!
ともあれ連邦MSたちとこちらの三機のMSは停戦、そしてお互い撤退にかかる。これまでの接近戦で連邦MSに大破が幾つか出たが死者はない。こちらもクスコ・アルが最後に中破を食らったがそれだけだ。
そして、俺は連邦MSがライラとマリーダという少女の二人を回収していくのを見る。
だがしかし、ここで話が終わらない。
悲鳴がその場を切り裂いた!
「何をするの! 行きたくない! お父さんがそこにいるじゃない。どうして離そうとするの!」
マリーダが叫ぶ。救助の手を差し伸べる連邦兵を拒んでいる。
空気が凍った。
問題は何も解決していないのだ! ライラもジンネマンも何とも言えない顔をしている。ジンネマンを父親と思い込まされた少女の精神は救われていない。
「何か言ってよ、お父さん!」
「さっきも言ったが、お前は俺の娘じゃない」
「あ、ああァ…… お父、さん…… 」
マリーダと言われた少女は何か錯乱を始めている。
立ち上がることもなく両手で頭を抱え込んでうめくだけだ。
そこでジンネマンがやっと言葉を選び終えたようだ。少女に諭すように話をしていく。
「俺は父親ではないが、最後にそれらしいことを言っておく。よく聞いておけ」
ここで目と目が合う。
ジンネマンが目に力を込める! それは言葉を心に刻むための力だ。
「お前はどれほど過酷な運命にあったんだろう。本当に可哀想なことだ。しかし、まだ死んじゃいないぞ。終わっちゃいない。洗脳だか強化だか知らないが、そんなものに負けるな。お前は誰のものでもない。本当の自分を取り返せ!」
「……」
「そしていつか、自分の名をしっかりと持つんだ。今度こそ誰にも奪われないよう自分の名を握り締めておけ。それができたら、養女にでもしてやる」
「お父さん……」
「いっときでも俺の娘だったんだ。それなら本当に娘になればいいじゃないか。いつまでも待っている」
サイド6での騒ぎはこれで終わった。俺はジンネマンともいったん離れる。しかしこの歴戦の勇士をジオンが使わないことはなく、いずれどこかの戦場で共に働くことになるのだろう。
「キャプテン、カッコ良かった。さすがは俺のキャプテンだ!」
「コンスコン、お前に褒められても照れる気もせん。それより一つ頼みたいことがある」
「分かってる。もう準備はさせている。しかし一つ? いや、二つだろう?」
俺は急いでティベに戻ると、直ぐにズム・シティへ連絡をつける。
岸辺にいる時から俺は滅多に使わない将官連絡用緊急回線を準備させていたのだ。それを使ってキシリア閣下を呼び出す。本当ならこういうことに使うべきではないが、充分に緊急性がある!
「急なことで申し訳ありません、キシリア閣下。サイド6で大きな騒動があり一応終息しましたが、それは後ほど報告致します。しかしその前にお願いがあります。捕虜からの帰還兵の家族について早急なる保護を、これは一分一秒を争う事態ですので」
「なるほど、コンスコン、それはスベロア・ジンネマンの家族ということだろう?」
「え? は? 閣下、ご存じで」
「もうその保護は終わっている。この私が連邦工作員にサイド3内で好き勝手させるものか。この際ネズミ退治もしておいた」
「で、ではまさかキシリア閣下は最初から……」
「そんな顔をするなコンスコン。まあ、ジンネマンという男がお前に接触してきた段階で調べ、予防処置をとっただけだ。私とて最初から全て把握していたわけではない」
「……」
本当だろうか…… 最初から分かっていてわざと泳がせていたのではないのか……
「そこまで分かるはずがなかろう。疑うな。少し疑い深くなったようだな、コンスコン」
この騒動、一歩間違えれば皆死んでいた事態だったのだ。まあ、逆に言えばキシリア閣下も連邦の思惑を全て分かっていたわけではないという証拠でもある。
結果だけを見れば皆無事だったのだし、俺としてもとりあえずジンネマンの家族が守られれば充分なのだが。
「コンスコン、とにかく連邦は失態を犯した。これは外交カードとして政治的に貴重なものだ。なにしろ中立地帯を謳うサイド6の面目を潰し、連邦の傍若無人ぶりが明らかになったわけだからな。使いようによっては連邦を混乱させるだけではなく、ついでにサイド6の親連邦派を一掃し、うまくいけばジオンに歩調を合わせるよう舵を切らせることもできる」
キシリア閣下の表情はマスクのため伺い知れないが口調は満足げだ。外交と工作によってサイド6を親ジオンに塗りつぶすことができれば戦略的に大きな進歩になるだろう。
だが俺は更に直接的な軍事行動を考えているのだ!
「政治的なことはさておき、キシリア閣下、もう一つ言うべきことがあります。今後の作戦についてのもので、もちろんドズル閣下にも同様に具申するつもりではありますが先にお話しいたします」
「何だ、コンスコン」
「地球再侵攻を具申致します」
「!」
これはキシリア閣下としても予想外だったようだ。しばし間が空いた。
「 ……正気かコンスコン。先の侵攻でジオンは総力を挙げて行い、それでもあっさり跳ね返された。軍事的に攻め、連邦中枢を陥とし切ることは不可能に近い。そもそもお前が自分で言っていた戦略と矛盾するではないか。エネルギー資源で連邦を締め上げるのが戦略の根幹だったはずだ」
「もちろん戦略はみだりに変えるものではなく、資源戦略に変わるところはありません。地球へ出動するのは連邦を潰すのではなく、ジオン将兵救出が目的ですが、ただし作戦行動を追加して行うということです」
「何だそれは」
「連邦の開発拠点を叩きます。連邦のMS開発が加速し、新型機投入が予想されるという情報があるのはご存じでしょうが、やはりそこを叩かねばどう頑張ってもジオンの質的優位はひっくり返されるでしょう。そうなってしまうと資源戦略をしている時間もなく追い込まれてしまいます。そしてもっと恐ろしいことに、連邦は人間の精神そのものを作り変える実験まで行っていると分かった以上、早いところ潰さねば不幸な人間が大勢出てしまいます!」
「気持ちはわかるがコンスコン、作戦行動というものは明確な数字上の戦果を予想して決めるものだ。それがなければ作戦とは言わんのだぞ」
「ジオンにとって潜在的な脅威になると思われますが……」
ここでキシリア閣下は考えている。
ようやく口にしたのは俺も驚く言葉だった。
「作戦の裁可はドズルの兄者がすること、私から口添えするのは構わんが必ずそうなるとは限らん。それを承知してもらった上でコンスコン、火に油を注ぐようで言いにくいのだが連邦の実験について秘匿していた情報を教えよう」
「秘匿情報? キシリア閣下、それは……」
「ジオンにだって情報網はあり、今は私が統括している。それによるとコンスコン、連邦の人体実験とやらは北米のオーガスタ研究所、アジアのムラサメ研究所で行われているらしい」
キシリア閣下はさすがに把握していたのだ! 俺が知るよりはるかに多くのことを。
ここで明かしてきたのは俺の作戦行動に理解を示しているということを意味する。
「連邦もジオンも戦争となれば非人道的な実験もするが、今やジオンが中止している一方、連邦の方では積極的にやっている。それには一つの理由があるのだ」
「理由、とは?」
「ジオンから逃げ出したフラナガン・ロム博士が責任者となって進めている」
「な、何ですと! フラナガン・ロム!」