俺は驚くほかない。
連邦で強化人間なるものを作り出しているのがフラナガン・ロムだったとは!
それはかつてジオンでフラナガン機関を率い、NTの実験をしていた奴の名だ。いや、それ以外にも強化人間、神経接続などあらゆる人体実験をしていた。奴からすればむしろNTの実験の方こそどちらかといえばオマケなのかもしれない。NTは天性の素質がモノをいい、やれることといえばせいぜいリファインするだけだ。しかし強化人間は人間をいじくりまわせば作り出せる。
他人の人生を破壊することに良心の呵責を覚えず、自分の科学的興味を優先させる人間にとっては天国のような環境だったろう。軍事的に必要な研究といえば何でも許される。
それどころか奴には軍事ですら副産物かもしれないのだ。奴に言わせれば、軍事なんて低い次元ではなく、人間の可能性を拓く必要不可欠な実験だとでも表現するのだろう。
たぶん以前俺が試みたような話し合いは最初から無駄なことで、どこまでも平行線にしかならない。研究を進めることこそ何より優先すべき大儀と確信している奴は、自分が科学の忠実な信徒、あるいは未来を築く冒険者としか思っていない。
「コンスコン、ジオンからフラナガン・ロム博士が脱走、連邦に亡命した。本来ならアサクラ大佐と合流して亡命するはずだったろうが、そちらはお前も知っての通りシーマ・ガラハウが阻止している。しかし博士の方はそのまま逃げ、ルナツーが先に保護してしまったようだ。その後地球表面に移り連邦の研究所にいる」
「そこで今度は連邦のために研究を……」
「そうだ。おそらく博士としては自分の研究ができればどこの誰のためでも構わないのだろうな。まあ、そんなことを承知で私も奴を使っていたわけだが」
「ならば連邦はどんどん博士に研究させ、多くの者が実験と称した悲劇に見舞われることに」
「それだけではないぞ、コンスコン。奴の思想信条はともかく、研究能力は本物だ。軍事的に使えるものを今度こそ量産してくる可能性がある。確かに悪夢だな」
俺はキシリア閣下も地球降下作戦に半ば賛同してくれていることに感謝する。フラナガン機関で研究をしていたのは博士だが、機関を創設したのはキシリア閣下だ。その後始末を付けたいということもあるだろうし、誰よりも研究を危険視していて不思議はない。
この分だとドズル閣下も賛同してくれるだろう。むろん、戦術計画は失敗がないよう練りに練らなくてはいけないが。
「ドズルの兄者に口添えはする。そうだコンスコン、もしも地球表面に行くなら役に立つ隊を付けてやる。お前から借りていたカーラ・ミッチャム教授のおかげでサイクロプス隊を再建できたからな。サイクロプス隊は以前地球で隠密行動をしていた経験があるから道案内に適任だ。それともう一つ、カーラ・ミッチャム教授を返すついでにお土産をやろう。楽しみにしていろ」
これでキシリア閣下との通信が終わる。
俺は次に艦隊のメンバーに通達をする番だ。サイド6での騒動は皆が知っている。俺の身は本当に危うかった。カリウスらがいち早く出動できたこと、相手がサウス・バニングだったこと、そんな希少な偶然が重なってようやく生還できたのだ。関わった皆には説明する義務がある。
先に俺は艦隊をサイド6から出港させた。もうサイド6の用事は全て終わっており、いったんサイド3本国に戻るためである。
全艦の出港操作から巡航に移ったあたりで全員を集めた。
ただし、俺は連邦の陰謀と襲撃を話すだけで終わるつもりはない。
本当に話したいことは連邦が企てている強化人間についてだ。
俺はスベロア・ジンネマンに聞いて真相を知っている。
あの紫髪の少女はジオンのコロニー墜としのショックで記憶を失ったのだ。ロザミアという名ですら本当かどうか分からない。
そしてあろうことか連邦は少女をこれ幸いと接収し、その体を使って思う存分実験をした。結果、少女はニセの記憶を植え付けられロボットのようにされた。
いや、ロボットや人形ならまだいい。少女はまるで元から自分の意思であるかのように思いこまされてしまい、自ら操られるだけの存在だ。目的が済めばまた記憶を書き換えられ、生きている限り都合よく何度でも使い回される。
感情すら歪められる奴隷に成り下がった。
「そんな、そんなことって…… 」
話の途中からもう泣いている。最後は号泣だ。それは感性豊かなツェーンである。
その隣にいるカヤハワも同じような感じだった。
「……」
セシリアは黙って俯いている。
彼女のことだ、明晰な頭脳で記憶を変えられるということがどれほど悲惨なことか充分に理解しただろう。
あるいは自分に置き換えているのかもしれない。
例えば、連邦に捕まって記憶を変えらればどうなるか。
もしもガトーを敵とするストーリーを作られ、記憶に植え付けられれば、本来の敵である連邦の方を心から愛し、ガトーを敵として殺しにかかるかもしれないのだ!
クスコ・アル、シャリア・ブルもまたフラナガン機関にいた者としてその危険性は熟知している。その悪夢は何としても止めなくてはならない。
ガトー、カリウス、ケリィらも同じようなことを考えているに違いない。
彼らも泣くことはないが、真摯な表情を崩さない。
おそらく自分たちの戦いの意義を再認識しているのだ。もしも連邦が勝ってしまえばそういった非人道的な研究は決して表に出ることはなく、ますます盛んになる。ジオンが勝ってはじめて研究を進めた者どもを断罪できるのだ。他人の人生を搾り取った罪を問うことができる。
連邦を倒す!
ジオンを奉じて立つ我らこそ正義であり、連邦との戦いは決して無駄ではない!
俺が話を終える。
「…… そういうわけだ。連邦の研究所にはロザミア以外にももっと多くの人間が捕らえられ、実験されているらしい。無視などできん。フラナガン・ロムの所業を止めさせなくてはならない。これはジオンばかりではなく全ての人間の未来に関わる。キシリア閣下には既に地球作戦の具申をした。コンスコン機動艦隊はそのために動く!」
声は返ってこない。その場に緊張が張り詰める。
「おそらく困難な戦いが待ち受けている。連邦は強く、地球は彼らのテリトリーなのだ。それでもやり抜かなければならない! ついてきてくれるか?」
「やるわよ!」
「了解!」
「やってやるしかないわね」
「私もよ」
「この意義は命をかけるに値する」
「このガトー、どこまでも司令に従います!」
「隊長と同じです!」
「止めたってやるぜ!」
その場の雰囲気は明らかに戦闘態勢に変わった。
全員がやる気になっているのだ!
そこへ警報が鳴り響く。オペレーターが探知情報を伝えてきた。
「コンスコン司令! 連邦艦隊の接近を感知! まだサイド6の戦闘禁止宙域なのに……」
「いや、向こうはやる気だろう。どのみちサイド6コロニー内であれだけの騒動を引き起こした連中だ。何の成果も無いとなれば連邦軍の中で誰かの首が飛ぶんだろうな。もうなりふり構わずこっちを消し去るつもりだ。油断するな、向こうは必死だぞ」
「詳細出ました! マゼラン二隻、サラミス六隻、軽空母三隻、中隊規模です! 続々とMSを発艦させている模様」
「そうか…… こっちはティベと、他を合わせても七隻だけだ。これはなかなか難敵だな」
俺は冷静に分析し戦術を考える。俺がサイド6に来た時は四隻だけだったが、同行する駐留艦を加えてその数になったのだ。とはいえ大きく変わったわけではなく、明らかに劣勢だ。状況は思ったより厳しい。
くそっ、連邦側はこっちの戦力を見計らった上で充分な数を用意し、手ぐすね引いて待っていたらしい。
「数が不利なだけじゃない。連邦の思惑がどうであれ我々の側から撃つわけにはいかん。相手の発砲を待つ必要がある。この戦闘禁止宙域では。つまりこっちとしてはティベの射程の有利さが使えないわけだ。難しいな。どうにかして戦闘を避け、散開して逆方向からの退避もあり得るが……」
ここで俺は気付いた。
全員の視線が俺に集まっているじゃないか。
その目は断固として拒否を訴えている!
連邦の虚を突いて逃げる、俺にそんな戦術はとって欲しくないと。
「…… そうか。ではやるか」
戦術指揮官としてはあまり褒められたことではないが、俺にも皆の熱が移ったようだ。
瞬時に戦術を編み出す。
「よし、緊急戦闘! 全艦、機関最大出力! 目一杯増速しろ!」
全員が持ち場に駆ける。ガトーらMSパイロットは発着場に行き、いつでも出られる態勢につく。普段MSに乗らないクスコ・アルやケリィまでもそうしていたので、俺は一応後衛に回るよう注意しておいた。そこまで無茶はさせられない。
「全艦、敵連邦艦隊の右翼方向に回れ! いったん逃げるフリをする。連邦MSを引き付けたら、連邦艦隊の中央に向け回頭だ。そこから縦進隊形で艦の火力を最大限に活かし、そのまま撃砕しつつ中央を突破する。そして戦意を刈り取り決着だ。MSは連邦MS群と交錯直前に全機発進、連邦MSがこっちの艦に取りつく前に叩き落とせ!」
釣り出された連邦MSにこちらのMSが襲いかかる。数が半分以下だろうとお構いなしだ。相変わらずガトーのアクト・ザクやカリウスのガルバルディは強い。連邦MS隊を切り裂いていく。
連邦MSが足止めされたのを確認し、その隙を突いて艦隊は砲戦に持ち込む。
弧を描いた艦隊は猛進し、先に防御の弱い空母を側面から捉え、その爆散の混乱を使って一気に中央突破だ。連邦艦隊の動きは鈍く、かつて俺がフォン・ブラウン周辺で戦った艦隊に及びもつかない戦術レベルなのが幸いだ。問題となるマゼランに仕事をされる前に斃せる。
戦闘はわずか一時間足らずで終わった。
各員の活躍は言うまでもない。
俺の艦隊は軽い手傷を負ったくらいで悠々とその場を去る。
後には過去連邦艦だった残骸が漂うだけだ。ちなみにサイド6で暗躍した連邦情報将校も無念のうちに運命を共にしたがそんなことを気に留める者は誰もいない。