まるでイルミネーションのように流星雨が輝く、夜空のこんな光景に喜んだのは無邪気な子供だけである。
多くの連邦市民は恐れおののいた。戦いは連邦の有利に推移し、終結を待つだけではなかったのか? どうしてジオンの力を再び見る羽目になるのか? 疑問の行く末はもちろん連邦政府首脳部だ。
そうでなくともジャブローの地球連邦政府高官たちは最初は真っ赤に激怒し、次に青くなる。
すなわちこのショーはジオンがジャブローを狙える可能性を示すものだ。今は不思議なことに途中で燃え尽きる程度の小岩石しか使っていないようだが、もっと大規模な岩石も撃ち出せるという試算が出ている。連邦はこの原因がマス・ドライバーであることも、またその能力も充分知っている。
もちろん地上に到達できる大きさの岩石を落とされたとしてもジャブローに直撃するかといわれたらそんな可能性はほとんどない。だがいくら小さい可能性でもゼロではないのだ。
地下施設というものは非常に頑強なものであり、仮に核攻撃を受けても耐えられるかもしれない。だがしかし、宇宙からの質量弾の破壊力はすさまじく、直撃されたら壊滅的な被害が出ると計算された。
せっかくジオンの地表制圧攻撃を跳ねのけ、宇宙に叩き出したと思えばまたしても危機だとは。
政府高官たちは最後にまた激怒した。矛先は軍部だ。何がなんでもこの脅威を片付けるようねじ込んだ。どんな無理があってもいい、とにかくそれを優先しろと迫る。
この圧力を受け連邦軍上層部は最も有効な対案を提示した。
それは政府高官をいったん地表あちこちに分散させることでリスク回避を図るのである。
だがしかし、これはあっさりと拒否された。
政府高官たちにとっては自分の命が大事なのだ。彼らにとって政府機能の保全などその次だ。ジャブローが最も強固だから今そこにいるのであり、留まるのが危険としても、かといって出るのも嫌なのである。
そうなれば軍部はやむを得ず代わりの方策を出さざるを得ない。
一つは現有戦力で宇宙に上げられそうなものを片っ端から上げる。もう一つはルナツーにある艦隊戦力でもって早急に月面攻撃をさせる。厳しい命令がルナツーに向け発信された。
「何を馬鹿なことを! どうせ政府高官どもが素人考えでねじ込んできたんだろうが、軍部まで引きずられることはないだろうに!」
「それはそうですが、ワイアット閣下…… 」
「いや、確かに興奮しても始まらない。済まないなステファン・ヘボン君」
「しかし軍上層部からの正式命令とあれば無茶とはいえど無視はできないかと」
「そうだね。私もそれは分かっている。だが結論は決まっている。なんやかんやと理由をつけて引き延ばすしかないな。あるいは形ばかり出動してみるか」
「閣下……」
「それしかないだろう? いかに現有百九十隻の大艦隊といえど、慌てて出ればリスクが大きすぎる。なぜならジオン側に時期も航路も分かられた上での決戦など不利なことだらけ、不可能としかいいようがない。私が相手の立場なら禁忌の機雷攻撃を仕掛けるところだな」
「まさかそんな……」
今グリーン・ワイアットが言った宇宙機雷は暗黙の禁忌とされている。兵器としてはこんなに効果的なものはなく、低コストで敵艦艇を撃破、あるいは動きを確実に封ずることができる。だが戦闘後の使用済みを確実に自爆させられるかは分からない。そうなれば、スペースデブリなどの比ではなく危険な代物に転じ、限りなく長きに渡ってその航路が人類に使えないものに変わる。
何も考え無しに使うのは論外だ。
だが今回のようにマス・ドライバーまでの最短航路を絞り切り、非常に狭い場所に限定すれば使えなくもない。連邦艦隊がそんな死地にのこのこ飛び込んだら地獄だ。
「そうかな? 一つの可能性だよステファン・ヘボン君。高い可能性だがね」
「閣下、禁忌といえば命令文にはそれとなく核の使用まで匂わせているような。あらゆる攻撃オプションを許可といういかにもそれらしい形で」
「それこそ政治家どもが焦っている証拠だ。別に核は連邦だけじゃなくジオンの方でも持っている。しかも充分な数を。南極条約は持っちゃいけないとは書かれていないからね。ここで核合戦に持ち込むわけにはいかないだろう。元々南極条約はジオンを縛るように不利に作られたもので、こちらから無茶をすることはない。第一その命令文がおかしい。何か問題になれば現地司令官の暴走ということで片付けるに違いないな。古典的だが効果的な悪知恵だ」
「それは確かに…… やはりゴップ大将でしょうか」
「分からない。その詮索をしても仕方がないが、とにかくマス・ドライバーには向かわない。歴史上智将と呼ばれた人間が主君の都合に振り回され敗北した例は多々あるが、私はそれに倣う気はないよ。ジオンとの決戦はいずれ行うにしても当初の予定通り戦力比で四倍、あるいは五倍まで待ってから行う。本当の戦術家というのは少数を駆使して華々しく戦う者ではなくリスクを減らす者のことを言うのだ。決戦は圧倒的優位のもとで、確実に、堂々と、踏みつぶす」
「決戦のタイミングはそれが最良と心得ます。こちらの艦艇数は今も着々と積み重なり、質の面でもあの計画が進めば」
「そう、あの計画も含めてだ。もはや連邦技術部をあてにしてはいられない。ルナツー独自開発のMSを造るのだ。ジム・カスタムの配備も進んでいるが、それをベースにここルナツーで高性能機を造り上げる。名前はジム・クゥエル、実に素晴らしいじゃないかステファン・ヘボン君。これで戦争を決めてやる」
「ただし少なくともあと三ヵ月は必要になるかと」
「時間は連邦の味方だよ。今のマス・ドライバーの問題など高官どもの頭が冷える頃には忘れられる。あんな不確定なもの、兵器としては最初から脅しにしか使えないじゃないか。ではなぜジオンがこのタイミングで脅しを行う気になったのか、しかも害はないとはいえ南極条約のかぎりなく黒いグレーゾーンまで踏み込んで…… その辺りの方が重要だが、正直まだ読み切れないね。まあいい、ステファン・ヘボン君。私も気を取り直そう。今日の紅茶は軽やかでしかもしっとりしたヌワラエリヤにしておこうか」
連邦軍の至宝であり随一の智将グリーン・ワイアット、だがまさかジオンの動きが連邦研究所の強化人間救出がその発案になったことなど思い至らない。やはり正統派軍人として眉唾ものの研究には興味がなかったからである。
そしてグリーン・ワイアットは戦力差が充分に拡大するまで待つべきだと思っていたので、ここで可能な限り正しい対処をしたつもりだし、実際客観的には正しい。だがこのとき連邦上層部の意向に多少なりとも逆らってしまった。それもまた事実であり、後で政治的に手痛いしっぺ返しになって返ってくるとは予想もしていない。
同じ時、闇に紛れて降下する者たちがいる。
旗艦をザンジバル級にしているサイクロプス隊だ。今、補充兵を追加して総勢十一人の隊で作戦に参加している。
作戦行動に使うMSは急遽試作されたケンプファー改を優先的に配備してもらい、他は乗り慣れたゲルググを使い、半々の割合の構成になっている。
作戦地域はヨーロッパ中央から北部、かつてジオンがオデッサで連邦軍の反撃を食らったところと近い。さすがにこの地域ではマス・ドライバーによる流星群も見えないのは、それが南米のジャブローを中心として落とされているからだ。
サイクロプス隊は陽動としてこの地域を担当し、活動することになる。
当初はコンスコン機動艦隊やシャアの隊と同行するはずだったのだが、単独での陽動に切り替えられた。どのみち以前サイクロプス隊が地球で活動したのは連邦軍北極基地でありコンスコン機動艦隊の道案内にはならない。それに何よりサイクロプス隊は隠密行動のゲリラ戦に適すると期待されている。
今、夕闇を選んで降下しているのには理由がある。
どのみち大気圏でミノフスキー粒子を濃く撒けない以上、降下の最後の最後にはレーダーで発見されてしまい、ここはジオン支配地域ではない以上迎撃をされる可能性がある。ただしそれを逆手に取るのだ。
多数のバルーンを用意して欺瞞を仕掛ける。圧倒的多数のバルーンはレーダーでいかにも大軍に見せかけられる。それに紛れれば安全に降下できると共に連邦軍を慌てさせ、陽動としての本来の任務を果たせることにもなる。昼間なら光学的に欺瞞が見抜かれるかもしれないが、この時間なら黒いバルーンは見抜かれることはない。
「準備はいいか、行くぞ! 特にワイズマン曹長、遅れるなよ。もう新兵じゃないんだぞ」
「当たり前ですよ、隊長!」
「ほう、いい返事をするようになったじゃないか」
「俺はエースになるんです。そう決めたんです! 隊長こそ手術から日が浅いから無理しなくとも」
「頼もしいが…… まったく、お前は相変わらず一言多い癖があるから治しとけ。ではサイクロプス隊総員、降下開始!」
シュナイダー隊長以下十一機が降下し、無事に地表に辿り着いた。
そこから間髪を容れず移動する。
この時、知らないところでわずかな誤算があった。
戦いは相手のあることだ。最も降下地点に近い連邦軍基地は北極基地だった。そこはサイクロプス隊とは因縁があり、NTガンダムの奪取に失敗した過去がある。それはさておき、基地は拡充されて戦力も案外と大きなものになっていたため、突然のジオン襲来に大慌てしながらも三個中隊規模の戦力を出動させる能力があったのだ。
「チェック完了! 装備・推進剤ともに準備よし、新型機、いつでも行けます!」
「目標データは順次送る。しかし大丈夫か、クリスチーナ・マッケンジー中尉。本来テストパイロットの君までスクランブル発進など」
「そういった状況での即応性を見るのもテストの内です。私がたまたま搭乗中だったので行くのは当然でしょう」
「気を付けたまえ。相手戦力も目的も不明なところが多すぎる」