サイクロプス隊は澱みなく手順通りの行動に移る。
先ずは降下地点からできるだけ距離を取るのだ。そして翌朝、連邦部隊が欺瞞のバルーンに気付いたところから勝負になる。集まってきた連邦部隊の背後に回り込み、奇襲を掛けて一撃を与える。
そこから各個撃破を基本とした盛大なゲリラ戦を行っていく予定である。
派手にゲリラ戦というのも妙な話だが、連邦にジオン降下部隊の規模を誤認させ、しっかり陽動としての働きをしなくてはならない。
ただし作戦行動はきっかり三日間だけだ。それが終われば素早く宇宙に撤収する算段である。ジオン地球作戦主力のコンスコン機動艦隊が北米オーガスタ基地に急襲をかけるまでの陽動としては充分、それ以上は必要ない。
朝の薄明が訪れる。
赤みがかった光が、なだらかに何段にも重なった丘陵地帯の陰影を映し出していく。サイクロプス隊は窪地や所々にある森林を利用して連邦航空部隊の索敵から逃れ、バルーンに釣られてきた連邦MS隊の背後へ慎重に回り込む。
ただしそこにいた連邦MSは想定よりも数が多かった。もちろん、降下地点をどこに選ぼうと連邦基地からの出動を免れられることはない。しかし、少なくとも複数の主要基地から同時出動ができないような場所だからこそ北部ヨーロッパを選んだはずなのに。
「チッ、見える限り十機はいるな。ここでいきなり消耗戦にするわけにはいかないが…… しかしどんどん数を増やされても厄介だ。その前に撃破しておいた方がいいか」
そう判断し、サイクロプス隊シュタイナー隊長は迷わず襲撃の合図を送る。
それに応え大推力を持つケンプファー改六機が猛然と突撃を始めた。
その推力は恐ろしいほど高く、機体重量の二倍にも達するものだ。いったん走り込み、足で蹴って浮遊し、推進剤を惜しみなく使えば地球重力に逆らって水平突撃まで可能になる仕様である。
そんな急襲に対処できる連邦MSは多くない。たちまちケンプファー専用ショットガンの射程に捉えられ、的確な射撃で打ち倒されていく。そこから逃れたとしても、瞬時にケンプファーの間合いから接近戦に持ち込まれる。そして接近戦こそがその名の由来通りケンプファーの持ち味だ。軽量かつ大パワーで動きは俊敏である。
連携を取りつつビームサーベルを振るい、次々と連邦MSを餌食にしていく。
幸いなことに連邦軍は新鋭MSほど宇宙に送っていたため単なるジムコマンドばかりが地球に残されていた。
遠巻きに配置したゲルググからビームライフルによって狙撃支援をするはずであったが、そんな必要もなく連邦MS隊を制圧できたのだ。
「上出来だ。しかし、この機体はとてつもないものだな。マ・クベ少将には感謝をしないといかん」
シュタイナー隊長の言う通りケンプファー改の性能は申し分ない。
戦いはさすがに無傷には終わらず被弾したケンプファーも四機ある。いずれも連邦MS機が苦し紛れに放ったバルカンによるものだが、純チタンに近い高性能チタン合金装甲はほぼ貫かれることはなく、センサー類を失うだけの中破以下にとどまり行動不能には至っていない。
ぐずぐずせずにそこから離脱する。
間一髪、連邦MS隊の第二波に背後を取られる前に逃れることができた。
その連邦MS隊の一つにクリスチーナ・マッケンジー中尉も加わっている。元々サイド6育ちの彼女だが、MS操縦技術を買われて連邦のテスト・パイロットに抜擢されている。そのため、開発拠点や性能評価拠点を回っているのだが、たまたま今はその一つである北極基地に異動していたのだ。
MSを乗りこなす技術には非凡なところがあると見られていた。しかし性格的に温厚であり、最前線には適せずというのが彼女に対する評価だった。
現場に到着してすぐ連邦MSの先遣部隊が壊滅しているのを目にする。
ジオン側がバルーン欺瞞を仕掛けたと知った時点で少数を多数に見せかける作戦を取ったのかと思ったが、事実はそうではなく、実はジオンでもかなりの有力部隊が降下していたのだと思い至る。
いったん後退し、慎重姿勢を取った。戦力をある程度整えてからジオン側を追跡にかかる。
各十四機ごとの三つの中隊に分かれて追うのだ。
一方のサイクロプス隊はランダムウォークに近いジグザクに進路を取っている。
最終的に隊はザンジバルで回収されるはずであり、その合流地点に居なくてはならないのが絶対条件である。ただしその場所を事前に気取られてはならない、そのためである。
おまけにジグザグのコースを取れば連邦がこちらの作戦目標を勝手に深読みして戸惑ってくれる。事実連邦軍北極基地も意図を測りかねている。
それは偶然、いやそうではないのだろう。
クリスチーナの入っている連邦中隊とサイクロプス隊が遭遇戦になったのは。
「センサー反応あり! ジオンMS機、います! 距離8000m!」
クリスチーナの乗る試作MSがサイクロプス隊を捉えたのだ。
普通ならばそういった索敵能力ならジオンMSの方がお家芸だ。たいがい連邦MSより優れているものだが、この場合は逆になった。それはサイクロプス隊が飛行索敵機にばかり注意していたせいもあるが、連邦の新型試作MSが高性能だったからだ。
MSというものはコンセプトを煮詰めてから設計を書き起こし、実際に試作機が作られるのはせいぜい3つに一つしかない。もっと言えば試作からテストを経て、コンペで勝って採用され、量産までこぎつけるのはその中から3つに一つくらいなものだ。
今、クリスチーナの乗る新型試作機もそういう手順にある機体の一つに過ぎない。うまく採用まで至ればジムⅡとかいう名称になるらしいが。
連邦MS中隊はさっそく追跡しながら他の中隊にも連絡し、三方からジオンの隊を取り囲んで叩く策に出た。
ただしサイクロプス隊も決して無能ではない。追跡されている気配を感じると、そのまま追い込まれて袋のネズミになるのを待っていることはない。その前に一気に逆進し、クリスチーナの隊を撃破にかかる。
「これはいったい何だ……」
サイクロプス隊シュタイナー隊長は妙な感触を受けた。やはりケンプファー改の実力は高く、危なげなく連邦のジムコマンドを倒していく。ただし最初の戦闘とは違い苦戦している場合もいくつか見られたのだ。それは今まで見たことのない新型連邦機を相手にした場合である。そんな数機の中でもスタイルが洗練され、ひときわ動きの良い新型機が一機存在するではないか。
これでは連邦MS隊を早期に全滅させることはできない。ここで長く戦い、下手に足止めを食わされるのはかえって危険と断じた。
連邦MSを半数倒した段階で素早い撤収に移行する。そして速度を上げて逃走にかかったのだ。
その動きの良い連邦試作機に乗るクリスチーナは選択を迫られたが、大破された味方機の救助を他に任せると、単機で再びジオンMS隊を追跡にかかる。それはクリスチーナの責任感による。
「このジオン隊は強い、精鋭だわ。野放しにしたらきっと脅威になる。今、これを見失ってはまずい」
ところがまたしてもサイクロプス隊の方が上手だった。
追ってくる連邦MSがいるのを始めから予期し、罠を張っていたのだ。
サイクロプス隊の最後尾を任されたバーナード・ワイズマンのケンプファー改がしっかりと待ち受ける。
やってきたクリスチーナ機を一気に捉え接近戦を仕掛ける。潜み、横合いからビームサーベルで斬りかかる。
「何よこのジオンの新型、さっきから動きが速い!」
「これは連邦の新型なのか!? ケンプファーについてこれるとは」
お互いに驚く。クリスチーナはケンプファーのビームサーベルを辛うじて躱し、数合立ち会ったのち頭部バルカンを叩き込む。バーナードもまた連邦機へ咄嗟に頭部バルカンを撃ち返す。しかしそれが数発命中したくらいではどちらも致命傷にはならない。
だがここでクリスチーナはジオンMSがビーム兵器を持っていないのに気付く。
だったら接近戦の間合いから離れれば優位に立てるではないか、そう考えて大きく距離を取り直した。
それが罠だった。
周辺に静止し、充分に照準を付けたゲルググたちがクリスチーナを狙撃にかかったのだ。クロスファイアから幾条ものビームを当てられてしまい、クリスチーナもたまらずコックピットから脱出した。
あたりは灌木の茂る森林である。
幸いにもケガもなく脱出できたクリスチーナはうまく逃げおおせることができる。
だがここで、長距離通信機も付けていないノーマルスーツのままであることに気付いてしまった。
基地から緊急で発進したのが仇となったのだ。
おまけにここは北極圏に近く五月とはいえ夜は極寒だ。そしてもう昼下がりに近い時間になっている。
落ち葉と薄雪に足を取られながら、必死に一時間も小走りで行くと細い街道が見つかった。そこから更に一時間、やっと小さな集落に辿り着く。
これで一安心と思いきや、クリスチーナは重大なことに思い至る。
「しまった! 新型機の完全破壊を確認していないわ…… 技術情報が……」
青くなるほかない。テスト中の新型機であれば貴重な技術情報がいくらでも詰まっている。これが下手にジオン側に盗まれてしまえば大変なことになってしまうではないか。
これはまずい。早く完全破壊をしておくべきだ。
クリスチーナはさっきの場所へ密かに戻り、始末することを決意した。