コンスコンだけど二周目はなんとかしたい   作:おゆ

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第八話 シャアとの対話

 

 

 木馬も白いMSもこちらの存在に気付いた。

 もうやることは決まっている。ひたすら距離をおいて逃げるだけだ。

 

 これまでの様子から木馬が非常に好戦的なことは分かっている。

 本当に危ない連中なんだ! 能力も凄いが、姿勢が既に狂っているようで、接触するジオン軍に必ず食いついて離れない。どんだけ被害妄想なんだか常識では考えられん。

 おそらく、この六隻編成の艦隊が相手でも決して退かず、こっちの方が全力で逃げなければ絶対に戦ってくる。そこだけは確信している。

 

 例のモビルアーマーはわずか射線が逸れたのか爆散は逃れたようだ。だが大破してパイロットは死んでいるように思われた。

 

 せっかく牽制をかけたのに無駄だったのか。こうなったら後は取りあえず逃げの一手である。

 いくらあの有名な木馬であっても、たかが一隻の強襲揚陸艦相手に艦隊が後退していくことに副官は不思議そうな顔をしたが、説明なんてどうやったらいいか分からない。あの化け物MSのことを知っているのはここで俺しかいないんだ。まあ、副官は俺が木馬をわざと泳がせる、というふうに解釈してくれるだろう。

 

 

 岩礁地帯という利も生かし、複雑な進路で木馬を捲くことに成功した。艦までが化け物ということはなく木馬が普通の強襲揚陸艦の速度であることが幸いした。巡航速度なら俺のチべの方が上だ。

 ついでに、俺は逃げる前に探索ブイをバラまいている。

 そういうところが自分でも抜け目ない。そのブイの情報から、辺りに木馬がいなくなったと推測し、さっきの戦場に戻った。木馬はテキサス・コロニーへでも行ったのだろうか。

 

 

「ドム隊を出し、あのモビルアーマーを調べろ」

 

 一応、爆散ではない以上、生存者がいる可能性がある。

 そしてそれは正しかった。

 

「こちらドム隊副隊長カヤハワ、モビルアーマー内部に生存者確認! しかしひどい重傷です! 意識不明の模様!」

「そうか! そのパイロットの保護を優先、できるだけ早く連れ帰れ。モビルアーマーはどうでもいい」

 

 

 そしてチべの集中治療室に急ぎパイロットを運び込ませたのだが、やはり意識はないらしい。

 

「報告。医療班が不思議なことを言っています。間違いなくジオン兵なのですが、兵士識別コードに所属・階級の表示なし、名前すら分からないようです」

「どういうことだ、副官。それでは、幽霊みたいな兵士ではないか」

「よほどの秘密任務か、潜入調査かもしれませんね」

「それにしてはモビルアーマーで木馬と戦闘とは、意味が分からんが……」

 

 俺は副官を伴って、面会に行った。といっても向こうに意識はない。

 見ると少壮で、引き締まった体のいかにも優良な兵士だ。

 そして偶然にも、名前だけは直ぐに判明した!

 副官が即座に叫び声を上げたのだ。

 

「あ! このクソ兄貴!」 

「ええっ! 兄貴って? お前の?」

「司令、こいつはシャリア・ブル、木星船団に混ざって、家族をさんざん心配させた奴です。階級は大尉、しかしいつ戻ってきたかも、どうしてこんなサイド5にいるのかも分かりません」

 

 そういやこの副官の名はレジナルド・ブルといったな。この負傷兵はその兄、シャリア・ブルという名前なのか。こんなところで兄弟の面会をしたとは。

 しかしそれ以上の情報は得られず、意識が戻るのを待つ他ない。

 

 

 

 テキサス・コロニーには行かずに停泊していたら、全く思いもよらないことが待ち受けていた。

 そんなものを待っていたんじゃない!

 完全に予想外だよ!

 

 奇妙な連絡が入ったんだ。

 

「通信オペレーターから報告します! 友軍ザンジバルから入電! 所属確認、キシリア少将配下突撃艦隊所属、シャア・アズナブル大佐です!」

 

 な、なに、気が付かなかった。

 いつのまに近くへザンジバルが来ていたのか。

 艦橋に緊張が走る。

 単に友軍から入電したという意味以上のものがある。善かれ悪しかれ、シャアの名はジオン軍にとって特別なのだ! 圧倒的な戦果、謎めいた出自、常に人目を引いてきた。

 

 

 おまけに周りからは俺がシャア嫌いということで通っている。なぜかそういうことになっていた。

 実はそうじゃないんだよ!

 本当に周りの人間が勝手に言っていることだ。

 そりゃあ、俺はドズル閣下の腹心、シャアはキシリア少将に属している。つまり派閥が違う。反目していると思われても仕方ない。

 しかし実際、俺自身としてはシャアが嫌いっていうわけじゃない。派閥が違うから嫌いというほど俺だって狭量ではない。

 同じジオン軍としてシャアの実績は素直に凄いと思う。特に俺とは違い、パイロットとして戦場を駆け、敵を撃滅するのは尊敬する。真似なんかできるはずもない。

 

 ただし、一つ問題がある。

 シャアは頭痛の種なんだ。

 比喩表現じゃない。

 本当に頭痛の種なんだ。シャアの近くにいると、俺はなんだかめまいと頭痛がする。

 最初は俺ももう年で持病でもあるのかと思った。しかし、不思議とシャアの近くにいる時だけだ。

 原因が分からない。いったいなぜだろう。

 

 そして人間、頭痛がすると顔の表情もこわばってしまうもんだ。仕方ない。だから俺がシャア嫌いだと誤解されてしまうんだ。

 確かに、俺はシャアに向かって、マスクを取れと言ったことはある。礼儀的に、人と話す時くらい仮面を取ってもいいだろ? 単純にそれだけのことだ。

 

 そうしたら奴は怒るというよりは、なぜか酷く狼狽していた。

 

 ちょっと俺が悪かったと思った。

 奴なりのなんか理由があったのかもしれない。マスクを取っちゃいけないというような。

 皆の期待に反してイケメンじゃない、とかさ。

 戦果が凄いと人は勝手にカッコいいと想像しがちだからな。そうじゃなければ無駄にがっかりさせてしまう。それは嫌だろうな。うん、その可能性は高い。ふひひ。

 

 とにかくそれ以降、俺はシャアに避けられている感じがしている。

 俺は嫌われることに対して気が小さいんだ。凹む。

 

 

 ともあれ何事かと艦橋は騒然となっている。

 

「画面も出るのか? 構わん、俺が出る」

 

 内心、実は結構俺も緊張している。こんなに突然、俺にいったい何の用事があるのだろう。薄々、救助したシャリア・ブル大尉のことなんだろうと思いながら画面に出る。

 

「シャア・アズナブル大佐です。突然の連絡でお騒がせして申し訳ない」

 

 言葉はもちろん上官に対する丁寧なものだ。当たり前だけどな!

 しかし、軽く敬礼に上げた右手がキザたらしい。なんつーか指の角度がいちいちオサレなんだよ!

 

「コンスコン機動部隊、コンスコンだ。いったい何用かな?」

「一つのお願いです。そちらで救助したモビルアーマー乗員をこちらに移乗させて頂きたい」

「ん? 別にそれに反対するわけではないが、こちらで収容した以上、負傷兵の移動は緊急処置後という原則を適用させてもらいたいが」

「ちょっとした事情のため、今回はその原則を曲げてはもらえませんか」

「 ……分かった。まあ要請は受けよう」

 

 やっぱヘタレだな、俺は!

 突っぱねることはできない。

 シャアの言い方が強いんだ。反対できないような。俺のヘタレ度だけの問題じゃないぞ!

 

「容態が安定したら直ぐに移乗させよう。しかし一つ聞きたいのだが、どうしてあのパイロットの救助を知っていたんだ」

「こちらも救助を考えていましたから。コンスコン准将の方が早かったまでです」

「え? では、モビルアーマーが戦っているのを、最初から知っていたのか!」

「モビルアーマーのデータ収集が任務でしたから。戦いはもちろん見ています」

 

 な、なに?

 向こうもモビルアーマーの戦いを見ていた?

 そしてモビルアーマーが単機で苦戦していたのを援護もせず、見殺し同然に放置していたのか!

 救助が遅かったのも、データ収集優先のためか!

 もちろんシャア大佐は命令通りのことを行っただけなのだろう。しかし、それはないんじゃないか!

 

「シャア・アズナブル大佐、こちらはドズル中将麾下の部隊であり、そちらはキシリア少将配下のはず。その横やりは本当なら上層部の話し合いになるところだぞ」

 

 俺は思わずシャアに嫌味を言ってしまった。当然だろう。

 

「コンスコン准将、お気持ちは充分理解できます。ただこれも任務の内なのです。私がそれほど冷酷な人間だと思わないで頂きたい。これは通常の作戦ではなく、データ優先はフラナガン機関の絶対事項なのです」

「フラナガン機関! あの、人体実験機関か!」

 

 俺もそんな怪しい機関の噂は聞いている。なんでも、ちょっとばかり戦果の多い兵士を引っ張っていっては、何だか怪しい実験をする。そして戻ってこれる兵もいれば、戻ってこれない者もいるらしく、その場合なぜか軍籍まで抹消されて最初から存在しない人間扱いだそうだ。

 噂は独り歩きして、サイボーグだとか、獣人だとか、脳だけ人間に変えられるとかとんでないことを言われている。

 兵士の間では、戦場よりも嫌な妖怪屋敷だ。

 

 戦争というのはもちろん人が殺し合うものだが、俺が思うに人間自体を変えてしまうのは別次元の残酷さだろう。そこまで行くと普通の戦争が可愛く思えてしまう。

 俺は、戦いは「正しい戦い」でやるべきだと思っているのだ。

 それが偽善と言われようとも。

 

 そんなフラナガン機関にあのモビルアーマーが材料にされていたとは。シャリア・ブルという男はただの実験動物扱いか。

 

 

「集中治療室から艦内インターホン入ってます!」

「ん? つなげ!」

 

 オペレーターの声に我に返った。

 それをさっそく流させる。

 

「集中治療室です。負傷兵、意識を回復しました! 状況を問われるまま説明すると、司令官への伝言を頼まれました。自分は近くにいるはずの所属艦に移乗したい、これはギレン閣下とキシリア閣下のためだ、とのことです」

 

 何だって!

 あのシャリア・ブルという男は自分がモルモット扱いされているのを知っていながら、それでも戻ろうとしているのか。死にかけてもなお尽くそうとしているのか。

 単なる従順でも自己犠牲でもない。

 魂が高潔な男だ。

 

「コンスコン准将、そういうことです。本人の言う通り、移乗を願います」

「シャア・アズナブル大佐、これは貴官への貸しでいいのかな」

「そう受け取ってもらっても結構です」

 

 男は医療用担架ごとカプセルに入れられ、艦を移される。

 俺が見ていると、向こうは担架に横になっているままで敬礼をしてよこした。カプセル越しのため声は届かない。だが分かる。救助してくれた俺への感謝を述べているんだ。

 

 そして男は、俺の横にいた副官を見て驚いた顔をした。表情が緩んで何かを言っている。

 何だ、お前も一人前にやってるじゃないか、そんなことを言ったような気がした。

 

「 ……クソ立派過ぎんだよ。兄貴は昔から要領が悪いんだ。だから、こんな羽目になるんだ……」

 

 そんなことを言う副官の顔を敢えて見ない。

 

 

 俺はそのフラナガン機関とやらに明確な反感を持った。

 そしてシャリア・ブルという男を取り戻したいと、そう思った。

 

 

 


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