コンスコンだけど二周目はなんとかしたい   作:おゆ

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第八十話  嘘の話

 

 

 今のところジオン側は連邦基地を襲ったり新型MS機を奪取したりするような構えを見せていない。連邦MSの技術を狙って来たようなそぶりはないが、しかし過去北極基地はそのために襲われたことがあったのではないか。その時はNT用ガンダムが狙われていたのだ。

 今回はそうでないという確証はない。

 それに、連邦技術が主目的でないとしても、行きがけの駄賃とばかりにMSの技術情報を盗んでいくかもしれない。大破した機体丸ごとは無理でも、その中枢制御装置くらいは。

 新型試作機が勿体ないなどと言っていられないのは当然だ。試作機体をもう一つ造るくらいは連邦の生産力にとってそう困難でもなく、盗まれる可能性がわずかにでもあるならできるだけ早く完全破壊すべきである。

 

 クリスチーナは集落で村娘の格好に着替え、しっかり防寒をした上で試作MSまで戻る。

 途中までは村人の車両で送ってもらいながらも残り半分は慎重に徒歩で迫る。民間人を巻き込まない配慮のせいだ。

 この往復で体は極度に疲労し、足取りも鉛のように重たかった。

 そこを意志の力を総動員してねじ伏せる。

 

 

「戻ってきて良かった! やはり爆散していなかったわ」

 

 ようやく見つけた試作MS機体はビームを食らっても爆散せず大破のままだ。ビームの狙撃からいったん距離を取ろうと大きくバックステップをした際だったので、中心には当たらなかったのだろう。そして着地の直前にコックピットから脱出したわけだが、機体はそのまま地面に倒れて横になっていた。

 これは幸いだ。機体をよじ登ってハッチに辿り着ける。

 クリスチーナは周囲にジオン兵がいないことを見て取ると、なんとか開けられたハッチから潜り込む。そして素早くチェックしてまだ何も盗まれていないのを確認する。

 後は自爆プログラムに繋がるキーを打ち込み、起動するだけだ。だが、ここで表示装置に不具合があり、あれこれ苦労するが思いのほか時間がかかる。

 

 

「何をしているんだ、お嬢さん。答えてもらおうか」

 

 注意がおろそかになっていた! 仕事に夢中になりすぎていた。

 

 ジオン側はいったん散開し、後続の連邦MSが来ないのを見届けた上でもう一度ここに集合してから野営予定地に移動する算段だった。

 それは最悪のタイミングだった。クリスチーナはコックピットにいるところを見つけられてしまったのだ。

 銃を向けられていることを理解し、クリスチーナは震えが来る。責任感は人一倍、気丈な女と言われるクリスチーナも最前線で戦った経験はほとんどない。

 まして今はMS越しではなく生身に死を予感させられているのだ。

 

 一方、クリスチーナを発見して銃を突きつけたサイクロプス隊のミハイル・カミンスキー、つまりミーシャも大いに困惑している。

 大破した連邦MS機に人影があったので確認すれば、何と年若い女だった。

 しかも村娘の格好をしているではないか! 

 ロシア系のミーシャは古い写真などで知っていて、この辺りの村の一般的な衣装だろうと見当がつく。

 

 

「どうした、ミーシャ」

「シュタイナー隊長、連邦機のコックピットに変なのがいて……」

 

 そしてミーシャはクリスチーナをコックピットから出て地面に降り立つよう促し、シュタイナー隊長の前に行かせた。

 尋問を行い、連邦軍人なのか、ただの民間人なのかはっきりさせる必要がある。それによって対処がだいぶ変わってくるのは当たり前だ。

 

「名前は何だ? 連邦軍の階級は?」

 

 先ずは連邦軍人であると見なして尋問を始めていく。

 シュタイナーが疑いからかかるのは当然のことである。

 

「な、名前は、エマ・ストーン! 連邦軍とか階級とか何のこと? 大きな音がしたと思ったら珍しい機械があるじゃない。それを見てただけよ。何が悪いの? そっちは誰よ?」

 

 クリスチーナは慌てて嘘を紡ぎ出し、通りがかりの現地人を装う。いくら不自然でもしょうがないのだ。

 連邦軍人だとバレたらどうなるか分からない。

 とっさの偽名で、自分とは赤毛であることだけが共通項の古いムービースターの名を借りてしまった。一瞬後またしてもうかつなことを言ったと思ったが幸いにして誰もそれを知らないようだった。

 このまま何も知らない民間人、好奇心旺盛の通りがかりを装い、知らぬ存ぜぬを貫くしかない。

 

 だがそれは甘かった!

 連邦MS機のコックピットに入って操作を始めていたミーシャから鋭い声が飛んだ。

 

「そいつは違う! 全然ロシア訛りじゃない。いや、その訛りは聞いたことがあるな。サイド6あたりではそういう訛りがある」

「え、ええっ!?」

「きっとそうなんだろう? サイド6リボーコロニー出身、二十二歳、連邦軍北極基地所属クリスチーナ・マッケンジー中尉さん!!」

 

 口を利いてしまえばミーシャにはクリスチーナがこの辺りの出身でないことは直ぐに分かる。

 そしてミーシャは今、連邦MS機にスイッチを入れ、わずかに見えた表示から現在のパイロット情報を読み取って言ったのだ。

 

 

 もはや万事休す。

 クリスチーナは更に青くなる。だが、なおも強弁した。

 

「訛りが違うのは当たり前だわ! なぜって、私はこの辺の村に来たばかりだもの!」

「ほう、それじゃどっから来たんだ。今やリボーコロニーは戦闘宙域に囲まれ、民間人が移動できるわけがない。それでもやっぱり来たと言うのかい?」

「ち、違うわ! そんな宇宙コロニーなんか知らない。そうじゃなくて、私はオーストラリアから疎開して来たのよ! そこがコロニー墜としに遭ったのは知ってるでしょう! だから難民になって」

 

 受け答えしているミーシャも正直いってその女がクロだと思っている。あくまで嘘を重ねていくのが滑稽にすら見えてきた。確かにコロニー墜としでオーストラリアのシドニーが一番被害に遭ったのは事実だが、それを言ってきたとは。

 

「何だ、オーストラリアだったのか。ずいぶん遠くからよく来たな。そいつは気の毒だ。オーストラリアといえばコアラはどうだ? 見たことあるか?」

「以前はたくさんいたものだわ」

「暖かいし、食うには困らない土地だったんだろ。カンガルーもいるしな」

 

「そうよ。ここよりずっと暖かくて、カンガルーの美味しいいい所よ」

 

 ここで静寂が訪れた。

 相手をしていたミーシャももう黙っている。

 なぜならこんな茶番を続ける必要が無くなったからだ。この村娘の格好をした女は嘘を吐いていると確定した。地球に詳しくなくともそれくらいは分かる。

 嘘を吐くなら、その理由は当然連邦軍人であることを隠すためとしか思えず、ならばやはり連邦MSパイロットのクリスチーナ・マッケンジー中尉に間違いない。

 

 

 周りの幾人かがこの連邦軍中尉を拘束に動く。

 だがしかし、意外なことにシュタイナー隊長が押しとどめた。

 

「皆勘違いするな。案外この女の話は本当かもしれん。聞いたことがある。オーストラリアでは増えすぎたカンガルーを食用にすることがあるそうだ。現地でしか出回らない食材で、見た目があれだからといって愛玩動物とばかりも言えない」

 

 そうなのか?

 カンガルーって食える? 聞いたこともない話に皆は戸惑うしかない。

 

 そしてこの命のかかった緊張が続く場面、ただでさえ疲労の極限にあったクリスチーナの糸がついに切れた。

 

 目の前が暗くなり、一瞬ふらついた後ばたりと倒れる。

 

 

 

 次に目を開けると静寂と暗闇の中だ。

 しかし、遠くに焚火の火が見える。体は暖かい毛布にくるまれている。特に拘束はされていないようだった。

 

「気が付いたかい? エマさんだったっけ、夜明けまで休んでいるといい。そうしたら解放だ。送ってやれないのが残念だけどね」

 

 クリスチーナが最初に思ったのは、自分が助かったという安堵感だ。間もなく解放されるという話である。

 次に声をかけてきた相手を見る。

 

「…… そう。あなたは誰?」

「僕はジオン軍のバーナード・ワイズマン曹長。今は君の世話役に付けられてるんだ。だけど、これでもMSのパイロットだよ! 君もさっき連邦のMSを見ただろ、そいつを倒したのも僕なんだぜ!」

 

 それは明るいクリーム色の髪に、優しい表情をした男の子だった。

 見たところ自分より年下なので男の子と言っても構わないだろう。

 なぜだかMSのパイロットであるのを誇りとして、多少事実と違う自慢をしてくるのも微笑ましい。背伸びをしたい年頃なのだろう。

 本当はクリスチーナ機は格闘戦で負けたのではなく、ビームの狙撃にやられただけなのに。

 だが、この子が自分と戦ったMSに乗っていたとは!

 戦争とはいえ、自分はこんな優し気な子供とビームサーベルで斬り合い、戦っていたとは! クリスチーナにはなんだか出どころの分からない罪悪感がある。

 

「今、ホットミルクを用意してるから、それを飲むといい。あったかいよ」

「……ありがとう」

 

 一方のバーナード・ワイズマンはというと会話ができて嬉しさでいっぱいだ。相手はかわいい村娘である。赤毛を分けて広く見せている額が勝ち気な感じを作り出し、目元はこれでもかというほどキュートなのだ。

 

 こんな妙な出会いだがバーナード・ワイズマンは一目惚れに近い。

 

 

「僕はサイド3の出身だ。ほら、月を見てごらん。あの三日月の、そこから右に四つ分のところにあるはずなんだ。見えないかもしれないけど」

 

 そういって夜空を指で示す。

 クリスチーナも思わず目で追う。

 ついでにクリスチーナは自分の出身のサイド6リボーコロニーも夜空に探してしまうが、やはりどちらも見えなかった。

 

 夜の森の静寂が心の鍵を開き、二人の距離が縮まる。

 

 

 


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