コンスコンだけど二周目はなんとかしたい   作:おゆ

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第八十四話 二者択一

 

 

「やれやれ、ここまで嫌われているとは知らなかった。自覚がなかったのは幸運なのか、あるいは不幸か判断に困るね」

「そうは言っていられません、ワイアット閣下! このままでは取り返しのつかない事態になります! 閣下はお怒りになりませんか」

「怒っているさ。君の言う通りだステファン・ヘボン君。自分の身の振り方に関わることだけでなく、連邦が追い込まれるのは楽しいことではないよ」

 

 それは一通の通知が原因だった。

 連邦軍首脳部は嫌味たらしく報告書の提出を要求してきたのだ。それは先に首脳部が悲痛なほどマス・ドライバー攻略命令を発していたのにもかかわらず、それを怠ったグリーン・ワイアットを非難したいためである。

 命令に従わなかった正当かつ事実である理由が無かったとしたら、何とグリーン・ワイアットを現在のルナツー基地司令という立場から「適正な部署」への異動を命じることまで匂わせてある。もちろんワイアットを連邦宇宙戦力を一手に握る立場から追い落とすことを意味する。

 

 連邦宇宙艦隊を率いる人材としてワイアットが最も適任という認識はさすがに連邦軍首脳部も共有しているが、それでも今回ばかりは不興を買った。首脳部の自己保身からくる八つ当たりではあるが。

 

 もちろん、グリーン・ワイアットも馬鹿ではない。

 首脳部が何らかの圧力を加えることは既に予想していた。それだけならグリーン・ワイアットは圧力を跳ね返し、何とか対処できる実力がある。これまで培ってきた政治力は伊達ではないのだ。

 

 グリーン・ワイアットがここで困っているのは別のことがあるためだった。

 逆に連邦軍首脳部を説得しなくてはならない重大な問題が存在する。

 

 

 

 ソロモンをジオンに奪い返されてから一段と通商破壊が激化している。実のところそれはお互い様ともいえる。連邦とジオン、どちらもサイド6を始めとした残存コロニーとの通商が残っているゆえんだ。

 ただし比率としては連邦の被害の方がだいぶ大きい。それは、ルナツー単独では完結できるわけはなく常に地球表面、サイド6、作りかけのサイド7などから補給を受ける必要があるからだ。しかもその航路が長いため確保するのは大変である。

 

 ジオン側からはひっきりなしにデラーズ艦隊とカスペン大隊が出撃して連邦航路を寸断にかかる。

 連邦側は逆撃を企図するがうまくいかない。追えば散って逃げる。そもそもこういう戦いでは輸送船を襲う方が襲われる方よりも圧倒的に有利なのである。狙いをつけて潜み、機動力を駆使して襲撃されたら少なくとも初撃は防げない。

 グリーン・ワイアットは重要性を認識し、その護衛として配備が始まったばかりの連邦最新鋭MS、ジムカスタムを惜しげもなく投入する。

 これにはさすがにジオン側も少なくない被害を出してしまう。ガルバルディ前期型でもジムカスタムに対して性能は上回るかもしれないが、その差は限りなく縮まり、連邦の数に対し質で対抗することができなくなったからだ。

 

 それでもジオンによる通商破壊は止むことがなく、執念があるかのように続けられている。

 グリーン・ワイアットはそれに疑問を抱く。

 ついにある真実に気付いたのだ。

 

「古今東西、戦争というのは地味なところで勝敗が決まるものだ。輸送船を狙うのは実に正しいね」

「閣下? 一般論としてそれは確かですが、今さらなぜ?」

「恐ろしいね。全く恐ろしい。ジオン側は一見ルナツーを飢えさせ、宇宙戦力を弱らせるためにやっているようだが、それは見せかけだ。真の狙いはヘリウム3だけだ」

「ワイアット閣下、それはいったいどういうことでしょう。確かに以前からヘリウム3輸送船は頻繁に襲撃されていましたが、他の補給船だってやられているのでは」

「ステファン・ヘボン君、逆なんだ。だからこそごまかされてしまった。ヘリウム3を狙うには、ジオンでさえ木星船団に手を出せない以上、連邦輸送船に受け渡された後からしかできない。その受け渡しポイントは連邦から決めている。つまり、ジオンがヘリウム3輸送船を襲うにはよほど周到に情報を集め、準備する必要がある。そんな骨の折れることでも彼らは全く厭わない。おかしいだろう?」

「そ、それでは……」

「たまたまヘリウム3輸送船が襲われたとしては被襲撃率が不自然に高いのだよ。これは、明らかに意図をもって襲っている。むしろ他の補給船の方がごまかしのためのオマケだ」

 

 核燃料資源であるヘリウム3は木星圏から輸送されてくる。それを一手に担っている木星船団公社は今回の戦争に関与せず中立を保ち、言い換えれば連邦にもジオンにもヘリウム3を供給している。誰もそこに手を出せることはない。

 そして木星からの超大型輸送船は長い航路をなるべく燃料を使わないで航海しなくてはならない。そのため地球をスイングバイする航路を取る。地球圏の重力で向きを変え、また木星に戻るのだ。その際は決して速度を落とさず通り過ぎる。ヘリウム3は通常輸送船がそれに速度を同期させ、荷を移し替える形で受け取っているのだが、それは必ず宇宙で行われる。しかも木星からの大型輸送船の航路は地球公転軌道のため最初から厳密に決まっているもので、変更はできない。

 

 つまり、荷を移すのがいつなのか当たりをつければ自動的に受け渡し宙域が特定されてしまう。

 そこから地球に向かおうとする連邦輸送船を襲撃をするのは木星船団公社には手を出さない形で可能なのだ。

 

「ワイアット閣下、ヘリウム3をジオンが狙うというのは、戦略的なことになるでしょうか」

「もちろんだ、ステファン・ヘボン君。言うまでもなくエネルギー資源で連邦を追い詰める戦略だな。いったい誰が考えたのやら。策を練るのが上手いキシリア・ザビという辺りかもしれない。いずれにせよジオンがそれほど壮大な戦略を駆使しているのなら、このまま連邦が無策のままでは危険だ。今まではジオンなどいずれ駆除する羽虫のように思っていたがこの戦略に嵌ればどうなるか分からない」

「エネルギー資源が無ければ、戦艦も何も動かず、大戦力も宝の持ち腐れに…… それどころか工場が止まってしまえば連邦の生産力も根こそぎ無意味になると」

「だからこそ今のうちにヘリウム3の備蓄が必要になる。そして輸送船を倍増、いや十倍増にして少しでもジオンの目をかいくぐって運ばないと大変なことになる」

 

 グリーン・ワイアットはそこまで看破していたのだ。

 このままではいけないという危機感がある。しかしグリーン・ワイアットは前線指揮官に過ぎず、軍首脳部でも政治家でもない。できることは限られている。せいぜい非効率的でも護衛を増すことくらいだ。一刻も早く連邦上層部の能天気な気分を改めさせ、大規模なエネルギー供給体制の変革をなさしめなくてはならないが、それは簡単なことではない。

 

 

 そんなタイミングでワイアット自身が首脳部に疎まれるとは。

 ワイアットはここで考える。

 連邦にとってどちらが良いのだろうか?

 自分がルナツー基地司令としてとどまることを優先した方がいいのか? 他の無能な前線指揮官にとって代わられたらこの先の戦いがどうなってしまうのだろう。

 あるいは逆に職を賭してでもヘリウム3確保を言いつのった方がいいのか。しつこく毎日でも騒げばいくら戦略能のない連邦高官でも考えるかもしれない。

 

 どちらも手にすることはできない。これは厳しい二者択一なのだ。

 

 グリーン・ワイアットは考えに考えを重ねた挙句、ルナツー基地司令でありつづける方を優先し、首脳部にはジオンのエネルギー戦略について警告するだけにとどめた。おそらく首脳部にとって日付が変われば忘れてしまう程度の軽いものにしか受け取られないだろうが。

 

 こうしている間にも、ヘリウム3輸送は滞っている。

 連邦へ渡るヘリウム3は急激に先細りになりつつあるのだ。

 

 

 

 宇宙ではそんな会話がなされている。

 

 それと同時刻、地球上ではジオンによる連邦オーガスタ基地急襲も大詰めを迎えていたのだ。

 俺は今こそ悪魔の機関を探り出して叩く!

 人間を改造しようとする連邦版フラナガン機関、あのフラナガン・ロムが性懲りもなく作ったものだ。このままにしてはおけない。

 

 俺はザンジバル級を上空旋回させながら、艦橋にクスコ・アルとララァ・スンの両名をスタンバイさせた。

 基地といっても広い。これをやみくもに探す時間はない。

 中にある研究機関の位置を特定しなくてはならないが、それには材料にされている人間の位置を探ればいい。

 

「ララァ、私の持つイメージが分かる? それを手がかりにして」

「お姉様、そうしたいのだけど、見つけられないわ」

「もっと頑張って!」

「で、でも無理…… ぼやけていて分からない」

 

 それは失敗だった。

 クスコ・アルが励ますがうまくいかない。

 いくら最強のNTララァ・スンでもクスコ・アルの持つロザミアのイメージから探し当てるのは無理だった。それができれば超能力者だ。俺は無理と分かっていても期待していたのだが、やはりダメか。今回はそれらしいところを爆撃するだけで引き揚げるしかないのか。

 

 

「あっ! 何か光があるわ。お姉さまのイメージとは違うけど、これは確かにNTの存在……」

「えっ、ララァ、NTがいるのは確かなのねッ」

「少なくとも一人、強いNTがいるわ。その場所なら分かる」

「どこなの! ララァ」

 

 分かるのか! ララァ・スンがここに来た意味があった。さすがにララァは見ず知らずであっても、それが強いNTであれば検知できたのだ。

 NTを一人でも見つけられたら、そこがすなわち連邦の研究機関だろう。

 俺は直ちにケリィ・レズナーを含む探索部隊を降下させてその位置へ向かわせた。

 

 地下は地下だがそんなに深くなかったのは幸いだった。

 十層も二十層も下ならどうにもならなかったろう。

 部隊は素早く電磁ロックを破壊し、扉を開ける。一見美しいが、非人間的なまでに無機質で青白く照らされた通路が続いている。進むとまた扉に出くわす。時折は守備兵を撃ち倒す。そんなことが繰り返される。

 しかし、厳重になっているほど中に重要なものがあることを意味するものだ。

 

 とうとう見つけ出した!

 それは狭い居住区、中には囚われた一団がいた。

 

 

 


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