フラナガン・ロムの実験材料にされていた一団が見つかった。
それは囚人より少しマシな程度の住居房に閉じ込められ、生きるだけなら充分ではあってもとうてい人間らしい部屋など与えられてはいない。
飾りのついた小物も、趣味の道具も何一つ無いのだ。
第一行動の自由が無い。陽を浴びることすらあったのか疑問だ。フラナガン・ロムは生物として生きていれば実験体には充分、という考えなのか。
ケリィがその者たち全てを救出し、俺の艦に連れてきた。ついでに施設の研究員とおぼしき者も捕らえ、こちらは強制的に連行した。俺は期待してそれらの者を見る。
至極残念なことにその中にフラナガン・ロムはいなかった。
どうしてなのか研究員の一人を尋問して聞き出したが、それによると奴はいち早く逃げ出したのではなくて、たまたま連邦の別の研究所に出かけていたため今はオーガスタにいなかったらしい。
くそっ、悪運の強い奴だ。ここで是非とも捕まえたかった。
逆にもう一つの目的は達成できたようだ。囚えられていた一団の中にはやはりロザミアがいたんだ!
黒紫の髪とその顔は間違えようがない。ただし、向こうはこちらを見ても何もしゃべってこないではないか。
どういうことか、俺は言葉に迷いながらも声をかけてみることにする。
「ええと、ジオンのコンスコンだ。ロザミア? いや、マリーダ? どちらだろう」
「……」
「見覚えがないか? 俺はスベロア・ジンネマンの知り合いで、あの時湖の展望台にいた。しかも湖に一緒に落ちてしまったじゃないか。白鳥でもないのにドボンと。それも覚えていないか?」
「……」
俺のつまらないジョークにも反応がない。逆にうぷぷ顔のケリィがうっとおしい。思い出し笑いをするな。
「ならばお父さんはどうだ? スベロア・ジンネマンのことだ。お父さんじゃないか」
「え? お父さん? 私にお父さんはいないわ。いるはずがない」
俺はここで理解した。ロザミアがちょっとおかしいのはあれから再び記憶を操作されているためだろう。これは、またしてもロザミアが連邦のおもちゃにされている証拠だ。何かの用途のために使う準備でもされたのか。
「しかし、あの時はあれほど……」
「お父さん…… 知らない、でもいたような…… ヒゲの私のお父さん、優しい。確かにマリーダと呼んでくれた…… 私を。でも分からない」
尚も焦点の定まらない様子のマリーダを船室へ連れて行かせた。
少し安心できるのは、ロザミアはジンネマンのことを忘れているわけじゃなかった。
連邦の研究員にいっそう厳しく問いただしたところ、ロザミアは記憶の消去にひどく抵抗したそうである。
俺は粛然としてしまう。
ロザミアはジンネマンの言葉をしっかり握り、あくまでそれを守り、記憶を保とうと頑張ったのだ。
それは崇高な戦士ではないか!
その孤独な戦いを想像すれば涙が出そうになる。
彼女は自分が自分であるために全力で戦い抜いたのだ。
結果的には力尽き、消去に抵抗したせいで彼女はなおさら乱暴かつ強引な操作をされてしまった。今や脳内のノイズがひどくて錯乱している。できれば俺は彼女をジンネマンの元に送り、今はしっかりと静養させてやりたい。忠実な戦士には労りでもって報いてあげなくてはいけない。
いずれにせよこんな研究は非人道的だ!
決して許されない。人間にやっていい実験じゃない。少女の記憶をいじって利用するなど許していいわけがない。
誰が何と言ってもこの報いはきっちり受けさせてやる。
しかしここまでは俺の予測の範囲内だ。悲しいことに悪い方の予測だが。
予想もしない驚きはこの先にあった。
囚えられていた者たちは8人ほどだが、その中に何と7,8歳くらいの子供が交ざっている。しかも三人も。この研究所はこんな子供さえも材料にしていたのか。
「ミシェル、どうする? ジオンだってさ」
「どうしようヨナ。研究所から逃げてやろうとは思ってたけど余計ヤバくなった。リタはどう思う? リタならどうしたらいいか分かるだろ?」
「…… この船の人たちは、たぶん悪くない、と思う。ここから逃げなくていい」
「リタが言うならそれで決まりだ。とりあえずメシが美味いかどうか見てから考えようぜ」
「ヨナは前向き過ぎるぞ!」
意外にもこの境遇にめげることなく元気な様子であり、今は子供らしくなんだかごちゃごちゃ言っている。その三人の相談がまるっきり聞こえているが、特にひねくれ者でも馬鹿でもなさそうで、こんな場所とタイミングでなければ微笑ましいと言えるだろうが。
う~ん、もう面倒だから保留だ。
連邦基地内に囚われていた以上、兵ではないのだから捕虜にはならない。しかしこちらが保護する義務もない。美味いメシでも食わせた後、どうしたいか聞いてみても遅くはないだろう。
それは細かいことだった。そんなことより目を引くような特異な人間がいた。
その者はこんな状況でも不自然なほど落ち着き払っている。
「我々は感謝をすべきでしょう」
「か、感謝ですか、僧正様。しかしこうなるとは予想もしませんでした。いったいどうすれば」
「分かっています。悪いようにはならないでしょう。今はこのジオンの方々に協力すべきです」
周りの者たちはその男を僧正という不思議な呼び方をしているではないか。
何だそれは? 意味が分からない。
次にその男は全て見通したかのような目で俺を見ている。
「私はレヴァン・フウと申します。皆には僧正と呼ばれていますが、別に僧侶の家系でもなく、何かの教団を作っているわけでもありません。今のところは、ですが」
「ジオンのコンスコン大将だ。事実確認をしたいが、君らは連邦の研究施設に囚われていたこと、それは確かかな?」
「その通りです。ここで我々は連邦研究員から実験とやらを受けていました」
「ならばジオンは君らを救出し、戦時捕虜ではなく一時預かり対象とする。取り引きというわけではないが後で政治宣伝のために事実を言ってもらうことがあるかもしれない。君らには嫌かもしれないが、仕方ないことだと思ってもらえればありがたい。構わないか」
「もちろん構いません」
その接見中、俺の近くにいたララァ・スンが浅い呼吸をしている。
俺は改めて気付いたが、ララァは終始落ち着きをなくしていたではないか。その理由など聞くまでもない。ララァが基地内に見出した輝点、強いNTというのはおそらくこのレヴァン・フウという者だったのだ。
「間違いなく強いNT…… でもなんだか底が知れない」
ララァが思わずそんな呟きを漏らしている。
しかし、当のレヴァン・フウの方はそんなララァをチラリと見たが特に表情を変えることもなく、また俺の方を向いている。
「逆に少しばかり取り引きをしたいのですが、コンスコン大将」
「ん? それはいったい何のことだ? レヴァン・フウ僧正」
「いいえ、取り引きではないですね。お願いに近いものです。お探しのフラナガン・ロム博士の居場所を教える代わりに我々をいずれ南洋同盟にお返し頂きたい。そうすれば必ず変化が現れます。我々にとっても、そちらにとっても良い方向に」
「それは願ってもないこと、と言いたいが南洋同盟はここから遠く、返せるかどうかは情勢次第のため不確定としか言えない。申し訳ないが」
「まことに正直な方ですね、コンスコン大将。しかしその意思があれば私には充分、では先に言います。フラナガン・ロム博士はアジアのムラサメ研究所にいます。私には大体の方角が分かるので間違いないでしょう」
「ムラサメ研究所! 確かに連邦のNT研究所として名を聞いたことがある」
「そこでは、このオーガスタに勝るとも劣らない実験が繰り返されているのです」
俺は幾つかのことを考えて唸る。ここで僧正の言う南洋同盟というのは地球連邦に属する一つの行政区だ。
今の連邦は北米閥の政治家が幅を利かせ、それ以外の行政区から反感を買っているらしいことは知っている。北米以外の発言権は以前にもまして限りなく低下しているのだ。この戦争によりオセアニアは壊滅、ヨーロッパは荒廃、アフリカは未だジオン残党が立てこもっている状況がそれを助長している。経済や生産では北米と東南アジアが主要なセンターになっている。
ただし、だからといって不満を感じている行政区が連邦政府に対しあからさまな抗議や離脱活動をしたこともないし、そんな噂もない。実際の思惑や雰囲気は、俺が政略について詳しくないために分からないのだが。
そしてもう一つ、ムラサメ研究所をどうするか、である。
いったん宇宙に撤収し頃合いを見て再度降下作戦を行うのがいいのか、このままザンジバルでアジアに移動して仕掛けるか。
どちらを選ぶか判断は難しい。
日数を置けば連邦側はムラサメ研究所に充分な備えをしてしまうだろう。かといって今からザンジバルで移動するにしても既にムサイを廃棄した以上、今度はその支援はなく、連邦が大気圏内戦闘機の大量投入によって飽和攻撃をしてくる懸念が出てくる……。
だが俺は決断した。拙速は下手な判断に勝る。見敵必殺がコンスコン機動艦隊だ。
経路が太平洋上になるため少なくとも地上部隊からの攻撃はなく、そして高々度成層圏を行けば戦闘機からの攻撃も減ると考えた。
このままムラサメ研究所を叩きに行く!