MSの性能の違いが戦力の決定的な差ではない。
だがしかし、最新鋭のガルバルディ改やアクト・ザクほどの性能になると、今では旧式となってしまったジム・コマンドを寄せ付けるものではない。
この地球降下作戦では何度もそれを見届けた。全く頼もしい戦いぶりだ。もちろん性能を活かせるパイロット操縦技術があればこそだが。
俺はそう思っていたのだが、それが逆になった時のことを考えていなかったのは慢心と言われても仕方がない。
時として作戦が上手く行き過ぎてしまうのは油断に繋がる原因でもある。
俺はそれを目の前に突き付けられ、暗澹たる気分になった。
「ど、どうして、ガンダムが…… まさか完成体が存在していたなんて」
決して見たくなかった現実がここにある。スクリーン越しにあの悪魔、絶対無敵の巨人の姿があるのだ。
悪夢は再びここに始まる。
その少し前のことだ。
連邦軍北極基地にもジオン部隊地表侵攻のニュースは届いている。
しかし重大なこととは捉えられず、表立って動くことはない。なぜなら北極基地は新型機のテスト基地でもあるが、本来は海中潜航艦の母港として機能しているものである。ジオン部隊が飛行移動で刻々と位置を変えている以上、北極基地の潜航艦など接点がない。
だがそれでも出撃を強硬に言い張った人間がいる。
もちろん、連邦ただ一機のガンダムタイプMSゼフィランサスを与えられたイオ・フレミングである。
「わざわざ地球にジオンが来たのは好都合じゃないか。返り討ちにすればいい。これ以上好き勝手に暴れさせておくものか!」
しかし北極基地司令ホーキンズはイオの出撃を簡単には許可しなかった。
普通の新型テスト機ならともかく、何といっても虎の子のゼフィランサスである。万が一それが失われてしまったらガンダム計画を進めていたジョン・コーウェン中将に申し開きが立たない。
「イオ・フレミング少尉、君は理解しているのか。あの機体は一機しかないのだ。しかも追加で作る予定もない。それに寄せられている期待を考えたら軽はずみな真似はできないのがわかるだろう」
「いえ、しかし、実戦の戦闘データが無いままでは…… それこそ未知数のまま宇宙に送られることになってしまい、かえって新型ならではの不測のことが起きるのではないかと」
そう言ってイオが説得していく。
ホーキンズはイオがただ戦いたくてそんなことを言っているのを見透かしている。しかし理屈の上ではそれも間違いではない。
そこへ一つの情報が飛び込んできたことにより、条件を厳命した上で渋々許可した。
「では少尉、出撃を許可するが、それはあくまでテストデータを得るためだ。これを頭に入れておきたまえ。決して危険な行動はせず、データを必要充分に蓄えたら状況に関わらず安全に帰投することだ。こんなところで戦果を追い求めることは禁止する。それともう一つ、ジオン部隊には連邦ポートモレスビー部隊が迎撃に向かっているという情報が入った。その現地到着を待ち、確実に数的優位を確保した状況下でのみ行動してくれ。これが守るべき絶対条件だ」
もちろんイオは勇んで即刻出撃する。ホーキンズはポートモレスビー部隊に期待し、複雑な表情のままそれを見送る。
大型輸送機一機に載せられ、ゼフィランサスはついに北極基地を飛び立ったのだ。
輸送機内の余ったスペースは測定技術員や整備メカニックが使う。
ただしこれにもちょっとした波乱があった。
携わる整備士は今回の出撃に少しばかり不満がある。手順無視でいきなり危険な戦場行きを命じられ、しかもそれがパイロット個人の意向が発端だとは。しかしながら正規の連邦整備兵は心に思うだけで口にすることはない。軍人として命令に従うのが当たり前だからだ。
だがそこにいるのは連邦兵だけではない。
このゼフィランサスは元々連邦軍技術部での開発ではなくアナハイム・エレクトロニクス社の開発物であり、そのため幾人もの社員が出向いて最終整備に就いていたのだ。アナハイム・エレクトロニクスはゼフィランサス完成に乗り気ではないが作った責任を取るのは当たり前である。
かつてニナ・パープルトンが主任として携わっていたものだが、開発中止と共にそれは去り、再び開発が始まった今はメッチャー・ムチャという男がその地位にいる。
「行きたくないな! あんなジャズ野郎に付き合ってなぜ行かなくちゃならない」
そう言って、新米の部下へ役割を押し付けて送り出そうとした。
一方その新米部下であるエマリー・オンスは、アナハイム・エレクトロニクス社に入ってわずか数カ月ではあるが、高いメカニック能力を買われて抜擢されていた。
度胸もあるエマリー・オンスはむしろ面白い機会とばかりに任についた。皮肉なことにメッチャー・ムチャは自分だけ基地に残るつもりだったが結局のところ逃れられず同行することになる。
北極基地からの輸送機は、連邦ポートモレスビー基地部隊の位置を刻々と伝えられながら襲撃の機会を伺う。
一方、そのポートモレスビー基地部隊は大型輸送機八機、護衛戦闘機十機の大部隊で急行していたが、慎重さを崩すことはなかった。
互いに探知される距離まで来ても急襲はせず様子を伺い、編隊を広く展開させている。
この頃には連邦軍でも問題のジオン部隊がコンスコン大将指揮下にあるものと把握している。その力量が分かっている以上、下手な突撃は損失を増やすだけだ。おまけに、いずれここスリランカから移動するのが確実であれば、その時に追撃をかける方が確実と踏んでいる。
しかし、この我慢比べもジオン側の勝ちに終わった。
イオの北極基地輸送機が不用意に近付き過ぎたのだ。もちろんさっさと戦端が開かれないせいで焦ったからである。
ジオン側の迎撃の砲火が始まると、輸送機はやむにやまれず高度を下げ、ゼフィランサスを発艦させる。
「ヘイヘイ、ジオンのスクラップども、さっさと本物のスクラップになってもらおうか!」
出撃が予定より早くなったことはイオにとってラッキー以外の何物でもない。
突出の危険など顧みずイオがさっさと仕掛ける。
これが俺がガンダムの出現に驚くことになった真相である。もちろん驚いてばかりもいられず、直ぐに命令を発する。
「艦隊は撤退の算段だ! ガトー、隊を広く展開させて奴を足止めしてくれ! 伏せながらの遠距離射撃で近付けさせなければそれでいい」
そんなことは言うまでもなかった。ガトーも分かっている。ガンダムがどれほど恐ろしいかを。もちろん、シャアも含めて誰もが知っている。
ララァ・スンもまた愕然としながら呟きを漏らす。
NT能力でパイロットの正体をおぼろげながら感知していた。
「あれは…… 前にわたしがア・バオア・クーで対戦したパイロット…… やはり生きていたのね」
地表にビームが飛び交う。
圧倒的にガトーの隊のビームが多いのに、それでもガンダムを止められない。シールドを上手く使うこともあるがとにかく動きが速いのだ。そのため射撃で捉えられない。特に足で地面を蹴って急角度で移動するのは恐ろしくパワーが強いせいに違いない。
ガトー隊に初の犠牲が出た。宇宙とは違い、爆散に伴い轟音が響き、ついで欠片が放物線を描いて地表に落ちる。
その時、俺は別のところから通信音声を聞いた。
「こちらダリル・ローレンツ。コンスコン司令、出撃許可願います! あいつがかつてのガンダムパイロットなら、因縁があります!」
「む、そうか、ダリルに出撃を許可する。射撃で加勢してくれ。頼んだぞ!」
こうして俺はダリル・ローレンツにも出撃を命じた。その間にも続けて犠牲が出ている。ガトーは隊を上手く取りまとめて距離を取らせようとしていても、かいくぐって前進してくるガンダムによって徐々に詰められている状況だ。
そこへダリルのサイコ・ドムが加わる。
「サンダーボルトでリビング・デッド師団を殺ったのはお前か! 仇は取らせてもらう!」
普段は優しい表情を保ち、感情を抑える男、ダリル・ローレンツが思いがけず声を上げる。かつてサイド5サンダーボルト宙域を守っていたダリルの仲間たちのほとんどはガンダムの急襲によって面白いように塵へ変えられた。
ダリルはジャイアント・バズを続けざまに撃ち、驚くべき正確さでガンダムの進路を捉える。
それらは全てガンダムの高機動により寸前で避けられてしまったが、実はダリルの予測の内だった。
「なっ、これが狙いか! ジオン野郎め、下らねえことしやがって!」
土煙がもうもうと巻き上げられているではないか。地上戦ならではの光景だ。
ビームではなくジャイアント・バズのような実体弾は着弾と同時に爆発し、盛大にスリランカの赤土を吹き上げた。
ダリルは意気込みは強いが冷静であり、土煙を利用してガンダムの視界を奪い、機動力を封じる策を講じていたのだ。
土煙が薄くなった瞬間、ガンダムを狙い撃つ。それで終いにする。
だがしかし、今度はダリルが驚く番だった。
ガンダムは視界の取れないまま一直線に突っ切り、突進を始めていた。
イオも馬鹿ではない。その陰には計算がある。
突進の方向には一番手近なジオンのザンジバル級がいる。エンジンをかけているがまだ地上を発進していない。ならばそれを守る以上、その方向にいたジオンMSは動かないと踏んだのだ。
その通り、ガルバルディ改一機がたちまち接近されイオによるビーム・サーベルの餌食になる。
今はジャイアント・バズを使えない、そう踏んだダリルは迷いもせずヒートホークを手に接近を図る。
「向かってくるのか。接近戦とはいい度胸だジオン野郎。ムーアの仇はとりあえずお前から取らせてもらうぜ!」
イオ・フレミングはアースノイドの出身ではない。故郷はサイド4ムーア、この戦争の初期に壊滅させられたコロニーの生き残りである。その元凶であるジオン相手に戦意は高い。
今、このガンダムタイプMSゼフィランサスの性能を得て、絶対の自信と共に戦いに臨む。
イオのゼフィランサスとダリルのサイコ・ドムの接近戦は見る者を驚かせた。俺はダリルの射撃能力にばかり期待し、接近戦をさせるなど考えてもいなかったのだが実際の様相は異なるものだった。
むろん、ゼフィランサスのパワーが目を引く。あの重量級のドムが押し負けるのだ。パワー、推力、絶対的な性能ではドムが敵うはずはない。
しかし細かく見ればサイコ・ドムの反応性にこそ最大の驚きがある。
動き始めの反応性が段違いに鋭く、まるでMSではなく人間そのものに見える。さすがはサイコ・リユース・デバイスの力、それを可能にした再生医学の権威カーラ・ミッチャム教授だ!
そこだけとればゼフィランサスさえ上回る。
特に防御において俊敏な反応性が活かされ、ゼフィランサスのビームサーベルが幾度も空を切らされる。
そのため本来鈍重なはずのドムが体勢を入れ替えながら攻撃をいなし、隙を伺う構図だ。
しかし最初こそ拮抗していたが、残念なことにダリルの劣勢が明らかになってきた。
何のことはない、反応性が優れていてもドム自体のパワーが足りなければ大きな動きはできない以上、ゼフィランサスとしては下手に狙いすました攻撃ではなくゆとりを持たせればいい。つまりわざと大振りにすれば、いずれ攻撃は届くと気付いてしまったのだ。そしてゼフィランサスはそのビームサーベルも性能が高く、ドムの装甲などいともたやすく斬ってしまえる。
しかしこの瞬間、別なところから一閃がひらめく!
ガトーだ。
この戦いをしっかりと見据えていた。