さすがはガトーだ。
この二人の戦を横から観察し、イオがダリルに手を焼き攻撃が雑になるのを見逃すはずはなかった。イオのゼフィランサスがビームサーベルを大振りした最終到達点、その瞬間を捉えガトーが鋭く斬り込む!
ゼフィランサスの左腕が斬られて飛んだ。
さすがに最新鋭ガンダムタイプMSゼフィランサス、とっさの反応も素早かったがそれでも片腕を犠牲にして守らざるを得なかった。
「くそっ、俺のゼフィランサスが、こんなところで!」
しかしイオの戦意がかき消されることはなく、むしろ強引に踏み込み、まだ右腕に持っているビームサーベルを思い切りよく横薙ぎにした。
それがダリルのサイコ・ドムを捉えてしまう。
ぎりぎりコックピット上限を斬り払われたサイコ・ドムは爆散はしないまでも機能停止に追い込まれる。
イオはその一撃を終えると大きく後ろに跳んだ。新たな敵であるアクト・ザクに対し、例え片腕がなくとも戦って負けるとはまるで考えていない。しかしながら、さすがにこの損傷はまずい。戦いの推移に関わらず機体の保全が最優先、基地司令からあらかじめ厳命されたことであり、万が一にもそれ以上の損傷はいけないと今さら思い返す。
ここでの戦いは、戦局には意味がない単なる個人的な感情の問題であり、この異常なほど強いドムになんとか競り勝ったことで充分とする分別があった。いったん輸送機への後退を選択し、ゼフィランサスの大推力で戻り始める。
一方、戦場はますます広がり混迷を深めていたのだ。
ジオン側の混乱を見てチャンスと思った例の三人組が輸送機を突入させ、無謀にもジム・コマンド三機で乗り込んできてしまった!
「本当にいいのかよ…… こんなこと仕出かしちまって。俺は出世したいんだ! 責任とってくれよ、ジェリド、エマ」
「カクリコン、文句は後で聞くから黙って戦え。とりあえず生き残れよ」「あんたの出世なんて知らないわ。MSで修正されたい? カクリコン」
「二人とも、つ、冷てえ……」
おまけに機を窺っていた連邦ポートモレスビー部隊もたまらずこれに加わる。
「何だあれは!? 無茶が過ぎるぞ! いったいどこのアホウどもが仕掛けた」
「し、司令、あれは香港基地の輸送機です。特に事前連絡は受けていません」
「…… 見殺しにもできん。全機、包囲網を縮めろ。MS発艦用意だ」
ポートモレスビーの部隊司令は、先日の捕虜交換でやっと連邦軍に復帰し、その任に就いたばかりのヘンケン・ベッケナーだった。
今は思わぬことに頭を抱える。
コンスコン大将の機動部隊が柔なはずはないと知り尽くしているからだ。
その三人はというと、さすがにガトーらのジオンMSに正面から対決するのを避けた。そして別方向からジオンのザンジバル級を狙ったのである。
普通ならそんなことができるわけはないが、誰もがイオのゼフィランサスに目を奪われていたのが幸運だった。死角からザンジバル級を狙える位置にまで急進できてしまったのだ。
三人は乱射し、そのうち一発が今まさに推力を出そうと点火したばかりのエンジンに吸い込まれた。
戦場に大音響が響く。
一隻のザンジバル級が片舷エンジンを失う。そればかりかエネルギー供給系統に沿って燃え広がり、消火活動が間に合いそうもないことは一目で明らかだ。
おまけにこのザンジバル級が艦隊の旗艦だったとは、俺にはとうてい笑えない話だ。
「くそっ、やられたか。どうだ、この艦は持ちそうか」
「コンスコン司令、残念ながらそれは無理かと……」
「仕方ない。総員退避だ。直ちに別の艦に分乗しろ」
緊急退艦するのはソロモン以来だな、などと俺は考える。
手早く所定の手続きにのっとり熱核エンジンの臨界解除と閉鎖、そして自沈用意を終えていく。ついで艦乗務員やMS整備要員、そしてここまでの降下作戦で連邦基地からジオン側へ連れてきた者たちを退艦させる。
ここで思わぬトラブルが発生してしまった。
彼らの中に、この移乗騒動が絶好のチャンスとばかりに逃亡を試みる者がいたのだ。それは捕虜として連れてきた連邦オーガスタ研究所の科学者たちだった。
その一団が周りの制止を振り切って駆けだす。
途中、研究所で実験体だった者にも声をかけたようだが、もちろん科学者の声に従うものなどいるはずがない。
「こんな炎上する現場に、科学者たちが戦闘服も着ないで…… しかし今さら呼びかけても投降はせず、かえって逃げるだけでどうしようもない。銃撃をかけるまではしなくていい。深追いするな」
俺は多少甘いとは思ったが逃げるに任せた。それが逆に彼らの不幸になってしまったのは、ある意味仕方がない。
やはり科学者たちはこんな事態での動き方など知りはしなかった。
俺やジオン兵は皆、脱出ハッチから出れば速やかに機首方向へ移動している。しかし科学者たちは逃げることばかり考え、それとは逆の方向に向かっていたのだ。だがそんな艦尾近くこそエネルギー機器が多くて危険なのである。
これを見ていた例の三人組のジムは、はっきり事情を理解したわけではないがジオン艦の周囲に人が残っているのを確認した。しかも、今にも爆散しそうな艦尾の近くに。
ジムで更に近付こうとしたが、今までの幸運を使い果たしたかのごとく不運が待ち受けている。
コンスコン機動艦隊の旗艦に連邦MSが近付けば、迎撃のために周囲が動かないわけがないのだ。
そしてもっとも速いのは、速さがトレードマークのあの者しかいない。
「げえっ! 赤い彗星!!」
カクリコン・カクーラーのジムの正面に赤いゲルググJ改が滑り込むように立ちはだかる。
続けて「嘘だろ!?」という言葉を口にする時間もない。
ゲルググJ改が間髪を容れずにカクリコンのジムを斬り裂く。だがそのジムは赤い彗星を認めた瞬間から腰が引けていたおかげでコックピットまでは斬られず、大破で済んだ。自分が斬られたような感覚に見舞われ泡を吹き、死んだと思ったカクリコンだが、落ち着けば脱出はできる。
そしてさすがにシャア、残り二機のジムもまた一瞬で無力化した。学徒兵が三人集まって意気込んでもあのシャアに敵うはずなどないのだ。
ゲルググJ改はカクリコンのジムを斬った一瞬後、力を溜め、脚部から腰、肩に力を伝達し強力なショルダーチャージを仕掛けた。
それは先ずエマ・シーンのジムを吹き飛ばす。
軽くてパワーも弱いジム・コマンドはひとたまりもない。
ついでエマのジムはジェリドのジムに当たり、玉突き状態になる。赤い彗星の出現に慌ててビームサーベルを取り出そうとしていたジェリドのジムは重心も高く、あっさり弾き飛ばされた。
そして手荒く横倒しになってしまう。
しかしちょうどそこがジオン艦の近くでもあった。
その一瞬後のことだ。
ついにジオン艦のエンジンが爆散した。
一気に膨張した熱風が周囲を薙ぎ払い、MSにさえダメージになるほどの激しさで襲いかかる。
艦の周囲にいた科学者たちはあっさり宙を舞い、焼き焦がされる。オーガスタで副所長であったローレン・ナカモト博士なるものもここで命を失う。
だが、たった一人だけは別だった。
驚くべき反応力と跳躍力でジェリドのジムの陰に滑り込んだのだ!
それは実験体の中で一人だけ科学者と同調して逃走を選択していたマウアー・ファラオである。
彼女だけは科学者たちに恨みも恐れもなく、そしてジオン側についていくつもりもなかったからだ。
しかしながら、いったん爆風をジムによって避けたものの移動しなければいずれは延焼が及ぶ。
当然マウアーはジムから背を向け走り去ろうとしたが、ふと振り返った。赤い炎に照り返されたジムのコックピット辺りを注視する。
「このジムはどうなっているんだ? パイロットがまだ居る?」
そうマウアーがつぶやいた通り、ジムの中ではジェリド・メサが格闘していた。タイミング悪くビームサーベルを半分抜いた状態で飛ばされたせいでジムは故障し、横になったまま動けない。
ジェリドは諦めて脱出を図ったがそこで重大な問題に気付いた!
ちょうどエマのジムがぶつかってきた場所が悪く、ハッチすら歪んでしまって充分に開かなくなっていたのだ。わずかな隙間が開くだけで通り抜けられるほどにならない。
スイッチを幾度押してもそれ以上開かず、ジェリドは次第に焦らざるを得ない。
そんなジムを外から見ていたマウアーも異変に気付いている。ハッチが幾度も少し動いては戻るのを見れば、パイロットが脱出しようと悪戦苦闘しているに違いない。
「世話が焼けるっ!」
マウアーは駆け戻り、ジムへ跳躍するとそのハッチに手をかけた。
「おい、パイロット、直ぐにここにも火が来る。ハッチが開かないのか?」
「そ、そうみたいだ。早く開けたいんだが」
「ではこちらからハッチを引っ張る。そっちからも押せ!」
「このハッチをか? けっこう歪みがきついぞ」
「黙ってやれ! 死にたいのか」
そして二人が協力して力を込めると、ようやくハッチの隙間はジェリドが抜け出せるほどに広がったのだ。その後マウアーに引かれてジェリドが脱出できた。
すると次にマウアーは何とジェリドを抱いたままジムから飛び降りた。それは急ぐためイチかバチかでやったというような切羽詰まった感じはなく、当たり前のようにしてのけた。ジェリドは自分の格好悪さも忘れて感嘆してしまう。
「これは驚いた! 凄い筋力だ。いったいどうなってる」
「いつまで私の腕にいるつもりだ。さっさと逃げるぞ」
そして二人はようやく危険地帯から脱する。同じように脱出したカクリコンやエマ・シーンが見えるところまできた。
「私はマウアー・ファラオという。ムラサメ研究所にいた。ジムのパイロット、これはおあいこということだな。こちらはジムがあの場所に倒れていたおかげで死なずに済んだ。礼を言う」
「俺はジェリド・メサ。連邦軍香港基地所属の学徒兵だ」
「……」
ジェリドは、少女の雰囲気を持たないわけではないが不思議に大人びた顔立ちのマウアーに釘付けになってしまう。
するとマウアーは表情を少し険しくする。
「どうした。礼を言わないのか。おあいこだと言ったろう」
「あ、ああ、そうか。こっちもジムのハッチを開けてくれて本当に助かった。済まない」
「それでいい。素直なのは、いい男になるための第一歩だからな」
そこで初めてマウアー・ファラオは深緑色の髪を揺らし、年相応の微笑みを浮かべる。
それが最初だった。
この戦争でもその後でも、はるか未来まで続くジェリドとマウアーの付き合いはこうして始まったのだ。