一方、その頃イオのゼフィランサスは後退している。
戦闘力を失ったわけではないが斬り落とされた左腕の損傷が心配である。そこからのエネルギー漏れが続き、それが原因で損傷が拡大したらしゃれにならない。万が一コア部分にまで及べば、イオの失態どころの話では済まず連邦軍全体にとって取り返しがつかない。
戦場からやや離れた場所に停泊している輸送機のところまで戻っている。一気にゼフィランサスの大推力を使って高速移動をしたことでジオン側が追ってこれないと踏んだ。
それは完全に間違いだったのだ。
追っているガトーのアクト・ザクは確かに引き離され見失いはしたが、ガトーの戦場で培われた勘をごまかせることはない。そういう戦場心理なら深い駆け引きもできる男である。
むろん、ジオン側がコンパクトに守備隊形を敷いている今、本来ならそのMS隊長であるガトーがそんな深追いなどするはずがない。ジオンMSは今、ザンジバル級の撤退支援が最優先事項なのだから。
だが、ガトーはその先を見ている。
連邦のガンダムタイプMSがこの先も計り知れない脅威になることを分かっていたのだ。ガンダムというものはいつだって戦場を一変させる力がある。
コンスコン司令も同じことを考えるだろう。それは聞くまでもない。
このまま逃すことなく、深追いしてでもガンダムを叩き切るべきだと結論付けた。幸いにもガンダムを左腕を失う中破状態に追い込めたのだ。今ならそれが叶う可能性がある。
方向に当たりをつけながら探索し、ついに連邦輸送機を発見できた!
一方、イオのゼフィランサスはその時緊急メンテナンスの最中だった。
万が一の暴発を考えてそれは輸送艦内ではなく、傍で行っている。
メカニックが左腕切断部分を探査し、先ずはガス冷却をかけてあらかた冷やし、ついでエネルギー経路を最適な順番で落としていく。それが終わった後、丁寧にショート部分を封じていくのだ。
「ふう、電磁漏れは止まった。スパークはないし、とりあえずはこれでいいわね。応急の応急だけど仕方がないわ。左腕だけなら基地の予備パーツを使えばなんとかなるし」
そう言うのは作業に当たっていたエマリー・オンスである。
彼女は夢中になりながら的確な処置を講じていく。火花から出るオゾンの匂いも嫌がらず、その短いブロンドが煙によってたちまち煤けて黄色と茶色のまだらに変わってしまうのを気に掛けるそぶりもない。
対照的に上司のメッチャー・ムチャは手伝うどころか輸送機から出てくることもしていない。勝手に突出し、連邦ポートモレスビー部隊との連携も不十分なまま戦ってしまい、その挙句中破を受けて戻ってきたイオに対する怒りで不貞腐れていたのだ。なぜそんな奴のために手を汚して整備しなくてはいけない!
現場に出ていたのはエマリー・オンス他わずか数人、しかも最後までやり切ったのはエマリー・オンスだけである。彼女にとってどんな理由で緊急整備するのかは関係ないことで、忠実にやるだけだ。というより元からメカ整備が好きなのである。
腕利きメカニックの彼女が一人でどんどん作業を進めていった。
ガトーは連邦輸送機を認め、そこにガンダムがいると踏んだが、全くその通りガンダムタイプMSが輸送機のすぐ側にいた。
直ちに急襲をかける!
本当ならばそっと近付き、必殺の間合いに踏み込んでから撃ちかけるべきだろう。しかし、相手はガンダム、索敵範囲も未知数である以上あまり慎重になっても機を逃すことになる。この難しい選択、ガトーは接近しながら攻撃することにした。
ガトーのアクト・ザクはビームを撃ちながら全力で疾走し、ガンダムに迫る。
残念なことにビームは外れてしまったが、それでも勢いに任せて突っ込む。最後はビームライフルを捨てビームサーベルを抜き放つ。
その時イオはゼフィランサスを降りることなくコックピットにいたが、大音量でジャズをかけて目を閉じていた。
これがイオなりの精神安定法である。
中途半端で終わった先の戦いの高ぶりを鎮めるためだ。
イオをよく知る者なら問題ないが、そういう姿がイオをよく知らない人間から見たらふてぶてしい態度に見え、例えばメッチャー・ムチャの反感を買ったりするのだが仕方がない。
しかしこの場合はそうしているべきではなかった。
せっかくのゼフィランサスの広範囲索敵機能、そのアラームに対する反応が一歩遅れてしまったのだ。
そのわずかな差によってイオは急いで全機能起動にかかるがアクト・ザクの接近を許すことになる。
ガトーのアクト・ザクはビームサーベルを手にして躍り上がる。一直線にガンダムに迫り、もう遮られることはない。
そのガンダムはまだ動き出さず、ここで両断してしまえる、はずだった。
だがガトーはアクト・ザクのコックピットから見てしまう。
ガンダムの周囲に整備兵が残っているではないか。
だからどうだということはない。整備兵とはいえ連邦兵であることに変わりはなく、逆に一人でも多く斃しておいた方が戦略的利益になるのは当たり前のことである。
しかし、ガトーは一瞬ためらってしまったのだ。
整備兵というものは危険な戦場の真っただ中に出て、パイロット並みの危険を甘受しながらも自分で戦ったり運命を決めたりはできない。自分の努力にほぼ関係ないところで、偶然や運命によって生き残ったり、死んだりする。それはMSパイロットの生き死にとは別次元ともいえる理不尽なことではないか。
そのためガトーは連邦整備兵に対してもただの巻き添えで犬死にさせることをためらう。
ここでガンダムを斬れば間違いなく整備兵も死ぬ。宇宙での大会戦ならば真っ先に連邦空母を狙って沈め、MSの帰る場所を整備兵もろとも屠る戦法を使うことはよくあること、むしろ普通だ。
いや、そもそも兵が死ぬこと自体珍しくもなんでもないではないか。戦争だからそれが当然で今考えていることなど単なる偽善に過ぎない。
しかし、そうだとしても。
ガトーの見た連邦整備兵とは、正確にはアナハイム・エレクトロニクス社から出向してきたメカニックなのだが、もちろんエマリー・オンスのことだ。
エマリー・オンスは整備に集中し過ぎていたため退避が遅れてしまった。ゼフィランサスの出力ゲージが跳ね上がったことでその起動に気付いたほどである。
そしてこの瞬間、敵ジオンMS、アクト・ザクを目の前に見る。
おまけに凶暴なエネルギーを撒き散らすビームサーベルを眼前にしてしまったのだ。そこで体は固まってしまう。
しかしあっさり死んでしまう予感に反し、ジオンMSは斬りつけてこなかった!
ゼフィランサスを斬るチャンスに動きを止めている。
それがどうしてなのか、言葉によらずとも分かっている。
この刹那、ジオンMSのモノアイがエマリー・オンスへ真っすぐに向いていた。
それは正に一瞬だけのことで、驚くべき速さで起動したゼフィランサスはすぐに立ち上がり、残った右腕でビームサーベルを引き抜く。イオももちろんエマリー・オンスを認め、それを傷つけぬよう一歩ずらし、そうしたところでガトーのアクト・ザクと対峙する。
そこからはガトーが激しく斬りつける。
だがゼフィランサスは防御も強くパワーも段違いだ。それが動きの速さにつながり、何と右腕一本でも互角以上に戦える。
ガトーは容易に勝つことはできないと悟った。むしろ少しづつ押されてきているほどである。
戦いは十合を超えてなお続く様子だったが、突然終わりを告げた。
仕掛けたガトーの方が急な撤退に転じたのだ。
その理由、上空高くジオン側の信号弾が上がったのを感知した。明滅と色が教えるものは、全機急速撤退の命令だった。その意味するところはたった一つしかなく、ザンジバル級の離陸が始まっている。
ガトーのアクト・ザクは機を見て後ろに跳び、ゼフィランサスもそれを追うことはない。
決着は持ち越された。
どうせ避けることはできない。いずれ行われる宇宙での戦い、そこに勝負は預けられた。
ガトーは最後に当然の戦術を実行した。このガンダムタイプMSは損傷のため追ってこないように思えるが、それでも確実に足止めしておかなくてはならない。
連邦輸送機が飛び立てないようダメージを加えるべく、そっちの艦橋にビームをお見舞いする。
これにより偶然にも艦橋に出ていたメッチャー・ムチャの方が直撃を食らって戦死してしまう。何とも皮肉な巡り合わせだ。
ガトーのアクト・ザクがザンジバル級のところに帰り着く。
そこで見えたのは奇妙にロケットブースターをくっつけられたザンジバル級である。
実はそこにもドラマがあったのだ。
「コンスコン司令、ブースター届きました! 艦数分あります!」
「よし、間に合ったぞ! 弾幕をもっと濃くして、降下されるブースターを守れ」
オペレーターがそう叫んだ。
俺はしてやったりと思った。実はザンジバル級用のロケットブースターはいつでも宇宙から地表に投下できる態勢にしておいたのだ。衛星軌道上にコンスコン機動艦隊副司令のデラミン准将を配してあり、その中の輸送艦には必要充分なロケットブースターを用意させている。
もちろん、最後までロケットブースターを使わずアフリカ・キンバライド基地に行ければそれに越したことはなかったのだが、予定外のことがあれば直ちに高々度へ退避するための策は怠っていない。ブースターの中でも最も小型のタイプ、それが今やっと届けられたのだ。
連邦側もこれを黙って見ていることはない。
敵部隊司令ヘンケン・ベッケナーもまたひとかどの人物だ。一目でジオン側の意図を見破る。
「む、今のはたぶんロケットブースター、なるほどそれを使って退避する気だな。そうはさせない。猶予を与えぬよう、直ちに攻勢を強めろ!」
こうなれば時間との勝負だ。
しかしジオン側に一つ問題点があった。
「コンスコン司令、作業には多少の時間がかかります。ロケットブースターを艦体へ連結するには」
「そうか、猶予はないのだが、どれくらいかかる」
「妨害が無いとしても、少なく見積もって50分程度かと」
「無理だな。そこまで防衛網を支えきれん。どうにかしないと……」
そこで俺は考える。無茶な発想は実は俺の得意だ!
「そうか、要するに艦にブースターをくっつけてしまえばいいんだ。それなら別にアタッチメントを用意するまでもない。もっと手っ取り早い方法がある」
「し、司令…… それはいったいどんな……」
「ロケットブースターを艦体の金属部分に直接くっつけろ。慎重に、溶接で」
「よ、溶接? しかし溶接といってもそれこそドックもないのに、どうしたら……」
「MSがあるじゃないか。それのビームサーベルを使うんだ!」
「ええっ、斬るためのビームサーベルを溶接に!?」
発想が突飛過ぎてオペレーターには通じなかったようだが、俺の意図はツェーンが理解してくれた。
「コンスコン司令が考えることって…… まったくもう、前はドムで連邦の鏡の兵器を蹴り飛ばしたこともあったけど、今度はMSで溶接作業…… ほんと無茶を言ってくれるわね!」
ツェーンの隊は次々にザンジバル級の艦体にロケットブースターを留めていく。そんな用途にビームサーベルの熱を使うなど正に想定外だろう。簡単なことに見えるが、下手に時間をかけ過ぎて熱が溜まればロケットブースターそのものが燃えてしまう。そこを何とか器用にやってのけてくれた。