コンスコンだけど二周目はなんとかしたい   作:おゆ

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第九十一話 一目で

 

 

 溶接作業は終わり、これで間に合う!

 

 ガトーが戻って合流してきたのはこの時だった。全てのMSを収容し撤退開始である。

 艦に付けられたロケットブースターに火が入ると次々に飛び立っていく。

 

 一気にスピードに乗り、超音速になれば連邦の部隊も手の出しようもなく、連邦のヘンケン・ベッケナーは見送るしかない。

 

(さすがにコンスコン大将、脱帽だ。まともに戦うのも小技もどちらもこなすとはな)

 

 

 ザンジバル級各艦はたちまちのうちに対流圏から成層圏、そして中間圏まで高度を上げていく。今回のロケットブースターは小型のものであり、宇宙まで上がれるほどの力はなくここで役割を終えるのだが必要充分な仕事をしてくれる。

 このスリランカの戦いで俺はMSのいくばくかと旗艦のザンジバル級一隻を失ってしまった。おまけに捕虜の半分に逃げられてしまうことにもなった。

 しかし撤退には成功したのだ。

 

 一安心してから俺はガトーの報告を聞いている。

 もちろんそれは俺が見ていないところの話、ガトーのアクト・ザクが連邦のガンダムタイプMSを追って行った戦いに関することである。

 ガトーは武人らしく、何も付け足さず、削ることもなく報告してくる。とても不器用な男だ。

 

「……一瞬、連邦整備兵の方に気を取られてしまい、みすみすチャンスを逃しました。そうでなければ撃破できた可能性があったのにも関わらず」

「そうかガトー。しかし、終わったことは仕方がない。それに間違いでもなんでもない。俺が同じ立場だったとしてもやっぱり同じことをしただろうな」

「しかしここでガンダムを逃したのはあまりに大きく」

「間違いではないと言ったろう。人を常に最大限殺していくのなんて機械じみたことで、人間のすることじゃない。戦争中に言うのもなんだが」

 

 話はやはりそこになる。ガトーが言うのは連邦のガンダムタイプMSを仕留めそこなったことに尽きる。

 ガンダムを撃破できなかったこと自体は大変に残念なことではあるが、かといって経緯も動機もおかしなことはない。

 俺が言ったことは本心だ。報告を聞いた俺もまたガトーと同じ気持ちだ。連邦がわざと若い整備兵を置いて同情を誘ったのならともかく、単にタイミング的にそうなっただけではないか。

 それでいい。

 常に公明正大、それがガトーという男だ。

 それを誰が違うと言えよう。

 

「なあにガトー、次にガンダムを倒せばいいんだ。簡単にいかないのは当たり前だが、成し遂げる方法ならちゃんと考えておく。それが俺の仕事だ。任せておけ」

 

 とりあえずガトー君がまた感動してくれているようだから、それで充分!

 太っ腹に見せかけたが、ガンダムを撃破するアイデアなんて思いつくわけがないけどな! あったら俺の方が教えて欲しいよ!

 

 

 

 それと同じ時刻、今度は輸送機の方の応急修理を始めていたエマリー・オンスもまた考えている。

 精密な手作業をしていながら上の空というのも器用なことだ。

 それはもちろん自分を見て攻撃を控えたジオンMS、そのパイロットのことで頭が一杯なせいである。パイロットが誰かということは、その後真っ先にデータベースを検索したので知っている。敵方の情報であってもアクト・ザクは極少数であり検索は難しくない。

 

「あのパイロット、アナベル・ガトー少佐…… ジオンにも良い人がいるのね。今度ミリィにも教えてあげないと」

 

 そんなことをにやけながら言っている。ミリィとはエマリーの後輩に当たるアナハイム・エレクトロニクスのメカニック、ミリィ・チルダーのことだ。エマリーはおさげ髪でとても幼く見えるミリィ・チルダーを可愛がり、普段から仲良くしている。

 ただし、エマリーはミリィ・チルダーから思い込みが強すぎるとやんわり言われたことが一度ならずある。

 それが今まさに杞憂でなくなってしまったのだ。

 

「ガトー少佐、これは運命なんだわ…… そこに私がいたのも、助けてもらえたのも。ふふっ、あなたはメカニックを好きかしら。私はあなたにきっとまた会える、いいえ、また会うのよ」

 

 

 

 一方、別の場所では少しばかり緊張感があった。

 連邦軍ポートモレスビー部隊司令ヘンケン・ベッケナーがあの学徒兵三人を詰問しなくてはならない。

 

「ヘンケン・ベッケナー中佐だ。初めに確認するが、カクリコン・カクーラー、エマ・シーン、並びにジェリド・メサ、三人とも香港基地所属の学徒兵で間違いないな」

 

 むろん三人は緊張する。

 将帥でなくとも中佐というのは学徒兵にとってすれば充分に雲の上の存在だ。

 

「全く、無茶を…… 追跡許可もなくスリランカまで来たというだけで重大な違反行為、それは分かっているな。どう言い繕ってもそれしか言いようがない。それだけではなく、結果としてこちらの攻勢の足並みを乱し、作戦に変更を強いることになった」

 

 何も弁解できるものではなく三人は神妙にしているほかない。もちろん若者らしい無鉄砲な面が出ただけで、敵ジオンを叩きたいという動機は純粋であり、決して悪いものではないのだが。

 

「だいたいにして学徒兵は学徒兵らしくできなかったものか」

 

 

 だがそのセリフが言われた瞬間、エマ・シーンにスイッチが入ってしまった!

 

 エマの目に力が入る。それだけではなく手にも力が籠る。

 そこで慌てたのは横にいるカクリコン・カクーラーだった。長い付き合いで雰囲気からエマの心理状態が手にとるように分かる。

(げ! ま、まずい! エマ、無茶しないでくれよ! 頼む、お願いします!)

 全く同じ理由でジェリド・メサも冷や汗を流している。

(堪えてくれエマ! 相手は中佐だぞ、「修正」は絶対ダメだからな! その気持ちは、そうだ後でカクリコンにでもぶつけてやれ)

 

 カクリコンとジェリドは元から仲が良かったが、二人の思いがこれほど一致したことはない。

(エマぁ、ここで「修正」はダメだぁぁ!!)

 

 

 むろん二人ともエマ・シーンの主張したいことは理解できないでもない。

 たかが十隻にも満たないジオンの一部隊にいいように振り回され、何もできないでいる連邦軍が歯がゆかった。それも地球という連邦軍のホームグラウンドなのにさんざんやられたとは。

 だから思わず突出してしまったのだ。

 こんな体たらくではなく、まともに連邦軍が勝っていればそんなことをする必要もなかったのに。

 しかしここは階級が絶対である軍、そんな気持ちのままエマが手を出したらとんでもないことになる。三人の未来がそこで終わってしまう。

 

 

 だがその雰囲気を読んだのか読んでいないのか、次の言葉でこの場は収まった。

 

「おまけに最後はジム三機をまとめて失うことになった。これも損失だ。しかし説教はここまでにしよう。次は戦果についてのことだが、ジオン側に肉薄し、巡洋艦一隻を見事に沈めてくれた。これは大したものだ。おそらく今回のことでは功の方が大きく、少なくとも咎められることはないだろう。個人的に言えばあそこまで突出し、赤い彗星に対峙したというだけで褒めてやりたい気分だ。誰にでもできることじゃない」

 

 ヘンケン・ベッケナーの言う功は多分に偶然が絡んだ結果なのだが、しかし行動しなければ結果も生まれなかったのは確かである。

 

「俺からは香港基地にそう伝えておく。以上だ。何か質問はあるか」

「学徒兵ジェリド・メサです。ジオン艦から脱出したマウアーという者は、いったいどうなるのでしょうか」

「ああ、そうか。その者をジオン艦から取り返したという功もあった。はっきりしたことは言えないが、ムラサメ研究所は既に壊滅している以上、その者は隊に復帰するのではないかな。香港基地が一番近いわけだが、そこになるかどうかまでは分からん」

 

 それで話は終わる。

 ヘンケン・ベッケナーは退室していく三人を見ながら、考えていることは全く別のことだ。

 

 

(か、可愛い……)

 

 この心の声が漏れていないかさえ気になった。もちろんエマ・シーンについてである。

 一目惚れに近い。

 それほどヘンケン・ベッケナーにとってどストライクだったのだ。もうどうしようもない。濃いブラウンの髪をきっちり真ん中で分けているところも、澄んだ翠の瞳も、全てが可愛く見えて仕方がない。

 もちろん感情が豊かで分かりやすいところもいい。先ほどの話の途中で少し怒ったようになっていたのも透けて見えるなんてものじゃなく、丸分かりだった。その怒りやすいところさえ魅力的に思える。

 

 ヘンケン・ベッケナーは見かけよりずっと純情な男だった。ここでエマ・シーンに声をかけたりするのは控えた。部隊司令として当たり前のことである。

 しかしそのチャンスは後で回ってくることになるのだ。

 

 再び始まるジオンとの宇宙における戦い、そこに学徒兵も動員される。エマ・シーンらも優秀な成績を収めたパイロットとして当然それに加わることになる。

 そしてヘンケン・ベッケナーの指揮する強襲揚陸艦にエマが配属され、それが契機になったのだ。

 

 お互い第一印象は正反対のものだったが、いつまでもそうではない。

 特にエマは、カクリコンやジェリドから「あの部隊長はいい人だったな。普通なら嫌味たらしく何倍も説教するものだし、下手したら功績を横取りしたりするもんだ。公正で潔い人なんだろうよ」と言われ、そうだったのかと思い直している。「修正」はしないでよかったのだ。

 

 そして幾度も戦いを重ね、互いの能力を知るにつれ信頼が深まり、それと共に感情も変化する。

 ヘンケン・ベッケナーは結局のところチャンスを活かすことができた。

 

 

 


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