「よし、再降下用意! 各艦、角度調整、予定進路確認の上で同期かけろ! 途中でぶつかるんじゃないぞ」
俺はそう言って再び地球降下を命じている。
ザンジバル級各艦は小型ロケットブースターの力で高々度にまで到達したが、地球重力から脱するほどの能力はない。別にそれは必要ない。
いったんスリランカの連邦軍から退避し、今や眼下に見え始めているアフリカ大陸まで行ければいいのだ。
艦の速度はむろん速いが、この高度ならば気圧はほぼ無い空間になる。これならぎりぎりMSを艦外作業に使うことができる。これがもう少し下だったなら、空気の断熱圧縮による温度上昇にMSが耐えられなかったろう。
俺はMSたちを使い、ロケットブースターの溶接部を再び切って落とさせた。これで再降下の用意が整ったというわけだ。
これで地球降下作戦の最終目標、アフリカ・キンバライド基地にようやく到達できる。
すると俺の艦隊はキンバライド基地から熱烈な歓迎を受けた。
ジオン本国から久しくなかった応援が来たのだから当たり前だ。ここの将兵たちは劣勢の中、補給さえ受けられない中今迄凌いできた。自暴自棄になることなく、纏まりを崩さなかっただけでも大したことである。だからこそ全滅はしなかったのだ。
「これはありがたい! ジオン本国は我らを見捨ててはいなかったのか。ジーク・ジオン! 忠誠を守り、撤退を重ねながらも連邦に屈しない甲斐があった」
今も俺の目の前で二人の将が同音異句に礼を言ってきた。現在キンバライド基地を率いているユーリ・ケラーネ、ノイエン・ビッターの二人のことだ。
ちなみにこの作戦の直前、この二人とも中将昇進の内示が出されている。
見かけはさすがにジオンの猛将と豪将、どちらもたくましいものだな!
多少は引き締まったとはいえまだまだ柔らかい俺の腹とは大違いだ。
「ユーリ・ケラーネ中将、ノイエン・ビッター中将、こちらこそ礼を言います。ジオンのためよくぞ戦い続けてくれました。その苦労は察するに余りあります」
「敬語はやめてもらいたい。コンスコン大将、今はあなたが上官だ。しかもそれにふさわしく宇宙で活躍に次ぐ活躍だと聞いている」
相変わらずだな、そう言いたげに苦笑を返された。
少し前まではこの二人の方がずっと階級は上だったんだから急には直らない。俺としては微妙に腰が低くなってしまうのは自然なことだ。ちなみに二人は地球攻撃を主導したキリシア閣下の宇宙突撃軍に所属していたわけだが、もちろん俺も面識はあった。
「まあ、それは置いときまして、一刻でも早く宇宙へ撤退する準備をしなければ。ここに来たのはアフリカを制圧するためではなく将兵を宇宙に帰すためです」
「コンスコン大将、そうだろうな。それが一番合理的、ここで将兵たちがただ消耗していくのを見るのはもう耐えられない。理解はできるが、正直残念でないと言えば嘘になる。今までの我らの戦いが無駄でなかったと思いたいものだ」
「連邦をさんざん苦しめたのです。ここが頑張っていたからこそ灯台として地球表面のジオン残存部隊が希望を持てたのです。そして今、こうして間に合ったこと自体、地球での戦いが無駄でなかった証しでしょう。ここでの借りは宇宙で返せばいいだけでは」
「そうだな…… 宇宙で倍にして返してやるか」
「その通りです。さて具体案に入りますが、もちろんここに来たザンジバル級だけで将兵を収容できるわけはなく、衛星軌道上に用意させている往還機とブースターを降下させて使います。デラミン准将が必要な数を用意しているはずですが、先ずはここにいる将兵の正確な人数を把握しませんと」
「そのことならコンスコン大将、実は少しばかり問題がある」
俺はこの地球降下作戦を、大規模なザンジバル級艦隊を使って成し遂げる予定だった。
しかし結果的にはジオンの生産力ではザンジバル級を六隻しか新造できなかった。もちろんこの後に続く宇宙での戦いを見据えた場合、ザンジバル級は効率が悪く、その意味でも無理に作らせるわけにいかない。
そんな中、スリランカでの戦いで更に一隻失ってしまい、この状態では大して人数を収容できないのだ。そして時間的な問題でピンポン輸送など論外である。
次善の策としては往還機を使って一気にジオン兵を宇宙に還す。
俺の艦隊の役割は、往還機の発着する脆弱な時間を狙って連邦が妨害してくるのを排除することだ。そうでなければ防御が無いに等しい往還機はひとたまりもない。
しかしノイエン・ビッター中将はそれについて解決しなければならない問題を告げてきた。
「今、このキンバライド基地にいるジオン兵はわずか千五百人しかいない。他の八千人もの兵は基地周辺の防衛網に配備しているのだが、簡単には動かせない」
「ノイエン・ビッター中将、それはなぜ?」
「理由は簡単だ。連邦はつい最近ここからわずか三百キロという至近にキリマンジャロ基地を建設してしまった。そして大部隊を配置し始めている。もちろん連邦が本腰を入れてキンバライド基地とジオン兵を殲滅するために作った出城のようなもんだな」
「なるほど…… そんなものを」
「こちらはそれに対応し、防衛陣地を急遽作らざるを得なかった。そのキリマンジャロの連邦兵力を何とかしない限り、こちらはキンバライド基地に集合することすらままならない」
「分かりました。先ずはそこの連邦兵力を叩きましょう」
また戦わないでは済まされないようだ。
俺はガトー、ツェーン、シャリア・ブルなどの精鋭MS戦力を頭に入れてそう請け合う。地球表面なのでクスコ・アルなどのエルメス、ケリィのヴァル・ヴァロを持ってきていないわけだが、連邦基地に一撃を加えるだけならそれでも充分だろう。ついでにダリルのサイコ・ドムもまた先のガンダムとの戦いで大破してしまったが仕方がない。
しかしそこに思わぬ追い打ちがかかったとは!
ガトーのアクト・ザクがついに稼働不可になった。
アクト・ザクは量産されなかったため最初からパーツの補給がままならず、今までも綱渡りでやり繰りしていた。他からのパーツを細工して流用しながらここまでの激戦を戦ってこれた方が奇跡だ。そして先の旗艦撃沈でそんなパーツすら失われたのが痛い。
そして最後、宇宙ではあり得ない地球での砂塵交じりの風が各部を痛め、とどめになった。
まあ、いずれ予想された事態がその通りに起きただけとも言えるが、嫌なタイミングで起きたものだ。ちなみに別のアクト・ザクであるキャラ・スーンの機体も無理な高機動が原因で予備パーツは既に無く、間もなく稼働不可になる。
しかしそこで諦めたりなどするものか。地球での最後の戦い、そんな逆風をものともせずに勝ってやるぜ!
常勝のコンスコン機動艦隊だ(と思いたい)からな!
ただし冷静に考えると力押しでは難しい。
俺はオーソドックスに釣り出し戦法を使った。
先ずはキンバライド基地に残っている老朽化したザクを集めさせた。ただ動くだけという廃棄寸前のものも併せ、総数四十機は揃えることができた。
それをこれ見よがしに連邦キリマンジャロ基地の前に遊弋させたのだ。
向こうは当然これに食いつく。
元から連邦キリマンジャロ基地は守備をするための砦ではなく、攻勢のための前進基地なのだからそうなるだろう。弱い獲物と見て総数五十機ものジム・コマンドを繰り出してきたではないか。絶好の殴殺の機会に見えたに違いない。
これを見てザクたちは慌てて後退していく。もちろん擬態だ。
後は簡単である。
ザクを狩り立ててくるジム・コマンドの群れに頃合いを見て伏兵からの急襲を掛ければいい。その役割はシャリア・ブルが果たす。いいタイミングで麾下の隊と共に横合いから突っ込む。
むろんMS数は13機と少ないが、奇襲で隊列を崩されたジム・コマンドが相手、しかもこちらは段違いに性能の高いガルバルディ改とシャリア・ブルなのだから問題ない。
それよりも俺の驚きは違うところにあった。
実はガトーが旧式ザクに乗って釣り出しのためのザク部隊を率いてくれていたのだが、ガトーはただ逃げるだけではない。擬態が終われば機を見て逆撃を仕掛け、連邦のジム・コマンドを撃破していく。
通常にはザクマシンガンは軽戦車相手ならともかく、ジム相手には効果が薄いはずだ。それを的確に脆弱部を狙って通していくではないか。
さすがはガトーだ。
こうして連邦のジム部隊をさんざんに叩き、押し返すことに成功する。
同時にキンバライド基地へ上空から多数の往還機が降下してくる。空に咲くパラシュートの花が華やかだ。
だが、ここで連邦のキリマンジャロ基地はありったけの戦力を吐き出してきた。
一度は囮に釣り出されてしまい、したたかに打撃を被ったが、ここで怯むことはない。
ジオン側の狙いがおそらく往還機を守るためと知った。そうであるからにはもう一度でも仕掛けざるを得ない。それにおそらくジオン側はもう安心して撤退用意を始めているだろう。
今度は九十機ものジム・コマンドと支援機の群れだ。
しかしながらこれらもまた思わぬ奇襲を受けてしまう。
潜んで待ち構えていた別のガルバルディ改に襲いかかられてしまったのだ。
それは俺の用意させていたツェーンの隊と、今は副隊長カリウスの指揮しているガトーの隊である。
まあ、要するに俺は二段構えの伏兵を仕込んでいたというわけだ!
一度叩かれたくらいで連邦が諦めるなんて甘い予想などするものか。最初から二段に組んでいた。
短時間でも激しい戦闘が終わり、今度こそ連邦はジムの大半を失うことになる。
戦いの最後の最後に俺はシャア少将のゲルググJ改を登場させた。
赤い彗星の姿、これがとどめだ。これで連邦側は心を折られ、キリマンジャロ基地に引っ込まざるを得なくなる。もはや容易に出撃しようとは思わないだろう。
この一連の戦闘を見ていたユーリ・ケラーネ、ノイエン・ビッターの二人も呟く。
「どうだビッター、見ていたか。面白いように策が決まるとは…… さすがに大将になるだけのことはあるな。コンスコン大将、巧緻な策を使う。特に心理戦で逃れられない罠を作り出す」
「見事だ。伏兵となった隊の動きもいいし、それを信頼して任せるのも大したものだ。だが俺が見るところシャア少将を使うタイミングが一番の決め手だった。もちろん早く使えば連邦も警戒して安易に釣り出されることはなかったろうし、最後の切り札に使うことで連邦の戦意を刈り取るとはな」
さあ、これでいよいよ撤退の下準備が整った。
急いで全ジオン将兵の準備をさせるが、残念なことに宇宙に持って行けるのは人員だけのことだ。
航空機やMSまで詰め込むことはできない。もっとも、航空機や砲台などは地球上で使う以外に意味は無く、宇宙に持っていくわけがない。
問題はMSだ。しかし、それにしたところで今さらザクやグフなどを後生大事に持って行っても仕方がない。せっかくの人員に今後もそういう古いMSを使わせるつもりはないのだ。
ただしこれを言うと古参のジオン兵は大変残念がっていた。
彼らのMSを見ればよく分かる。
旧式のMSをメンテナンスし続けなんとか使用に耐えるように苦労を重ねてきたのだ。残っているMSは彼らの苦労の結晶といえる。煤け、汚れ、弾丸の痕を無理やり補修して塞いだようなMSばかりだ。当然それに愛着もあるのだろう。本当に地球表面でギリギリの戦いを強いられてきた彼らには頭が下がる。
さて、ザンジバル級にも今度は溶接などではなく、まともにロケットブースターを取り付けていく。そして再び轟音と共に上昇するのだ。
今度こそ本格的に地上から離脱し、もう戻ることはない。
もはや懐かしいとさえ思える星空の世界に帰る。
人類を育んできた地球よりも宇宙が懐かしいとはやはり俺は根っからのスペースノイドなんだろうな。
艦橋から見える景色についつい感傷的になってしまう。
高度が上がると空は暗くなり、そして眼前に地球が大きな青い球体として見えてくるが、それに圧倒されていた宇宙の漆黒が徐々に割合を増し、やがてそればかりの世界になる。
これで今回の俺の作戦は一切が終了する、そのはずだった。
だがそうはならない。
最後の試練が待ち構えていたのだ。
八隻ほどで構成される連邦艦隊が二組、先を争うように俺の艦隊に迫りつつあった。
それは連邦の低軌道守備艦隊などではない。はるかルナツーより発進してきたものだ。
それらの艦隊は戦術能力にひときわ優れた二人の連邦指揮官にそれぞれ率いられている。
「ワイアットの投げナイフ」
そう称される二つの艦隊が弧を描き、宙を切り裂く。