これらの連邦艦隊、率いるのは折り紙付きの優秀な指揮官である。
一人はガディ・キンゼー少佐、もう一人はエイパー・シナプス少佐だ。
どちらも眼光は鋭く、深い思慮と隙の無さが伺える。グリーン・ワイアットが希少な能力を見出し、育て上げ、独立高速機動小隊を任せた実力派の者たちである。
その少し前ルナツーではこんな会話がされていた。
「本当はもう少し艦隊規模を大きくしてやりたかった。残念なことだ。少佐という地位から小隊の枠を超えないくらいにしかしてやれない」
「いいえワイアット閣下、この程度の方が小回りが利いていいでしょう。数が増えれば高速機動が難しくなり、本末転倒です」「そうお考えくださって恐縮です、閣下。それにこの少佐という地位さえ破格ではないでしょうか」
グリーン・ワイアットの言葉に対し、ガディ・キンゼーとエイパー・シナプスがそれぞれそう答える。
この二人は元々からのグリーン・ワイアットの子飼いではなかった。
最初は連邦軍エルラン中将の下に配属されていたのだ。
そのエルラン中将は連邦軍史上に残る有名なスキャンダルを起こしている。
この戦争の中期、その頃地球表面のヨーロッパ戦線を席巻していたのはジオンのマ・クベ大佐だったのだが、何とエルラン中将はそれと内通していた疑いにより逮捕され、迅速に処罰された。
この原因については未だに不明とされる。
将官級がそんな馬鹿なことをするとは普通には考えられない。ましてやエルラン中将は軽率という言葉から縁遠く、何でもそつなくこなす有能な将という評判だったのに。
しかも闇の部分が多過ぎる。エルラン中将が私利私欲のためにそんなことをしたのではないとしても、極端な和平派だったのか、当時の戦局に不安があったのか、それもまた分からない。
一説にはマ・クベ大佐が秘密裏に核、それも桁外れの威力を持つ水爆を所持しているらしいという情報を得て、その真偽を探るためとも言われる。更にそれが本当だと知ったエルラン中将はヨーロッパ市民をその暴威から守るため苦渋の決断をした。ジオンとの取り引きという形で。
それもまた真実かどうかは分からない。
ただし一つだけ、エルラン中将はヨーロッパ出身であり、北米閥に染まりつつある連邦軍を信用していなかった。連邦軍がヨーロッパを軽視していたせいでこれほどの戦禍になった、と日頃から公言していたのはれっきとした事実だ。
だが事件によりエルラン中将個人のことはともかく、必然的に部下たちもまた何も預かり知らぬのに冷たい視線を受けることになった。特にエルラン中将直属である司令部付けの士官はことごとく前線から排除され、降格、そして閑職に回される憂き目に遭ったのだ。
しかし、そこを助けたのがグリーン・ワイアットである。
元々彼らから見てグリーン・ワイアットはエルラン中将と同じくヨーロッパ閥の雄なのだ。最初から親和性は高い。
そのグリーン・ワイアットは実力を重視する立場からそんな彼らでも能力があれば引き入れ、それに応じた地位に抜擢していった。
当然彼らはこの上なく感激する。
グリーン・ワイアットに深い恩義を感じ、それを戦果で返したいと願っている。
一方のグリーン・ワイアットとしても優秀な中級指揮官は是非とも欲しいところだ。
常に傍にいるステファン・ヘボン少将は分析力に優れ、また戦力をきちんと稼働できる状態に整えることに非凡な才能があった。だからこそグリーン・ワイアットはステファン・ヘボンを参謀として重宝している。いや、それ以上に自分の考えをまとめるための話し相手という大きな価値を見出している。
しかしながら艦隊指揮官として考えると物足りない。
グリーン・ワイアットの見るところ、ステファン・ヘボンは柔軟性に欠け、視野が狭いきらいがあった。そのためステファン・ヘボンに分艦隊を預けることはせず参謀のままにしている。
一方、ガディ・キンゼーとエイパー・シナプスはヨーロッパ出身ではなかったがたまたまエルラン中将麾下にいたのが運の尽き、閑職に落ちて嘆いていた。そこを拾ったグリーン・ワイアットはその実力を認め、中級指揮官候補の筆頭格として期待していたのだ。
今、高速艦で組まれた二つの小隊、それぞれ独立小隊とした上でルナツーから送り出す。
「地球表面を引っ掻き回すコンスコン機動艦隊、これは看過できない。それに何もしないでは私の立場もない。あの二人に任せることにしよう」
一方、その頃の俺は後処理にかかっていた。
ザンジバル級全艦、及び宇宙往還機が衛星軌道上にまで達すると隊列を組み直さなくてはならない。
待つまでもなくそのポイントへデラミン准将が出迎えてくれている。
一つは用意してくれた輸送艦へ往還機に詰め込まれていた将兵を移乗させなくてはならない。ここから宇宙を航行するには往還機を使わない。輸送艦がいくら鈍足だとはいっても核エンジンを積んでいる以上、往還機よりは速いからだ。
もう一つ、俺や司令部の者も乗り換える。本来のコンスコン機動艦隊の旗艦ティベへ移れるのだ。
「おお、懐かしき我がティベ、我が艦橋」
そんなことを言っている暇は実はなかった。
「コンスコン司令、用意整いました! 進発できます」
「そうか、では全艦、ジオン本国へ向け航行開始!」
だがしかし、このわずか五分後、オペレーターが緊張と共に伝えてきたのだ
「進路方向に艦隊発見! 連邦艦隊です! こちらに向けて高速接近中!」
「何だと! こんなタイミングでか…… どこから仕掛けてきた」
「方向からすると低軌道ではなく…… ルナツーからと思われます。艦数、十五から二十の間。ああっ、更に増速、接触予定時間四十分から三十分に修正!」
「くそっ、多過ぎるな……」
はるばるルナツーから俺を目がけてだと! 何だって嫌なタイミングの襲撃だ。
おまけに戦意が高いと思われる。牽制などではなく、ここで殺る気だろう。
その一方で俺の方は大した戦力はない。
地球から上がってきたザンジバル級が全部で六隻、それに合流したのも使える戦闘艦はこのティベを入れて五隻しかない。デラミン准将は当然のことだがコンスコン機動艦隊をジオン本国から全艦出撃させるようなことをせず、輸送艦を中心としてその護衛だけの戦力を考えていたからだ。
やむを得ない。劣勢である以上、いったん防衛陣を作るしかない。
何といってもこの場合、俺が戦術バリエーションを広くとれないのは輸送艦の存在だ。これを守りながら戦うのは難しいが、そうしなければ地球降下作戦の意味がない。
その連邦艦では、指揮官二人が前方を見据えている。戦いは間近だ。
「くそっ、遅くなってしまったか…… ジオン艦隊はもう動ける態勢に入っているようだ」
「いやエイパー、そう悪いタイミングでもない。今からでも充分に先手は取れる。それに向こうはもう輸送艦を退避させる時間はない。これは向こうにとって大いに足枷だ」
「まあ確かに。ガディ、考えてみればこのジオン艦隊がわずか四日しか地球表面にいることなく、鮮やかに宇宙に戻ったのが想定外だったからな」
「想定外と思うか? いいや、俺は想定内だったぞ。地球の連中の体たらくを考えたら、な」
「それはそうだ。もしも、もしもエルラン閣下がご存命だったならそんなことにはならなかったろうに」
「気持ちは分かるがもう終わったことを言うな。それよりもエイパー、これからの料理をどうする?」
「ガディ、決まっている。得意なやり方をするだけだ。また後で会おう」
そう言ってエイパー・シナプスが八隻を率い、進路を少しばかり変え別方向へと進んでいく。お互い細かい打ち合わせなどしなくても何が狙いかといった意思疎通はできている。
俺は迫る連邦艦隊に対し防衛陣を作り、後の先を取る準備をした。
「各艦、エネルギーは充分貯めとけ! クロスファイヤーポイント設定、データリンク! 迎撃の利を活かし、射軸精度目一杯上げろ!」
「コンスコン司令、連邦艦隊は二つに分かれました! それぞれ同数と思われます。一方は直進ではなく、やや弧を描くような進路に」
「何だと! 包囲、そんなわけはない」
俺は連邦艦隊の意図を推測にかかる。
それが分からなければこの戦いは負ける。
「並行進撃、波状攻撃、いいや単にそんなことのために分けたのなら各個撃破されて終わる。とすれば何か。陽動からの突入かもしれんな。狙いを輸送艦に絞った上で。悪辣だが確かに効果的だ」
そして対応するよう陣形の移動を命じた。
「ザンジバル級は輸送艦と密接し、これと離れることなく守れ。他は正面からの連邦艦隊をいなすことに専念する」
正面から来る連邦艦隊は意外なことに速度を落とさず接触してきた。
短いが激烈な砲戦が展開される。
その後も向こうは足を止めることなく、やや進路を傾けて飛びすさる。だがこの一撃だけに満足せず、再びやってくることは確定だろう。
「報告します! ムサイ一隻大破、延焼ひどく、自沈が適当との連絡です。他、ガガウル一隻撃沈、一隻中破」
「そうか…… それで挙げた戦果の方が中破二隻とは、まるで割に合わんな。だが向こうのやり方は分かった。艦隊をまるでナイフのように使い、こっちを切り刻む気だ」
向こうの意図は分かった。連邦艦隊の指揮官は優秀な奴だ。普通なら高速機動をしながら艦隊をまとめ切り、同時に攻勢をかけるのは難しい。砲撃を斉射にして集中砲火とするには艦隊形の維持が不可欠だからだ。しかしそれをやり切る能力があり、またそこに自信があるのだろう。
だが最悪の事態ではない。
こっちが現時点でMS戦力において万端な状態でないのを知らない。今はモビルアーマーたちも、ガトーのアクト・ザクもダリルのサイコ・ドムもないのだが。
だからこそ向こうは足を止めMSを出したりしなかった。MS戦にしようするそぶりすらなく、むしろそれを警戒しMSに取りすがられないため速度を落とさなかった。
その頃、弧を描いて斜め後方まで来ていた連邦の別の隊もまた同じように高速の砲撃戦をかけてきている。やはりそこでも被った損害は少なくない。
ザンジバル級各艦は迎撃に奮闘し、連邦艦隊を突入させることはなかったものの、二隻が大破されている。そして何より、輸送艦たちに幾つも直撃弾を食らっている。幸いなことに輸送艦はエネルギー系統がほぼエンジン部に限られるので、そこに運悪く食らわない限り爆散はせず、直ぐに救助すれば乗っている将兵の被害は最小限に済ませられる。
だがそれも再び攻撃を浴びればどうなるか分からない。憎らしいことにその連邦艦隊もまた正面のものと同じく高機動をかけながら再び向かってくる。
「くそっ、このままではいかんな。しかし、ここで輸送艦を見捨てるなどできん。せっかく地球から取り戻した将兵なんだ。ここで捕虜に変えてどうする。何とか策を講じないと……」
輸送艦を置いて逃げるなどするものか。
考えろ。そうでなければみんな宇宙の藻屑だ。
俺は一つの考えを編み出し、伝えた。