その頃連邦艦ではガディ・キンゼーもエイパー・シナプスも同じようなことを言っている。
「よし、先ずは上手くいった。出来過ぎくらいだ。さて、次にかける第二撃で瓦解に持ち込めたらいいのだが…… それが無理でも第三撃で勝負を決めてやる」
勝機と見れば迷うことはない。一気呵成だ。
続けて第二撃を仕掛けるためどちらも動くが、次のターンは艦隊運動で回転半径が小さく済んだエイパー・シナプスが先になる。
またしても輸送艦とザンジバル級の方へ迫るエイパー・シナプス、眼光鋭くそれらを進路上に見据える。
だが次の瞬間、不思議なものを見てしまう。
「何だあの壁は。いや、違う、船…… 宇宙往還機か……」
見えたままを口にしたがその通りだ。
地球表面からジオン将兵をこのポイントまで運ぶのに使い、今は不要となった往還機たちが前面に並べられている。
もちろん広い壁にできるほどの数ではなく、隙間も空いている。
せいぜい宙に浮かんだ円盤のような何かといったところだ。
その妙なものにエイパー・シナプスが訝しんでいると、その繋ぎ目から撃ってきたではないか!
それはもちろん砲ではない。宇宙往還機に砲などない。
全てMSの仕業である。
宇宙往還機を並べたジオンMSがそこに隠れながらつるべ打ちに撃ってくる。使うビームライフルは艦砲などより一撃の威力は小さく照準も甘いが、とにかく数は多い。油断しているとまぐれ当たりでも細かな損害を食らってしまう。
「そうきたかジオンのコンスコン大将。突飛な工夫、いや、苦肉の策というべきか…… だがそんな薄い壁、こっちの砲の前では紙のようなものだ」
連邦艦から主砲を撃ちかけると、往還機の外壁などとうてい装甲と呼べる代物ではない以上、何の抵抗もできはしない。確かに簡単に穴が開く。
だが、それだけのことだった。
燃料を使い切った宇宙往還機は誘爆などしない。
そしてエイパー・シナプスは思ったより事態が厄介になったのを理解した。
ジオンMSは宇宙往還機を盾に使っているのではない。連邦艦からの砲撃を妨げることができないのは承知の上だ。
ただし姿を隠して狙いを付けさせないことはできる。
それが目的だった。ジオンMSたちは射かけるとすぐに裏に引っ込み、場所を移動するので、連邦艦からすれば見えなくなるため狙い撃つことができない。でたらめに撃ち返しても往還機に穴が開くだけで意味はないのだ。つまりは薄い傘である。
「なるほど…… こんな戦い方は既視感がある。宇宙の戦いとは違い、地球表面での白兵戦ならむしろ隠れながらするものだ。隠れ方が上手い方が勝つからな。まるで戦車を市街戦に引きずり込み歩兵で叩くようなやり方ではないか」
嘆息するしかない。
このまま砲戦を継続していけば、小破程度の損害でも積み重なり、肝心の機動力を削がれる。そうなれば高速の突入戦法などおぼつかない。
「ジオンのコンスコン大将とは恐ろしい奴だ。短い地球表面での滞在でそんな地球流の戦法を身に付け、アレンジして使ってくるのか」
エイパー・シナプスはそうと決めたら第二撃を諦めいったん距離を取りなおす。
別に勝利を諦めたわけではなく、ガディ・キンゼーの方を見守る。そっちが優勢なら再び合流するのが合理的だ。
一方のガディ・キンゼーもまた思わぬ罠に落ちている。
高速機動をかけて砲撃しようとすれば相手のジオン艦が逃げに転じるのだ。それこそ算を乱したように。
こんなに脆いはずはない、妙だな、と思った頃答えが得られた。
ジオン艦から撃ってくる。それも砲塔とは無関係のようだ。ジオン艦の外壁にジオンMSが取りすがり、そちらから盛んに撃ちかけてくるのだ。
小賢しい技、どうせMSのビームライフルなど大したことはない、と判断した。背に腹は代えられず目くらましに使っているだけなのだろうと。ビームライフルの射撃精度からすれば、しっかり艦隊戦の間合いを確保し、接近し過ぎなければ脅威にはならないはずだ。
しかしそれは半分間違いだった。
ジオン艦は逃げる時にでも攻撃の手数が減ることがない。艦の砲塔が有効かどうかには関係なく、MSから撃っている以上そうなる。
それはとても嫌なことだったのだ。
艦隊戦においては互いに背を見せ合うことは少なくない。特に足を止めず回り込む機動をしている時には。そうした場合、ジオン艦側はMSを使って撃ってくるのに連邦艦の砲撃はジオンと比較してどうしても薄くなり、不利は否めない。
そしてこのMSからの射撃が目くらましでも何でもなく現実の脅威になる時がくる。
「右エンジンに被弾! 外壁破られています!」
「何!? こんな距離からでもジオン艦のMSから直撃を食らっただと!」
「エネルギー漏れ検知、緊急閉鎖弁作動します! この動力系カットにより艦の推力は60%に低下!」
「嫌なところを…… これは狙われたのか? エンジン部を的確に。いったいどういうことだ。拡大投影してみろ」
そこで見えたのは連邦側の最も見たくないものだ。
「あのジオンMSは赤色、そうか、赤い彗星だったか!」
赤い彗星のシャアもまた狙撃してくるのだ。それは他とは段違いに精度が高い。
シャア個人の能力ももちろん推測しようがないが、そもそも連邦側のデータには狙撃型改修のゲルググJ改の性能は載せられていない。あまりに例が少ないからだ。結果的にどれほどの距離をとればいいのか分かりようがない。
「赤い彗星の伝説なんか信じたくないが…… 仕方ない。いったん離脱方向に転じる」
ガディ・キンゼーは現実的な選択をした。
下がって陣形を取り直し、エイパー・シナプスと合流を図ろうとした。二方向からの攻勢でジオン輸送艦を狙うことはいったん棚上げにして、とにかく戦力の統合をしなければ優勢確保ができない。
だが、エイパー・シナプスとの合流は果たせなかった。
その予想ポイントへジオン側から濃密な集中砲火が飛んでくるのだ。まるで見抜かれている。その意味をガディ・キンゼーは読み取らざるを得ない。
「どうやらジオンのコンスコン大将はこちらの意図どころか進行速度さえ見切りはじめた。これ以上の攻勢はおそらく消耗戦にしかならんだろう。かといって足を止めてのMS戦にしてしまえばあの優秀なMS隊が相手になる。相討ち覚悟の泥沼など論外、残念だがここらが潮時だな」
優秀な指揮官とは、そういうことが分かる者のことを指す。
ガディ・キンゼーとエイパー・シナプスは程々の戦果だけを手に撤収にかかる。
その二日後、ルナツーに辿り着いた二人をグリーン・ワイアットは温かく迎える。
「よくやってくれた。あのジオンのコンスコン大将を苦しめたとは、とても愉快だ」
「しかし、撃滅には至らず申し開きもできません」「戦果は満足と程遠く、折角のチャンスを活かせなかったことは身の不明です」
「二人ともそんな言葉は不要だ。私が指揮していたところで似たり寄ったりのことしかできなかったろう。謙遜でなくそう思う。それに戦果について言えば充分過ぎるほどじゃないか。一つはこのルナツーから動いたという確かな事実が残り、私もジャブローにそう言うことができる。もう一つは、そう、コンスコン大将の恐ろしさを貴官らに認識してもらえたことだ。これが明日への糧になるだろう」
そしてグリーン・ワイアットは気分よく辞令を与える。
どのみち同じ辞令を与えるつもりだったが、この状態で渡せるというのは重畳だ。
「ガディ・キンゼー少佐、エイパー・シナプス少佐の両名、今回作戦を滞りなく遂行しジオン艦隊に一撃を与え、心胆を寒からしめた功により中佐に任じる。以後、どちらも独立中隊を指揮せよ。実はね、既にそれぞれ十五隻の艦隊を用意しているんだ。なあに、どのみちコンスコン大将との再戦はある。二人にはそのときに大戦果を期待するよ」
この二人、「ワイアットの投げナイフ」はいっそう強度を増し、再戦の日を待ち望むことになる。
それと全く同じ時、俺もまたサイド3に帰着した。
わずかな日数しか離れていなかったのにとても懐かしい気がする。それほど地球降下作戦はあれこれ内容が濃かったのだ。その最中は幾度の戦いがあったのだろう。おかげで合い間に仮眠を繰り返すしか休めていないくらいだ。
その甲斐あって作戦自体はとても上手くいった。予定通り連邦の研究施設を叩き、ジオン将兵を地表から脱出させられた。
幸運という要素が多分にあったおかげでもある。
最後の宇宙における戦いは思いがけず不利な状況になり、正直慌てさせられたが、相手の指揮官が常識人であったために辛くも凌ぐことができた。これだって幸運である。損害を意に介さないでひたすら攻めにかかる猛将が相手だったらどうなっていたか分からない。
とにかく、今いるのはジオンの首都、華やかなりしズム・シティである。
ここにいるドズル閣下とキシリア閣下に、今回作戦をまとめた報告書を渡さなくてはならないからだ。
だがほっとした気分だったのはわずかな時間に過ぎなかった。俺はここで驚くべきことに直面している。
ジオン本国が今、ひどい動揺の最中にあるのだ。
俺の地球降下作戦成功と九千人以上ものジオン将兵の帰還はとても明るいニュースであり、もちろん市民も大いに沸き立ったのだが、そんなお祭りムードも一瞬の花火にしかならない。
それほど街は不穏になっている。出歩く市民は多くなく、いても3,4人ほどのグループを形成してはひそひそと井戸端会議をしているではないか。そんな通常でない空気が俺にも感じられる。
そうなった原因は明らかだった。