コンスコンだけど二周目はなんとかしたい   作:おゆ

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第九十六話 キシリアの二つの顔

 

 

 一方、コンスコンを見送ったキシリア・ザビは先ほどまでの熱気を嘘のように拡散させている。

 強く政策を語り、ジオンの未来を論じ、コンスコンを相手に光彩を放っていた。相変わらずキシリアは自信を持ち、才能の冴えを見せ、それが部屋中に拡散しているかのようだった。

 

 しかし今はその欠片もない。

 代わりに物憂げな表情で覆われていくではないか。

 

 

 その手はデスクに置かれたある一つの報告書の上に置かれている。

 

 そこには、地球降下作戦でまたしても名を上げたシャア・アズナブル少将のその後の動きについて書かれてあった。

 キシリアが最初から予期し、秘密裏に探らせていたからだ。

 それによると、シャア・アズナブル少将は政治的な変動を感じるやいなや、この機を逃さないと言わんばかりに没落必須のトト家やサハリン家などへ渡りをつけようと画策している事実がある。報告書にはそれがまとめて記されている。

 

「シャア、いやキャスバル、やはりそんなことを…… 悪い方の予想が当たった。まだお前は囚われているのか! 大義を見失い、つまらない意地を張り通すのがいかに狭量なことなのか、未だに分かっていないとは」

 

 キシリア・ザビはゆっくりとそこから目を離し、デスクに備え付けられた椅子に深く腰掛ける。

 

「キャスバル、それを学ぶすべさえ無かったのだな。ジンバ・ラルよ、キャスバルをかくまい、下らぬ教育を施した罪は重いぞ。どういうつもりでキャスバルにそんなことをしたのか問うつもりはない。貴様なりの正義かもしれん。だが私は断罪したい。結果的にキャスバルの真っ白であるべき未来を余計なことで塗り込めたのだから」

 

 疲れた声を絞り出しながら、独白を続けていくのだ。

 

「……元々聡明だったキャスバルは歪んだ。貴様に吹き込まれたことだけを全ての真実と思い込み、自分の目が曇っていることに気付きもしない。気付こうともしない。このままでは過去の妄執に囚われた哀しいピエロだ。どうにかして目覚めてはくれないのか」

 

 いったん沈み込んだ視線はむしろ上へ上げたが、何にも焦点を合わせているわけではなく、何を見ているわけでもない。

 

「取り返しのつかないことになる前に、分かってくれ。頼むから私に粛清させてくれるな」

 

 

 今だけはジオン随一の謀略家キシリア・ザビではない。

 その顔は怜悧とはほど遠く、悩んでも仕方のないことを悩む、とても人間らしい顔である。

 

 その心に思い浮かべるのはシャアの昔の姿だ。

 

 キシリアはその頃の様子を鮮明に覚えている。

 なぜなら、幾度も幾度も思い出してはそれをなぞっているから、忘れられるはずがない。

 シャアがただの幼子キャスバル・レム・ダイクンだった頃、全てが始まる前。

 

 その頃、キシリアは幾度もそのキャスバルの遊び相手をしたものだ。キャスバルだけではない。その妹アルテイシアも一緒だった。大人たちが集まって難しい話をしている間、捨て置かれたその二人の相手をする人間が必要だったからだ。

 

 もっぱらその担当がキリシアだったのである。

 

 他は当てにならない。ギレンはギレンで一人難解な本を読むのが好きで、子供にレベルを合わせることができない。タイトルからして難しい本の内容など誰も興味を持つはずがない。

 一方でドズルは決して子供嫌いではなく、それどころかキャスバルやアルテイシアに近付くこともあった。しかしドズルにとって残念なことにその二人の子供の方が怖気づいてしまう。それにドズルのできる遊びは木の棒を持ったチャンバラ遊びなどの体力勝負のものであり、さすがに小さい子供相手では適切ではない。

 

 キシリアはその時々に応じて遊びを工夫し、二人の子供を飽きさせることがなかった。

 快晴の日には庭で花飾りを作り、雨の日には部屋でパズルなどをしたものだ。

 

 そしてキシリア自身もそれを苦にするどころか楽しむことを忘れない。

 ある時、庭のブランコを使ったこともある。気持ちのいい日差しの中、キャスバルとアルテイシアを交互に膝にのせて。

 一度はキシリアが調子に乗って、地面をぐいんと強く蹴り、ブランコを水平近くまで漕ぎ上げたことがある。

 すると幼いキャスバルは男の子とは思えないほど怖がりで泣き虫、あっという間に泣き顔になり痛いほどしがみついてきたものだ。

 

 キャスバルはその速さが怖かったのだろう。

 その点アルテイシアの方が肝が据わっていたくらいだ。

 

 

 そんな美しくも儚い思い出の中にいる。

 

 それはキシリアにとっては貴重な、自分もまた天真爛漫な少女でいられた時代の愉しい思い出でもある。

 その頃、ザビ家はもちろん貴族で政治家ではあったが、しかし決して他家より突出したものではなかった。そして家の中には諍いも緊張もない、ただの家族だった。ちょっとばかり個性的な面々だったのは確かだが、仲が悪いことはない。

 それどころかキャスバルのいるダイクン一家、おまけにラル家とも仲良くしていた、そんな時代が確かにあったのだ。

 

 その過去に浸っているのもキシリアの一面である。

 ただし、いつまでもそうしていることはできない。どんなに心に苛烈な負担を強いても現実に立ち戻ることが必要なのだ。今はジオンという一国を全面的に背負うキシリア・ザビなのだから。

 

「だがキャスバル、ザビ家に復讐を企んだとしても無駄だ。この私に謀略戦を挑む? 勝てるはずなどあるまいに。私の目をかいくぐり、今の情勢を利用し、藁をも掴む思いの貴族たちを取り込もうとしても、甘過ぎる。それが分かっていてもか……」

 

 

 だがここで、ふと頭をよぎることがある。

 さっきまで会話をしていたコンスコンのことだ。

 

「そうだ、コンスコンを見習え。下らぬ謀略など忘れてどうかそうしてくれ。あ奴は出身や過去はどうであれ、それを笑い飛ばし前を向き、常に信義と愛国で動いている。おそらく正しきを尊ぶから人としての道を間違えたりしないのだ」

 

 キシリアも馬鹿ではなくコンスコンのことをしっかり見ている。

 ただコンスコン本人にそんなことを言わないのは、褒めるよりもからかって遊ぶ方が面白いからだ。

 

「そしてコンスコンは傍から見て悔しいくらいドズルの兄者と固い絆で結ばれている…… キャスバル、お前はそのようになれないのか。本当に無理なのか、なあ、キャスバルよ」

 

 

 

 その頃、俺は全然関係ないところで忙しくしている。

 このズム・シティでできるだけ早く片付けるべき用事があるからだ。

 

 一つは地球表面から連れ帰った何人かの者たちに安住の場所を用意しなくてはならない。これは絶対だ。せっかく連邦のオーガスタ研究所やムラサメ研究所から解放したのに宙ぶらりんでは意味がなく、それらの者たちに申し訳ない。

 

 先ずはオーガスタから連れてきたロザミア・バタム、これはサイド3内でしばらく保護観察に置かれ、そして同時に治療を受けさせなくてはならない。未だ不安定な精神が落ち着き、記憶が統合されてまとまりがつくまでは必要なことだ。

 とはいえ生活自体はかなりの自由が許される。それには街を出歩く楽しみさえ含まれる。

 第一その監察官というのがあのスベロア・ジンネマンに指定されたのだから世話はない。ロザミアにジンネマンは温かい普通の家庭というものを教え、きっと良い方へ進むだろう。俺としては、願うことならジンネマンの娘として確立されて欲しい。むろんロザミアが真実の過去を思い起こせたらいいのだが、その可能性が限りなく低いのなら、いっそのことジンネマンの娘でいいじゃないか。それで心身ともに安定したらきっと幸せになる。

 

 そして次に、リタ、ミシェル、ヨナのいたずらっ子三人組はまとめて戦災孤児施設行きだ。

 多少は貧乏な生活になるかもしれないが、少なくともオーガスタにいた頃のような「研究」をされることはない。いたって普通の子供扱いだ。

 実際、そこで三人は非常に満足らしい。衣食住のグレードなんかより、三人が共にいられるということが当人たちにとって最大の関心事のようだった。

 

 最後にムラサメ研究所からのフォウ・ムラサメのことである。

 元が素直な性格なのだろう、記憶の消去が完全にされていて、そのためかえってロザミアのような不安定さがなくなっている。

 記憶を無くし、筋力や反応性に優れていること以外は穏やかな普通の少女である。いや、更にいえば意外に器用かつ頭も良かった。

 紆余曲折の末、民間協力員というややこしい身分にして俺の艦隊に残ることになった。当面はセシリア・アイリーンの下で見習いをする。

 それには理由がある。かつてのフラナガン機関の蛮行によって、ジオンはそういった特殊な人間へのイメージがあまり良くなく、ならば下手に風当たりが強い場所に置くより俺の艦隊にいるのがいいと判断したからだ。コンスコン機動艦隊の中ならクスコ・アルやダリルといった似たような境遇の者たちがいる。

 

 

 さあ、ここまではいい。

 俺のすべきこと、もう一つはかなりの難題になる。

 

 

 

 


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