午前11時。休日なのをいい事に惰眠を貪っていると、携帯に珍しい人物からメールが届いてた。忙しい中急いで送ったのか、一行しかない簡潔なメールだったが、その内容はここ最近で一番の…いや、ミクが我が家に来たことと同じくらいビッグニュースだ。
『今日の昼頃、お前の妹がそっちに着くはずだ。昼過ぎにはそっちに着くだろう』
…どうやら俺は今日から正式に、「兄」になるらしい。
♪ ♫ ♬
少し前の話をしよう。あれは…そうだな、ちょうどミクとゲーセンに行った日の夜だったか。
いつものように夕飯を平らげ風呂に入り、いざ寝ようと思ったその時、リビングに置いてある電話が鳴り響いた。その段階で俺はソファーに寝転びいつでも眠る準備が出来ていたので一瞬無視しようかとも思ったのだが、こんな時間に電話してくる人物は俺の知る限り一人しかいないので、仕方なく重い腰を上げて受話器を持ち上げた。
「いい加減こんな中途半端な時間に電話してくんじゃねぇよ」
『…挨拶もなしにいきなり文句か…。仕方ないだろ、時差のせいでどうしたってまともな時間に電話するのは難しくなる』
「それはわかってるけど、毎度毎度なる直前に電話に出なきゃいけないこっちの身にもなってくれよ…」
『悪い悪い、これからは気をつける』
何が「気をつける」だ、前の時もそう言ってただろ。こいつが電話してくると決まってこれと同じようなやり取りをするが、反省する気など毛頭ないというかのように毎回俺が寝る直前に、狙っているのではないかと疑いたくなるようなタイミングで電話してくる。
「…はぁ、もういいや、諦めた。それで、何の用だよ…親父」
そんな性格の悪い電話の相手が、何を隠そう俺の親父なのである。前にチョロっと説明したかもしれないが、俺の両親はワールドワイド・オーケストラ、通称WWOと言うオーケストラに所属しており、一年中世界を転々としている。
『なぁに、ちょっと可愛い息子が元気にやってるか気になって電話してみただけだ』
「…」
『…どうした?』
「…ちょっと待って、今猛烈に吐き気が…」
『な、お、お前それが親からの愛情に対する態度か!?』
「なぁにが『親の愛情』だクソ親父!お前が俺に優しくするとか怪しすぎるんだよ気持ち悪い!」
『な、なにをぅ!?へん、そんなに気持ち悪いならもっとやってやるわ!おい奏生活は大丈夫か?怪我とか病気とかしてないか?困ったらいつでも父さんに電話…』
親父が典型的な「優しい親の台詞」を捲くし立て始めると、俺は反射的に通話を切り受話器を置いた。やってから「しまった」と思ったが、悪いのはあいつだと思う。どうせすぐ掛け直して来るだろうし、別に問題ないだろう。
…そして約2分後。ようやく電話がまた鳴った。
「…もしもし、随分掛かったな」
『いきなり電話を切る奴があるか!気付かないで今までずっとお前に優しい言葉を囁いてたわ!』
「気付けよ!そして気色悪ぃよ!」
最近特に思うんだが、実はこいつ頭悪いだろ。頭悪くて他に働ける所が無かったからミュージシャンになったんだろ、などと、実の親に対して大変失礼なことを考えてしまった。
「…ったく。で、結局何の用なんだよ?」
『おぉ、そうだった忘れてた』
「忘れんなクソ親父」
『…今回だけは見逃してやろう。さて…喜べ奏よ!』
…嫌な予感がする。
『お前に妹が出来るぞ!』
…的中した。
「…親父、あんたもお袋ももう若くないんだからさぁ…」
『違うわ!何か誤解してないかお前!?』
いや、だって急に「お前に妹が出来る」とか言われたら普通は…なぁ?
『養子だ養子。俺たちのオーケストラのメンバー夫妻が交通事故にあって亡くなっちまってな、娘が一人だけ残されちまったんだ。だから、家で引き取ることにした』
「…随分軽く言いやがる」
『軽くないっての、
「…そうだな、今のは俺が悪かった、すまん。それで?」
『うちで引き取る。でもお前と同様、世界を連れて回るわけにもいかんだろ?だから近いうちにそっちに済む手配をしておくから、一緒に面倒見てやってくれ。到着は…まぁ、遅くても二週間って所か』
「…急な話だな」
『そんなことわかってる。だがまぁ、頼む』
「…」
『ま、素直に喜んどけ。妹が出来るのは嬉しいだろ?』
「…まぁ家族が増えるのは大歓迎だ。どんな子なんだ?」
『知りたいか。だがまぁ、会ってからのお楽しみってことで。じゃあそろそろ切るぞ、忙しいんだ』
「あ、おいてめ…!」
ブツッ、とノイズのような音がしてから電話が切れる。…あんのクソ親父、息子に頼み事をしてるって自覚あんのかよ…?
…まぁ、今はこれ以上考えててもしょうがない。夜も結構遅いし、今日はもう寝よう…。
♪ ♫ ♬
…とまぁそんなわけで、親父の寄越したメールによれば、その例の妹さんが今日うちに来るわけだ。せっかくだから来る時はちょっとした歓迎会みたいなのも開こうと思ってたのだが、相変わらず話が急すぎてあんまり大げさなものは出来そうに無い。今からだとせいぜいちょっとした昼飯を作って終わりだろう。
「…ま、何も無いよりはマシか」
誰にともなくそう呟いてから、ソファーから飛び降りる。とにかく目を覚ますために洗面所に行き、顔を洗う。サッパリしてから二階に上がろうと再びリビングに戻ると…いつの間に下りてきたのか、ミクがさっきまで俺が寝ていたソファーに座って、よくわからないテレビ番組を見ていた。
(そうだ、こいつにも今日妹が来ること教えとかないとな…)
そう思い、声をかける。
「ミクー」
「…」
「…ミク、聞いてんのか?」
「…」
「…縞パン」
「っ!」
小さく呟いたつもりがはっきり聞こえていたらしく、ミクが凄い勢いでクッションを投げてきた。これくらいの事はまぁ予想してたので特に驚くことなくキャッチする。
「…何か御用ですか?」
「まずはその睨むのをやめて欲しいんだが」
「…ご用件は?」
ミクの今までに見た事の無いほど敵意のこもった態度に、思わずため息をついてしまった。
こないだのスケートでちょっとしたイタズラ心でミクを転ばしてしまって以来、こいつはいつもこんな感じで敵意をむき出しにしてくる。皆知っての通り俺だって謝ったのだが、どうやら俺が思った以上に怒らせてしまっていたらしい。
「とりあえずまずは機嫌直そうか」
「何の事ですか?私は別に機嫌悪くなんてないですよ」
「じゃあその睨むのをやめてくれ」
「…」
「…はぁ…。どうしたら許してくれる?」
「…本当に悪いと思ってますか?」
「思ってるよ、ここまで怒るとは思わなかった。ゴメン」
俺は素直に頭を下げた。あの後俺だって俺なりに反省して、ちゃんと悪いとは思ってる。
「…」
「…」
「…わかりました、許してあげます」
「…サンキュ」
しばしの沈黙の後、嘆息まじりにだったが、ミクが俺の謝罪を受け入れてくれた。俺は顔を上げて、今日初めての笑顔を見せた。
すると何故かミクが急に顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。…あれ、許してくれた…んだよな?
「た、ただし!今度やったらホントに許しませんからね!」
「わ、わかってるって」
…さて、話が一段落ついたところで、本題に入るとするか。
「話は変わるがミク」
「はい、何です?」
「今日から例の妹がうちに来るらしいから」
「…へ?」
ミクがキョトンとした顔でこっちを振り向いた。
…あれ、なにこの「妹って何の事?」みたいな反応。俺ちゃんとこいつに義妹の話…って待て待て。
俺、ミクにこないだの電話の話したっけ?
…そういえば話してない気がする。あの時は教えとかなきゃなぁとは思ってたけど眠っちゃったし、その後もすっかり忘れてたし…。
ということは…。
「マスター、妹って何の話ですか?マスターに妹なんていたんですか?」
「あ~、いや、そういうわけじゃないんだが…」
…うん、完全に俺のミスだなこれ。悪い事した…。
「悪い、言うの忘れてたみたいだ。お前と一緒にゲーセン行った日の事覚えてるか?」
「あぁ、DIVAやりにいった日ですね?それが何か?」
「あの日の夜、親父から家に電話があったんだよ」
「マスターのお父様から?」
「…お父様って。まぁそれはともかく、その時教えてもらったんだが、どうやら親父たちの友達が運悪く交通事故で亡くなっちまったみたいでな」
「え!?」
「それでその夫婦の娘さんが一人だけ残されちゃって、仲良かったうちの両親がうちで引き取る事にしたらしい」
「そ、そうなんですか…。…来る事に関しては特に文句は無いんですが、そういう大事な事はもう少し事前に教えてくれませんか?それいつの情報ですか…」
「悪い、それは完全に俺が悪かった。素直に謝る」
「もう、肝心な所でおっちょこちょいなんですから…。それで、何時ごろとかわかるんですか?」
「昼頃だってさ」
「…あと1時間くらいでお昼なんですけど」
「そうだな」
「…」
「…」
「…いやいやいや。『そうだな』じゃなくて、色々やることあるでしょう!?」
「それもそうだな。よし、じゃあ早速歓迎会の準備だ」
「無理ですよ!1時間で歓迎会の準備とか無理ですから!」
「安心しろ、それは俺もわかってるから。ちょっとした料理を作るだけだよ」
「そ、それならまぁ何とか…」
「だろ?よし、じゃあとりあえずビフテキでも作るか」
「ビフテキ!?そんな豪華なものを作る時間ありませんよ!もう少しランク下げましょうよ!」
「じゃあお粥とか?」
「下げすぎです!」
「じゃあまた上げてイタリア料理のフルコースとかどうだ?」
「だからレベル高すぎですってば!何でそんな両極端なんですか!?」
「中途半端はダメかと思って」
「今からイタリア料理のフルコース作ったほうが中途半端ですよ!」
「…はいはい、わかりましたよ。無難にチャーハンとかにすればいいんだろ」
「…なんか激しく納得いかない態度ですけど、とりあえずそういう方向でお願いします」
「任せろ、完璧なふかひれチャーハンを作ってやるぜ」
「何でふかひれ!?普通にエビチャーハンとかにしてください!」
「りょうか~い」
暇つぶしにちょっとからかってみた。うん、思ってたよりもツッコミが冴えてるなアイツ。これから定期的にからかってやる事にしよう。
新たな発見をしたところで、俺はエプロンを身に着けつつ台所へ向かう。ミクはミクで居間の掃除やらをしてくれていた。
さて、さすがにふかひれチャーハンとまでは行かないが、ちょっと気合入れて作ってみるとしますか。
♪ ♫ ♬
ピンポーン♪
チャーハンを盛り終えた瞬間に家のチャイムが鳴った。
「お、来たかな?」
「じゃすとおんたいむですね」
見事な日本語英語でミクが言う。…そんな英語苦手なら「ぴったり」とか日本語で言えばいいのに。
と、そんな突っ込みはさておき、とっとと迎えてやるとしよう。
俺はエプロンをはずしつつ玄関に向かう。ミクは俺の後ろをトテトテとついて来た。
…正直若干緊張している。っていうか今日から新しい家族が増えるってんだから、緊張するのも当たり前だ。
一度大きく深呼吸をして、ドアを開けた。
「…ぁ」
そこには。
「…えと、こ、こんにちは。…あ、あなたが、千歳奏さん、ですか?」
小さなトランクを持った、黒いセーラー服を身に纏った少女が、俺を見上げていた。
「…そうだよ、はじめまして。千歳奏です」
俺は出来る限りの優しい笑顔でうなずいた。
色々と驚きはした。あぁ、もちろん驚いたさ。想像以上の美少女だったし、黒髪なのに目が
でもまぁ何か…今日からこの子が俺の妹になるんだと思うと素直に嬉しくて、だから思ったよりも普通の反応をする事が出来た。
「あ、は、はい、はじめまして!わ、私は
「落ち着きなって、ほら深呼吸深呼吸」
「えっと、この家の養子にさせて頂きました。ちゅ、中学三年生なので、妹としてこの家で生活させてください」
「もちろん、いらっしゃい」
「はい!絶対にご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします!」
「絶対迷惑かけるんだ!?」
しまった!思わずツッコんじゃった!…いや、でもこれはしょうがなくない?最初の挨拶が「絶対にご迷惑をおかけします」だったらツッコまざるをえなくない?不可抗力じゃない?
とかそんな感じで誰に対してでもなく弁明をしていると、里香ちゃんは里香ちゃんでビックリしたように「はわわっ!?」とか奇声を上げていた。
「ご、ごめんなさい!やっぱり迷惑ですよね私なんでいないほうがいいですよね帰ったほうがいいですよねすみませんでした!」
「ま、待って!そうじゃないから!ビックリしただけだから!」
「ううぅぅ、ごめんなさい、ごめんなさい…。あうぅ…私ってやっぱり、人を不幸にしちゃうんだ…。お父さんとお母さんもいなくなっちゃうし、奏さんにも迷惑かけちゃうし…」
俺の言葉が微妙に聞こえているのか聞こえていないのか、幸い泣きながら走り去る事は無かったが、えらく落ち込んでしまった。…やばい、どうしていいかわからない。
…これが、俺と
さてさて、次回も里香さんフィーチャー回です。今後2,3回は里香さんメインの話になっちゃうかなぁ…。