お時間に余裕のある時にお読みください…;
「…やっぱり載ってないか…」
食器を片付け終えて再び二階に上がってきても、ミクはまだ目覚めていなかった。呼吸もそれほど落ち着いている様子も無く、症状も相変わらず特に変化はないようだった。まぁ、そんなに簡単に治るんだったら最初から苦労しないんだが。
部屋に戻った俺は現在ミクの隣ではなく、パソコンと向き合っている。「一応ボーカロイドだって機械なので、ひょっとしたら解決方法がインターネットのどこかに書いてあるかも」と言う淡い望みのもと、公式サイトだったり某知恵袋だったりで色々と探してはみたんだが…残念ながらボーカロイドが風邪のような症状を出して寝込むなんて事態は過去に無かったらしく、まったくと言っていいほど情報は得られなかった。唯一得られた情報は某知恵袋で、「ボーカロイドも病気にかかるんですか?」と言う問いに対し「インターネット経由でウィルスに感染でもしない限り、体調を崩すことはまず無い」という、ウィルスに感染した場合はこういったことが起こる可能性があると言うことだけだった。…しかし、ミクは歌えないのだからパソコンに接続する必要はまったく無いわけで…。
一応忘れてしまっている人のために説明しておくと、本来ボーカロイドは歌うために、パソコン上で入力したデータをパソコンと接続してインストールしなければならないのだ(詳しくは第02話参照)。しかしうちにいるミクさんにはそんなことをする必要が無いため、パソコン経由でウィルスに感染したと言うことはなさそうだ。となるとつまり…結局原因がわからないわけで。パソコンを使って理由を調べてわかったことは、これが本当に誰も経験したことが無い、そして起こるはずの無い、本当の異常事態だということだけだった。
「…解決策を探してたはずなのに、結果的にさらに不安になっちまった…」
ため息と共にパソコンを閉じ、もう一度ミクの隣に歩み寄る。しかし、30分程度合間を空けただけで症状が良くなっているわけも無く、相変わらずの様子だった。
「…やっぱり特に解決策とか書いてなかった?」
「あぁ、やっぱ特殊な事例なんだろうな」
「…そっか」
「…里香、お前は大丈夫か?」
「え、私?何で急にそんな?」
「いや、今朝からずっとミクの隣で看病してるから、さすがに少し疲れてるんじゃないかって思ったんだけど…」
「私は大丈夫だけど…まぁ、ちょっとお腹は空いたけど」
そう言われて、ふと時計を見る。確かに、時刻はいつの間にか11時を回っている。バタバタしていたせいで朝も食べれていないのだから、そろそろ腹も減る頃だろう。言われて気づいたが、俺も結構腹が減っていたりする。
「…トースターとかは出したままになってるから、食べたかったら食べてきていいぞ?」
「だ、大丈夫だって。ホントにちょっと、小腹が空いたって程度だから」
「別に常に二人体制でミクを看病しなきゃいけないなんてルール無いんだから、そんな風に遠慮しなくてもいいんだぞ?いいから食ってこい、もしもこの後何かあっても腹減ってたらやる気も出ないだろ」
「…じゃ、じゃあ、ちょっと行ってくる。ありがとね、お兄ちゃん。ちょっとの間ミクさんよろしく」
「ん、よろしくされた」
俺の言い回しがおかしかったのか、小さな笑みを漏らした里香は静かに椅子から立ち上がり、俺の横を通って部屋を出ていった。俺はついさっきまで里香が座っていた椅子に腰を下ろすと、目の前に横たわる少女を見つめる。少し息が荒くて肌が上気していて…普段の俺なら「何か微妙にエロいような…」とかくだらないことを言うんだろうが、今の俺にはそんな余裕が無かった。…なぜか、自分でも不思議なくらい焦っていた…というか、不安だった。
思えば、今朝ミクの様子がおかしいと知ってから俺は落ち着きがなさ過ぎる。じっとしていられず何故か一階の食器を片付けたり…よくよく考えれば今朝は朝飯を食べ損なったのだから、食器だって汚れていなかったのだ。それをわざわざ洗って片付けるって…なにそのちょっと危ない人の行動。
そしてそれ以上に不可解なのが、パソコン。冷静に考えればパソコンで調べてたのだって、「本来ありえない」って時点でインターネットの不特定多数の人物に答えを期待するより、直接販売元に連絡を取って解決策を仰ぐほうがいいに決まっている。…なら、何故そうしなかったのか?
「…んっ」
そこで唐突に、俺の思考は強制的に中断させられた。小さく部屋の中を響いた声にハッとして顔を上げると、ミクの目がうっすらと開いているのが見えた。
「ミクっ…!」
「…ぁれ、マスター…?どうしたんですか、そんなに切羽詰ったような顔をして…」
こっちを向いたミクが、心底不思議そうな顔で尋ねる。声はいつに無くフワフワしているが、意識はそれなりにハッキリしているようだ。少し安堵しつつ、言葉を続ける。
「『どうしたんですか』じゃねぇよ、お前がどうした…昨日はあんなに元気だったくせに…」
「…昨日?…あぁそうだ、昨日マスターのこと思いっきりフライパンで引っ叩いて…っ!?」
俺に言われて昨日の出来事を順を追って思い出そうとしていたらしいミクは、しばらく記憶を辿った後に、元々仄かに赤かった顔を急に真っ赤にしたと思ったら、とても寝起き、しかも病人とは思えない俊敏さで起き上がって俺から飛びのいた。その行動に俺が驚き何事かと尋ねるよりも早く、ミクが思い出したように脱力し、再びベッドにペタンと座り込んでしまった。
「お、おい、どうした、大丈夫か!?」
「…だ、大丈夫です…ただ、ちょっと体に力が入らないだけで…」
「当たり前だろ、風邪引いてんだから!ちゃんと安静にしてろって!」
「…風邪?何バカなこと言ってるんですか?ボーカロイドが風邪なんて引くわけ…」
「そのバカなことが起こってる言ってるんだろうが!いいから休めっ!」
思わず語気を強めてしまい、半ば怒鳴るような形になってしまった。やってしまってからハッとしてミクの様子を伺うと、今までに無いほど怯えた表情で俺のことを見上げていた。
「…ど、どうしたんですか?マスターらしくないですよ、声を荒げるなんて…」
「…悪い」
「いえ…それより、何なんですか?マスターがそんなに動揺するなんて…」
「…まずはちゃんとベッドに入れ」
「え?…ぁ、はい、わかりました…」
俺の様子から事態の深刻さを察したのか、大人しく俺の指示に従ってくれる。その間に俺は里香にミクが起きたことを連絡すると、里香がお粥を作り始めてくれた。…来たばかりの頃料理が作れない、みたいなニュアンスの事を言っていた気がするが、お粥程度の簡単なものなら作れるらしい。
里香がお粥を作ってくれている間、俺は今日の出来事を…一部を除いて全て話した。一部というのはもちろん…まぁ、俺が起こしに来た時に起こってしまった事件のこと。いつかは謝らなければならないだろうが、今は事情が事情のため割愛。
つまり、里香が今朝ミクを起こしに行ったら体温が普段よりも高かったこと、息も荒く汗もかいており、なおかつ肌が若干上気していたことから人間で言う風邪のような何か体調不良の状態に陥ってしまったのではないかということなど、現時点で俺たちが持っている情報を全て説明した。正直、何よりもボーカロイドのことに詳しいミク本人なら何かしら打開策を思いつくかと少しばかり期待していたのだが…。
「まぁそんなわけで、今お前は一応病人ってことになってるから。とりあえず大人しくしてろ」
「…事情はわかりましたけど…なんでこんなことになってるんですかね?」
「…それをお前が知っていることに若干期待してたんだがな…」
「…ごめんなさい、私にも自分に何が起こってるのかわからないので…解決策も何も思いつきません…」
「そっか…」
…当ても外れてしまったとなると、ひとまずは人間用の看病を続けるしかないか。俺とミクが同時にため息をついたタイミングで、控えめなノックの音の後に里香が扉を開けた。
「ミクさん、具合どう?」
「正直、どうって言われても…って感じです。今起きたばっかりですし…確かに昨日よりは体に力が入らなくてダルい感じはしますけど…」
「ん~…やっぱり風邪なのかなぁ…」
「申し訳ありません、里香さん。マスターも…私のせいでご迷惑をおかけしてしまって…」
「…ミクさん」
「はい?」
名前を呼ばれたミクが顔を上げると、その額に里香のデコピンが命中した。「っぽぁ!?」っと今までに聞いたことの無い悲鳴を上げて、驚いた様子で里香のことを見つめている。俺も少し驚いて…というより、感心して里香を見つめる。二つの視線が自分に集中する中、少し怒ったような口調で里香が言葉を発した。
「お兄ちゃんが私のことを妹として…って言うか、家族として認めてくれたみたいに、ミクさんだって私のことを家族って認めてくれたんでしょ?もしそうなら、私だってミクさんのことを家族だって認めてる。だから、遠慮なんかしないで迷惑ぐらいどんどんかけちゃっていいんだよ」
「で、でも…」
「ミク」
いつか俺が言ったような台詞を里香が発してもなお釈然としない様子のミクにこちらを向かせ、里香と同じようにデコピンを喰らわせる。ただし、里香のが「パシッ」という音がしたのに対し、俺のは「ベチィンッ」と軽く4倍は大きな音が響いた。ミクの悲鳴も「ぅあ痛ぁっ!?」と先ほどより明確に痛みを表現する言葉を発して、思いっきり仰け反っている。相当痛かったのだろう…俺の指も若干痛かった。里香も横で「…あの音は痛い…」と呟いている。経験者は語る。
「何するんですかっ!?」
「いや、俺も里香と同じ、って意味でデコピン」
「お、同じって…」
「別に今更迷惑かけることなんざ心配する必要ねぇよ、今まで何回迷惑かけられ続けたと思ってんだ。最初は歌えなくて、大食いだから食費が
「…特殊性癖の件は初耳ですけど?」
「…二人とも、私が来る前何してたの…?っていうか今までのお兄ちゃんの行動を見るにそれも自業自得な気がしてならないんだけど」
…少し余計な事を言ったせいで微妙な空気が流れた上に何か誤解をされた気がするが、コホンと咳払いを一つ、気を取り直して言葉を続ける。
「今回の風邪騒動も、そんな感じの迷惑の一つだよ。あんなに色々被害を
「…で、でもやっぱり迷惑なんじゃないですか…」
「この程度の迷惑だったらどうってことねぇよ…それに本気で迷惑だと思ってるならとっくにお前を追い出してるし」
最後のほうは少し早口に捲くし立てる。…それを見ていた里香が「…ツンデレ?」と呟いてた気がするが、無視。聞こえない振り。しかしミクには両方聞こえてしまっていたらしく、しばらくポカンとしていたと思ったら不意に微笑んだ。
「…ありがとうございます、マスター。里香さんも」
「うん、どういたしまして。ついでだからその敬語もやめちゃえばいいのに」
「…考えておきますね」
「そう言う奴って大抵やる気ないよな」
「そ、そんな事ナイデスヨ?」
目を逸らしながら片言気味に言うミクに、思わず吹き出してしまう。それをきっかけに里香とミクも小さく笑いだした。
「…さて、じゃあとっとと飯食って寝てろ」
「はい、そうさせてもらいます。里香さん、お粥ありがとうございます」
「どういたしまして、早く良くなってね」
ミクの言葉に微笑を返してお粥の入った器を渡した後、若干ドヤ顔で振り向き俺を見る里香。
「…なんだよ?」
「へへっ、私も少しは成長してるでしょ?」
「…生意気言うな、ほとんど俺の受け売りじゃねぇか」
デコピンの構えを取った右手を里香の額に近づける。それを見ただけでピクンと体を反応させて目を閉じ身構える里香。…しかし俺の右手が彼女に近づくにつれ開いていき、
ポス…ッ。
「え?」
「…ぁ」
最終的に完全に開いた右手は額ではなく、里香の頭の上に置かれていた。まるで、彼女の頭を撫でているように。
…いや、実際撫でているのだが。
「…お兄ちゃん?」
「…まぁ、よくやったよ。その調子でこれからも頑張れ」
目を逸らしてそっけなくそう答える。すると里香は見る見るにやけた顔になって…
「やっぱりお兄ちゃんツンデ…ぁ痛っ!?」
何かを言われる前に右手を少し上げて90度回転させ、今度は思いっきり頭に叩きつける。所謂チョップと言う奴だ。
「飴と鞭という奴だ」
「鞭の割合が酷い!9対1くらいで鞭じゃん!」
「はいはい喚くな、いいから病人の邪魔しないように下行くぞ」
「うぅ~…はぁ~い」
「じゃあミク、10分位したら食器回収しに来るから、食べ終わったらそこの椅子の上にでも置いといてくれ」
「……ぇ、あ、はい、わかりました」
ミクが少しボーッとしていたのが少し気になるが、きっと熱のせいだろう。そう納得して、俺は里香と一緒に部屋を後にした。
♪ ♫ ♬
目が覚めてからどれ位たっただろう。壁にかけられた時計に目をやると、短い針が7と8のちょうど間に位置している。起きたのがお昼過ぎだから、もう7時間ほど何もせずにベッドに転がっている。…もう随分前から寝ようと努力しているのだが、昨日のようにどうでもいいことを色々考えてしまって、一向に眠気が訪れない。
ただ一つ昨日と違うのが、考えているのが里香さんのことではなく、マスターのことばかりなのだ。昨日も知らず知らずのうちにマスターのことを考えてしまっていたことは何度かあったが、今度は違う。いつの間に、では無く、常にマスターのことを考えてしまう。
どんな迷惑をかけてもため息一つで許してくれるマスター。普段意地悪なくせに時々ピンポイントで優しくしてくれるマスター。…ボーカロイドの私を、まるで家族のように…人間のように扱ってくれるマスター。実際凄く嬉しいし、彼のそう言うところには凄く感謝している。機械である私を、家族として認めてくれるなんて。
…しかし、ならばどうしてさっき、彼にデコピンをされて「家族」と言われた時、胸が少し痛んだのだろう?どうしてさっき、マスターが里香さんの頭を撫でた時、「羨ましい」と思ってしまったのだろう?十分すぎる程恵まれているのに、どうしてさらに欲張りになってしまうのだろう…。
「…私は機械なのに…どうして…」
最後の一言が口から出る直前で、部屋にノックの音が響いた。少し慌ててたせいで裏返ってしまった声で「ど、どうぞっ!」と返事をすると、マスターがゆっくりと部屋に入ってくる。…たったそれだけのことで、何故か鼓動が早くなる。心臓なんて存在しないのに。
「どうだ、少しは良くなったか?」
「え?あ、う~ん…どうでしょう、自分ではよくわからないんですが…」
「どれどれ」
私の答えを聞いたマスターが手の平を私のおでこに当てる。ひんやりとした感覚が心地よく、目を閉じてしまう。しばらくその気持ちよさに浸っていると、不意に手が離れてしまい、少々の名残惜しさを感じながら目を開ける。マスターの顔を見ると、なにやら難しい顔をしていた。
「…体温計で計ったわけじゃないから確実じゃないけど、多分大して下がってないな…。下手するとちょっと上がってるかも…」
「…そうですか…」
それを聞いて、ふと一つの考えが頭をよぎる。…いや、本当の事を言えば、今日目が覚めて自分の体調がおかしいことを知ってから、ずっと考えていたことだ。
…私は、壊れてしまったのだろうか?
ボーカロイドが風邪を引くなんて事ありえない。ありえない事が起こったという事は、私が壊れてしまったと言うことではないのか?
壊れてしまったボーカロイドに価値は無い。価値の無いものは…。
そこまで考えて、実際にそうなった場合のことを想像してゾッとする。価値の無いものは捨てられる。マスターに捨てられる。マスターに捨てられたら、私は…。
「ミクッ!?どうした、おいっ!」
マスターが私の体を激しく揺すったことで、思考の渦に飲まれていた意識が現実に戻る。目の前には、顔を真っ青にしたマスターの顔。
もし私の思考回路が正常に動作していたならば、ここで顔を真っ赤にして飛びのいていたに違いない。だが、今の私は彼に捨てられるかもしれないと言う恐怖に完全に飲み込まれてしまっていた。
意識したわけではなかった。ただ…
「…ミク?」
自然と、両腕が目の前にあるマスターの体を自分の方へと引き寄せていた。
「み、ミクッ!?え、何、どうしたっ!?」
「…ないで……がいし…す…」
「…え?」
「捨てないで…捨てないでください、お願いします…」
無意識に、壊れたレコードの様に、その二言だけを無機質に呟いていた。
怖かった。自分が壊れることよりも、今後熱が下がらなくて寝たきり同然の状態になることよりも何よりも…この人に無価値だと思われて、捨てられてしまうのがただひたすらに怖かった。涙を流す機能が無いおかげで惨めに泣き喚くことこそ無かったものの、いつそうなってもおかしくないほど、私の心は恐怖に包まれていた。
「捨てないで、捨てないでください…お願いします…お願い…」
「…」
いつまでそうして震えていたのだろうか。後から思い返してみても我ながら何て不気味なことをしていたのだろうと思うが、そんな私をずっと突き飛ばしたりすることも無く受け入れ続けてくれたマスター。…かと思ったら。
「…バカ野郎」
体が磁石になったように、マスターのほうに凄い勢いで引き付けられる。…それが、マスターの腕によって引き寄せられていたのだと気づくのに、しばしの時間を要した。
…そしてようやく状況を把握すると、顔が爆発したように熱くなった。
「な、ななななななな…ま、マスター!?」
さっきまで小動物のように震えていた私はどこへやら、今度は一転して力の入らない体を懸命に動かしてマスターの拘束から逃れようとしている。しかしマスターは一向に私を話してくれるような気配を見せず、しばらくして脱出不可能と悟った私は顔をさらに真っ赤にして彼に身を任せた。
「…バカって何ですかバカって…あと、野郎じゃないです…」
「じゃあバカだけでもいいよ、バカ」
「だ、だから何でですか…」
「捨てるわけ無いだろ」
小さく呟いた直後、より一層強く抱きしめられる。力が強すぎて息苦しいくらいだったけど、抵抗する気はまったく起きなかった。
「…治らないかもしれないんですよ?ずっと何も出来ないままここに寝転がってるかもしれないんですよ?」
「解決策を探してる間の、息抜きの話し相手くらいにはなれるだろ?」
「…これが治っても、歌えないんですよ?価値の無いボーカロイドなんですよ?」
「それに関して俺が今までに一度でも愚痴ったか?」
「…マスターのほうが大バカ野郎です」
「あ?何で?」
「私みたいな出来損ないに執着するなんて、非生産的ですよ。新しい個体を買ったほうが10倍問題が少ないのに…」
「…じゃあお前が早く治れば俺は大バカ野郎じゃなくなるんだろ?とっとと寝て回復しやがれ」
「…ふふっ、そうします」
さっきまでは眠ろうと思っても眠れなかった。今だって眠いわけじゃないけど、でも…彼のために、早く眠って良くなろうと思った。
ベッドに潜り込んで、いつもの寝る前のチェックを一通りこなして…
そこで、気づいた。
「…あれ?」
「どうした?」
「…充電コード」
「………は?」
もう一度背中の、人間で言う背骨が通ってる部分に手を這わせる。場所で言うと、ちょうどおへその反対側辺り。いつもなら寝る前に必ずコードが繋がっている所に、あるはずの感触が無い。
いくらボーカロイドが最先端のテクノロジーを使って動いているといっても、外部からのエネルギー供給無しで無限に動けるわけではない。人間なら食事をすることによってエネルギーを得られるのだが、残念ながら技術はそこまで進歩しておらず、故に基本的に毎晩寝る前に背中に専用のコードを接続することによって、夜中に充電を行っているのだ。そうすることによって日中は問題なく活動ができ、一晩の充電で最高2日間は活動可能なのである。とはいえ、通常はボーカロイド本人が寝る前に必ずコード接続を自動で行うようプログラムされているため、エネルギー切れはもちろん、エネルギー不足に陥ることすら絶対にないのだ。
…しかし、今私の背中にコードが接続されていない。今日はずっと寝たきりだったのだから、昨日接続されたはずのコードがそこに存在していなければ理屈が成り立たない。
その旨をマスターに説明すると、状況を理解した上で数点質問を投げかけてきた。
「昨日は確かにちゃんと接続したんだな?」
「はい、明確な記憶が残っているわけではないですが、そう言う風にプログラムされているので絶対に忘れたりはするはずありません」
「ただ、コードは…」
「…はい、外れた状態でベッドの下に全部落ちてました」
「…昨日暴れたりしたんじゃねぇの?」
「暴れたりって…寝る前にそんなにジタバタ動くわけ…あ」
そこまで言ってから、ふと思い出す。私が昨日、何をしていたのかを。
昨日は確か、里香さんやマスターのことを考えて悶々とジタバタしていたような、していなかった、よう、な…。
「…」
「…」
「…ミク、最後の質問」
「…は、はい…」
「ボーカロイドって言うのは、エネルギー不足になるとどうなるんだ?」
「…前例が無いので詳しくはわかりませんが…た、多分、今の私みたいな状況になるんじゃないかな~…と…。…あ、あはははっ…はは…」
冷や汗を滝のようにかきながらも笑顔を浮かべて答えると、マスターの方から何かが切れるような音が聞こえた…ような気がする。決して血管や、堪忍袋の尾とかではないことを祈りたい。
「あ、あは、は…は…」
「…ミク」
「は、はいぃ!?」
「お前、今日から一週間飯抜きな」
「ええぇえぇぇぇえぇ!?一週間ですか!?」
何度か言っているように、ボーカロイドに食事は必要ない。…必要ない、のだが…食べてる時間そのものは非常に幸福だ。
「ったりめぇだこの野郎!お前が俺らにどれだけ心配かけたと思ってんだっ!」
「ひいぃいぃぃごめんなさいごめんなさい、以後気をつけますから許してくださいお願いしますっ!」
しかし、原因が原因だったので、反論するわけにもいかない。彼の怒りはもっともなので、従うしかない…。って言うかマスター怖いです、鬼の形相で怒鳴らないでください比較的マジ泣きしそうなくらい怖いですっ!
「…はぁ…」
「…まぁ、何事も無くてよかったよ。充電すれば直るんだな?」
「…はい、多分問題なく戻ると思います」
「そっか…じゃあ、明日の朝までに全回復してたら、三日抜きで勘弁してやるよ」
「え、ほ、ホントですか!?」
「ちゃんと明日までに全快してたらな。治したかったらとっとと寝ろ」
「寝ます、ぐっすり寝ますっ!今すぐ寝ます!おやすみなさいっ!」
「…寝るテンションじゃねぇよなそれ…おやすみ」
勢い良く布団に潜り込む私をため息をついて見守ってから、マスターが部屋を部屋を出て行こうとする。部屋の電気が消え、廊下から差し込む光も消えるその直前、
「…よかったな」
聞こえるか聞こえないか本当に微妙な声量で、マスターが囁いたのが耳に届いた。心の中でお礼を言ってから、私は久々に訪れた心地よい眠気に身を委ねた。
さてさて、今回はハーメルンにて行った書下ろしの中でも最長の、前編後編合わせて約18000文字弱でお送りしました。うぅむ、シリアス成分多めですね…次回はもう少しコメディ色を強く出来ればいいな、何て考えております。
と言うわけで今週のエピソード…とりあえず今週一番戸惑ったのは、夜中に夕飯を買いに出かけたら人の免許証が落ちてました。幸い同じ学校の生徒の物だったので連絡を取って翌日には返せたのですが…他人の超・貴重品を一日預かるってプレッシャーが半端無いですね、正直もう二度とやりたくないです(´・ω・`)