ミクノポップ!!   作:YoShoki

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遅くなってすみませんでした!
遅刻の理由に関しては活動報告を見ていただければと思います。


第36話 それぞれの苦悩

「…海翔」

「うん、なんだい?」

「…ちょっと、相談があるんだ」

 

俺はそう切り出し、これまでの経緯を全て海翔に話した。

 

俺が先週、鈴と蓮から里香の俺に対する想いが、俺が里香に抱いている思いとは似て非なるものであるという事。

それを聞いて参っている俺が家に帰ってきたら、何故かミクの様子がいつもと違った事。急に感情表現が乏しくなって、普段いつもやってくれていた事、例えばお茶を入れてくれたり掃除をしてくれたり…そういったことを一切してくれなくなってしまった事。

俺はそんなミクの変化と里香の想いとを短期間の間に、立て続けに体験してしまったせいでどうしていいかわからなくなり、結果的に家がこういう状況…言いたくはないが、つまりはとても居にくい空間になってしまった事。そして、俺なりに何とか解決して見ようと尽力はして見たものの、事態が一向に好転する気配がないという事。

 

…そういった、今まで誰にも相談しなかった事の全てを、今初めて海翔に吐露した。俺の話を辛抱強く、たまに相槌を打ちながら聞いてくれていた海翔は俺が話し終えると同時に、「…うん」と小さく声を出して、俯きがちだった顔を上げて、まっすぐに俺を見た。

 

「…やっぱり、僕達が想像してたよりも大分酷い状況みたいだね」

「…悪いな、面倒ごとに巻き込んじまって」

「何言ってるのさ、確かに面倒ごとだけど、友達が困ってるんだもん。大変だけど、何とかしてあげたいと思うのは当然でしょ?」

「…そう言ってくれると助かる」

 

何の臆面もなく笑顔でこっ恥ずかしい台詞を吐く海翔に思わず苦笑がこぼれてしまう。だがすぐに表情を引き締めて、一番重要な疑問を口に出して聞いてみた。

 

「…なぁ、海翔。俺はどうすればいいと思う?」

 

♪ ♫ ♬

 

「はぁ、はぁ…里香!」

 

ここ数ヶ月で見慣れた近所を一人でトボトボ歩いていると、不意に名前を呼ばれて驚いて振り返る。そこにはさっきまで家にいたはずのお兄ちゃんの友達の葵さんが、息を切らして私に走り寄ってきていた。

 

「あ、葵さん!?ど、どうしたんですか、そんなに急いで…」

「ど、どうしたもこうしたもないわよ…」

 

私は足を止めて葵さんが追いつくのを待ってから、至極当然の問いを投げかける。葵さんは方で息をしながらもそう返答してから、息を整えて私に向き直る。

 

「…あんたさぁ、カナと何かあったの?」

「…べ、別に何も…」

「何もないわけないでしょ」

「ぅ…」

 

先手を打たれて言葉に詰まってしまう。そう、確かに何もないわけじゃない。先週お兄ちゃんがお茶会に行ってから私を避けるようになってしまい、それに呼応するようにミクさんも余所余所しい態度を取るようになっていった。そんな中、そうなってしまった理由がわからない私は解決策を練るわけでもなくただただ日々を過ごしていき、結果的には二人と顔を合わせることすら辛くなってしまうまでに追い詰められてしまっていた。

 

「ほらぁ、そんなに辛そうな顔してるくせに何もなかったわけないじゃない、ちょっと前までは千歳家は皆羨ましいくらいに仲良かったのに…」

「…」

「…心配なのよ、あんた達の事が。だから、私じゃ力になれないかもしれないけど、話だけでも聞いてあげたいの」

「…」

「それに、人に話して見るだけでも、結構楽になるかもしれないわよ?だから…ダメ?」

「…ありがとうございます、葵さん」

 

彼女の言葉を俯きながら聞いていた私は、目尻にたまった涙を拭ってから顔を上げ、まずは彼女の心配に、心遣いに感謝の言葉を述べた。

頼んでもいないのにこうやって心配をしてくれて、私たちが抱えている厄介事を解決する手助けをしてくれようと進んで歩み寄ってきてくれる。それはかつて、行き場がなくて苦しんでいた私を助けてくれた人がしてくれた事と全く同じで…半年ほどたった今でも、私は再びそれに縋るしかない。

今までずっと近くで、それこそ誰よりも近い所で私を助けてくれた人を見ていたはずなのに、全く成長できていない私自身に腹が立つ。自己嫌悪の渦に飲み込まれてしまいそうだ。今すぐにでも自室に篭って、私を怖がらせる世界から逃げ出してしまいたい。

 

「…葵さん」

「何?」

 

…でも、今はそんな事をしている場合じゃない。ここまで心配してくれている人がいる今、私がしなきゃいけないのは一人で困り果てる事じゃない。誰かに頼ってでも、自力で助かる努力をしなきゃいけない。

 

「…相談が、あるんです」

「…えぇ、もちろん、私でよければ聞くわよ」

 

それでも…あぁ、やっぱり悔しいなぁ。

私は、お兄ちゃんの妹になってからも、これっぽっちの成長ですらできてなかったんだ。

 

♪ ♫ ♬

 

コンッコンッ…。

 

「…はい、どちら様ですか?」

 

控えめなノックの音を聞いた私は、ベッドに投げ出していた体を起こしてドアの向こう側にいる人物に声を掛ける。「えっと…鈴、です。ちょっとお話したいんだけど…ダメですか?」という返事が返ってきたのを聞いた私は、てっきりマスターか里香さんのどちらかだと思っていたせいで、予想外の声を聞いて驚いてしまった。

 

「え、鈴さん…?」

「すみません、俺もいます。…ちょっとだけ、話をしたいんですけど…」

「蓮さんまで…あ、すみません、今開けますね」

 

驚きのせいで部屋の中で呆然としていた私は、今だに二人を招きいれていないという事実に気付いて慌ててドアを開ける。そこには何故かとても緊張した面持ちで立つ鏡野姉弟の姿があった。

 

「「…お、おじゃまします…」」

「えぇ、どうぞ…」

 

…ど、どうしたんですかね、二人共…。蓮さんがオドオドしてるのはまぁ理解できなくもないですけど…あの鈴さんまで緊張して敬語を使うって、一体どういう状況なんですかね?

私のそんな疑問を知ってか知らずか二人は未だに緊張で体をガチガチにして、まるでロボットのように私に向き直った。二人の様子を見た私まで何故か緊張してしまい、慌てて背筋を伸ばして姿勢を正す。

 

「…」

「…」

「…」

 

…えっと、二度目になりますけど…どういう状況なんですかコレ?私から声を掛けるべきなんですかね?いやでも「話がしたい」と言ってきたのは向こうなわけですし、ここは向こうが話を切り出すまで待ったほうがいいのでは…。

とそこまで考えた所で、意を決したように鈴さんが搾り出すような声を出した。

 

「そ、その…ミクさん…」

「あ、は、はい、なんですか?」

「えっと…その、奏と、何かあったんですか?」

「…」

 

その問いを聞いて、私は瞬間的に事情を理解してしまった。

恐らくこの二人は、今のこの家の状況を知っているのだろう。マスターがそういうことを口外するとは少し考えにくいので、きっとこの二人が敏感にいつもと違う雰囲気を察してマスターを問いただした…と。もっとも、この家の雰囲気がおかしいのはかなり明らかだったと思いますけど。

それで何がおかしいかを知った二人は、お節介にも私の話を聞いて何とか解決策を探ろうとしている…とまぁ、そんなところでしょうか。

…だとしたら、私の取る対応は一つですよね。

 

♪ ♫ ♬

 

「…なぁ海翔、俺はどうすればいいと思う?」

「う~ん…正直全然わかんないや」

 

今の今までとてつもなく頼もしい台詞を吐いていた俺の友人から飛び出したとんでもなく頼りない一言を聞いて、俺は思わず椅子から転げ落ちてしまった。

 

「だ、大丈夫…?」

「お、お前なぁ…さっきまでの超頼もしい雰囲気はどうしたんだよ!?」

「あのねぇ、確かに何とかしてあげたいとは思うけど、みんなの思惑が全然わからない以上適当なアドバイスは出来ないでしょ?」

「そ、それはそうかもしれないけど…みんなの思惑なんて、俺にわかるわけないだろ?」

「そんな事ないさ、少なくとも…」

 

海翔は微笑を浮かべながら、俺の事を指差した。そして、

 

「君自身がどう考えて行動してるのか位は、自分でもわかるでしょ?」

「…」

「難しい質問じゃないでしょ?自分が何を考えて行動してるかわからない人間なんて、一人もいないんだしさ」

「それは…」

「まぁ、言いにくい事だとは思うけどね。でも、本当に僕からのアドバイスが欲しいと思うなら、君自身の考えを教えてくれないと、どうしようもないよ」

「…それもそうだな」

 

俺はため息を吐きつつも、彼の言葉に同意する。まったく…相変わらず、笑顔を浮かべながら随分酷なことを言ってくれるやつだなぁ。

俺は心の中でそう悪態を吐きながらも、深呼吸と共に覚悟を決めて、言葉を紡ぎだした。

 

「…ミクが何を考えて今までと態度を変えたのかは、俺にもわからない」

「そうだね、聞いている限りだとミクちゃんの問題に関してはカナの問題というより、彼女の心境に何らかの変化があって、その結果こうなってるみたいだし。でも、里香ちゃんの問題に関しては、明らかにカナが原因だ」

「…あぁ」

「…カナは鈴ちゃんと蓮君に里香ちゃんがカナの事を好きだと言う事実を聞いて、動揺してその結果里香ちゃんとの接し方がわからなくなってしまった。それってつまりは、そういうことだよね?」

「…そうだな、俺は…」

 

 

 

「里香と付き合うつもりはないよ」

 

 

 

海翔があえてぼかして言った部分を、自分の中で明確にするためにあえて口に出して宣言する。海翔はそれを聞いて少し驚いていたが、やがて俺の意図を察してかいつも通りに、しかし少し悲しげに「そっか」と短く呟き苦笑を浮かべた。

 

「じゃあ、それはどうして?」

 

と思ったら、今度はこっちが面食らう番だった。いや、確かに『思惑を明確にする』のが目的なんだからその質問は来るだろうとは思ったけど、えらいストレートに聞いてきたなオイ…。っていうか、

 

「どうしても何も、里香は妹なんだから…」

「それは違うよ」

 

呆れ気味に俺が理由を述べ始めると、途中で海翔がピシャリと俺の言葉を遮った。それはまるで俺の心を見透かしたように力強く、俺は言葉を続ける事ができなかった。

 

「…」

「…少し厳しい…というか、心無い事を言うけど、最後まで聞いてね。確かに里香ちゃんはカナの妹さ。でも、『本当の妹』じゃない。突き詰めてしまえばカナと彼女は血も繋がっていない、赤の他人なんだ。それはカナもわかってるでしょ?」

「それは…でも、俺は…」

「カナがどう思ってるかじゃないんだよ、お互いがお互いをどう思ってるかなんだ。事実、里香ちゃんはカナの事を兄とわかっている上で、君のことが好きなんだ。そんな相手を『兄妹だから』なんて理由で拒絶するなんて、通用するはずがない。…そしてそれ以上に、失礼な事だと僕は思うよ」

「…」

「そして、里香ちゃんも僕も…いや、カナを知っている人なら、絶対に思うはずなんだよ。『それだけの理由でカナが人を拒絶するはずがない』って」

「…」

「…もう一度聞くよ、カナ」

 

「どうしてカナは、里香ちゃんと付き合わないの?」

 

♪ ♫ ♬

 

「はあぁ、なるほどねぇ~…」

 

私の話を一通り聞いた葵さんは大きなため息と共にそう呟くと、何やら真剣な顔をして考え始めた。

現在私達は、葵さんの提案で近所の公園のベンチに座っている。そこで私はこの一週間で起きた事を、私の知っている範囲で全て葵さんに話した。とは言っても、私の知っていることなんて全然ない。先週二人がお茶会から帰ってきて以来様子がおかしくて、私が戸惑っているうちにいつの間にかこうなってしまっていた。それでも知っている限りの私の話を聞いた葵さんは、思い当たる節があったのか「そういえば」と唐突に顔を上げた。

 

「ミクの様子がおかしくなったのは私と会った直後って事でしょ?」

「えっと…そうですね、お茶会から帰ってきた後なので、多分そういうことになると思いますけど」

「ん~、じゃあやっぱあの質問が悪かったのかなぁ…」

「あの質問って?」

「いやね、お茶会始めてしばらくしてから私聞いてみたのよ、『カナの事好きなんでしょ?』って」

 

それを聞いた瞬間、私の心臓がドクンッと音を立てて急激に鼓動を早めた。嫌な汗が背中を伝い、震える手を何とか押さえようスカートを強く握り締めてみたが、全く治まる気配がない。

 

「…そ、それで、ミクさんは何て…?」

 

ゴクリと唾を飲み込んでようやく発した言葉は自分でも驚く程震えていた。答えなんて聞くまでもなくわかっているのに、聞かずにいられなかった。

 

「…ミクは、『好きだけど、そういう意味での好きじゃない』って否定してたわよ」

「…そうですか」

 

()()()()()()()

ミクさんが唐突にそう聞かれて、素直に「好きです」だなんて答えるわけがない。たった半年ほどしか知らなくても、それくらいはわかる。ミクさんは例え誰が聞いても、例えそれがお兄ちゃんだったとしても、間違いなくそう答える事も…ミクさんが、嘘を吐いている事も、私にはわかる。

そしてそれは、葵さんにだってわかってるはずだ。だからこそ、『ミクは』と彼女は言った。

 

「…ま、嘘よね」

「…嘘ですよね」

 

ほら、やっぱりそうだった。

きっとミクさんのことだから、最初聞かれた時に思いっきり、面白いくらいに動揺したのだろう。そこで初めて自覚して、考えて…「ボーカロイドだから」という理由で、嘘をついた。

…繋がった。

ミクさんがどうして急に余所余所しくなったか。どうして急に家事をやめ、人間らしい事をやめて、「ボーカロイドなんですから」という言葉を多用するようになったか。その理由が、今明確になった。

少し前、ミクさんが熱を出して寝込んだ時。私は見てしまった。ミクさんが震えながらお兄ちゃんに抱きついて、「捨てないでください」と懇願している所を。

ミクさんはきっと、怖かったんだ。これ以上人間に近づいてしまう事が、自分の存在意義がなくなってしまう事が。このまま人間のように家事をし、感情を露にして人と会話し、歌う事の出来ない生活に完全に順応してしまうことで、自分のボーカロイドとしての価値が完全になくなってしまうのを恐れた。

でもきっとそれ以上に怖かったのが…今以上に、人間であるお兄ちゃんを好きになってしまう事。彼女をボーカロイドとして扱わない彼と今まで通りに接してしまえば、きっと自分の中の恋心を抑えることができなくなる。それを恐れてミクさんは、自分の感情を押し殺して、自分の存在を常に強調し、私やお兄ちゃんと距離を置くようになった。

人間にならなくて、済むように。

 

「そんなの…ダメ、切なすぎるよ…!」

 

思わず洩れた私の声は、さっきよりもさらに震えていた。それを聞いて思わず口を押さえた手の指先が濡れたのに気付いて、私は初めて自分が泣いていると言う事実を認識した。

 

「…ねぇ、一つ聞いていい?」

 

葵さんの呟くような問いに、私は小さく頷いて返事をする。

 

「今確信したんだけど、里香もさ、アイツの事…カナの事、好きよね?」

 

今度は大きく頷く。

 

「そっか…そうよね、辛い所を助けてくれたんだもんね」

 

頷く。

 

「…でも、カナは多分…」

「言わないでっ…!」

 

葵さんが言いそうになった言葉…いや、きっと間違いないであろう事実を、搾り出すような声で制止した。

わかってる。きっとお兄ちゃんは私が告白したら、真剣に考えてくれた上で、私を傷つけないよう最大限の努力をしながら拒絶を意味する言葉を私に告げるだろう。たった半年間だけど、ずっと見ていたんだから、それくらいの事はわかってる。わかってる、けど…

 

「…ごめんなさい、でも…その言葉は、本人以外からは聞きたくありません」

「…そうよね、ごめん」

 

葵さんはそう優しい声で謝ると、ベンチに深く背を預けて大きなため息をついた。

 

「…私はさ、里香と友達のつもりだけど、あなたの事は応援できないわ。だってミクだって私の友達だし、何よりも…根本的なところでは、やっぱり私はカナの友達なんだと思うわ。だから私に出来るのは、カナの応援だけ。…薄情な友達でゴメンね?」

「いえ、むしろ安心しました。きっと今一番苦しんでるのはお兄ちゃんだと思うから…。お兄ちゃんのこと、よろしくお願いしますね?」

「えぇ、任せなさい!」

 

葵さんは気持ちのいい笑顔を浮かべて力強く胸を叩くと、「さてと」とベンチから立ち上がった。

 

「そろそろ帰りましょ。2,3発ブン殴らなきゃいけない奴ができた事だしね」

「あはは…はい、そうしましょう」

 

私は手で涙を拭ってから、彼女を見習って勢い良くベンチから飛び上がった。

 

♪ ♫ ♬

 

「う~ん、別に何もないと思いますけど…」

「何もないって…そんなわけないじゃない!あたし達が知ってるミクさんたちはいつだって楽しそうだったのに、今はこんなにつまらなくなっちゃって…それに理由がないわけない!」

「り、リン、落ち着けって…!」

 

部屋に入ってきた時はまるで借りてきた猫のように大人しかった鈴さんが、私の言葉を聞いて急に元気を取り戻して怒鳴ってきた。いえ、元気になったというよりは、私の言葉に怒った…というのが妥当みたいですね。

 

「そ、そんな事言われても、私にはそうなってしまった原因なんて…」

「だったら…だったらどうしてミクさんは急に変わっちゃったのよ!?」

「変わったって…」

「…俺たちが前に遊びに来た時は、ミクさんは俺たちと…いや、先輩や里香と、楽しそうに笑ってたじゃないですか。お菓子だって用意してくれたし、本当に里香のお姉さんのように優しくて…それなのに、どうして急に冷たくなってしまったんですか?」

「だ、だって私はボーカロイドで…」

「ほら、それっ!」

「え…?」

「前会った時は一度も『自分はボーカロイドだから』なんて言わなかったのに、どうして急にそう言うようになったの?…きっとそこには、ミクさんなりの理由があるんでしょ?」

「…」

 

もちろんありますよ、えぇありますとも。そうでなければ、私があんなに居心地のいい素敵な空間を自ら壊すような真似をするわけがないじゃないですか。「私がボーカロイドじゃなければ」と、マスターへの恋心を自覚してから何度願った事か。

でも、現実は現実なんです。私はボーカロイド、マスターはマスター。その事実は何をしても覆りませんし、私の恋心を肯定して背を押してくれる要素は何一つとしてないんです。だったら私に出来る事は、せめて愛しい人に迷惑を掛けないよう、自分の気持ちを押し殺してボーカロイドとして生まれた私に出来る事を考える事。そのためには、今までのように…まるで一人の人間のように生きていくわけにはいかないんです。

…そのためには、この気持ちすら誰にも打ち明けるわけにもいかない。例えそれがこの問題に関係のない、ボーカロイドそっくりの双子にだとしても。

 

「…何も問題はありませんよ」

「ぇ…?」

「せっかく心配してくれたのに悪いですが、私には何の問題もありません。ボーカロイドである私がボーカロイドで在りたいと思うことに何の問題があるんですか?」

「そ、それは…」

「ですから、私は特におかしな事はしていないと思います。確かに最近家の中の雰囲気がおかしいですが、私達だって年がら年中陽気なわけじゃありません。時には落ち込んでしまう事もあるでしょうし、悩むことだってあると思います。だからきっと、今のこの状況だって時間がたてば元に戻りますよ」

「み、ミクさん…」

「だから、問題はありません」

 

私はまだ何かを言いたげにしている二人に対して、ピシャリと言い放ち会話を終了させる。二人は未だに納得はいっていないようだったが、やがて蓮さんが「…わかりました」と小さく呟いて、泣きそうな顔でこちらを見ている鈴さんを連れて部屋から出て行った。

 

「…はぁ」

 

二人が部屋を出るのを見送ってから、私は再びベッドに身を投げ出した。今思い返せば、我ながら何て嫌な事を言ってしまったのだろうと反省する。

 

「ボーカロイドとして在りたい、か…」

 

右手を見つめる。そこには見た目は人間と全く変わらない、精巧に作られた手が確かにある。しかしいくら似ているからと言ってそれは人間の手ではなく、人工皮膚の内側にはきっと銀色の光を放つ機械が所狭しと並んでいるのだろう。

目を閉じる。その昔、マスターと初めて会った日、彼が私にインストールした歌のファイル。それを読み込み、試しに再生してみた。

 

「■■■■■■■■■■■■」

 

何の奇跡も起こるはずもなく、再生されるのは相変わらず汚く耳障りな雑音。別に治ってる事を期待したわけじゃない。

私は何がしたいんだろう。

ボーカロイドだと言い張ったところで、仮にそれを真に受けてしまったマスターが曲を作ってくれても、私はそれを歌い上げることすら出来ないのだ。だったらさっき二人が言ったとおり、少しでも家を明るくする努力をしたほうがよっぽどいいのではないのだろうか?

でも、そんな事をすれば、きっと私はマスターへの気持ちを抑えきれなくなる。きっと我慢できなくなって、いずれ彼に気持ちを伝えてしまう。

それだけはダメだ、それが彼にとって一番の迷惑になってしまう。人間とボーカロイドのカップルなんて、世間が認めるはずがない。でもボーカロイドだと言い張った所で、私には何が出来るのだろう?何の意味があるのだろう?

…苦しい。人間だったらこんな時、泣いてストレスを発散するのだろうか。でも私には、涙を流す機能なんてついていない。じゃあどうすればいいの?

 

「誰か…助けて…」

 

震える声で誰にともなく懇願しながら、私はベッドシーツを握り締める事しかできなかった。




いやぁしかし…暗い、果てしなく暗い。こんなに暗い話を書いたのは初めてです。これもう「ほのぼの」タグ外したほうがいいんじゃないかしら?(=ω=;)

それから、今回遅れてしまって申し訳ありませんでした。
今後も万が一こうやって日曜日の正午に更新がなかった場合は活動報告で理由(言い訳)を書いておくので、もし疑問に思った方がいらっしゃいましたらそちらをチェックして頂くようお願いします。まぁ、もちろんなるべくそうならないよう努力はしますけどねw
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