「うっし、着いたぞ」
「へぇ~、ここが里香さんの学校ですか…。思ってたより小さいですね」
「そりゃまぁ、中学校だからな。高校と比べたらそら小さいだろ」
「ですよね」
苦笑交じりにミクがいう。
そう、何を隠そう、俺たちは現在里香、リン、レンの三人が通う学校に来ているのだった。俺は里香の入学手続きの時とかに付き添いで来たことがあるけれど、初めて来たミクが興味深そうに全景を見渡している。まぁ、何の変哲も無い中学校だし特に珍しいものが在るわけでもないのだが。
それはともかく、なぜ俺たちがこの学園に来ているのか。
「それにしても楽しみですね、里香さんたちの文化祭!」
「そうだなぁ、どんなもんかねぇ…」
…説明しようとしたらミクに先を越されてしまったが、とにかく今日は里香たちの中学の文化祭なのだ。中学校の文化祭だからそこまで期待してたわけではないんだが、実際こうして華やかにデコレーションされている校舎を見ると否が応でも気分が高揚してしまう。門なんかも結構気合入って作られてるし、コレはそれなりに期待してもいいのかも。
「マスター、早く行きましょうよ!」
「まぁそんな慌てんなって、文化祭は逃げねぇって」
軽快なステップで校舎に向かうミクの後を追う。現在彼女は髪を下ろしていて、なおかつ服もいつもの制服じゃなくて、某皆大好き服販売店で揃えた至って普通の格好をしている。
というのも、「ボーカロイドが文化祭でうろうろしてると結構目立つだろうから」、だと。今回の文化祭の主賓はあくまでこの中学の学生たちなんだから、部外者であるミクで観客たちの気を引くのも悪いと、ミクが自主的に比較的目立たない服を買い揃えていたのだった。…努力している本人の手前口に出しては言わないが、こんな長くて変わった色した髪だから、服装とか関係なくかなり目立つだろうけど。
(…まぁ、多分それだけが理由じゃないんだろうけど)
きっと本人的には割り切ったつもりなんだろうけど、やっぱり歌えないってことがまだどこかで引っかかってるんだろうな。だから事情を知らない人に色々聞かれたり思われたりしないように、なるべく「自分がボーカロイド」だと主張しないように配慮してるんだろう。
あぁそうだ、一応前回の事に関して少しだけ補足をしておこう。あれだけギスギスしていた我が家があの後どうなったかと言うと…なんと聞いて驚け、依然と全く変わりなく毎日を過ごすことが出来ているのだ。
以前のように誰が誰を避けるようになったとかも全く無くなったし、また三人で楽しくやってるよ。…まぁ、表面的には。
俺だって、さすがに問題が全部解決したなんて楽観視できるほど馬鹿なわけじゃない。ミクは迷いが消えた、みたいな事を言ってたけど、今だって歌えない事が気になってボーカロイドの格好をする事に気が引けてるっぽいし…やっぱりまだ完全に吹っ切れてはいない様子だ。
ミクだけじゃない、俺だってまだ悩んでる事くらいある。ミクをどうしたら助けてやれるかとか…里香の事とか。葵との話し合いから帰ってきた日の翌日、俺とミクが元に戻ったのを見てから里香もいつもの調子に戻ったように見えたけど、やっぱりたまに元気がなくなることがある。葵と何を話してたかはわからないけど、多分そこで何かあったんだろう。解決してやりたいとは思うけど…俺のアイツへの気持ちが固まってしまってる以上、俺から話を切り出す事はできない。
「歯痒いけど、今は待つしかない、か…」
「はい?何か言いましたか?」
「いや、別に何でもねぇよ」
「?そうですか…。それでマスター、里香さんたちのクラスの出し物ってなんなんですか?」
「知らん、っていうか聞いたけど教えてくれなかった。里香曰く、『来てからのお楽しみ』だと」
「あ~、そうなんですか。じゃあ教室はどこなんですか?」
「わからないけどさっきメール送ったから、そろそろ返事が…あ、来てた。…3-2だから、三階のどっかだな」
「よし、じゃあ早速ゴーです!」
「だから慌てんなっての…」
ため息をつきつつ、走り出したミクの後を小走りで追った。
…まぁ、まだ問題は山積みだけど、せっかくの祭りなんだし今日くらいは忘れてはしゃいでもいいよな?
♪ ♫ ♬
里香たちの教室の前には、何故か他の教室と違って列がなかった。行列がない、とかそう言う意味でなく、本当に人が一人も並んでいなかった。俺たちとしては並ぶ必要がなくて助かったのだが、ここまで誰も並んでいないとちょっと心配になってくる。教室内からも人が活動している気配もないし…本当に大丈夫なのかこれ。ひょっとして全然繁盛してないんじゃないか?
そんな不安を心に秘めて扉を開けると…。
『お帰りなさいませ、ご主人様、お嬢様!』
そんな不安を打ち砕くかのように、約30人ほどのメイドと執事の格好をした中学生の群れの明るい声が、俺とミクを出迎えてくれた。
「…」
「…」
あまりに予想外の出来事に、しばらくの間俺もミクもフリーズしてしまう。だってほら、考えても見てみ?まったく人の気配がしない教室に入ったら急にメイドと執事の軍団に出迎えられたらそらフリーズもしますよ、えぇ。
「…ちょっと、せっかく人が出迎えてやってんのに無反応ってのはどういう了見よ?」
「リン、キャラ忘れてるって!メイドだから、仕える立場だから!」
「うるさい、出来損ない執事は黙ってなさい!」
「で、出来損ないメイドに言われたくない!」
「なぁんですってぇ!?」
「あぁもうほら二人とも!お仕事中だから!ねっ!?」
俺たちが呆然としていると、教室の奥のほうから聞き覚えのある声が聞こえてきた。声の主は…まぁ言わずもがな、我が妹である里香と、その愉快な仲間たち・鈴と蓮だった。鏡野姉弟が喧嘩→里香が宥めるの、相変わらずのコンビネーションがいつものように発揮されている。
が、今日はいつもと少し様子が違った。…いや、様子というより…。
「…お前ら、服が変わってもやることは同じなのな」
そう、三人も教室内の他の生徒たちと同じように、メイド服と執事服を着ていた。…うん、里香にももちろん似合っているが、鈴と蓮は何か本物度が違う感じがする。たぶん金髪がメイド服と執事服とミラクルマッチしてるんだろうと思う。…まぁ、それでも個人的には里香のほうが好みだったりする。や、特に妹補正とかなしで、単純に好みの問題で。べ、別にシスコンなわけじゃないんだからねっ、勘違いしないでよねっ!…うん、相変わらず男がやると気持ち悪いセリフである。女の子がやると可愛いのに、何で男がやると見苦しいっていうかウザいんだろう…?
「何よ、文句あんの!?」
「ありまくりだ、何でメイドに怒鳴られなきゃならんのだ」
「メイドである前にあんたのことが嫌いなの!」
「そりゃわかってるけど、今日は仮にも客として来てんだから少しくらい我慢しろって」
「ぐ、ぐぬぬ…偉そうに…!」
「こら、リン!…先ぱ…じゃないご主人様、鈴がご迷惑をおかけして申し訳ありません…」
「ごめんねお兄ちゃん。鈴ちゃん恥ずかしがっちゃっていつもより凶暴になっちゃってて…。鈴ちゃん、ミクさんと少しお話しててくれる?」
「喜んでっ!あ~、やっとこいつの相手から解放されるわ…ミクさ~ん!」
俺がこの金髪の狂犬の扱いに困っていると、飼い主の二人が慌てて俺の下に駆け寄ってきた。すっかり役割を忘れてる里香に対して、こんな時でもちゃんと役を全うしてる蓮は相変わらず真面目なんだなぁ、としみじみ思ったりした。狂犬は二人の飼い主の指示を受けて、ミクと会話をしにいった。
「いや、大丈夫だよ。もうある程度こいつの破天荒っぷりにも慣れてきた。それより、二人ともいいなその衣装、似合ってるぞ」
「ホント?えへへ、そう言ってもらえると嬉しいよ、ありがと」
「俺はまだ慣れませんけどね。スーツっていうかタキシードっていうか、とにかくこういうかしこまった服はどうも苦手で…」
「あ~、それはわかる気がする。って言うかそれは置いといて…何で他に客いないんだ?見たところメイド・執事喫茶だろここ?ひょっとして繁盛してないのか?」
「そんな事ないよ?むしろ大繁盛で、さっきまでお客さんがたっくさんいたんだから!」
「んじゃぁ何でこんなに客がいないんだ?」
「お兄ちゃんが来るっていうから、しばらくの間お客払いしたの」
「…ちょっと待て。それはあれか、要するに俺のために貸切にしたってことか?」
「有体に言えば、そういうことですね」
「…それって何かものすごい営業妨害なんじゃないか?俺今すっげぇ罪悪感に襲われてるんだが。クラスメートの許可は取ったんだろうな?」
「もちろんだよ、って言うかみんな渋るどころかノリノリだった」
「はぁ?そりゃまたなんで?」
「『入学当初あんなに暗かった里香をここまで明るくさせた兄を見てみたい』というクラス全体の意見で」
「…」
何だその嬉し恥ずかしの注目のされ方は。確かに、意識して周りを見渡すと俺に好奇の視線が集中していることに気づいた。
…しっかし、改めてみると物凄い人数が俺に注目してんな。めちゃくちゃ長くて珍しい色をした髪を持つミクに興味を持って見ている人2割、俺に注目してる人8割。…一目で注目を浴びるミクを差し置いて注目される一般人ってどんなだ。すげぇな俺。
「…」
『…』
辺りを見回していたせいで、群衆の大部分の人数と目が合ってしまった。蛇に睨まれた蛙のように動きが止まってしまう。…非常に嫌な予感がする。とりあえず周囲に待機している中学生達に作り笑いを向けつつ、里香とレンに向き直ろう…
『お兄さん!』『里香のお兄さん!』『ちょっと待ってください奏さん!』
…として失敗した。さまざまな言葉で呼び止められる。って言うか何でお前ら俺の名前まで知ってんだ?里香とか鏡野姉弟がわざわざ教えたのか、それとも無意識の内に教えてたのか。まぁどの道俺にとってあまり嬉しいことではないのは確かだが。
…名前まで呼ばれて無視するわけにはいかないので、覚悟を決めて振り返る。そこには案の定、好奇に目の輝かせる中学生の群れが、俺の間近に迫っていた。…中々凄い迫力だなこれ。
「里香ちゃんに何してあげたんですか!?」
「どうして里香ちゃん急に明るくなったんですか!?ひょっとして何かいけないことを…?」
「お兄さん、里香さんとの関係は!?」
「千歳さんって彼氏いるんですか!?それとも、もしかしてお兄さんが彼氏…!?」
「な、そんなわけないじゃん!…ぁ、でも二人は実の兄妹じゃないって…って事はもしかして!?」
「な、何だってええぇえぇえ!?」
その発言を皮切りに、教室内で黄色い悲鳴と絶望の悲鳴が同時に沸きあがった。…なんかとんでもない誤解をされているような気がするが、どういうことなのだろうか。俺はこの誤解を招いた現況であろうリンに対して苛立ちを覚えつつも、何とか笑顔を保ちつつ誤解を解こうと説得を開始した。
「あー…少しずつ質問に答えていこうか。まず里香には何もしてないから。どっちかって言うと里香のポジティブ化に一番貢献したのはあそこにいるミクだからな」
俺の言葉を聞いていた者全員が、数人に取り囲まれているミクのほうを振り返る。身長的には周りの子とほとんど変わらないが、髪の色がとにかく目立つので一瞬でどこにいるのかが把握できた。
「二つ目、里香に彼氏がいるかいないかなんて俺が知るわけないだろ、自分で聞け自分で」
…まぁそれができないからこそ俺に聞いたんだろうが。
さて、ラスト二つの質問だが…里香の事情を知っている側としてはかなりきわどい質問だよなコレ、あんま無神経に答えても後ろで聞いてる里香を傷つけちまうし。でも曖昧にぼかした所で誤解は解けないし里香にも希望を持たせちまうし…。
「…三つ目。里香との関係なんて、普通に兄妹に決まってるだろ。んで最後、『もしかして!?』じゃないから。お前らが想像してるような事は全然ないから。俺と里香は義理の兄と妹で、それ以上でもそれ以下でもないから。ドゥーユーアンダースタン?」
散々迷った挙句、ある程度きっぱり事実を並べておく。んでもって里香に希望を持たせる事もなるべくしないよう言葉を選んだつもりだったが…ま、多分大丈夫だろ。
そんなわけでそこまでをほぼノンストップでまくし立てて一息つく。俺の答えを聞いた連中は(里香とレン含め)全員ポカンとしていた。ちなみにミクの周りに集まっている奴ら(リンとミク含む)は全然聞いてなかったらしく、相変わらずミクは質問攻めにあっていた。一瞬助けてやろうかとも思ったが、オロオロしつつ何だかんだでちゃんと質問に答えてるっぽいので放置することにした。里香達の事だからクラスメイトにも事前にミクの『問題』もある程度説明してくれてるだろし、多分嫌な思いはしてないだろ。
「…で、いつになったら俺席に座らせて貰えるわけ?ずっと立ちっぱなんだが…」
「…え?…あ、ごめんごめん忘れてた!」
呆然としていた里香は俺の言葉にハッとして、慌しく席を用意し始めた。そこでふとここがメイド喫茶なのだと思い出し、ちょっと意地悪っぽく言ってみる事にした。
「ごめんごめんじゃない、ここはメイド喫茶なんだろ?」
「え?あ…」
「敬語と敬称、どうした?」
「…うぅ、久しぶりにお兄ちゃんがイジワルだぁ…」
「意地悪じゃない、メイドと主人なんだから当然だろ?」
「うぅ…。…も、申し訳ありません。…ご、ご主人様…」
「…」
ヤバイ、可愛い。ごめんミク、俺一応お前が好きだってことに自覚しながらも、義理とはいえ妹に対して不覚にもめちゃくちゃ可愛いと思ってしまった。いや、まぁ欲情とかそういう邪な感情じゃないだけいいじゃないか?最近では俺の妹が何たらかんたらって言うライトノベルも出てるくらいだし、たまには妹を可愛いと思ってもいいんじゃないでしょうか?と、俺は思うわけだ、うん。…誰に言い訳してんだ俺は。
「鬼畜だ…」
「お兄さんって意外とS…」
「いや、SどころかドS…」
…うん、可愛い里香を見れた代償としてこのクラス内での俺の評価が駄々下がりしたような気がしないでもないが。まぁ別にいいけど。
「…相変わらずですね、先輩。ナチュラルにドSっぷりを発揮するとは」
「…ドSってほどでもないだろ」
里香が真っ赤な顔をしてテーブルを用意している間、俺の横に待機しているレンが俺に話しかけてきた。…今更ながら、何でこいつは執事のはずなのにメイドさんと同じカチューシャ着けてんだろ?このクラスの他の男子(執事)たちはそんなもん着けてないのに。んでもって微妙に似合ってるのが不可解なんだが。
「…ちなみに聞くんですが、俺今つい『先輩』って呼んじゃったんですけど、それは訂正しないんですか?」
「何で男に『ご主人様』とか呼ばれなきゃいけねぇんだ、気色悪い」
「…ここでも何かベクトルの違うドSっぷりを発揮するとは、さすがごしゅ…先輩」
俺の返答を聞いたレンがガックリと肩を落としている。そんなレンには目もくれず、俺はテキパキと準備を進める里香を見つめる。俺と里香・レン・リンのコントに圧倒されて呆然としていたクラスの連中たちも里香に加勢して準備を手伝っている。…みんなの中で満面の笑みを浮かべている里香を見ると、本当に明るくなったと実感する。あんなに暗かったミクが他人にも素直に笑ったりできるようになるなんて成長したなぁ、なんて感慨に耽ってしまう。
「あああぁぁあぁあ!?」
…なんてちょっと感傷に浸っていると、突然教室中に里香の絶叫と、何かが地面に落ちて割れる音が木霊した。皿が割れたとかそういう音じゃなくて、どっちかって言うと「パキョッ」って言う薄いプラスチック的なものが割れたような音。それも一回じゃなくて、10回程連続して。
クラス全員が一人残らず、里香のほうを振り向く。
「…なんだ、何があった?」
「…卵落として全部割っちゃった」
里香が苦笑いを浮かべて地面を指差す。そこにはパックごと地面に落ちて黄色と透明の液体でドロドロになっている卵だったものの残骸の姿が…。
『…』
「…あは、あはは…」
気まずい沈黙が教室内を支配する。里香が引きつった笑みを浮かべている。
「…ご、ごめんねっ!テヘペロー♪」
『買い出し行ってこおおおおおおいっ!!』
「ごめんなさあああい!!」
里香が泣きそうな声を上げながら教室をダッシュで出て行った。…メイド服のまんまで。
…なんで俺の周りにいる女の子は不思議な服を着たまんま出て行こうとするのかね、ミクしかり里香しかり。
「…みんな悪いな、うちの妹が迷惑かけて。あと、迷惑ついでにそこの青緑の髪のお姉ちゃんの面倒少し見ててくれ」
「え、お兄さんは?」
「俺は里香についてく。心配だからな」
「心配って…?」
「決まってるだろ、ナンパとかそういう不逞の輩が里香に近づかないとも限らないだろ。というわけで行ってくるから、ミクの事頼んだぞ」
それだけ言い残して教室から飛び出す。目立つ服とはいえ、里香の奴結構なスピードで走ってったから急がないと見失っちまうな…。
♪ ♫ ♬
マスターが飛び出していったあと、しばらく教室には沈黙が流れていた。
「…なんていうか」
その沈黙を破ったのは、私の隣で他の方々と一緒に質問攻めを続けていたリンさんでした。
「奏って、予想以上に…」
『シスコンだなぁ…』
リンさんに合わせて、クラス全員がハモる。…残念ながら、私にはそれを否定する事ができず、「あ、あはは…」と苦笑いを浮かべる事しか出来ませんでした。
活動報告の方にも書かせていただきましたが、現在学校のクラスが過去最高に忙しくて、毎週更新が厳しい状況です。
なので、大変申し訳ないのですが、更新を二週間に一回に落とさせていただきます。学校の課題が少ない週なんかはたまに更新するかもですが、原則二週に一回ですので、ご了承ください。
あ、それから、この作品のUAが20000アクセスを超えました!PVの方は累計が表示されないのでわからないのですが、とにかく20000越えです!嬉しいやったー!w
皆様どうもありがとうございます!これからも細々と続けていくので、どうぞよろしくお願いします!