一定のスピードで走る電車、窓から見える景色は次々と見慣れた景色から見慣れない景色へと変わっていく。
結局、私と一颯くんが話している間に七達が行先を決めたようで、今はそこに向かう途中。
つり革に捕まって皆で固まって会話の花を咲かせる。
「ねぇ、ぶっきー」
「…なんすか?」
「ぶっきーは彼女さんとかいるのー?」
「ちょっと、ひなこ!」
「ゆりちゃんは気にならないのー?」
「そ、それは……」
気にならないと言ったら嘘になる。
別に恋愛対象として見てるとか、そういうわけじゃないけど単純に興味があるってだけ。
女子高に通っているから恋愛なんて無縁の存在だって思ってたけど、普通に共学だったら高校三年生の彼なら彼女がいてもおかしくない。
だから、本当にその程度の興味。
私達の年齢でする普通の恋バナって感覚の一つに過ぎない。
「…ノーコメントで」
「おやおやー?」
「その反応はいる感じだね〜?」
「ふふ、長谷川くんも青春してるのね」
「…してないっすよ、共学の女子って怖いんで」
「……怖いの?」
一颯くんの怖いという一言が気になって、私は聞いてみる。
女子高でも怖い子はいるにはいる。だけど、あまり私自身関わりが無かったし、先生にも監視されていたから何もなく3年間を過ごせた。
でも、身内や友達が共学に通っていて私が中学生の時に事件が起こったのもあって、一颯くんの言葉の真意が知りたくなった。
彼はつり革に捕まりながら、話すのがめんどくさいと顔に出しつつも渋々口を開いた。
「…何つーか、俺はアイツらを信用したいと微塵も思わない」
「何かあったの?」
「…別に、だから彼女なんていないし要らないっすよ」
「そう、なんだ……」
「…俺なんかより逆に皆さんこそどーなんすか?」
「え!?」
「皆さんの方が普通にモテそうじゃないっすか。俺なんかより全然いそーですけど」
確かに七は美人だし、ひなこやリィも可愛いと思う。
ずっと女の子しかいない学校にいるからあれだったけど、彼氏の1人ぐらいいてもおかしくないのか。なんて言われてみて気付く。
「私達もいないわ、女子校なのよ」
「あー、そういやそっすね。すんません、変なこと聞いて」
「気にしないでー!大学では出来るかもしれないしね!」
「遠くから応援しときますわ」
ひなこの事を微笑ましそうに笑ってる姿を見て、そんな顔もするんだ。なんてふと思ってしまう。
つり革に捕まって、時々くる強めの揺れに耐えながら電車に揺られていると前の座席が3つ空いて、私はリィとひなこ、七の方へ視線を向ける。
「3人とも座っていいよ」
「え、いいの?」
「うん。あ、一颯くん座りたい?」
「俺はいい。座っていいっすよ」
「一颯くんごめんなさいね、ゆりもありがとう」
「ううん!気にしないで!」
3人に空いた座席に座ってもらって、何処に向かってるかは分からないけど着く前に疲れちゃったら申し訳ないし。なんて考えてたら、突然腕を引っ張られてドアと座席の間にある僅かなスペースに移動させられる。
吃驚して私を移動させた目の前にいる人の顔を見れば、なんてことなさそうにドアのガラスから外を見てる一颯くん。
「…えっと」
「そこ居ろ」
「へ?」
「…キツくなっても文句言うなよ」
「いやいや、だからいったい何のこと言って」
静かだった電車内が騒がしくなってきて、彼の手が私のすぐ後ろにある壁に着いて、すぐ側の座席に座ってるひなこが何やら声を上げてる。けど、私はそんなひなこ達に声をかけれるほど余裕が無い。
今、私は彼に壁ドンと呼ばれるものをされてる。
りみが好きな少女漫画を気分転換に読んだりしていたし、私も自分の漫画で読んだことがあったから名前自体は知ってるけど初めての体験で。
「い、い、一颯くん!?」
「……いいから黙ってろ、俺も不本意だっつーの」
「なっ……!」
顔を少しあげれば彼の顔がすぐ傍にあるこの状況。こんな事されれば嫌でも意識してしまうし、何で突然と考えてる中で電車が動き出す。
ガタガタと揺られて時々、つり革が無いことで身体が大きく動くけど、一颯くんの腕が私の腕にぶつかってそれ以上は動かない。
そこまで来て、私は電車内が混んでいるのにあまり苦しくないし、隣にいる男性とも距離があることに気付いて彼に視線を向ける。
……もしかして、私のことを人混みから守ってくれてる?
座席に座れてない私の事を考慮して、電車内で何かが起きないようにとわざわざここに移動させて、彼が混んできた車内でも苦しくないようにと体勢をキープしてくれてるんじゃ無いかと1つの仮説が浮かぶ。
もし、それが本当ならもう少しだけ私の方に近寄った方が彼の腕があまり辛くないかもしれない。彼との距離は近くなるけど、知らない人と近いより彼なら安心する。
そう思って、そっと服の裾を掴んで私の方に引き寄せる。
「……っ、おい。何してんだ」
「…そのままじゃ腕痛くなっちゃうでしょ?」
「…はぁ、あんた女子校出身だろ。こういうの慣れてねーくせに辞めとけ」
「やっぱり、君って案外優しいね」
「はぁ?」
この時間帯は出勤ラッシュで男性が多くなる車内。彼は女子校出身の私が男性慣れしてないからこういった行動してくれてるんだと気付いて、何だか普段の彼らしくないなぁと笑ってしまう。
それにチラッと見た彼の伸ばした腕には、バスケをしてるってこともあって程よくついてる筋肉と薄らと見える血管に、私の腕と見比べてもやっぱり男の子なんだなーなんて考えちゃうんだ。
「おい、何笑ってんだ」
「ううん、何でもない。私は平気だから、もうちょっとこっち来ていいよ」
「…あんた、やっぱ軽い女だろ」
「ほんっとに失礼だよ、キミ」
「へいへい、すんません」
「返事は1回!」
「へーい」
「…悪いと思ってないでしょ」
「さぁ?どうだろうな」
それからと言うものの、混んでしまったから座席はなかなか空かず、私はずっと彼に守ってもらいながら電車に揺られる。
さっきまで賑やかだったリィやひなこも今では寝てしまったようで、2人で寄りかかりあって寝ていて、七はスマホを見ながら多分向かってる場所を再確認しているんだと思う。
私も私でドアのガラスから外を眺めたりしながら時間を潰す中、私の目の前にいる彼は左手だけ壁につけて、右手では器用に何か本を読んでる。
距離は私が少しだけ、彼の服を引っ張って詰めたから最初よりちょっとだけ狭まっている。
「ねぇ、一颯くん」
「…んだよ」
「ずっと思ってたんだけど、キミは何読んでるの?」
「何だっていいだろ、別に」
「それはそうなんだけど、キミって本は寝てることがバレないようにするための道具にしてるんじゃないの?」
「…は?んなわけねーだろ」
「図書館で寝てる時、いつも本を顔にかぶせて寝てるくせに」
「それは眠いからな」
「理由になってないよ!」
ジーッと彼の目を見れば、彼は何やら面倒くさそうに溜息を吐く。そんなに嫌そうな顔しなくたっていいじゃない、ちょっとだけ前から気になってたから聞こうと思っただけなのに。
表紙は何も書いてないカバーがされていて、初めて会った時は群青で、他にも赤だったり、緑だったりしたなーと思い出す。
「小説?」
「ちげー」
「漫画?」
「ちげー」
「…図鑑?」
「このサイズでどう見たら図鑑になんだよ、馬鹿かよ」
「小さめの図鑑も出てます!」
「へぇ、つーか何でもいいだろ」
「気になるんだもん、色とりどりの表紙だなーってずっと思ってたし」
「そーかい」
どうやら、教えてくれる気は無いらしい。
まあ、無理強いして聞く程でもないし私と彼はまだ知り合って僅かの関係だ。そこまで親しくもない間柄だから仕方ない。
そう思って、また私は外の景色を眺めるために視線を動かす途中でガタンっと電車が揺れて身体が大きく揺れる。
「……あっぶねぇな、ちゃんと立ってろよ」
「ご、ごめん……」
ギュッと強めに抱き寄せられて、一瞬で彼が支えてくれたのかと納得する。でも彼はすぐに私を離して、また本へと目を向ける。
……何だかつまんない。
別に彼の事を恋愛対象として見てるわけでもないし、何ならそう言った感情は一切ない。
いつも上から目線で馬鹿にしてくるし、何考えてるか分からない上に基本的に彼は睡眠第一で図書館を寝る場所だと思ってる変わった人。
それでも、ちょっとぐらい私のことを意識してくれたっていいじゃない。これでも私は女の子なんだけど。なんて変な事を考えてしまうのは、彼が普段私には見せてくれない優しさを発揮してくるせいだ。
……そう。全部彼のせいで、顔が少し熱いのは太陽のせいだ。
今の顔を見られたら彼にからかわれるのなんて目に見えてるから、ガラスの方へ目を向ける。その途中でチラッと横目に映る彼の手元にある本は、合流した時に見た緑色のものじゃなくて黄色い表紙だった。