ドラクエⅩの主人公(女)がひたすら酷い目にあうだけの話 作:ハンヴィー
「ミカ。私の妃として、あなたにも力を貸してもらうわ」
迷いや躊躇とは一切無縁の力強い宣言だった。
ミカは何を言われたのか理解できず、たっぷり十秒間ほど呆けてしまった。
今、アンルシアは何と言った? 自分を妃にする? 女同士なのに?
まさか彼女に、同性愛などというおぞましい趣向があるとでも言うのだろうか。
理解が追いつかない。
「……コホン。殿下。ミカ様がドン引きされています。そのお姿では無理もありませんが」
三人の侍女のうちの一人、アトリが軽く咳払いをした後、控えめに言った。
「ああ、それもそうだったわね。ごめんなさい、ミカ」
アンルシアは名残惜しそうにミカから手を離すとゆっくりと立ち上がった。
呆気に取られたまま自分を見ているミカに軽く微笑みかけた後、パチンと指を鳴らした。
すると、アンルシアの身体が淡い光を放ち始めた。
「え? ええ、えええっ……?」
やがて光が収まると、そこには、アンルシアの面影を残しつつも、凛々しくも優しげな少年が立っていた。
ミカはわけがわからず、間抜けな声を上げて少年の顔を凝視した。
「ア、アン……。あなた、男の子……だったの……?」
呆けた表情で、ミカはうわごとのように呟いた。
アンルシアは、肯定するように微笑んでみせた。
「その通りだよ、ミカ。今まで隠していたことを済まなく思う」
アンルシアは、やや沈痛な面持ちで頭を下げると、事情を話し始めた。
アンルシアの兄、トーマ王子が勇者であるアンルシアの影武者として行動していたのは、ミカも知っている。
そして、トーマ王子こそが勇者だと思っていたアンルシアが、勇者を支える盟友になりたかったことも。
それは全て、真の勇者であるアンルシアの目を、魔王から逸らすために賢者ルシェンダが考えた策であったことも。
「だけど、それだけでは無かったのだよ、ミカ。ルシェンダ様は、もう一つの策を用意していた」
「それが、女の子のフリをすること、だったの?」
アンルシアは深く頷いた。
「勇者の血筋であるグランゼドーラ王室に伝わる秘術のひとつに、モシャスという呪文がある」
「モシャス……自分の姿をありのままに変えることが出来るという、失われた太古の秘術……」
「さすがミカ。良く知っているね」
アンルシアは感心するように微笑んだ。
「だが、我が王室に伝わるモシャスは、やや特殊だ。容姿だけではなく、服装、性格、口調、思考……全てを変身後の姿に合わせて変えることが出来る。身も心も別の人間に完全になりきることが出来るのだ」
「どうして、そんなことを」
「もちろん、魔族共を謀るためだ。単純な力のみを頼みにする奴らは、勇者が女と知れば侮ると考えたからさ。そして、まんまと騙されてくれた」
アンルシアの回答は明快だったが、魔族に対する嘲りが多分に含まれていた。
「一つ誤算だったのは、モシャスの影響で、私自身の精神が限りなく女性に近くなってしまったことだった。そのせいで、兄上が命を落とした時、ショックで私は記憶を失ってしまった」
「それって、偽りの世界に落ちた時の事?」
「そうだ」
偽りのレンダーシアでの出来事をミカは思い出した。
芸術家気取りの三流魔王が作り上げた歪な世界で、兄の死をショックに記憶を失っていたアンルシアは、ミシュアという村娘として、とある村で暮らしていた。
ミカの手助けで記憶を取り戻したアンルシアは、偽のレンダーシアを支配していた魔勇者アンルシアを打倒し、クロウズの助けを借りて、真のレンダーシアに戻ってきたのだった。
「……偽りのレンダーシアを支配していた魔勇者アンルシアが女の子だったのは、魔王がアンの事を女の子だと思っていたからってことなのかしら」
「そういうことになるのだろうな」
魔勇者アンルシアは、魔王が奈落の門を開けるため、アンルシアに成り替わる存在として、創世のかけらから作り上げた偽者だった。
アンルシアの本当の姿を見抜くことが出来ていなかった証拠ということになる。
アンルシアが男性であることを知っているのは、長年に渡り勇者の影武者を演じた故トーマ王子と賢者ルシェンダ、アリオス王とユリア妃、そして今この場に居る三人の侍女、アトリ、マトリ、テトリの三人のみだ。
「ふあぁ……。なんだか、びっくりしすぎちゃって、理解が追いつかないわ~」
「とてもそんなふうには見えないね」
「そんなことないよう。心臓が止まりそうなほどびっくりしてるもん」
アンルシアは、ひとしきり微笑んだ後、神妙な面持ちで、ミカに頭を下げた。
「ミカ。済まなかった」
「どうしたの、アン」
突然の謝罪に、ミカは首を傾げた。
「魔王を謀るためとはいえ、私は護るべき国民や兵士達だけではなく、盟友であるはずの君すらも欺いた」
「そんなこと気にしなくていいよー。魔王を倒すためだもの」
「そう言ってくれると有難い。明日行われる一般参賀の場で、国民にも真実を告げるつもりだ」
「そっかぁ。みんなびっくりするだろうね~」
勇者姫アンルシアは、勇者としての実力もさることながら、美しい姫君という偶像で国民の人気が高かったのも事実だ。
国民に与える衝撃は計り知れないものがある。特に男性にとっては。
「アンに言い寄っていた貴族の坊ちゃん達の顔が見物だね~」
「確かにね。実は、少し楽しみだったりもする」
アンルシアは、愉快そうにクスクスと笑った。
「あ、でもー、こんどは貴族のお嬢様方が放っておかないかもね~」
「それなら問題ない。君が妃になる事も同時に公表するのだからね」
「ねえ、アン。本気で言ってるの……?」
「もちろんだとも」
困惑の表情を浮かべるミカに向かって、アンルシアは当然とばかりに頷いた。
「きゅ、急にそんなことを言われても困るよ。今まで、女の子だと思っていたんだし……」
同性の気心の知れた友人として付き合っていたつもりなのだから当然だ。
そもそも、異性同士なのだから、結婚に支障は無いという発想がおかしい。
「身分の違いを気にしているのなら、心配は無用だ。私の母も市井の出だからね」
「ユリア王妃陛下は、下町の職人の娘です。偶々城下町の視察に訪れた、当時王太子だったアリオス陛下が一目惚れし、妃として王室に迎えたのです」
「そ、そうだったの……?」
テトリの言葉にミカは驚愕した。
それにしても、アリオス王も思い切ったことをするものだ。
周囲の反対をどのように押し切ったのだろうか。
「もちろん、異を唱える輩は居ますが、甚だしい連中は、私達のような侍女が処分いたします」
「さらっと怖いんですけど!?」
嫣然と微笑むマトリにミカはたじろぐ。容姿が幼いだけに、ある種異様な迫力があった。
「ナイフとフォークより重いものを持ったことが無い軟弱な貴族のどら息子とはいえ、男性の腕を簡単に圧し折るミカ様も相当なものでは?」
「い、いや、あれはね! 力ずくで折ったわけじゃないからね!? こう、ちょっとしたコツを掴めば、誰でも簡単に出来るんだよ!?」
「あんな芸当が、誰にでも簡単に出来たら溜まりません」
「正に。本職の武闘家の立つ瀬がありませんわ」
「も、もう~! みんなして止めてよ~!」
突如始まってしまった弄りに、ミカは悲鳴を上げた。
「まあ、冗談はともかくとしてだ。そういうわけだから、身分違いを気にしているようなら、無用な心配だよ、ミカ」
少しの間、じゃれあう四人の様子を眺めていたアンルシアは言った。
「馬鹿な企てをするものは、この三人が処分する。何の心配も要らない。今までそうして来たし、それはこれからも変わらない」
グランゼドーラ王室の闇の一端を垣間見た気がしたミカは、僅かに背筋が寒くなった。
やはり、統治者である以上、勇者の血筋という徳だけで国を治めているわけではないということだろう。
「あ、あのね、アン……。私を評価してくれるのは嬉しい。でもね、アンのお嫁さんにはなれないよ。だって……」
例え性別が違えど、アンルシアは大切な友人だが、いきなり結婚を申し込まれるとなると、さすがに困惑してしまう。
しかも、ただの結婚ではなく、王太子妃に迎えるというのだ。理解が追いつかない。
何よりミカには、弟やクロウズの消息を追うという目的がある。
彼らの安否を確認しない限り、旅を終えるわけには行かない。
ミカは慎重に言葉を選びながら、彼の期待には添えないことを詫びた。
「それならば問題ない。捜索にはグランゼドーラの兵を使うといい。彼女達も役に立つぞ」
三人の侍女達は、主の言葉に一斉に頷いた。
「いいかい、ミカ」
色よい返事を貰えない事に苛立ったのか、アンルシアの声に僅かに険が混じった。
今まで感じたことの無い圧に、ミカは身体を強張らせた。
「私は君に求婚しているわけじゃない。君を妃にすることを決めたんだ。わかるかい? 君の意思は関係ないのだよ」
アンルシアの笑顔を見つめたまま、ミカは身動ぎすることもできない。
彼が何を言っているのか、全く理解が出来ない。
「それにね、ミカ。まさか、未婚の母になるわけにもいかないだろう?」
ミカは自分の視界がぐにゃりと歪むのを知覚した。