なんの変哲もない、孤児院兼教会出身。
気がつけば自分の名前しか分からない状態になった時、人間どうなるんだろう?
その答えは、自分で経験しなければ分からない。そして、経験した身から言わせてもらう。
『正直死にかける寸前の状況だったから覚えてない』
……うん、気がつけば自分の『名前』くらいしかわからない状態で吹雪いている雪山で目が覚めれば、そりゃ必死になるだろうさ。
結果的に、その場の流れに流されて落ち着ける状態になれても、重すぎる物を背負う事になって、頭の中を整理なんて出来るわけがなかった。
そして、何度も死にかけながら、何度も嘘みたいな現実に追われながら、何度も……失いながら、俺は気がつけば人生を終えていた。
色々な人と話しながら、自分がどう歩むかを決めて歩いた人生、なんの後悔も迷いもなく、誰よりも濃い人生を送ったという自信が俺にはあった。
だって、よくよく考えてみ?名前onlyで雪山にいて、いきなり『世界は滅びてしまうのです!』って伝えられて、先輩達は皆瀕死になって、自分と非戦闘員しか生き残ってなくて……いや、俺も非戦闘員なんだけどさ。
誰もが憧れるであろう冒険譚そのまんまの経験をして、そんな冒険譚や伝説の主人公達と死にものぐるいで生き抜いて。
でも結局、『自分』がなんなのかは分からなかった。
名前だけの、喋り方とか文字の書き方、常識的な事しか覚えていない自分ほど恐ろしいものはなかった。
だけれど……あぁ、そうだ。今になれば分かる。
今の俺は2度目の……いや、正確には3度目の人生を送っている。
前の名前を引き継いで、『』が今の名前になる前の事も少しだけ思い出してようやく理解ができた。
皆が自分を知らないのは、分からないのは当然なんだ。人は自分だけの道をあるいて、死んでから自分が歩んできた人生を理解するんだ。
誰もが知る自分でなくてもいい。救世主だと称えられなくてもいい。俺はただ、自分を自分だと肯定してくれた皆を守りたかったんだ。
さて、こんな風に自分の人生を思い出して改めて言わせてもらいたい。
『コフィン無しのレイシフトは、自殺案件だぞ?!』
藤丸リッカ、精神年齢除いて15歳、心からの叫びである。
そうして彼含めたクラスにいた全員は、召喚される事となる。
--人生全てを狂わす異世界、『トータス』に。
【人理定礎値EX 終結神魔世界 トータス】
異世界に召喚されたクラス内で食事をとっていた生徒達は、曰く人類が滅びる寸前の為に、救って欲しいという説明を受けていた。
無理矢理召喚して戦えと言われた事実に生徒達は混乱している中、唯一の教師てあり大人の『畑山愛子』先生が反論する。
「ふざけないでください! あなた達のしていることはただの誘拐ですよ!」
畑山先生は平均より低身長……というか子供のような容姿の為、今の様子はぷりぷりと怒る子供のようであった。
その様子をみてほっこりする生徒達だが、ある意味先生の行動は良くもあり悪くもあった。そう、1度混乱を収めてしまえば『彼』が動く。
その後に続いて出された『帰れるのか』という質問に対して、『私では帰せない』と答えた説明している人物--召喚した国の教皇『イシュタル』--は、返答を聞いて狂乱し始める生徒達をみてじっとしていた。
そして、とうとう彼は---天之河光輝が動いた。
「皆、ここで文句を言っても意味が無いんだ。彼にだってどうしようもないみたいだし……。俺は、戦おうと思っている。この世界で生きている人を見捨てることは出来ない。それに、世界を救えば召喚した神様--エヒト様が元の世界に帰してくれるかもしれないんですよね?」
「そうですな、エヒト様も救世主を無下にはしますまい」
「それに、俺達は大きな力があるんですよね?何だか力がみなぎってきますし」
「えぇ、この世界の一般人の十数倍の力はあるでしょう」
「うん、なら大丈夫。俺は戦う!この世界を救って、皆を元の世界に戻してみせる!」
元々、彼は一種のカリスマのようなものを持っていた。そして、彼の宣誓に続いて彼の友人の坂上龍太郎、幼馴染の八重樫雫、八重樫雫の友人である白崎香織。彼等がついて行くと口にしたのをきっかけに、次々に生徒達が賛同していく。もはや、教師である畑山先生の制止の言葉は聞こえていなかった。誰もが逃避したくなる現状に垂れ下がってきた、立ち向かうと豪語するカリスマ溢れる
それをみてニヤリと笑うイシュタル--本来ならば、そのまま流れる筈だった。
「ちょっと待て、天之河」
その一言で、全員が一斉にその言葉を発した人物、藤丸リッカの方を見た。
「うん? なんだい、藤丸」
誰もが戦う意思を決めた中、1人だけ抗う意志を決めた目で、天之河に問う。
「お前、命の責任は取れるの?」
正直、異世界に召喚されたと聞いて怒り狂いそうになったが、ある意味世界を救う為に力を貸してもらいたい気持ちは分からなくもなかったためにそれを口にするのはやめた。
だが、今目の前の天之河が口にした、戦うという言葉に込められてすらいない覚悟については別だ。
「えっと、どういうことだい?」
「だから、命の責任は取れるのかって聞いてるんだ」
こいつ自身は気がついていないのかもしれない。だが、だからこそ聞かなければならないと思った。失ってからでは、後悔なんて意味は無いんだから。
「だから、皆を死なせないために、俺が頑張るって……」
「無理だろ。もしもお前が寝ている時に、敵が襲ってきて生徒の誰かが死んだ時、お前は守れたのに守れなかったと言うか?」
「そんな事、俺がさせない」
「口では言えても、それが実際出来るかどうかは違う」
身を乗り出して反論してきている天之河に対して、俺は変える気のない覚悟をもって睨む。
「いいか、俺達が多少優れた力をえたとしても俺達はたったの数十人、相手は何万っていう軍隊だ。そんな中、誰もが死なずに生き残れると思ってるのか?」
「何度も言うが、俺が守って
「口だけで語るな。いいか、これはゲームじゃない。死んだらそれっきりだし、腕や足が切れたらくっついたりはしない。何があるか分からない世界で、俺達は物語の主人公でもなんでもない」
生徒達全員が俺を見ている。反論していた天之河すらも無言で瞠目してこちらを見ている。
「救えるものは救えないし、救えないものは救えない。手が届く範囲、自分が出来ることなんて限られてる。それに、俺達は平和な日本で育った一般人。命を奪う覚悟なんてもの、お前らはできるのか?」
冷静になって気がついた、奴らが今更青ざめていく。
「いいか、もう一度言う。俺達は無双ゲームのキャラでも、冒険譚の主人公でもない。ただ偶然巻き込まれただけの--一般人だ」
数分前までざわついていた生徒達は全員黙り込んでいた。天之河だけは何かしら言いたそうにしているが、言ってこない。
「ふむ……では、1度歓迎の準備をしております故、そちらで食事をとってからそれぞれの一室にて考えてみてはいかがですかな?」
イシュタルがそう口にすると、生徒達はまるで逃げるかのようにその言葉に賛成した。
その後、国王を含めた国の重鎮達からの手厚い歓迎をうけ、それぞれに配偶された一室にて眠りについた。
そして俺は気がついていた。あのイシュタルという名前の教皇が--俺を殺意の篭った目でじっと見ていた事に。