さぁ、開幕の準備は整った。
原初の泥の呪いは--
迷宮の地下の奥深く……そこは正しく『地下迷宮』の名に恥じぬ様相をしていた。自然の岩肌等が所々確認が出来……しかし、とある行き止まりには余りにも迷宮からはかけ離れた″何か″が存在した。
そして、ソレの前で立ち塞がる黒い鎧を纏った女性の姿も。
地下の魔獣達は近づかない。近づけばどうなるかは……女性の目の前に散乱する数多の死体が物語っていた。
--奴に近寄るな、死にたくなければ手を出すな。
野生の……生存本能に刷り込まれた魔物の大虐殺を成した本人は、今尚涙を静かに流しながら待っている。己が身を削りながら。
(早く……早く起きなさいよ。バカマスター……)
″何か″は静かに脈動を続けている--。
オルクス大迷宮。
そこは、神々が存在した時からあったと言われる迷宮の内の1つ。そこに、召喚された勇者一行から……5人と、騎士3名が訪れていた。
「ふっ……!」
ギィシュゥ……
勇者である天之河は順調に魔物を切り倒していくが……周り全員が着いていけているわけではなかった。それを確認したメルド団長は1度休憩をする事にしたが……何より、勇者本人が急ぎすぎている事を理解していた。
「よし、1度休憩だ!」
「ふぅ……」
周りに魔物が居ないかを騎士の1人が警戒している中、勇者一行の5人は各々水筒を口にするなどして、休憩をしていた。
「……ふぅ」
そんな中、休憩をしながらも己の唯一の技能--錬成を磨く者がいた。
「全く、休む時は休め! 確かに練習は必要だが、いつでも休めるという訳では無いんだ。今のうちに休んでおけ」
「あ、すみません……ただ、僕は非戦闘系なのに着いてきてしまったので……このくらいは隙を見て練習しないと」
少し呆れた顔で注意するメルド団長に対して、錬成師という唯一の非戦闘系として召喚されてしまった少年--南雲ハジメはそう返答する。
しかし、今回の迷宮探索にて騎士達やメルド団長に1番驚かれているのは、ハジメであった。
当初、騎士達は非戦闘系ながらも生き残るために強くなろうとするハジメを絶対に守って見せるという意思で気合を入れていたが、いざ迷宮に入って魔物と戦ってみると、想定もしていなかった方法--穴を作り、そこに落とすなど--で魔物に対処してみせる南雲に驚いた。
団長であるメルド団長もそうだ。本来、錬成師は拠点などで武器の整備などをしたりするのが役目だったが……このような使い方が出来るのかと、錬成に対する認識を改めた。
ただ、それ以上の事が土魔法で出来る為に、やはりしっかりと守らなければというのは変わらなかったが。
彼らは本来の未来とは違う道を選んだ。だが、世界はソレを、
彼等は順調に進んでいく、次々に階層を制覇していき……そして、地獄への門を開く。
「っ! 光輝っ、そこから離れろっ!」
魔物との戦闘、何時間と繰り返してきた戦闘、多少なりとも慣れというものは、人の警戒を……奪う。
余りにも見事に隠蔽された罠……という訳では無い。そう、
魔物によって起動させられた罠は未だ戦闘をしていた魔物達と勇者一行達、全員の足元に広がっていき罠が作動する。
一瞬、強い光がその部屋を包み込み……その場にあったのは、静寂と戦闘の跡のみであった。
魔物達と勇者一行達が転移させられた場所は、巨大な石造りの橋の上だった。ざっと百メートルはあり、天井も高く二十メートル程。
橋の下は深淵の如き闇が広がっていた。落ちれれば……命は無いだろう。
橋の両脇には階段が存在しているが……ここは死へと誘う奈落への入口。生者がいることは……許されない。
カタカタカタ……
魔物達と勇者一行の近くの階段前、そこには魔法陣が刻まれており……大量のスケルトンが湧いてくる。
「お前達、あのスケルトンの大軍を退けるぞ! あの階段の場所までの道を開くんだ!」
メルド団長の指示を聞き、即座に戦闘態勢を整える騎士達と慌ててそれに追随する勇者一行。スケルトンの大軍を見て、勇者一行は自分達とスケルトンたちの大軍との現在の力の差が殆どないのを理解し、冷や汗をかく。
まだ立ち向かえる彼らだが、彼らと共に転移した元凶である魔物達は……生存本能のままに橋の反対側に逃げ出そうとする。
橋の中腹に差し掛かった瞬間、魔物達は生命の危機を察知する。だがもう既に……遅すぎた。
グゥルゥォァァァァァ……!!!
悠然に、己が最強であると宣言するかの如き咆哮。それを聞き、橋を確認した勇者一行の目に映ったのは、逃げ出した魔物達がまるでゴミのように奈落の底に落とされる光景であった。
そして、落ちる魔物達の事など知らぬと言わんばかりに勇者一行を眺める大型の魔物を見て、メルド団長はすぐ近くのスケルトン軍団の事を一瞬忘れて、呟く。
「……まさか、ベヒモスなのか?」
地獄の門は開いた。さぁ、門から伸びる死の手から逃れてみせよ。
門は開いた。さぁ、逃げろ。