さぁ来たれ、奈落の化け物よ。さもなくば……無垢なる剣士の命は閉ざされるぞ。
グゥルゥォァァァァァ……!!!
ベヒモスが叫ぶ。正しく王者の様な貫禄を示し、その姿は恐怖を連想させる。
例えるならば……そう、トリケラトプスの様な姿であるベヒモスは燃える角をこちらに向けて……飛ぶ。
「っ! 全員っ、下がれぇぇ!!!」
メルド団長が叫ぶ。はっ、とその言葉に即座に反応した5人は……死を覚悟した。
つい一瞬前まで彼等がいた場所は、ベヒモスの頭突きにより、完全に砕かれ、沈んでいた。だが、まだ厚い橋は保っていた……保ってくれていた。確かに、この突進は避けなければならない……だが、避け続ければ橋が落ちる。
対策を練らなければと考えるメルド団長達だが、そんな時間は存在しなかった。
「メルド団長! 骸骨共が……!」
「っ! 光輝達はトラウムソルジャーを! 俺達はどうにかベヒモスを引きつけるぞ!」
「おうっ!!」
その指示に即座に騎士達は反応し、呪文を唱え始めた。
「「「全ての敵意と悪意を拒絶する、神の子らに絶対の守りを、ここは聖域なりて、神敵を通さず――〝聖絶〟!!」」」
そして、再びベヒモスが飛ぶ。正しく先程の再現。だが、彼等は腐ってもハイリヒ王国最高戦力。そんなかれらが、1回1分限りの全力の多重障壁を張る。
衝突の瞬間、凄まじい衝撃波が発生し、ベヒモスが着地した足元が粉砕される。
「メルド団長っ! どう見てもヤバいやつでしょう! 俺達も……」
「馬鹿野郎! あいつはベヒモスッ、今のお前らでは敵わない! ヤツは六十五階層の魔物。かつて、“最強”と言わしめた冒険者ですら敗北した化け物だ! 私はこれ以上、お前達を死なせるわけにはいかないんだ!」
その剣幕に押され、下がるもののなお食い下がろうと天之河は口を開こうとするが……。
「光輝っ、俺達だけじゃ無理だ! はやくこいっ!」
「光輝っ! 私達だけだと、抜かれるっ」
トラウムソルジャーを抑えている坂上と八重樫の焦りの声が響く。
それを聞いた天之河は、渋々といった雰囲気で走りスケルトンソルジャーを食い止めるために戦い始める。
そして、未だ続くベヒモスの突進を抑え続ける騎士達を見ながら、メルド団長は剣を抜く。
「……すまんな」
正面に正しく悪魔が存在する中、騎士達に謝罪する。そんなメルド団長を一瞬見た騎士達は……
「何馬鹿なこと言ってるんですか、団長」
「そうですよ、騎士が守るべきものを守りながら死ねるんだから、これ以上の幸福はありませんって」
「それに、俺達はもう1人見殺しにしてしまっている……これ以上、未来ある若者を死なせるものですか」
騎士達3人は、笑いながらそう答える。そして、そんな返答をされたメルド団長は……
「……ふっ、そうだな。……お前達っ、生きて帰るぞぉ!!!」
「「「応っ!!」」」
そして、騎士達も、天之河達も、それぞれ互いに背を預けながら戦う。
……結果から告げよう。彼等は無事帰還することが出来た。そう、被害人数は″2人″。奈落に落ちたのは、南雲ハジメと……八重樫雫。
帰ってきた騎士達は、自ら魔族との戦場の最先端への遠征を希望した。
そして残った3人の内、天之河と坂上が、その時何があったのかを語らずに黙々と自らを鍛える。
そして、白崎は……自らの親友と好きな人の両方が奈落に落ちた時点で意識を落とした。まさしく絶望。そんな中、彼女は夢を見る。果てなき……理想の楽園の夢を。
奈落にて、黒いナニカが脈動し……その中から、人が現れた。その姿は既に過去の姿ではなかった。生まれ変わり、名前は同一であれど姿は違っていた藤丸リッカだったが、彼は再び過去の姿を取り戻した。
だが、彼は理性なく、思考なく効率が極まった動きで魔物達を狩る。竜の魔女の姿は既になく、彼は……泥を纏い闊歩する彼は進む。
--己の名を求めて。
誰も語らぬ。誰も口にせぬ。
1人の少年が命を捨てて怪物を足止めし、1人の少女が親友達の盾となった。
少年は語らぬ。己の不甲斐なさで、親友の命を捨ててしまったから。
勇者は認めぬ。自らのせいで失った親友の事を。守ると誓い、守れなかった現実が■■■が告げた通りであったから。
乙女は望む。楽園の夢魔の叡智を。親友の姿を。想い人の生存を。認めぬ。勇者が彼の死を……悼まぬ事実を。